上 下
104 / 112
番外編「とある狩人を愛した、横暴領主の話」

33 最も愛した者を穢した罪への

しおりを挟む
 
 独り眠れぬ夜を過ごし、やがて夜が明けた。朝霧の立ち込める中を再び小屋へと馬を走らせたが、結果は同じだった。傍仕えになることを拒むために逃げたのだろう。

「――どこにいるんだ、シタン……」

 騎士に行方を追わせ、嫌な予感が付きまとうのを振り払いながら狩りの装束に身を包む。宴のための天幕がいくつも設けられた城の中庭に出て、続々とやって来る諸侯を出迎えた。

「皆さま、ようこそおいでくださいました」

 流れるように美しい礼をすれば、誰からともなく感嘆の声が上がる。容姿の良さに自覚があるだけにこういった反応には慣れているが、相手が相手だけになんとも居心地が悪い。

「久しいな伯爵。相変わらずの美しさ……いや、磨きが掛かったか。婚約者も持たずにいるのもそろそろ限界ではないか? 我が家の娘もまだ決まっていない。今度、見合いでもどうだ」

 堂々たる体躯を誇る王都住まいの公爵が笑顔で言うが、「身に余る光栄ですが、そのような余裕などございませぬのでご辞退させて頂きます」と、素気無く切り捨てる。

「つれないことだ」と、高笑いをする公爵とは彼の子息でありラズラウディアの学友でもあるハイレリウスを通じて、少なからず親交がある。それだからこその馴れ合いのやり取りで、他の諸侯も気に留めた様子もなく笑っているだけだ。

 そうしてしばらく歓談した後に諸侯を森の狩場へと案内したラズラウディアは、貴族らしく感情の揺らぎを微塵も見せずに奉納を終わらせ、狩りの後で開かれる宴で諸侯を十二分に持て成した。

 奉納祭が終わり、夜更けを迎えた頃。捜索から戻った騎士からの報告を受ける。

「数日前に狩りに出て獲物を仕留め、素材を卸している店に姿を見せていたそうです。……ただ、それ以降の足取りが全く掴めませんでした」
「小屋に戻っていないのは、その時からか……」
「……恐らくは」

 日が経ち過ぎている。

 監視を付けていなかったのが悔やまれるが、今さらそんなことを言ったところで手遅れだ。何者かとの接触があったかどうかも定かでなく、意図的に消したかのように手掛かりが掴めないのがもどかしい。

「ご苦労だった。今夜はもう休め」
「はい。失礼致します」

 奉納祭の日だけではなく、その後も捜索は継続して行われた。範囲は辺境外にも及んだが、手掛かりがまるでない中でのそれは、森の中で落とした木の実を探すようなものだった。

 彼の銀髪と蜂蜜色の瞳は、平民の中では珍しい色ではない。少し姿を偽れば安易に身を隠せる。禁猟期が決められている辺境はさておき、森がある場所ならば狩りをしながら逃げることは彼にとってそう難しいことではないだろう。

 シタンが消えたその日から、朝夕に小屋へと行くのがラズラウディアの日課となった。

「……シタン……」
 
 寂しい。

 恋しくてたまらない。

 日を重ねるごとに眠りは浅くなっていく。肌を重ね続けた寝台で横になるたびに、彼が居ないことを痛感させられる。辛いばかりだが、それでも他の部屋で眠るよりも気が紛れるのだからどうしようもない。

 シタンためにあつらえた衣と、伯爵家の家紋が入った弓矢に矢筒。寝室に飾ったそれを眺めながら、ラズラウディアは夜ごとに独り虚しく蜜酒を口に含むことで己を慰めた。

 ――快楽に溺れさせようとしていたが、溺れていたのはこちらの方だった。彼なしでは生きられないほど依存していたことに気付かず、都合のよい未来を思い描いて悦に入っていた。

 愚かな男だ。こんな男が辺境伯などとは、滑稽で仕方がない。

 ……どこで間違えたのか。

 そんなことはとうに知れている。最初からだ。誠意をもって愛を告げず、鬼畜にも劣る非道をもってして我がものにせんと手を出した。そのときから、何もかもが壊れてしまったのだ。

 全てが欲しいと望みながら、得られたのは肉欲の関係だけ。最も欲しい心もやがて手に入れられると、なんの根拠もなく信じて権力の上にあぐらをかいていた己の傲慢さに、吐き気がした。

 ラズラウディアの傲慢な様を、シタンはどんな思いで見ていたのか。……恐らく、欠片も心を寄せていなかったのに違いない。それどころか嫌悪さえしていただろう。

 ……もう二度と、シタンは辺境に帰ってこないかもしれない。

 その現実が、徐々にラズラウディアの心身を蝕んでいく。

 まず、食事の味を感じなくなった。慰めにと飲んでいた蜜酒の味さえもだ。微睡むことはできても、深く長くは眠れない。勤めに没頭している間はやり過ごせるが、夜になると寂しさのあまり胸を掻きむしって叫び出したくなる。

 ……罰が下るときがきたのだろう。

 最も愛した者を穢した罪への罰だ。このまま彼が見つからなければ、この苦しみが死ぬまで続くのだろう。地獄のような時を過ごしながら、ひたすらに手を尽くして行方を捜し続けた。




 ――実はこのとき、ハイレリウスがシタンを王都へと連れ出していたということと、追跡を防ぐために、かの公子が細工を随所で施して足跡が煙のように掴みにくいものにされてしまっていたことを……、ラズラウディアは知る由もなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

婚約破棄したら隊長(♂)に愛をささやかれました

ヒンメル
BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。 愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。 ***************** 「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。 ※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。 ※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。  評価やブックマーク登録をして頂けて嬉しいです。 ※小説家になろう様でも公開中です。

ヘタレな師団長様は麗しの花をひっそり愛でる

野犬 猫兄
BL
本編完結しました。 お読みくださりありがとうございます! 番外編は本編よりも文字数が多くなっていたため、取り下げ中です。 番外編へ戻すか別の話でたてるか検討中。こちらで、また改めてご連絡いたします。 第9回BL小説大賞では、ポイントを入れてくださった皆様、またお読みくださった皆様、どうもありがとうございました_(._.)_ 【本編】 ある男を麗しの花と呼び、ひっそりと想いを育てていた。ある時は愛しいあまり心の中で悶え、ある時は不甲斐なさに葛藤したり、愛しい男の姿を見ては明日も頑張ろうと思う、ヘタレ男の牛のような歩み寄りと天然を炸裂させる男に相手も満更でもない様子で進むほのぼの?コメディ話。 ヘタレ真面目タイプの師団長×ツンデレタイプの師団長 2022.10.28ご連絡:2022.10.30に番外編を修正するため下げさせていただきますm(_ _;)m 2022.10.30ご連絡:番外編を引き下げました。 【取り下げ中】 【番外編】は、視点が基本ルーゼウスになります。ジーク×ルーゼ ルーゼウス・バロル7歳。剣と魔法のある世界、アンシェント王国という小さな国に住んでいた。しかし、ある時召喚という形で、日本の大学生をしていた頃の記憶を思い出してしまう。精霊の愛し子というチートな恩恵も隠していたのに『精霊司令局』という機械音声や、残念なイケメンたちに囲まれながら、アンシェント王国や、隣国のゼネラ帝国も巻き込んで一大騒動に発展していくコメディ?なお話。 ※誤字脱字は気づいたらちょこちょこ修正してます。“(. .*)

天寿を全うした俺は呪われた英雄のため悪役に転生します

バナナ男さん
BL
享年59歳、ハッピーエンドで人生の幕を閉じた大樹は、生前の善行から神様の幹部候補に選ばれたがそれを断りあの世に行く事を望んだ。 しかし自分の人生を変えてくれた「アルバード英雄記」がこれから起こる未来を綴った予言書であった事を知り、その本の主人公である呪われた英雄<レオンハルト>を助けたいと望むも、運命を変えることはできないときっぱり告げられてしまう。 しかしそれでも自分なりのハッピーエンドを目指すと誓い転生ーーーしかし平凡の代名詞である大樹が転生したのは平凡な平民ではなく・・? 少年マンガとBLの半々の作品が読みたくてコツコツ書いていたら物凄い量になってしまったため投稿してみることにしました。 (後に)美形の英雄 ✕ (中身おじいちゃん)平凡、攻ヤンデレ注意です。 文章を書くことに関して素人ですので、変な言い回しや文章はソッと目を滑らして頂けると幸いです。 また歴史的な知識や出てくる施設などの設定も作者の無知ゆえの全てファンタジーのものだと思って下さい。

氷の薔薇と日向の微笑み

深凪雪花
BL
 貧乏伯爵であるエリスは、二十歳の誕生日に男性でありながら子を産める『種宿』だと判明し、セオドア・ノークス伯爵の下へ婿入りすることになる。  無口だが優しいセオドアにエリスは惹かれていくが、一向にエリスと子作りする気配のないセオドアには秘密があって……? ※★は性描写ありです ※昨年の夏に執筆した作品になります。

龍の寵愛を受けし者達

樹木緑
BL
サンクホルム国の王子のジェイドは、 父王の護衛騎士であるダリルに憧れていたけど、 ある日偶然に自分の護衛にと推す父王に反する声を聞いてしまう。 それ以来ずっと嫌われていると思っていた王子だったが少しずつ打ち解けて いつかはそれが愛に変わっていることに気付いた。 それと同時に何故父王が最強の自身の護衛を自分につけたのか理解す時が来る。 王家はある者に裏切りにより、 無惨にもその策に敗れてしまう。 剣が苦手でずっと魔法の研究をしていた王子は、 責めて騎士だけは助けようと、 刃にかかる寸前の所でとうの昔に失ったとされる 時戻しの術をかけるが…

無自覚副会長総受け?呪文ですかそれ?

あぃちゃん!
BL
生徒会副会長の藤崎 望(フジサキ ノゾム)は王道学園で総受けに?! 雪「ンがわいいっっっ!望たんっっ!ぐ腐腐腐腐腐腐腐腐((ペシッ))痛いっっ!何このデジャブ感?!」 生徒会メンバーや保健医・親衛隊・一匹狼・爽やかくん・王道転校生まで?! とにかく総受けです!!!!!!!!!望たん尊い!!!!!!!!!!!!!!!!!! ___________________________________________ 作者うるさいです!すみません! ○| ̄|_=3ズザァァァァァァァァァァ

処理中です...