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番外編「とある狩人を愛した、横暴領主の話」

28 予期せずして

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 ――シタンとの逢瀬が、日々の暮らしに馴染み始めた頃。

 いつものように彼との夜を過ごそうと、寝室へ向かったときのこと。寝台の下へ半身を潜り込ませ、尻をこちらに突き出している彼の姿に出くわした。

 不審に思いながらも腰を掴み引きずり出すと「ひいいっ!」という間抜けな声を上げて逃げ出そうとするので、しっかりと羽交い締めにしてやった。

「騒がしいな」
「ぎゃああっ!」

 しなやかな首筋を舐めてやると、悲鳴を上げて手からなにかを落とした。抱き締めたまま肩越しに床を見ると、そこにあったのは懐かしい釣竿だった。……もしかしないでも、ここへ初めて連れて来たときにでも転がしていたのだろう。いまさら思い出すとは随分と抜けている気がするが、のんびりした彼らしくもあって微笑ましい。

「また凝りもせずに釣りをする気か?」と、笑いを含ませた声音で言うと、「あ、あんたには関係ないだろっ!」という元気の良い声が返されて暴れられた。

 それを苦もなく押さえ込みながら「真面に釣れるのか」とからかえば、「つ、釣れるかどうかなんて、どうでもいいだろ……!」と反抗される。

「私の問いに答えろ。二度とここから出られないように連日で抱き潰すぞ」

 少々生意気な態度に灸をすえるつもりで脅しながら、体を弄り耳を食むと一気に肌が赤く染まる。

「ひいっ! あっ、や、やめろよぉ! つ、釣れねぇよ! 魚なんて釣れなくても、俺は釣りが好きなんだよぉっ! あっ、んっ……!」

 ……相変わらずなようだ。意図せずして……強姦などせずに普通の再会を果たしていればしていたはずの……ごくありふれた会話を引き出せたことが嬉しくもあり、必死さを滲ませて叫ぶ声が愉快で、思わず笑ってしまった。

「わっ、笑うなよぉ!」
「ふ……。そう怒るな」
「あ、あんたはどうなんだよっ!」
「少なくとも、貴様よりは釣れる」
「嘘だ。あんたが釣りするなんて、信じられない……」
「ならば、釣ってみせるか」
「へっ?」
「三日後に、小川へ来い。釣竿などは貴様が用意しろ。そうすれば、私が釣りをするところを見せてやろう」

 思わぬ方向へと話が転がっていく。今になって二人で釣りができることになろうとは。

「はぁ。わかったよ……。三日後だな」

 やっと抵抗が止んだ彼の体を、解放してやった。振り返った顔には、呆れと諦めが入り混じった複雑な表情が浮かんでいる。

「釣れなかったら、笑ってやるから」
 
 釣れるなどとは信じていないのだろう。なんとも棘のある挑戦的な物言いだったが、魚を釣って見せればきっと目を丸くして驚くだろう。その姿を見られるのが楽しみだ。

「好きなだけ笑うがいい。最も、そんなことにはならないが」

 シタンがいかにも怒っているというような顔をわざとらしく作って睨んでくるが、ラズラウディアは不遜な態度を崩さずに受け流してやった。予期せずして降って湧いた喜びを、彼には悟られないようにひた隠しながら。
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