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59 帰って来てはみたものの
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帰りの旅は、来た時よりも人数が少し増えた。装飾が控えめな馬車に御者、いかにも強そうな護衛の男2人と侍従のウェイドだ。
「今回は、出奔などなさらぬようお願い致しますよ」
きりっとした真顔で、ウェイドがハイレリウスに釘を刺す。
「まるで私が問題児のように言ってくれるな。本当はシタンと二人きりで行きたかったけれど仕方ない。ここは皆の顔を立てよう」
「いつもそのように殊勝な心掛けをして頂ければ、わたくしめも口を慎めるというものです」
「ああ、わかったわかった。大人しくしているから許せ。奉納祭のことをまだ根に持っているのか。いい加減に機嫌を戻してくれてもいいだろう」
小言に文句を垂れながら、ハイレリウスは渋い顔で馬車へと乗り込んだ。
「さ、シタン様もどうぞ」
「あ、うん……」
続いてシタンが馬車に乗り込み、ウェイドも乗り込んだ。護衛の二人は馬に乗っている。屋敷の面々に見送られて、馬車は静かに辺境へと走り出した。
「あれが最初であるのなら、わたくしめもそれほど根には持ちません。何度目だとお思いですか。ご自身の行動が周囲に与える影響を、お忘れなきよう……」
「はぁ……。お前、別の馬車を用意してそっちへ乗ってくれないか」
「2台に増えれば無駄に目立ちますし、諸々余計な負担が掛かりますよ。それに、ハイレリウス様から目を離す訳にはいきませんので、お断り致します」
小言にしてもよく会話が続くものだ。仲が良いのだろう。身分も外見も違うが、世話の掛かる弟を心配する兄みたいだと、シタンはほのぼのとした思いで二人を眺めていた。
――こうして始まった帰郷の旅路は、行きよりも賑やかだった。そして、幾日かを経てようやく辺境地へと到着した一行は、ハイレリウスが以前にシタンを連れて行った宿へと向かうことになった。
「辺境伯への先触れを頼む」
「承知致しました」
ウェイドが馬車で城へと向かい、残った者はひとまず宿で休息を取ることになった。地元へ帰ってきたという安堵と、領主ともうすぐ会うのだという緊張で複雑な心地になりながら、シタンはぼんやりと窓際に置かれた長椅子に座って外を見ていた。
「大丈夫かいシタン。浮かない顔だけど」
「あ、あんまり大丈夫じゃ、ないかも」
膝に置いた手が少し震えている気がした。ぐっと拳を握り締めて、緩く笑って見せるが上手く笑えていないだろう。会いたいが、怖い。どんな風に何を言うのがいいのか。
「会っても、なに言えばいいか分からないよ」
抱いて欲しいなんて身も蓋もない言い方はしたくない。体目当てになってしまう。対価として慰みにされるのが嫌だ。こんな関係は終わらせた方がいいのだろう。だったらそう言うのがいいのかもしれないが、二度とあの紫紺の瞳が自分を見てくれなくなるのかと思うと、酷く胸が痛い。
……いや、自分がどう言おうが、思おうが、先のことは領主の心持ちひとつで決まるだろう。
ハイレリウスが守ってくれるとしても、いつまでも世話になってしまうのは申し訳がない。身一つで領主と向き合うのはやっぱり怖いが、元の関係に戻ってしまうのも放り出されるのも、どちらも仕方のないこだと諦めるしかないのだろう。
……腹が痛くなりそうだ。
「うぅ……」
「気持ちに筋道を立てなくても良いと思うよ。切れ切れで構わないから、言いたいことを言うべきだ。無言ではなにも伝わらないよ」
「……そ、それでいいのかなぁ……」
「約束通り私が盾になるから、安心して」
ハイレリウスが勇気づけようとしてか、シタンの手を取り両手で包んだ。人肌の温かさが心地良くて、胸の痛みと震えが少し和らぐ。
「……お願いします。俺一人だと、多分怖くなってなにも言えなくなりそうだし」
辺境に帰って来てはみたものの、シタンにはこれから先のことが想像できなかった。
「今回は、出奔などなさらぬようお願い致しますよ」
きりっとした真顔で、ウェイドがハイレリウスに釘を刺す。
「まるで私が問題児のように言ってくれるな。本当はシタンと二人きりで行きたかったけれど仕方ない。ここは皆の顔を立てよう」
「いつもそのように殊勝な心掛けをして頂ければ、わたくしめも口を慎めるというものです」
「ああ、わかったわかった。大人しくしているから許せ。奉納祭のことをまだ根に持っているのか。いい加減に機嫌を戻してくれてもいいだろう」
小言に文句を垂れながら、ハイレリウスは渋い顔で馬車へと乗り込んだ。
「さ、シタン様もどうぞ」
「あ、うん……」
続いてシタンが馬車に乗り込み、ウェイドも乗り込んだ。護衛の二人は馬に乗っている。屋敷の面々に見送られて、馬車は静かに辺境へと走り出した。
「あれが最初であるのなら、わたくしめもそれほど根には持ちません。何度目だとお思いですか。ご自身の行動が周囲に与える影響を、お忘れなきよう……」
「はぁ……。お前、別の馬車を用意してそっちへ乗ってくれないか」
「2台に増えれば無駄に目立ちますし、諸々余計な負担が掛かりますよ。それに、ハイレリウス様から目を離す訳にはいきませんので、お断り致します」
小言にしてもよく会話が続くものだ。仲が良いのだろう。身分も外見も違うが、世話の掛かる弟を心配する兄みたいだと、シタンはほのぼのとした思いで二人を眺めていた。
――こうして始まった帰郷の旅路は、行きよりも賑やかだった。そして、幾日かを経てようやく辺境地へと到着した一行は、ハイレリウスが以前にシタンを連れて行った宿へと向かうことになった。
「辺境伯への先触れを頼む」
「承知致しました」
ウェイドが馬車で城へと向かい、残った者はひとまず宿で休息を取ることになった。地元へ帰ってきたという安堵と、領主ともうすぐ会うのだという緊張で複雑な心地になりながら、シタンはぼんやりと窓際に置かれた長椅子に座って外を見ていた。
「大丈夫かいシタン。浮かない顔だけど」
「あ、あんまり大丈夫じゃ、ないかも」
膝に置いた手が少し震えている気がした。ぐっと拳を握り締めて、緩く笑って見せるが上手く笑えていないだろう。会いたいが、怖い。どんな風に何を言うのがいいのか。
「会っても、なに言えばいいか分からないよ」
抱いて欲しいなんて身も蓋もない言い方はしたくない。体目当てになってしまう。対価として慰みにされるのが嫌だ。こんな関係は終わらせた方がいいのだろう。だったらそう言うのがいいのかもしれないが、二度とあの紫紺の瞳が自分を見てくれなくなるのかと思うと、酷く胸が痛い。
……いや、自分がどう言おうが、思おうが、先のことは領主の心持ちひとつで決まるだろう。
ハイレリウスが守ってくれるとしても、いつまでも世話になってしまうのは申し訳がない。身一つで領主と向き合うのはやっぱり怖いが、元の関係に戻ってしまうのも放り出されるのも、どちらも仕方のないこだと諦めるしかないのだろう。
……腹が痛くなりそうだ。
「うぅ……」
「気持ちに筋道を立てなくても良いと思うよ。切れ切れで構わないから、言いたいことを言うべきだ。無言ではなにも伝わらないよ」
「……そ、それでいいのかなぁ……」
「約束通り私が盾になるから、安心して」
ハイレリウスが勇気づけようとしてか、シタンの手を取り両手で包んだ。人肌の温かさが心地良くて、胸の痛みと震えが少し和らぐ。
「……お願いします。俺一人だと、多分怖くなってなにも言えなくなりそうだし」
辺境に帰って来てはみたものの、シタンにはこれから先のことが想像できなかった。
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