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43 洗いざらい吐かされて

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「――さて……。それでは、聞かせてもらおうかな」
「えっ、なにをですか」
「君の悩み事をだよ」
「はっ?」

 面食らうシタンに対して、青年は長い脚を組んで唇の両端を釣り上げた。

「だって、シタンは私の大切な恩人だから。知らぬ振りはできない」
「あ、相手が相手なんで、それはその」

 ……とても聞かせられる話ではないし、迷惑を掛けたくない……とは、言い切れなかった。ハイレリウスが「私を恩知らずにしたいようだね。君は酷い人だ」と、言葉を被せてきたからだ。

「悲しいよ。命を救ってもらったのに、その恩を返せないなんて……」
「……そんなつもりは、なかったんですけど」
「シタン……。せめて話だけでも聞かせてくれないかい。……力になれるかどうか分からないけれど、君が少しでも楽になれるように」

 いまにも涙が零れそうなほどに瞳を潤ませて、祈るような仕草までして切々と懇願してくるハイレリウスの姿に、まるで自分が悪いことをしているような気分になった。

「ハ、ハル様、そんな顔しないでくださいっ! 話します! 話しますから!」
「本当に? 私に恩返しをさせてれる?」
「はっ、はいっ! ほんとですっ! 話しますっ!」



 ――気付けば小川での出来事から、今に至るまでのことを洗いざらい吐かされた。

 先ほどまでの悲痛で泣きそうな雰囲気はどこかへ消えて、凛々しく真剣そのものな顔つきをしたハイレリウスは「……辺境伯が、まさかそんなことをするなんて」と、驚いた顔をした。

「でも、本当なんです」
「ああ、君の言っていることが嘘とは決めつけていないよ。ただ、私の知っている彼は、なんていうかそういうことに関しては妙に固いところがあってね。昔から浮いた話ひとつないし、今に至っても奥方を迎える話が噂にも上らないくらいなんだ」

 がつんと、頭を殴られた気分だった。そうだ。あんな美丈夫が、嫁の一人もいないなんて逆におかしい。今までそんなことを考えてもいなかった。

 ……あんな奴が誰と所帯を持ったって、別に関係はないというのに。

「だから、少し驚いたんだ。君を無理矢理抱いて、関係を続けていることに」
「そう、ですか」
「シタン、君は、彼のことをどう思っているんだ」
「どうって……」

 人に濡れ衣を着せて強姦する酷い奴だ。それは間違いないのだか……。

「酷い奴、だとは思っていたんですが、でも……、されるのは嫌じゃないんです。最初はそりゃあ、怖かったけど、なんていうか……、嫌味で意地が悪いけど、優しくて……」

 今でも睨まれると怖いし、横暴な態度は変わらない。だが、笑うと花が咲いたみたいに綺麗で、どこかラズに似ているせいか憎み切れない。それに、抱かれていると蕩けるように気持ちが良くて、なにもわからなくなるくらいに溺れてしまう。

「……けど、対価なんですよ。……別に好きでも何でもない俺を、慰みに抱いてるだけなんですよ。だったらもう、放り出してくれればいいのに……。この頃、か、体が変になってきてるし、このまま抱かれていたら、たぶん、もう誰とも、所帯も持てなくて独りぼっちになっちまう……」

 胸がまた痛くなった。この先、いつかは弄ばれた上に放りだされるだろう。実のところ前を慰めてもいけなくなっていきているし、誰かを抱ける自身がない。こんな体では、自由になったとしても嫁を貰って所帯を持てる気がしないのだ。

 ……こんなことをされている自分は、一体何なのか。胸が痛くて、苦しくてたまらない。酷く惨めな人間になった気がして、じわりと涙が出てくる。

「彼のことを、君は嫌いではないんだね」

 そんなシタンを前にして、ハイレリウスは穏やかに微笑んでいる。

 人が苦しんでいるというのに、どこか楽しげでさえある。恩人だとか言っていて、どうしてそんな顔をするのか。口元を緩めてさも面白いとでもいうような、露骨な笑みを浮かべ始めた彼に腹が立って「な、なにがおかしいんだよぉ……」と、思わず素の言葉遣いが出てしまった。

「あ、す、すみません」
「いや、構わない。君の喋り方は柔らかくて好きだよ」

 慌てふためいて頭を下げようとしたシタンを手で制して、ハイレリウスは「悩んでいる君に対して笑ったのは無神経だったね。すまない」と、逆に詫びてきた。

「ただ、君と彼のやりとりがいちいち噛み合っていないのが、微笑ましくて」
「ほ、微笑ましいって、どういう意味ですか」

 全く意味が分からない。微笑ましい話ではないというのに。

「世の中には、知らぬは当人ばかりなりということもある」

 なんだかまた意味の分からないことを言ったかと思うと、緩む口元を引き締め組んでいた脚を解いた。そして、拳を膝に置くと姿勢を正してシタンの方を真っすぐに向く。

「彼も君のこと、嫌いではないと思うよ。むしろ気に入っているだろうね」
「え、まさか。そんなこと……」
「まずは、彼の気持ちを確かめてみよう。そうすれば万事が解決するから」
「ど、どうやって」

 直接聞くなんてことは、とてもできない。あの領主相手に下手なことを言うと、なにを言い返されるか分かったものではないのは、日ごろから身に染みてよくわかっている。ましてや、あたしのことどうおもってるの? 的なことを聞くとなると、どんな嫌味な返し方をされるか……。

 想像するだけで腹が立つ。

「直接聞くだけが唯一の方法とは限らないよ。もっといい方法がある」

「それって、どんな方法なんですか」と、聞くと、ハイレリウスは「なに、簡単なことだ」と、言って満面の笑みを浮かべた。

「君が協力してくれさえすればね」


 ……なんだかとんでもないことを、言われそうな予感がした。

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