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30 嫁じゃない

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 町の薄暗い裏通りを抜けて、その先にある店の扉を開ける。

「おーい、いるかなぁ」

 間延びした声で呼び掛けながら、並べられた品物には目もくれずに古びた受付台へと近付く。背嚢はいのうを下ろし、中を探って毛皮や角を取り出して台の上にある浅い木箱へ入れていると、店主が「久しぶりだなぁ、シタン」と、裏方から笑いながら姿を現した。

「ひさしぶり。おやじさん、これ見てよ」
「ほお! こりゃ、良いな!」
「うん。禁猟期になる前に仕留められてよかった」
「お前さんはいつも運が良いなぁ」

 ここは祖父の代から付き合いのある店で、子供の頃からの顔なじみだ。気楽な態度で会話をしながら、毛皮や角を入れ終えた木箱を店主の方へと押しやる。

「買い取りよろしく」
「おう。……ちょっと待ってろよ」

 毛むくじゃらの大きな獣に似た体躯の店主は愛想良く笑ってそう言うと、木箱を持って奥へと引っ込んだ。

「――こんなもんでどうだ?」

 程なくして戻って来た店主が台に並べた硬貨の枚数を確かめて「良いよ」と、頷く。

 ……財布に納めて視線を戻すと、店主がまじまじとシタンを見ていた。 

値踏みするようなあからさまな視線に居心地の悪さを覚えながら「ん? なに」と聞いてみる。

「お前さん、なんだか前よりも顔色が良くなったな。髪も艶がある。男ぶりが上がったぞ」

 ニヤリと笑みながら、突飛でもないことを言われた。

「はあっ?! どういう意味ぃ?」

 驚いて声が裏返ってしまった。店主が「うるせえなぁ」と、顔をしかめて苦笑する。

「そんなに目ぇ剥くなよ。別に悪いこっちゃない。世話好きで料理の上手い嫁さんでも貰ったか」
「へっ? え、嫁? なにそれ。俺、そんなのいないよ」
「とぼけるなよ。枯れた感じだったのが艶々してるぞ。嫁さん、あっちの方も良いのか?」

 ニヤニヤと笑って店主が交わりを意味する卑猥な手つきをした。つい一昨日も抱かれたところだ。それをもろに思い出してしまい尻孔に力が入り体が震えそうになるのをなんとか堪えた。まさか領主に尻を掘られているなんて、口が裂けても言えはしない。

「い、いや、その、違うんだよ。よ、嫁じゃなくて……」
「嫁になってくれって言えてねぇってことか。それなら、早いとこ捕まえとけ。油断してるとヨソの野郎にかっさらわれるからな」
「う、うえっ? かっさらわれっるって、そんな!」

 なんてことを言い出すのか。

 思わず変な声が出てしまい、腹を抱えて大笑いされた。その上、「照れるくらい惚れてるなら、気をつけろよ」と、念を押されまでした。

 ――冗談でもあんな恐ろしい嫁がいてたまるかと、叫びたくなった。

 まかり間違って誰かがあんなのに惚れたとしてもだ、さらう前に斬り殺されてしまうだろう。そんな奴がいたとしたら命知らずにもほどがある。

「まっ、頑張れよ。嫁さんに土産でも買って帰りな」

 下世話なからかいが混じってはいるが、明らかに善意からと分かる言葉をかけられて、返答に困ってしまった。嫁などいないどころか相手は恐ろしい貴族だ。思わず否定する気力を失くして項垂れてしまう。

「頑張るとかそういうのと違うんだけど……、うん、頑張るよ」

 そそくさと店を出て表通りの店で臓物や肉の一部を売り、黒麺麭パンや塩、野菜などを買って住処の小屋へと帰った。

「俺、そんなに変わったのかなぁ……」

 夕餉を作る前に、わざわざたらいに井戸水を張って覗き込んでみる。水鏡には、眉根を寄せて情けない困り顔をした男の顔が薄っすらと映っているばかりだ。これといって男ぶりが上がったとかいうようにはとても見えない。見る者が見れば、分かる変化が起こっているのだろうか。

「抱かれてるせいかなぁ。だとしたら嫌だな」

 まったく迷惑なお貴族様だ。「なんかもう、早く放り出してくれりゃあいいのに」と、文句を言いながらシタンはたらいの水を汲み置き用のかめに入れて片付けた。
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