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20 寂しいという気持ちは
しおりを挟む頬や唇を、誰かの指先が撫でていく。
「……シタン」
――陽光がまぶしい。朝だ。
「シタン」
低い男の声で、名前を呼ばれる。領主の声だ。
「ん……」
一瞬、親友に呼ばれたかと思った。ラズの声は、こんなに低くない。柔らかくて高くて、澄んでいた。それなのに、不思議とラズの声に近い感じがする。
「まだ眠いのか」
「うん……」
眠いどころか、体がだるい。
あらぬところは熱を持っているし、脚腰が痛む。「無理をさせたな」と、言いながらそっと撫でてくる領主の手が心地良くて、頬を押し付けて甘えてしまう。
「もう暫く……、いや……好きなだけ横になっていると良い」
陽の光から逃れて、反対側へ寝返りを打つ。いつもひっ詰めて結わえている長い銀髪が解かれていて顔に掛かるが、それを領主がさらりと梳いて除けてくれた。言うこと成すこといちいち優しくて照れ臭くなる。
「朝餉はもう暫く後で支度させよう。ではな……」
頭を撫でながら告げられて、唇に深く口付けられた。
「……んんっ」
小さく水音を立てて、舌を一度だけ絡めたのみでそれは終わってしまい、領主の気配が離れていく。寝台は温かいが、独りにされるとなんだか寂しい。
……寂しいって、なんだ?
唐突に湧いて出た気持ちに、疑問を抱く。
気紛れの、対価を払うための行為だったはずだ。いつかは飽きられて終わるだろう。寂しいなんて、恋人でもあるまいにそんな風に思うのは間違いだ。脅され強姦までされた恨みや恐怖は、自分でもどうかと思うほどに早々と薄れているが、現実は変わっていない。
「あいつは、俺なんかなんとも思っていない……。ただの慰みだろ……」
口に出してみると残酷で冷たい響きだった。
ずきりと胸が痛んで喉の奥が強く締め付けられる。子供のように泣いて叫びたくなるような、切なくて悲しい気分だ。終わりを迎える日が怖くなってきた。
目まぐるしい自分自身の心の移り変わりに、なんとも言えない苦いものを感じた。……慰みにされた挙句に、心まで引きずられて不自由になっている。慰みだと思われているなら、俺だってそう思ってやろう。誰があんな……、卑怯な男なんかに心を傾けたりなんかするか。
意志を固めた直後、夕べの交わりの最中の、白くて綺麗で、とてつもなく色っぽい領主の姿が脳裏にちらついてシタンは少しだけ、ほんの少しだけだが尻が疼いてしまった。
――なんとも思わないでいられるほど、淡泊な夜ではなかったのは確かだ。
「はぁ……」
窓の外は青空が広がっていて気持ちの良い朝だというのに、辛気臭いため息が漏れてしまった。
……なににしても、近いうちに飽きられて自由になったとして、しばらく誰も抱けないし、間違っても抱かれたりはしないだろう。あの深くて甘い交わりを知った後では、大抵の交わりは味気なくて虚しいに違いない。
こんな気分になったのは、初めてのような気がする。
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