上 下
39 / 64
本編

36 魔術師様がブチ飛んだこと言い出すのは、想定内でなあああ!

しおりを挟む
 ――魔術師様と調理場で朝飯を食べた俺。

 食後のデザートとして出してきたオシャレなグラス入りフルーツゼリーをちまちまと食べながら、初めてこのお屋敷に来て、カムロさんに朝飯を作ったときを思い出していた。

 目をきらきらさせて、俺が料理を作るのを見たがったり味見をしたがったり……。真っ先に蜂蜜をかけた甘いパンプティングを平らげて、オムレツやサラダは後で食べてたなぁ。今になって思い出してみるとすごく可愛いな!

 食後の満足そうな顔は、本当に満たされたって表情だった。

 俺と出逢ったときが、カムロさんが一番……、寂しさを感じていたときだったのかな。信用できない人達を追い出して、誰もいなくなったお屋敷で、たった独りで紅茶を淹れて買い置きの甘いお菓子をもそもそ食べてるカムロさんを想像してみた。

 ……なっ、なんか、涙が出そうだぞ!

 目の前でニコニコと2杯目のフルーツゼリーを食べているカムロさんは、無邪気な笑顔を見せているのがやっぱり可愛くて……、幸せそうだ。俺、このお屋敷に来てよかった。この人を……どのくらいか分からないけど、幸せに出来たのが嬉しい!

 でもって、そんなカムロさんを見てると、俺も幸せな気分になれるぞ!

 しみじみとそう感じながら、ゼリー2杯目に突入! 丁寧に皮を剥いて種を取り除いたマスカットや、柑橘系の果肉がごろっと入ったゼリーが絶妙に美味い! 1杯だけ……なんて思ったけど、ついつい2杯目に手を出してしまったぞ。やっぱり手間を掛けて作ると、食感がいいし味もすごくよくなる! また作ろう!



 大満足の朝飯タイム終了! いつも通りの1日が始まった。

 ちょーっと体がギシギシいってたりとか、椅子に座ると尻に違和感があったりとか……、気にしなくなっていた外れない指輪が、ちょっと気になってたまに眺めちゃったりとか、カムロさんが妙にくっついてきたりとかするけど。

 あれ? いつも通りじゃないなこれ!

 ソワソワするっていうか、フワフワっていうか。んがああ! ムズムズする!

「――うぁ、カムロさん、ナイフ使ってるんで危ないですよ」

 調理場で仕事をしているときに、後ろからカムロさんが抱き付いてきて困った。背中にすりすり頬ずりしながら甘えてくるんだけど、それがかなり邪魔っていうか危ない! 

「ん……。もう少しだけ」

 甘えん坊度がアップしてて、すんごく可愛い! でも危ないから、やっぱりやめて欲しい!

「怪我してからじゃ遅いですから、離れてください」

 安 全 第 一 セーフティ・ファースト

 そこは譲れない。うっかり手が滑って、ざっくり指を切ったら1日どころか数日は憂鬱気分なの間違いなしだからな! 仕事に支障が出る! ジャム用に果物の皮を剥いていたナイフを置いて、布巾で手を拭いてからぺりっと俺の腹に回された腕を解いた。

 おっ? 素直に解かれてくれたぞ。てっきりぎゅうぎゅうされるのかと思ったけど。意外だなーと思いながら振り返ると、不満顔をしたカムロさんと目が合った。駄々っ子の目をしている!

「もう少しくっついていたいです」
「ダメです。甘えるなら、おやつの時間にしてください。今、忙しいですから」

 ちょっと厳しめに、きりっとした顔で申し渡して差し上げる。甘やかさないっ!

「邪魔をしてすみませんでした。自重しますね……」

 ぬあああ! しょんぼり顔も可愛い! ぎゅうっと抱き締めてなでなでしながら甘やかしたい! でも、昨日の今日なんですよ! 気持ちが追いついてないっていうか! 嬉しいけどなんか現実味がイマイチないっていうか! 家政夫業もおろそかに出来ないし! もうなんかすみませんねええええ! 

「仕方ありません。大人しく書斎に戻りますよ」
「そうしてください」

 とぼとぼと去っていく背中を見送って、ふーっと息を吐く。ずっとくっつかれてたら、それこそ俺の指と心臓が持ちませんでございますよ! マジ自重してくださいませ魔術師様! 
 
 一夜明けて可愛さ爆発してるカムロさんだけど、顔つきが少し変わった気がする。

 超綺麗なだけじゃなくて、いい意味での雄っぽい色気が混じっているというか。旦那様! って感じの貫禄が出てる気がするんだよ! ただでさえ超美形なのに魅力度がぐんと上がっている! それでいて可愛いとか! もう俺はどうしていいか分らんですよ! 

 あああもう! 床に転がってギャーギャー騒ぎたい! 恥ずかしい! 

 でも、嬉しいぞ! カムロさんが俺を……すごく必要としてくれていて……、あ、愛してるって言ってくれたりしたのが! 胸があったかくなるし、仕事も頑張ろうって思っちゃうぞおおお! 

 おっと、落ち着け俺!

 カムロさんは甘えたモードが暴走しかけてるみたいだけど、俺もなんか頑張り家政夫モードが暴走しそうだ。騎士団のことだってまだ解決していないし、それから先のことだってまだ分からない。浮かれるのもセーブしないとだ! 

 ――騎士に戻りたい気持ちは、揺らがない。

 中途半端なことはしたくないから、近いうちに家政夫は辞めようと思う。俺は騎士なんだから。でも、カムロさんから離れたくはないんだよなぁ……。俺がいないと、飯をまともに食わなさそうだし。 

 うーん、昼間は騎士団で働いて、夜はお屋敷に帰ってきて飯作って……みたいなのがいいと思うんだけどなぁ。虫がよすぎる考えか? でもお屋敷からだと騎士団は遠い。騎士団用の宿舎はボロいけど、本部からすごく近くて便利なんだよ!

 あーだこーだ考えてる間に、ジャムが出来た! 熱いうちに瓶詰めしなくちゃだ。

 諸々のことは、騎士団の件が解決したらしっかり話し合ってみよう。俺からも、ちゃんと気持ちを伝えなくちゃいけない。カムロさんのこと、大好きだってことや……、これからもずっと飯を作ってあげたいってことも。それから……照れ臭いけど、もっと大切なことも伝えたいし。

 







 ――魔術師様がブチ飛んだこと言い出すのは、想定内でなああぁ!





※カムロ氏、尻に敷かれそうな予感しかしない。内面がギャース! していて、とても落ち着きがないように見えていますが、外側から見たハスは割としっかり者。時々、取り乱すのはご愛敬ということで。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫に惚れた友人がよく遊びに来るんだが、夫に「不倫するつもりはない」と言われて来なくなった。

ほったげな
恋愛
夫のカジミールはイケメンでモテる。友人のドーリスがカジミールに惚れてしまったようで、よくうちに遊びに来て「食事に行きませんか?」と夫を誘う。しかし、夫に「迷惑だ」「不倫するつもりはない」と言われてから来なくなった。

さようなら、元旦那様。早く家から出ていってくださいな?

水垣するめ
恋愛
ある日、突然夫のカイル・グラントが離婚状を叩きつけてきた。 理由は「君への愛が尽きたから」だそうだ。 しかし、私は知っていた。 カイルが離婚する本当の理由は、「夫婦の財産は全て共有」という法を悪用して、私のモーガン家のお金を使い尽くしたので、逃げようとしているためだ。 当然逃がすつもりもない。 なので私はカイルの弱点を掴むことにして……。

あなたたちのことなんて知らない

gacchi
恋愛
母親と旅をしていたニナは精霊の愛し子だということが知られ、精霊教会に捕まってしまった。母親を人質にされ、この国にとどまることを国王に強要される。仕方なく侯爵家の養女ニネットとなったが、精霊の愛し子だとは知らない義母と義妹、そして婚約者の第三王子カミーユには愛人の子だと思われて嫌われていた。だが、ニネットに虐げられたと嘘をついた義妹のおかげで婚約は解消される。それでも精霊の愛し子を利用したい国王はニネットに新しい婚約者候補を用意した。そこで出会ったのは、ニネットの本当の姿が見える公爵令息ルシアンだった。

20年かけた恋が実ったって言うけど結局は略奪でしょ?

ヘロディア
恋愛
偶然にも夫が、知らない女性に告白されるのを目撃してしまった主人公。 彼女はショックを受けたが、更に夫がその女性を抱きしめ、その関係性を理解してしまう。 その女性は、20年かけた恋が実った、とまるで物語のヒロインのように言い、訳がわからなくなる主人公。 数日が経ち、夫から今夜は帰れないから先に寝て、とメールが届いて、主人公の不安は確信に変わる。夫を追った先でみたものとは…

ブチ切れ公爵令嬢

Ryo-k
恋愛
突然の婚約破棄宣言に、公爵令嬢アレクサンドラ・ベルナールは、画面の限界に達した。 「うっさいな!! 少し黙れ! アホ王子!」 ※完結まで執筆済み

王道学園のコミュ障ニセチャラ男くん、憧れの会長と同室になったようで

伊月乃鏡
BL
俺の名は田中宗介! どこに出しても恥ずかしい隠れコミュ障だ! そんな俺だが、隠れコミュ障ゆえの初手ハイテンションでチャラ男認定されてまぁ大変! 今更コミュ障なのがバレるのもチンケなプライドが傷つくのでチャラ男のフリをしている! 友達が著しく少ない以外は平凡な日常を送っていたはずの俺だけど、何故かあの、憧れの生徒会長と同室になっちゃって……!? しかも転校生が何故か俺に懐いてきて、同じ委員会にまで入ってきて!? 懐いてきてくれてるのかなコレ!? わかんないコミュ障だから!! 後輩に懐かれた経験、“無”だから! 薄い二年間を送ってきた俺の最後の一年。 憧れの会長と急接近、とまではいかないけど友達くらいになれちゃったりするかな!? 俺一体、どうなっちゃうの〜!? ※ 副題 コミュ障と愉快な仲間たち 毎日三話以上投稿を目指します。 不慣れなため、あとからタイトルつけたりするかもしれません。

妹と婚約者が結婚したけど、縁を切ったから知りません

編端みどり
恋愛
妹は何でもわたくしの物を欲しがりますわ。両親、使用人、ドレス、アクセサリー、部屋、食事まで。 最後に取ったのは婚約者でした。 ありがとう妹。初めて貴方に取られてうれしいと思ったわ。

婚約者の浮気を目撃した後、私は死にました。けれど戻ってこれたので、人生やり直します

Kouei
恋愛
夜の寝所で裸で抱き合う男女。 女性は従姉、男性は私の婚約者だった。 私は泣きながらその場を走り去った。 涙で歪んだ視界は、足元の階段に気づけなかった。 階段から転がり落ち、頭を強打した私は死んだ……はずだった。 けれど目が覚めた私は、過去に戻っていた! ※この作品は、他サイトにも投稿しています。

処理中です...