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第3話 進展
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城内のある一室を出て廊下を歩いていたところ、後ろから声をかけられた。
「高坂殿、少しお話が」
「若殿、おはようございます。どうしたのですか?」
「その……今朝、このような書状が届きました」
その手紙を見ると、宛先しか書いていない。こういうのは普通、差出人と宛先両方書くのだが、片方欠落している。
ということは犯人からだろう。
僕はすぐに全員を呼び出した。内密の会議なので、皆を奥にある部屋に集める。
若殿は皆が揃ったことを確認し、単刀直入に話を切り出す。
「朝早くに集めて申し訳ない。実は今朝、部屋にこのような書状が置いてあった」
まだ読んでいないということなので、皆で読むことに。
武田家臣一同
あなた達の主人を頂きました
この手紙を頂いた頃には、既に御館様は連れ去られたことでしょう
あなた方の機密情報をすべて頂ければ、無傷で解放いたします
要求を飲まない場合、主人を見捨てたと判断し、こちらの判断で処分させて頂きます
どうかあなた方の、賢い決断を信じております
「これが……犯人の要求?」
機密情報、つまり我々の兵糧や軍備、城の構造などの情報が欲しいということだろう。
「こんな要求飲める訳ないだろう! 父上を物扱いしやがって!」
「気持ちは分かりますけど落ち着いてください! ここで怒ったら犯人の思う壺ですよ!」
千代女の言う通りだ。ここで犯人の要求を飲めば今後の立場が不利になるし、天下も取れなくなる。
じゃあ代わりに金銀を身代金として出せば解決か、と思うとそれは違う気がする。
「そもそもこれ、誰が書いたのかなぁ」
「誰って、犯人しか」
「いやそもそも犯人が誰かって聞いてるんだ」
山県の問題提起によって、差出人の記載が無いことに気付いたらしい。ここから議題は、差出人の特定と御館様の居場所に移った。
まず、ここ数年で起こった出来事を列挙した。
直近の出来事としては、長年敵対していた上杉家との和睦が成立。つい先日には小田原城を包囲し、三増峠にて北条軍との戦闘。
この2つが特に大きな出来事として挙げられる。
昨年は北条家との同盟を破棄。一昨年には太郎様が亡くなったこと。今川家との同盟を破棄し、現在駿河侵攻の真っ只中、といったところか。塩止めされたことはどうでも良い。いやどうでも良くなかったけどこの事件には関係ない。
普通、関係が悪化している国が我々に暗殺を仕掛けたり嫌がらせをするものだ。和睦を結んだり関係良好なところから、では無いだろう。
大まかな居場所の候補としては、現在敵対している北条と今川くらいか。
「北条か今川……ということはこの二択?」
「いやここ北条一択じゃない?」
あぁそうか。よく考えれば、今川には優秀な人材はもういないし当主も暗愚。氏真が計画しようなら必ず綻びがあるし、起こったとしても事はすぐ収束しているはず。
となると我々と同じ、忍び軍団を配下にしている北条が筋だろう。
「じゃあ相模にある小田原城へ行けば助け出せる、ということか! なら早速」
「いやもう少し考えよう? 順当にいけばそうかもしないけど北条はいま、関東の半分近くを支配しているから場所の候補は複数あるよね?」
「それに本拠地周辺というのは人目が多い。わざわざ人通りの多いところをに置いておく理由があるか?」
山県と内藤の言い分はもっともだ。現在北条は領土拡大に成功し、相模以外にも治めている地がある。
それにこういう場合、人気のない粗末な小屋に攫った人を置くのが普通である。
「……私見を述べてよろしいでしょうか?」
今まで黙っていた千代女が口を開き、皆の視線が集まる。
「何か手がかりがあるのか?」
「いえ、ただここまでの議論を覆すことになるかもしれませんが、それでもよろしいですか?」
「構わんよ」
「私の予想ですが、北条領に信玄様はいないと思っています」
千代女の発言にどよめきがあがる。そりゃそうだろう。北条に狙いを定めていたから、議論が白紙になってしまう。
いや一旦落ち着こう。そしてここは一つ、見解を聞いてみよう。
「あくまで可能性、の話ですよ?」
「ここからは千代女の推測、ということになるんだな。して、その心は?」
「先日北条と戦をしましたよね?」
「あぁそうだな」
「その時武田軍、勝ちましたよね?」
「当たり前だろう。何が言いたい?」
「この戦の結果から、北条の外交志向が変化しているという情報を掴みました。現在、我が武田と和睦の動きに進んでいるそうなんです」
それは初耳だ。だが一度同盟を破棄した北条と再び手を組むなんて容易だろうか。それに北条は今、上杉と手を組んでいるはず。
「また当主である氏康は既に隠居しており、現当主は氏政。どうやら氏康は自身の死後、越相同盟を破棄し甲相同盟を復活するよう一族にお話ししているそうです」
小田原城を攻めた際、上杉からの援軍は来なかった。あの同盟は形だけだと御館様が仰っていたがやはり間違いない。というより戦があったならそこで討ち取れば良かっただけではないか。
「北条と上杉は元々仲が悪く、家中でも和睦したことを未だ快く思っていない者が多数いらっしゃいます。今は同盟を結んでますがいずれ破綻するでしょう。ですが我々と北条は以前同盟を結んでいました。方針転換で和睦するとなれば、時間はかかれど受け入れてくれるでしょう。氏康は信玄様の功績に関しては高く評価してますし。まぁ人柄のは敵対していることもあり、アレですが」
最後一言は余計だが間違いではない。それに氏康は隠居したとはいえ、権力はまだ持っている。この甲相同盟の締結に家中を説得したとしても反論は少ないだろう。
「なるほどね……じゃあお前は御館様がどこにいる、と考える?」
一瞬思案した顔をし、こう述べた。
「上杉輝虎がいる、越後国です」
*
もうすぐ7日が経つ。送った書状はもう届き、答えが返ってくる頃だと思っていた。
しかし毎日手紙の有無を尋ねているが、未だに届いてない。相手方は要求を飲んだのか破棄したのか不明瞭のまま。書状の一つくらいあってもおかしくないのに。
そして最大の問題は、相変わらず口を割らないままだということ。本人から情報を聞ければこんな物など必要無く、すぐに解放してあげたのに。
いくら温厚で気長な僕でも、これ以上待てば事が発覚してしまうかもしれない。
だけどもう少しだけ、あと少しだけ待ってみよう。
それでも駄目だったら、本当に容赦しない。
なぁに、大したことはしない。あいつには、少し痛い目を見てもらうだけさ。
「高坂殿、少しお話が」
「若殿、おはようございます。どうしたのですか?」
「その……今朝、このような書状が届きました」
その手紙を見ると、宛先しか書いていない。こういうのは普通、差出人と宛先両方書くのだが、片方欠落している。
ということは犯人からだろう。
僕はすぐに全員を呼び出した。内密の会議なので、皆を奥にある部屋に集める。
若殿は皆が揃ったことを確認し、単刀直入に話を切り出す。
「朝早くに集めて申し訳ない。実は今朝、部屋にこのような書状が置いてあった」
まだ読んでいないということなので、皆で読むことに。
武田家臣一同
あなた達の主人を頂きました
この手紙を頂いた頃には、既に御館様は連れ去られたことでしょう
あなた方の機密情報をすべて頂ければ、無傷で解放いたします
要求を飲まない場合、主人を見捨てたと判断し、こちらの判断で処分させて頂きます
どうかあなた方の、賢い決断を信じております
「これが……犯人の要求?」
機密情報、つまり我々の兵糧や軍備、城の構造などの情報が欲しいということだろう。
「こんな要求飲める訳ないだろう! 父上を物扱いしやがって!」
「気持ちは分かりますけど落ち着いてください! ここで怒ったら犯人の思う壺ですよ!」
千代女の言う通りだ。ここで犯人の要求を飲めば今後の立場が不利になるし、天下も取れなくなる。
じゃあ代わりに金銀を身代金として出せば解決か、と思うとそれは違う気がする。
「そもそもこれ、誰が書いたのかなぁ」
「誰って、犯人しか」
「いやそもそも犯人が誰かって聞いてるんだ」
山県の問題提起によって、差出人の記載が無いことに気付いたらしい。ここから議題は、差出人の特定と御館様の居場所に移った。
まず、ここ数年で起こった出来事を列挙した。
直近の出来事としては、長年敵対していた上杉家との和睦が成立。つい先日には小田原城を包囲し、三増峠にて北条軍との戦闘。
この2つが特に大きな出来事として挙げられる。
昨年は北条家との同盟を破棄。一昨年には太郎様が亡くなったこと。今川家との同盟を破棄し、現在駿河侵攻の真っ只中、といったところか。塩止めされたことはどうでも良い。いやどうでも良くなかったけどこの事件には関係ない。
普通、関係が悪化している国が我々に暗殺を仕掛けたり嫌がらせをするものだ。和睦を結んだり関係良好なところから、では無いだろう。
大まかな居場所の候補としては、現在敵対している北条と今川くらいか。
「北条か今川……ということはこの二択?」
「いやここ北条一択じゃない?」
あぁそうか。よく考えれば、今川には優秀な人材はもういないし当主も暗愚。氏真が計画しようなら必ず綻びがあるし、起こったとしても事はすぐ収束しているはず。
となると我々と同じ、忍び軍団を配下にしている北条が筋だろう。
「じゃあ相模にある小田原城へ行けば助け出せる、ということか! なら早速」
「いやもう少し考えよう? 順当にいけばそうかもしないけど北条はいま、関東の半分近くを支配しているから場所の候補は複数あるよね?」
「それに本拠地周辺というのは人目が多い。わざわざ人通りの多いところをに置いておく理由があるか?」
山県と内藤の言い分はもっともだ。現在北条は領土拡大に成功し、相模以外にも治めている地がある。
それにこういう場合、人気のない粗末な小屋に攫った人を置くのが普通である。
「……私見を述べてよろしいでしょうか?」
今まで黙っていた千代女が口を開き、皆の視線が集まる。
「何か手がかりがあるのか?」
「いえ、ただここまでの議論を覆すことになるかもしれませんが、それでもよろしいですか?」
「構わんよ」
「私の予想ですが、北条領に信玄様はいないと思っています」
千代女の発言にどよめきがあがる。そりゃそうだろう。北条に狙いを定めていたから、議論が白紙になってしまう。
いや一旦落ち着こう。そしてここは一つ、見解を聞いてみよう。
「あくまで可能性、の話ですよ?」
「ここからは千代女の推測、ということになるんだな。して、その心は?」
「先日北条と戦をしましたよね?」
「あぁそうだな」
「その時武田軍、勝ちましたよね?」
「当たり前だろう。何が言いたい?」
「この戦の結果から、北条の外交志向が変化しているという情報を掴みました。現在、我が武田と和睦の動きに進んでいるそうなんです」
それは初耳だ。だが一度同盟を破棄した北条と再び手を組むなんて容易だろうか。それに北条は今、上杉と手を組んでいるはず。
「また当主である氏康は既に隠居しており、現当主は氏政。どうやら氏康は自身の死後、越相同盟を破棄し甲相同盟を復活するよう一族にお話ししているそうです」
小田原城を攻めた際、上杉からの援軍は来なかった。あの同盟は形だけだと御館様が仰っていたがやはり間違いない。というより戦があったならそこで討ち取れば良かっただけではないか。
「北条と上杉は元々仲が悪く、家中でも和睦したことを未だ快く思っていない者が多数いらっしゃいます。今は同盟を結んでますがいずれ破綻するでしょう。ですが我々と北条は以前同盟を結んでいました。方針転換で和睦するとなれば、時間はかかれど受け入れてくれるでしょう。氏康は信玄様の功績に関しては高く評価してますし。まぁ人柄のは敵対していることもあり、アレですが」
最後一言は余計だが間違いではない。それに氏康は隠居したとはいえ、権力はまだ持っている。この甲相同盟の締結に家中を説得したとしても反論は少ないだろう。
「なるほどね……じゃあお前は御館様がどこにいる、と考える?」
一瞬思案した顔をし、こう述べた。
「上杉輝虎がいる、越後国です」
*
もうすぐ7日が経つ。送った書状はもう届き、答えが返ってくる頃だと思っていた。
しかし毎日手紙の有無を尋ねているが、未だに届いてない。相手方は要求を飲んだのか破棄したのか不明瞭のまま。書状の一つくらいあってもおかしくないのに。
そして最大の問題は、相変わらず口を割らないままだということ。本人から情報を聞ければこんな物など必要無く、すぐに解放してあげたのに。
いくら温厚で気長な僕でも、これ以上待てば事が発覚してしまうかもしれない。
だけどもう少しだけ、あと少しだけ待ってみよう。
それでも駄目だったら、本当に容赦しない。
なぁに、大したことはしない。あいつには、少し痛い目を見てもらうだけさ。
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