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国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと
極光に十字星は奔る
しおりを挟む最強の剣鬼にして剣姫
-宮元園衛(29歳・独身)-
時は少し戻る。
園衛が〈骸滅羅〉の中枢部を切断したのと同時に、ロケットが無事発射された。
激しい発射音と震動が、1キロメートル近く離れた園衛にまで伝わってくる。
「む……作戦成功か」
一瞬、園衛の注意が逸れた。
その時、折れた退魔刀に違和感が走った。
「ムッ!」
とっさに園衛が跳躍するや、破壊された〈骸滅羅〉の機体から無数の金属結晶が隆起した。
先端の尖った鋭利な結晶は、明らかに園衛の殺傷を目的としたものだった。
「こいつ……まだ動くのか!」
着地した園衛の目の前で、〈骸滅羅〉は禍々しい変形を始めた。
人間によって機構として組み込まれた変型ではない。
破壊を伴った機体構造の破綻による、変形だった。
装甲を形成していた金属が捻じれ、根のように広がって破砕部分を繋ぎ合わせる。
人工筋肉の断裂部を増殖した金属を糸のように伸ばして接合し、それを更に金属糸で覆って強化していく。
無数に生え、更に増殖する金属結晶は剣山となって機体上部を覆い尽くした。
制御を失った〈骸滅羅〉の中枢部は暴走し、自らの原型である巨大妖魔へと本能的に回帰しようとしていた。
「禍津神に戻ろうとしているのか。なら、今度こそ完全に破壊する!」
園衛が奥の手を出そうと精神を集中せんとした時、〈骸滅羅〉の後方から二体の影が突進するのを察知した。
「ッ!」
とっさに折れた退魔刀で敵の攻撃を捌く!
赤色メタマテリアルの火花が散り、退魔刀の折れた刀身が更に破砕されていた。
現れた敵は、醜く侵食再生された二体の〈アルティ〉だった。
本来〈骸滅羅〉を有線制御していた二体のドロイドは、逆に有線で操られるマリオネットと化していた。
二体ともに首がない。
失われた頭部は、〈骸滅羅〉本体に取り込まれているのが見えた。
(自分の頭脳として利用している……?)
園衛は分析しつつも、二体の〈アルティ〉の攻撃を避けていく。
しかし武装がない。このままでは明らかに不利!
「綾鞍馬! 四式破星種子島ァ!」
上空から、〈綾鞍馬〉が援護攻撃と共に武装を投擲した。
ニードルガンの援護射撃を受けて二体の〈アルティ〉が姿勢を崩した瞬間、園衛は武装をキャッチ。短銃身ショットガンである〈四式破星種子島〉だった。
園衛は至近距離から〈アルティ〉に散弾を撃ち込んでノックバックさせ、そのまま銃剣を振るった。
メタマテリアルコーティングされた銃剣は、一閃にて〈アルティ〉を有線コントロールしたケーブルを一本、断ち切っていた。
しかし──
「な、に?」
切断したはずのケーブルが、じわりと金属糸を伸ばして再接合していく。
園衛がもう一体の〈アルティ〉を捌く僅か1秒間で、ケーブルは完全に復元されていた。
「ぐっ……まずいな。一人ではオーバーワーク……か」
らしくない弱音のようだが、事実を言っただけだ。
この二体は同時に完全に破壊しない限り、無限に再生する。
既に支援空繰の〈雷王牙〉と〈綾鞍馬〉は共に重火器を撃ち尽くしており、足止めは期待できない。
見れば、〈骸滅羅〉は更に自己修復を進めている。
「このままでは時間切れ、だな」
園衛とて、現段階なら単独で〈骸滅羅〉を消滅させる方法がないわけではない。
しかし、それを発動させるには僅な隙が生じる。
二体の〈アルティ〉の連撃を捌きながらでは無理だ。
現状では、〈骸滅羅〉が手に負えないほどに禍津神として再生するのを指をくわえて見ていることになる。
そうなれば左大の〈ジゾライド改二〉を以てしても勝てる保証はない。
十年前の戦いでは、500体以上もの戦闘機械傀儡を投入しての辛勝だったのだから。
危機的、いや絶望的とも言える状況なのだが
園衛に焦りはなかった。
彼女の鋭い五感と超人的第六感は、最強の援護が来ることをとうに察知していたからだ。
「フ……来てくれたか」
園衛の口元に、余裕の笑みが浮かんだ。
〈アルティ〉が、横合いから撃ち込まれたグレネードの直撃を受けて吹き飛んでいく。
更に同じ方向から二発の対戦車ミサイルが〈骸滅羅〉に撃ち込まれ、悲鳴に似た金属的絶叫が響いた。
それは砂浜を疾走する黒いバイク──ビークルモードの〈タケハヤ〉から発射された攻撃だった。
〈タケハヤ〉は空のミサイルランチャーを投棄するや、ブーストジャンプと共にスタンディングモードへと変型。
乗り手と共に、園衛の傍らに降り立った。
黒い装甲の騎馬には、同じく黒い鎧の騎手が跨っている。
「……手伝いましょうか?」
無愛想にぼそり、と黒いバイザーの奥で声がした。
南郷十字──彼は園衛が唯一、対等と認める最強の戦士である。
「南郷クン、良い男というのは──頼まれなくても自分から仕事を手伝うものだぞ?」
「じゃあ悪い男で良いです……」
「それにキミは給料分、私を手伝う義務がある」
「あぁ……義務。本当にイヤな言葉だ……」
心底面倒臭そうに、南郷は地面に降りた。
彼は文句を言いつつも、園衛が必要な時はいつも隣にいてくれる。
だからこそ、園衛は彼が愛おしい。
園衛の表情が和らいだ。
殺意の篭った剣士の顔から、たおやかな女性の顔に変わっていた。
「キミが一人いれば、私にとっては千の味方を得たに等しいよ」
「なら千人分給料を払ってください」
「ん~……考えておこうッ!」
園衛は軽やかに両手を掲げた。
報酬については、すっとぼけた訳ではない。
近々──彼とは、もっと親密に……二人きりで話す機会を設けるつもりだった。
「顕現せよ、フツノミタマッ!」
精神を集中し、頭の奥の蒼い光を掴むイメージを描く。
イメージを具現化するように、園衛の両手に二本の長刀が出現した。
それらは幾何学模様の刻まれた蒼い刀身を持つ、無国籍の直刀だった。。
宮元家の遺伝子情報を鍵として、虚数次元から概念を結晶化させて召喚される霊刀〈フツノミタマ〉。
それは、あらゆる妖魔、霊体の類を消滅させる最強の絶対殲滅武装であった。
最後の武装を得た園衛の後で、二体の支援空繰が合体した。
〈雷王牙〉と〈綾鞍馬〉が合体したこの形態はさながら羽の生えた鵺であった。
見た目は派手だが戦闘用形態ではない。最大の戦闘支援を行うために、主の号令を待っていた。
「さあ、いくぞ南郷くん! 合体攻撃だッ!」
「はあ? いきなり、そんな……っ」
南郷は唐突な無茶振りに困惑しつつも、園衛に合わせて武装を展開した。
二刀のメタマテリアルエッジMMEが、赤色マテリアルの刀身を励起状態で発振。
こちらの戦闘態勢が整ったのを察知して、二体の〈アルティ〉が体勢を立て直した。
「前にもやったんだ! キミと私のコンビネーションで! 斃すッッッ!」
「あ~~っ、もう! 分かりましたよ! やりゃあ良いんでしょう!」
「いくぞォォォッッッ!」
園衛、気合と共に突進!
地表面を蹴り飛ばし、蒼い闘気をまとっての超高速突撃で〈骸滅羅〉に切り込む!
妨害せんと立ちはだかった〈アルティ〉を、園衛は一撃で斬り伏せた。
「はぁッッッ! 討魔刀法! 天・河ッッ!」
二刀の剣圧と霊圧の二段攻撃で〈アルティ〉がみしり、と音を立てて大地にめり込み、クレーターを生じて圧潰した。
蒼い霊気の剣閃が地表に走り、光の河を形作る。
故に、この剣技は〈天河〉と云う。
一撃必殺の剣戟は振りが大きく、隙がある。
園衛の真横からもう一体の〈アルティ〉が爪で迫る──
が、
「邪・魔・だ」
その横っ腹に、南郷がMMEの斬撃を叩き込んだ。
園衛の近接防御を兼ねた積極的攻勢であった。
瞬く間に赤色メタマテリアルの原子一個分の薄さの刀身が〈アルティ〉を微塵切りに切断し、再生困難な状態で残骸が散乱した。
長き戦いの中で戦技と覚悟を研ぎ抜いた戦姫と戦鬼の二人が合わさった今、命なき機兵など問題ではなかった。
園衛は足を止め、必殺の大技の準備に入る。
「はぁぁぁぁぁぁ……ッッッ!」
二刀を構え、闘気を極限まで練り上げる。
青い長髪が光を帯びて、ふわりと宙に浮きあがった。
周囲の小石が闘気に当てられ、次々と重力に逆らって空中に浮揚されていく。
その隙を、〈骸滅羅〉は逃さなかった。
全ての近接防御を失った今、自ら金属結晶の槍を園衛に向けて放つ!
無防備な園衛に迫る攻撃へと、南郷が自らを盾にして立ち塞がった。
「プロテクション!」
ボイスコマンドによるマニュアルの電磁反応装甲放出!
空中に放出されたマテリアルの電磁反発で、〈骸滅羅〉の結晶槍はことごとく弾かれた。
掩護防御に入った南郷の横を、〈タケハヤ〉が駆け抜けていく。
「タケハヤ、人工筋肉リミッター解除!」
『イエッサー アンロック ワンウェイ』
〈タケハヤ〉の両腕の人工筋肉が限界を超えて膨らむ。装甲を軋ませるほどに!
〈骸滅羅〉が迎撃に巨大なクローを振り下ろしたが、〈タケハヤ〉は拳撃でそれを打ち砕いた。
それは限界を超過したパワーだった。一撃で右腕の人工筋肉が断裂し、潤滑液が装甲の隙間から吹き出す。後先を考えない戦闘だった。
〈タケハヤ〉は残った左腕を、発勁の応用で〈骸滅羅〉の機体下部へと打ち込んだ。
『マキシマム・インパクト』
全身の人工筋肉を作用させた、全力のアッパーカット。
〈タケハヤ〉よりも巨大な〈骸滅羅〉の機体が、空高く打ち上げられた。
宙に浮かんで自由の効かない〈骸滅羅〉へと、地表の合体空繰から雷の束が放射された。
空中を電光が走り、僅かに遅れて神鳴りの轟音が天地に響き渡る。
〈骸滅羅〉の周囲で雷は拡散して、結界となって空中に対象を完全拘束した。
地上では、園衛の闘気が仕上がっていた。
二刀の〈フツノミタマ〉は、闘気を集束するために一本の大剣へと概念合一。
練り上げられた蒼い闘気が渦を巻いて立ち上り、園衛の両目が黄金色に輝いた!
「討魔刀法! 極・光ォォォォォッッッッ!」
気合と共に振り下ろされた刀身から、破魔の無限光が放たれる。
それは10年前に禍津神を完全消滅させた、園衛の最大奥義だった。
蒼光の奔流が上空の〈骸滅羅〉を飲み込み、魔力的に増殖、結合していた金属細胞を素粒子レベルで分解していく。
光が空に昇り切った後には、不活性化した金属片と、尚もそれらを繋ぎ止めようと足掻く〈アルティ〉の頭部と、〈骸滅羅〉のひび割れた中枢部だけが残った。
直後、二つの〈アルティ〉の頭部が切断された。
「見れば分かる。これをぶった斬れば良いんだろ……」
地上から、〈タケハヤ〉のワイヤーアンカーに乗って飛翔してきた南郷による斬撃だった。
落下する時のことなど考えていない。捨て身同然の挺身攻撃だった。
物理的な演算装置だった頭部を失い、〈骸滅羅〉の中枢部がギチギチと悲鳴を上げながら落下する。
もはや我が身を復元する術はなく、本能的に死に抗い、足掻くような金属の絶叫──。
それも、二重の切断音と共に終わった。
上空からの南郷の縦一閃、地上からの園衛の横一閃、合図無用、ぶっつけ本番の同時斬撃が、〈骸滅羅〉の中枢金属板を十文字に切り裂いていた。
「名付けて極光・十字星斬……!」
園衛は即興で合体攻撃に名を付けた。
一方、南郷の反応は──
「んン……」
コメントに困っていた。
物理的、そして霊的に破壊された〈骸滅羅〉の中枢は、炭化して崩壊していった。
もう二度と蘇ることはないだろう。
「フ……私たちの敵ではなかったな、南郷くん?」
余裕で着地する園衛をよそに、上空から落下した南郷は無様に地を転がって五点着地。
「うぅぅ……!」
バイザーの奥で右目を光らせ、恨めしそうに園衛を睨んだ。
「せめて受け止めてほしかったんですが……!」
「白馬の王子様が、お姫様に言う台詞ではないな?」
「はぁぁぁ?」
南郷は苛立ち、呆れて言葉を失った。
土に塗れた真っ黒な鎧の男と、刀を振り回す29歳の女。
これのどこが王子とお姫様なのか、と。
「冗談じゃない……」
「私だって、たまにはそういう気分になりたいのだ」
軽い調子で謳いながら、園衛は倒れる南郷に手を差し伸べた。
そんなセンチメンタルな関係でないことは百も承知している。
南郷とは、共に轡を並べる同士である。
と、同時に──
(実際……私が辛い時は、いつもキミが助けてくれるだろう?)
園衛にとって、彼は生涯を共にしたいパートナーだった。
尤も、口に出すと雰囲気が拗れそうなので、今は言わない。
後で、そういう機会は設けるつもりだった。
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