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国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと

国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと46-決戦編-

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 古今東西、大規模戦闘の優劣は司令官の質で決定する。
 優れた司令官は、開戦までに入念な準備を行う。
 敵方への内部工作による攪乱、買収、内応もろもろで指揮系統を破壊し、戦闘開始時には既に勝敗が決している──というのは歴史上少なくない。
 戦略での不利は戦術面では覆し難く、一人や二人の前線指揮官がどれだけ奮戦しても往々にして徒労に終わるものだ。
「──と、いうワケでして、わたくしは最早九割がた勝っているのでござまいすね~?」
 当の司令官である東瀬織は、電話をしていた。
 真っ暗闇の中、スマホのディスプレイだけが瀬織の頬を照らしている。
 ひどく窮屈で、まるで何かの機材が倒壊した隙間に生き埋めにされたような場所だった。
「ま~、これで『勝ったなガハハ』とか油断ぶっこいてると、必死の攻め手に足元すくわれるのが定石でございますから、わたくし念には念を入れております。ご心配なく~♪」
 緊迫感のない調子で不穏な内容を話す相手は、瀬織の同居人だった。
『心配なく……って、今どこにいんのさ? 仕事に行くって、もう一週間くらい帰ってきてないけど……』
 電話の相手は、東景。
 三学期を終えたばかりの中学二年生の少年だった。
 瀬織が行く先を知らせなかったのは、作戦上の都合だ。
 だが、もはや隠す必要はない。
「ぶっちゃけた話~、北海道におりますのよ~」
『なんでそんな所に……』
「ねっとで検索してみてくださいませ。ろけっと打ち上げの中継、と」
 瀬織は、ヒントどころか答そのものを教えてやった。
 暫くすると、電話の向こうから景の困惑した声が聞こえてきた。
『えっ……なにこれ……動画サイトに打ち上げ準備中とか出てるけど……』
「見たまんまでございますわ~? まあ、そんなに視聴者数はいないでしょう? 今日び、民間のろけっと打ち上げなど珍しいものではありませんから~?」
 二十年、三十年前のアメリカのスペースシャトル打ち上げならともかく、全長20メートル程度の細長い商用ロケットが殺風景な施設からこじんまりと発射される映像など、さして面白みのあるものではない。
 しかも配信自体も恒例になっていて意外性も話題性もないので、大して視聴者も集まらないのだった。
『うーん……同接500人くらいだけど……?』
「なんなら中継の様子は保存しておくと、お得かも知れませんわよ?」
『なんでさ?』
「戦争おっ始めるから~~……で、ございますわ♪」
 瀬織は、これから買い物に行くんですわよ的なノリで、とんでもない内容を暴露した。
 電話の向こうから景の『ひっ』という小さな悲鳴が聞こえたが、瀬織は妖しく笑って話を続けた。
「わたくし……今、ろけっとの中にいますの?」
『は?』
「景くんが見てるろけっとの、せっま~~い貨物室に、ぎゅう☆ぎゅう☆に詰め込まれてますの~? 人権無視ですの~? ま、わたくし人間じゃないから当然なんですけど。ほほほほほ……♪」
 瀬織が今、格納されているのは大型貨物用ロケットの先端部だった。
 大型といっても商用ロケットのサイズは決して巨大ではない。輸送できるサイズも質量も限られており、貨物室の容積は人間の大人が身を屈めて二人入れるかどうか、といったところ。
 そこに今──瀬織と戦闘機械傀儡〈マガツチ改〉が、関節を曲げて、体を折り畳んで詰め込まれていた。
 緩衝剤も固定具も生命維持装置も一切ない。本当にそのまま、ぎゅうぎゅうに鮨詰めにされただけだった。
「もう少ししたら、わたくしお空の向こうに行って参りますわ」
『ちょっ、えっ? 宇宙? く、空気とか、そういうの平気なの?』
「わたくしは人間ではありませんので、そういうの一切無視して宇宙まで行ける唯一の戦力である……と判断いたしました。戦力としては園衛様や南郷さんの方が遥かにお強いのですが、お二人とも宇宙には行けませんから~? わたくしがやるしかないのですわ。ま、初体験ですけど? おほほほほ……♪」
 2000年前に作られた木製の呪術兵器が宇宙に行った経験などあるわけがなかつた。
 宇宙空間の真空、無重力、太陽光、排熱問題諸々は知識として学んだ上で、どうにかなると瀬織自身が判断した。
 瀬織の頭の後の機材が、スマホの光を反射した。
 その金色のパーツは、〈マガツチ改〉の宇宙空間用改修部分だった。
 人工衛星などに用いられるサーマルブランケットと呼ばれる断熱材だ。
 これを機体の主要部分の表面に積層することで太陽光の熱を遮断し、冷却効率を上げるのだ。
「というわけで、少し遠くでお仕事を済ませてから、おうちに帰りますわ」
『宇宙で……な、何と戦う気なの?』
「あのウカとかいう小娘の……ま、本体ですわね」
 もはや作戦の最終段階。誰に何を知られようとも止められはしない。一般人の景にも包み隠さず何もかも話せる。
「ウカは人工知能として、ねっとわーく上に偏在しております。いんたーねっとくらうど、というヤツですね。わたくしは社会的にウカを抹殺し、また地上にある分霊を破壊しました。しかし、彼の小娘は元々は本体があったはずなのです。わたくしの予備部品の頭部を、今世の人間の作った胴体と繋ぎ合わせた、人造神としてのヒトカタが……」
『宇宙に……あるって? 僕たちの前に出てきた、あの女の子の姿は違うの?』
「アレはただの端末。指先のようなものです。ウカの本体は誰にも手が出せない場所にあったのですよ。たとえ現代で失敗しても、ほとぼりが冷め、対抗勢力もいなくなった何十年後かに計画を再開できるように宇宙に上げたのです。日本政府の衛星打ち上げに便乗して、少しずつ機材を運んで、機能が陳腐化しないように拡張を続けながら……」
 これらの情報の子細は、政府内の内通者からのリーク、制圧した省庁と関係企業から押収した資料、そして瀬織自身の分析を総合して導き出したものだ。
「あの小娘は……ある意味では、わたくしの可能性の欠片ですね。人の願いを受けた、為政者の都合の良い道具という点では同じでございます。わたくはこうして一人の女として生きていますが、ウカはそうはなれなかった」
『話し合って和解とか……出来ないの?』
「ふ……無理ですわね」
 瀬織は冷たく、どこか諦めたように鼻で笑った。
「あの小娘に同情する、お優しい気持ちは分かります。しかし情けをかければ負けるのはわたくし達なのですよ。ウカ自身は善意の神であっても、それを利用する俗物どもが善とは限らない。いつの世も、神とは人にとって都合の良い道具でしかないのですよ。ウカ自身に意思の決定権はないのです」
『なんか……哀しいね。それ』
「戦争に単純な善悪がある……と考えてしまうよりは、哀しいと儚む方が健全でございますわ。事の良し悪しは、景くんがこれから学び、自分で判断するのがよろしいと存じます。少なくとも──人が歴史を俯瞰できる自由を守るため、という点では……わたくしに大義がなくもないのですが」
 かといって、瀬織は自分達が完全な善であると奢るつもりはない。
 善とは所詮は詭弁であり、大衆を操る方便に過ぎない。
 見ようによっては、瀬織たちと日本政府との戦いは悪と悪、もしくは俗物同士の利権抗争でしかないのだから。
「時に景くん、そちらに変わったことはありませんか?」
『変わったこと? えっと……』
 景が少し思い出すような間を置いた。
『朱音ちゃんが昼間に、変なメッセージ送ってきたんだけど……』
「問題は解決した、と?」
『えっ、なんで知ってるの……』
 氷川朱音は、瀬織の用意した保険だった。
 北海道に戦力を集中したのだから、敵が手薄な方を狙ってくるのは必定。
 景や園衛の家族を人質に取るために、雇われのヤクザ者を仕向けてくると予測していた。
 朱音は正規戦力としては心許ないが、ただのヤクザ相手なら問題ない。
 瀬織の眷族としての精神操作や簡易呪術を使って、容易に制圧した──というのは、朱音との精神接続で分かっていた。
 もはや、後顧の憂いは何もない。
「実に重畳。これで、わたくしは心配事もなく宇宙に飛んでいけますわ」
『あのさ……さっきからずっと電話してるけど、大丈夫なの? 敵に盗聴されてるんじゃ……』
「そうですよ? 筒抜けですわよ? 一般の通信関係には、今もウカがガッツリと食い込んでますから~?」
『ええっ! ヤバいじゃん! なんで電話してんのさっ!』
「決まってますわ。聞かせてるんですよ、あの小娘に」
 暗闇と光の狭間で、瀬織の表情が邪悪に染まった。
「聞こえてますか~、ウカさん? あなたもう完全に詰みですわよ~~? ぶっちゃけた話~、わたくしにとってはあなたとの戦争なんて、景くんとの生活の“ついで”でしかなかったんですよ~? 元から三ヶ月、つまり景くんが進級するまでにブッ潰す予定でしたからね~?」
『ちょっ、瀬織! なにネットのレスバみたいに煽ってんの!』
「煽りたいから煽ってんですのよ。哀しいですわね、儚いですわね、人の夢って~~? 70年もかけてコツコツと積み上げてきた計画が、たった三ヶ月でブッ壊されるんですよ~~? こ・ん・な、愉悦は他にありませんわ~~っ! 美しいですわね、愚かしいですわね。ま~、喧嘩売る相手? 間違ったんじゃないんですかぁ~~? どんな気持ちですかぁ~~? フッヒヒヒヒヒヒ……!」
 魔の本性を露わにして、堕ちたる女神が天上の女神を嘲笑った。
 そして瀬織の赤い目が、闇の中で重力の彼方──静止軌道を見据えた。
「それではウカさん。いま、ブチ殺しにいきますわ」
 殺意、悪意、酷薄なる告死。
 通話中、妙なトーン音とノイズが混入した。単なる機器の故障か、それとも別の何かの介入だったのかは、もはや興味もなかった。
「それでは景くん、しばしのお別れでございます。もうすぐ通話が切れますので」
『そうなんだ……。ちゃんと、帰ってくるよね?』
「はい。ご心配なく」
『僕に出来ることって……何かある?』
「中継を見て、わたくしを応援してくださいまし。それが何よりの励みでございます。それと、この中継を宣伝してくれたら嬉しいですわね~? 数とは力。信者を集めてこその神でございますから──」
 話の途中で、通話が切れた。
「あら……始まりましたか」
 瀬織は頭の端に感電したような痺れを覚えた。
 スマホに表示される電波状態のインジケーターが通話不能になっている。
 ステゴサウルス型戦闘機械傀儡〈ケンザン〉による、広域ゴーストジャミングが展開されたのだ。
 〈ケンザン〉は本来、多用途電子戦が可能な機体だ。
 しかし位置情報の欺瞞、索敵、通信管制といった高度な運用は、他に情報処理用の電子戦車両と専門オペレーターが必要で、そのどちらも用意できていない。
 よって、今回は単に外部電源に繋いでの高出力電波妨害に徹した運用を行う。
 これは敵だけでなく味方の通信網すら分断する諸刃の剣だが──
「真の戦上手とは、個々の判断で作戦目標を達成できるもの。後は南郷さんと左大さんと、園衛様の練度を信じるのみ……でございます」
 目を閉じて、息を整え、瀬織は発射までの時を待つ。
「あと……10分くらいですかねぇ?」
 発射シーケンスの進行は、頭の感覚でなんとなく分かる。
 自分では出ることが出来ない狭い閉鎖空間。
 ロケット弾の一発でも当たれば一瞬で爆発炎上して死に至る状況。
 そんな中での10分間は無限に等しく、人間ならば発狂しかねない。
 しかし、瀬織は人に非ず。生命に非ず。
 神として、道具として作られた肉体と精神は、人のような錯覚とは無縁に淡々と現実を認識していた。
 この目立つロケットを囮にして、敵の全戦力を惹き付けて全滅させるのも目的の一つ。
 ズン……と地震に似た震動音が貨物室を揺らした。
 発射場の外縁に構築された防衛ライン上で、火砲が炸裂した震動だった。
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