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国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと
国崩し・東瀬織と悪意の箱のこと22-炎上編-
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「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
厭な感覚だった。
剣持がこんな気分になったのは、何年ぶりだろうか。
自衛官としての枠を、法の一線を越えるか否かの選択を迫られている。
何年も前に、同じ経験をした。
同じように、デルタムーバーのコクピットで。
ゴラン高原でのPKO活動参加。政治屋どもの言い訳のような最低限の護衛戦力として送られた剣持たち1個小隊。輸送車両の護衛任務。対戦車装備なし。難民バスに偽装した自動車爆弾。トラックに積まれたテロリストのデルタムーバー。
国会の政治屋どものように事なかれ主義で見過ごして、バスも市民も吹き飛ぶか。
それとも己の信条に従い、トリガーを引くか。
一個人には重すぎる政治的判断の重力が、剣持の内臓にずしりと圧し掛かった――
あの、厭な不快感が今まだ蘇ってきた。
『剣持一尉 バイタルに 異常が 見られます』
気に障る、AIの声……。
「お前に言われなくても分かってる……!」
押し殺すような声で返した。
胃袋が重い。
眠気と疲労を誤魔化すためにコーヒーを飲み過ぎた時みたいなムカつきだ。
その原因の恐竜メカ〈ジゾライド改二〉は、モニタの中でこちらを見ている。
嘲笑う炎のように、俄かに咢を開いて。
『剣持ィ……楽になっちまえよ?』
マイクが外部音声を拾った。
ゴォーーンというエンジンのアイドリング音と工場の機械音に重なる、男の声。
〈ジゾライド改二〉の外部スピーカーを通して、左大が語りかけてきた。
『民間の被害とか? いちいち気にしてる余裕あんの? ねぇだろ、そんなモンよォ~~? 余裕ぶっこいてたら一秒後にはお前は機体ごとバラ☆バラだぜぇ~~?』
左大は煽るのか説得しているのか良く分からない。しかし舐めた口を叩く。本当にムカつく野郎だ。
しかし、奴の言っていることは正しい。
〈ジゾライド改二〉の戦闘能力はこちらを遥かに凌駕している。
訓練の想定を超えた動きで、瞬く間に3両の無人機が撃破された。ほとんど一瞬で機体調達費だけで約30億円分が消し飛んだわけだ。
「当機と部隊の状況、知らせ……」
剣持は小声で呟いた。
左大に気取られぬように機体コンディションを確認する。
『当機の 本体損傷は軽微 ロードブースターの グラップルアーム 半数に損傷あり 人工筋肉断裂 駆動不能 です』
ウルがアナウンスと共に自己診断画像をモニタに表示した。
ロードブースター〈カグツチ〉に内蔵されている8本の触腕の内、4本が赤く染まっている。しかし先端部のファングユニットは健在だった。
『残存する 随伴歩兵機は 10機です』
「奴の死角から軽MATを撃ち込めるか?」
『強力な電磁妨害あり ATGM(対戦車誘導弾)誘導不能』
工場敷地内では、危機に鈍感な工員がスマホで目の前の異常事態を撮影しようとしたり、あるいはSNSに投稿しようとしているのが見えたが、彼らは皆スマホの不調に首を傾げていた。
工場内には避難警報が鳴り響いているが、消防車のサイレンは一向に聞こえてこない。通報しようにも電話が不通なのだ。
モニタに映る〈ジゾライド改二〉は度々ブロックノイズが走る。
剣持の〈スモーオロチ〉から50メートルは離れているが、強力なジャミングの影響が及んでいた。
「これがゴーストジャミングってやつか?」
『加えて 敵機には 高出力電磁シールドジェネレーターが 装備されています 最大出力で 指向性エネルギー兵器すら 防御できるほどの』
一部で実用化されている荷電粒子ビーム兵器を防げるほどの電磁場なら、EMPに等しい電磁波攻撃すら可能ということだ。
〈ジゾライド改二〉もはや恐竜というより怪獣の類だ。
「他に……奴の装備は」
『背面に 仕様書外の ターボファンエンジンを確認 駆動音が F2支援戦闘機のエンジンと 一致しました』
また、とんでもない解析結果が出た。
モニタの中で〈ジゾライド改二〉が欠伸のような仕草で低く呻った。
『別にいいぜ? いくら調べてもよぉ? でも、それって根本的な解決になってないぜ?』
確かに、左大の言う通りだ。
こちらの火器はロックされ、格闘戦では勝ち目がなく、残存した〈アルティ〉達の装備する対戦車ミサイルも当たらないのだから、いくら敵スペックを解析しても勝算が低すぎる。
モニタに、〈ジゾライド改二〉各部の解析結果が表示された。
『背面の ジェットエンジンの アフターバーナー点火と 同時に 機体各部の ロケットモーターを燃焼することで 瞬間的に 爆発的加速を 得るようです』
「つまり、距離を空けるほど不利……」
『しかし 現状 近接戦闘では 勝ち目は ありません』
分かり切った結果を述べるウルが、更に冷たく続けた。
『意見具申 火器の オートロックを 解除してください』
ほぼ同時に、〈ジゾライド改二〉が左大の声で
『剣持ィ……つまんねーこと考えてないで、ブッ放せよ?』
同じ内容を扇動してきた。
剣持は、左大を心底恐ろしい男だと思った。
奴は剣持の心理を完全に読んで、民間への被害を恐れて火器の使用を制限していることを理解しているのだ。
その上で、一線を越えてこいと誘う。
破滅と地獄の戦闘舞踏へと誘っている。
『ぬははははは! なーに遠慮してんだよ、悪の戦闘員の分際でよォ~~?』
何を思ったか、〈ジゾライド改二〉が手近な工場建屋の壁面を掴み、外壁を剥ぎ取った。
『あーあー、壊れちまったよ? お前らのせいで?』
おどけた声色で、左大が意味不明の責任転嫁。
まるで煽り運転のチンピラが事故を起こして、それを相手のせいだと擦り付けるかのように。
「なんだと……? なめてんのかテメェ!」
『剣持ィ……。俺言ったよなあ? お前らは悪のAIの手先の極悪戦闘員なんだから、自覚持って覚悟キメてこいってよ? その様子じゃあ、お前……自分がまだ国民を守る自衛官だと思っとるようだなァ~~? ……アホか?』
〈ジゾライド改二〉が剥ぎ取った壁面を無造作に投げ捨てた。
壁面は敷地内に落下し、観衆と化した工員の近くで飛び散った。
「ひゃあ!」と工員たちから悲鳴が上がるが、彼らは呆けたような顔で事態を未だ傍観している。
正常性バイアスによる危機意識の致命的な欠如か、あるいは現実離れした光景に判断力を喪失しているのか。
そんな民間人に苛立ちながらも、剣持はモニタの〈ジゾライド改二〉を睨んだ。
「市民を巻き込もうとしている、お前の方こそ悪党じゃねぇのか!」
『だーかーらーよー? こうなったのは、お前らのせいじゃん? お前らが国会通してない非公式軍事活動で? 自衛隊の兵器を動かして? 勝手に俺のシマにカチ込んできたから――こうなった。そもそも大昔の政治屋がクソみてェな陰謀なんて考えたから、こういうことなってんだけど?』
正論のような暴論のような反論に困る弁をすらすら述べて、左大の〈ジゾライド改二〉は観衆たちに顔を向けた。
『みーなーさーーーん! 聞いてくださぁーーい! こいつらは~! 国民の税金使って陰謀企んでまぁぁぁぁぁす! 悪のAIでディストピア作ろうとしてまぁぁぁぁぁぁす!』
「なっ!」
『みなさんのスマホに入ってるUKAってアプリも、ぜぇーーーんぷのコイツらのスパイウェアでーーっす! 詳しくは! 家に帰ってからネットで検索ゥ! 続きはWEBで! ヒャーーッハハハハーーッッ!』
左大は単刀直入にウ計画の概要を不特定多数に暴露してしまった。
直接の音声で情報をバラ撒かれたら、いかに高度なAIとて情報統制はできない。
阿呆の所業のようで、あまりにも確実な情報公開であった。
『な~、剣持よ? 俺、なーんか間違ったこと言ってっか?』
「くっ……」
剣持、反論に窮す。
内心、剣持もウ計画が最終目的とする国家国民の管理には懐疑的なのだ。
『剣持よ~? AIによる管理社会なんてディストピアに決まってんだろ? 常識だよ常識。だから、相対的に俺は正義の味方ってワケだな? そして、お前らは悪党だ』
左大は一方的な論理をぶつけてくる。
剣持が反論できずにいると、ウルが代わってスピーカーから音声を出力した。
『左大億三郎 あなたの 価値観は あまりにも 旧態然として 硬直しています』
『ぬっははははは! おいおい、俺は剣持と話してんだぜ? AIくん?』
『我々の 目的は 強権的支配ではなく――』
『機械の分際でェ――説教を垂れるなよ?』
〈ジゾライド改二〉の目が赤く光った。
剣持、殺気を感じてレバーを握る!
次の瞬間、〈ジゾライド改二〉は剣持の〈スモーオロチ〉に肉薄していた。
格闘戦の間合いに距離を詰められた!
剣持が僅かに機体をバックさせるのと、〈ジゾライド改二〉の爪が空を切ったのは同時だった。
音速を超えたキュンッという金属的空烈音、大質量が空気を割って気流が巻き起こる!
『ひぃっはははははは~! 人に説教するAIだぁ? やーっぱり、こいつ神様気取りだなァ! ウ計画の正体見たり! 人間をサポートする道具と自称しながらも、その本性は人間を支配せんするディストピア・マシーンだったのかぁっ!』
次々と繰り出されるチタニウムクローの剛拳連撃を、剣持は紙一重で避ける。一撃でもくらったら装甲版をゴッソリ持っていかれる!
回避行動の中、モニタに火器管制のレティクルが表示された。
『火器 トリガーロックの 解除を 推奨』
「くぅ~~ッッッッ……!」
剣持は呼吸を止めて奥歯を噛んだ。
イライラする。
かたや、正論めいた暴論を殴りつけてくる狂った男。
『さあああああ! 反撃しろぉ! 撃ってこい剣持ィ! 俺と同じステージに来い来い来ォい!』
かたや、人のサポートが本分と言いながらも自分の思い通りに人を誘導しようとするAI。
『剣持一尉 機体と 生命の 保全のために 火器を 使用してください』
どいつもこいつも本当に……イライラする!
剣持を拘束する重力と、剣持を引っ張る引力。何もかもが鬱陶しくて、面倒臭くて、剣持の思考は極度に単純化し、答を一本道に絞り込んで――
「ゴチャゴチャゴチャゴチャとォォォォ……!」
剣持はレバー脇のオプションスイッチをマニュアル操作し、武装を選択。
使用不可と表示されているグラップルアームをダブルクリックし、強制排除のコマンドを入力した。
ロードブースターに備わった人工筋肉の触手が根元からパージされ、空中に投棄された。
その触手を、剣持の〈スモーオロチ〉が掴んだ。
「どいつもコイツもォォォ! うるッせぇんだよぉぉぉぉぉぉッッッッ!」
剣持、キレた。
激情のままに、しかし理性と技術で機体を操作し、掴んだグラップルアームを鞭のごとく振るった。
それはさながら、先端に刃の付いたフレイルだった。
原子一個分の薄さのメタマテリアル・ファングのフレイルが、亜音速で〈ジゾライド改二〉の爪と激突。
直後、翡翠色の火花を散らして、チタニウムの爪が切削されていた。
『ほうっ?』
左大が驚嘆と感心の声を上げた。
剣持は生死の境目にて他者の思惑を振り切り、自分自身で決断した。
その選択に、心の強さに、〈ジゾライド改二〉は歓喜の叫びを上げた。
剣持を好敵手と認めて、竜王は金属の喉を震わせた。
続いて、〈スモーオロチ〉が右腕部の機関砲を、空に向けて発砲した。
狂ったように威嚇射撃を連射する。
〈ジゾライド改二〉に向けてではない。
避難もせずに徒党を組んで戦闘を眺める愚かしき観衆に向けた、怒りの威嚇射撃だった。
『そこの一般市民! 死にたくなかったら、とっとと失せろッッ! 戦闘の邪魔だ!』
鬼の気迫の叫びと、機関砲の威嚇連射でようやく事態を理解した工員たちが、悲鳴を上げて一目散に逃げていく。
『剣持一尉 彼らは機密情報を――』
ウルが小賢しくも小言を挟もうとすると
「うるせぇ! 知ったことかぁぁぁぁぁぁぁ!」
剣持は怒鳴りつけて黙らせて、アクセルを踏み込んだ。
「機密漏洩だの後処理だの! ここは役所じゃねぇんだよ戦場なんだよ! くっだらねぇことグダグダほざくより! お前はお前の仕事をしろカーナビ野郎ォッッ!」
〈スモーオロチ〉が再びファング・フレイルを振るった。
バックステップで回避する〈ジゾライド改二〉。空振りのフレイルは工場の建屋に直撃、火花散華、破砕、粉砕、被害拡大。
もはや小賢しさを捨てた本能と感情の戦士の有様を見て、ウルは何か考えるように沈黙して
『……了解 剣持一尉 私は あなたを サポートします』
いつもと変わらぬ調子で、自分の仕事に復帰した。
厭な感覚だった。
剣持がこんな気分になったのは、何年ぶりだろうか。
自衛官としての枠を、法の一線を越えるか否かの選択を迫られている。
何年も前に、同じ経験をした。
同じように、デルタムーバーのコクピットで。
ゴラン高原でのPKO活動参加。政治屋どもの言い訳のような最低限の護衛戦力として送られた剣持たち1個小隊。輸送車両の護衛任務。対戦車装備なし。難民バスに偽装した自動車爆弾。トラックに積まれたテロリストのデルタムーバー。
国会の政治屋どものように事なかれ主義で見過ごして、バスも市民も吹き飛ぶか。
それとも己の信条に従い、トリガーを引くか。
一個人には重すぎる政治的判断の重力が、剣持の内臓にずしりと圧し掛かった――
あの、厭な不快感が今まだ蘇ってきた。
『剣持一尉 バイタルに 異常が 見られます』
気に障る、AIの声……。
「お前に言われなくても分かってる……!」
押し殺すような声で返した。
胃袋が重い。
眠気と疲労を誤魔化すためにコーヒーを飲み過ぎた時みたいなムカつきだ。
その原因の恐竜メカ〈ジゾライド改二〉は、モニタの中でこちらを見ている。
嘲笑う炎のように、俄かに咢を開いて。
『剣持ィ……楽になっちまえよ?』
マイクが外部音声を拾った。
ゴォーーンというエンジンのアイドリング音と工場の機械音に重なる、男の声。
〈ジゾライド改二〉の外部スピーカーを通して、左大が語りかけてきた。
『民間の被害とか? いちいち気にしてる余裕あんの? ねぇだろ、そんなモンよォ~~? 余裕ぶっこいてたら一秒後にはお前は機体ごとバラ☆バラだぜぇ~~?』
左大は煽るのか説得しているのか良く分からない。しかし舐めた口を叩く。本当にムカつく野郎だ。
しかし、奴の言っていることは正しい。
〈ジゾライド改二〉の戦闘能力はこちらを遥かに凌駕している。
訓練の想定を超えた動きで、瞬く間に3両の無人機が撃破された。ほとんど一瞬で機体調達費だけで約30億円分が消し飛んだわけだ。
「当機と部隊の状況、知らせ……」
剣持は小声で呟いた。
左大に気取られぬように機体コンディションを確認する。
『当機の 本体損傷は軽微 ロードブースターの グラップルアーム 半数に損傷あり 人工筋肉断裂 駆動不能 です』
ウルがアナウンスと共に自己診断画像をモニタに表示した。
ロードブースター〈カグツチ〉に内蔵されている8本の触腕の内、4本が赤く染まっている。しかし先端部のファングユニットは健在だった。
『残存する 随伴歩兵機は 10機です』
「奴の死角から軽MATを撃ち込めるか?」
『強力な電磁妨害あり ATGM(対戦車誘導弾)誘導不能』
工場敷地内では、危機に鈍感な工員がスマホで目の前の異常事態を撮影しようとしたり、あるいはSNSに投稿しようとしているのが見えたが、彼らは皆スマホの不調に首を傾げていた。
工場内には避難警報が鳴り響いているが、消防車のサイレンは一向に聞こえてこない。通報しようにも電話が不通なのだ。
モニタに映る〈ジゾライド改二〉は度々ブロックノイズが走る。
剣持の〈スモーオロチ〉から50メートルは離れているが、強力なジャミングの影響が及んでいた。
「これがゴーストジャミングってやつか?」
『加えて 敵機には 高出力電磁シールドジェネレーターが 装備されています 最大出力で 指向性エネルギー兵器すら 防御できるほどの』
一部で実用化されている荷電粒子ビーム兵器を防げるほどの電磁場なら、EMPに等しい電磁波攻撃すら可能ということだ。
〈ジゾライド改二〉もはや恐竜というより怪獣の類だ。
「他に……奴の装備は」
『背面に 仕様書外の ターボファンエンジンを確認 駆動音が F2支援戦闘機のエンジンと 一致しました』
また、とんでもない解析結果が出た。
モニタの中で〈ジゾライド改二〉が欠伸のような仕草で低く呻った。
『別にいいぜ? いくら調べてもよぉ? でも、それって根本的な解決になってないぜ?』
確かに、左大の言う通りだ。
こちらの火器はロックされ、格闘戦では勝ち目がなく、残存した〈アルティ〉達の装備する対戦車ミサイルも当たらないのだから、いくら敵スペックを解析しても勝算が低すぎる。
モニタに、〈ジゾライド改二〉各部の解析結果が表示された。
『背面の ジェットエンジンの アフターバーナー点火と 同時に 機体各部の ロケットモーターを燃焼することで 瞬間的に 爆発的加速を 得るようです』
「つまり、距離を空けるほど不利……」
『しかし 現状 近接戦闘では 勝ち目は ありません』
分かり切った結果を述べるウルが、更に冷たく続けた。
『意見具申 火器の オートロックを 解除してください』
ほぼ同時に、〈ジゾライド改二〉が左大の声で
『剣持ィ……つまんねーこと考えてないで、ブッ放せよ?』
同じ内容を扇動してきた。
剣持は、左大を心底恐ろしい男だと思った。
奴は剣持の心理を完全に読んで、民間への被害を恐れて火器の使用を制限していることを理解しているのだ。
その上で、一線を越えてこいと誘う。
破滅と地獄の戦闘舞踏へと誘っている。
『ぬははははは! なーに遠慮してんだよ、悪の戦闘員の分際でよォ~~?』
何を思ったか、〈ジゾライド改二〉が手近な工場建屋の壁面を掴み、外壁を剥ぎ取った。
『あーあー、壊れちまったよ? お前らのせいで?』
おどけた声色で、左大が意味不明の責任転嫁。
まるで煽り運転のチンピラが事故を起こして、それを相手のせいだと擦り付けるかのように。
「なんだと……? なめてんのかテメェ!」
『剣持ィ……。俺言ったよなあ? お前らは悪のAIの手先の極悪戦闘員なんだから、自覚持って覚悟キメてこいってよ? その様子じゃあ、お前……自分がまだ国民を守る自衛官だと思っとるようだなァ~~? ……アホか?』
〈ジゾライド改二〉が剥ぎ取った壁面を無造作に投げ捨てた。
壁面は敷地内に落下し、観衆と化した工員の近くで飛び散った。
「ひゃあ!」と工員たちから悲鳴が上がるが、彼らは呆けたような顔で事態を未だ傍観している。
正常性バイアスによる危機意識の致命的な欠如か、あるいは現実離れした光景に判断力を喪失しているのか。
そんな民間人に苛立ちながらも、剣持はモニタの〈ジゾライド改二〉を睨んだ。
「市民を巻き込もうとしている、お前の方こそ悪党じゃねぇのか!」
『だーかーらーよー? こうなったのは、お前らのせいじゃん? お前らが国会通してない非公式軍事活動で? 自衛隊の兵器を動かして? 勝手に俺のシマにカチ込んできたから――こうなった。そもそも大昔の政治屋がクソみてェな陰謀なんて考えたから、こういうことなってんだけど?』
正論のような暴論のような反論に困る弁をすらすら述べて、左大の〈ジゾライド改二〉は観衆たちに顔を向けた。
『みーなーさーーーん! 聞いてくださぁーーい! こいつらは~! 国民の税金使って陰謀企んでまぁぁぁぁぁす! 悪のAIでディストピア作ろうとしてまぁぁぁぁぁぁす!』
「なっ!」
『みなさんのスマホに入ってるUKAってアプリも、ぜぇーーーんぷのコイツらのスパイウェアでーーっす! 詳しくは! 家に帰ってからネットで検索ゥ! 続きはWEBで! ヒャーーッハハハハーーッッ!』
左大は単刀直入にウ計画の概要を不特定多数に暴露してしまった。
直接の音声で情報をバラ撒かれたら、いかに高度なAIとて情報統制はできない。
阿呆の所業のようで、あまりにも確実な情報公開であった。
『な~、剣持よ? 俺、なーんか間違ったこと言ってっか?』
「くっ……」
剣持、反論に窮す。
内心、剣持もウ計画が最終目的とする国家国民の管理には懐疑的なのだ。
『剣持よ~? AIによる管理社会なんてディストピアに決まってんだろ? 常識だよ常識。だから、相対的に俺は正義の味方ってワケだな? そして、お前らは悪党だ』
左大は一方的な論理をぶつけてくる。
剣持が反論できずにいると、ウルが代わってスピーカーから音声を出力した。
『左大億三郎 あなたの 価値観は あまりにも 旧態然として 硬直しています』
『ぬっははははは! おいおい、俺は剣持と話してんだぜ? AIくん?』
『我々の 目的は 強権的支配ではなく――』
『機械の分際でェ――説教を垂れるなよ?』
〈ジゾライド改二〉の目が赤く光った。
剣持、殺気を感じてレバーを握る!
次の瞬間、〈ジゾライド改二〉は剣持の〈スモーオロチ〉に肉薄していた。
格闘戦の間合いに距離を詰められた!
剣持が僅かに機体をバックさせるのと、〈ジゾライド改二〉の爪が空を切ったのは同時だった。
音速を超えたキュンッという金属的空烈音、大質量が空気を割って気流が巻き起こる!
『ひぃっはははははは~! 人に説教するAIだぁ? やーっぱり、こいつ神様気取りだなァ! ウ計画の正体見たり! 人間をサポートする道具と自称しながらも、その本性は人間を支配せんするディストピア・マシーンだったのかぁっ!』
次々と繰り出されるチタニウムクローの剛拳連撃を、剣持は紙一重で避ける。一撃でもくらったら装甲版をゴッソリ持っていかれる!
回避行動の中、モニタに火器管制のレティクルが表示された。
『火器 トリガーロックの 解除を 推奨』
「くぅ~~ッッッッ……!」
剣持は呼吸を止めて奥歯を噛んだ。
イライラする。
かたや、正論めいた暴論を殴りつけてくる狂った男。
『さあああああ! 反撃しろぉ! 撃ってこい剣持ィ! 俺と同じステージに来い来い来ォい!』
かたや、人のサポートが本分と言いながらも自分の思い通りに人を誘導しようとするAI。
『剣持一尉 機体と 生命の 保全のために 火器を 使用してください』
どいつもこいつも本当に……イライラする!
剣持を拘束する重力と、剣持を引っ張る引力。何もかもが鬱陶しくて、面倒臭くて、剣持の思考は極度に単純化し、答を一本道に絞り込んで――
「ゴチャゴチャゴチャゴチャとォォォォ……!」
剣持はレバー脇のオプションスイッチをマニュアル操作し、武装を選択。
使用不可と表示されているグラップルアームをダブルクリックし、強制排除のコマンドを入力した。
ロードブースターに備わった人工筋肉の触手が根元からパージされ、空中に投棄された。
その触手を、剣持の〈スモーオロチ〉が掴んだ。
「どいつもコイツもォォォ! うるッせぇんだよぉぉぉぉぉぉッッッッ!」
剣持、キレた。
激情のままに、しかし理性と技術で機体を操作し、掴んだグラップルアームを鞭のごとく振るった。
それはさながら、先端に刃の付いたフレイルだった。
原子一個分の薄さのメタマテリアル・ファングのフレイルが、亜音速で〈ジゾライド改二〉の爪と激突。
直後、翡翠色の火花を散らして、チタニウムの爪が切削されていた。
『ほうっ?』
左大が驚嘆と感心の声を上げた。
剣持は生死の境目にて他者の思惑を振り切り、自分自身で決断した。
その選択に、心の強さに、〈ジゾライド改二〉は歓喜の叫びを上げた。
剣持を好敵手と認めて、竜王は金属の喉を震わせた。
続いて、〈スモーオロチ〉が右腕部の機関砲を、空に向けて発砲した。
狂ったように威嚇射撃を連射する。
〈ジゾライド改二〉に向けてではない。
避難もせずに徒党を組んで戦闘を眺める愚かしき観衆に向けた、怒りの威嚇射撃だった。
『そこの一般市民! 死にたくなかったら、とっとと失せろッッ! 戦闘の邪魔だ!』
鬼の気迫の叫びと、機関砲の威嚇連射でようやく事態を理解した工員たちが、悲鳴を上げて一目散に逃げていく。
『剣持一尉 彼らは機密情報を――』
ウルが小賢しくも小言を挟もうとすると
「うるせぇ! 知ったことかぁぁぁぁぁぁぁ!」
剣持は怒鳴りつけて黙らせて、アクセルを踏み込んだ。
「機密漏洩だの後処理だの! ここは役所じゃねぇんだよ戦場なんだよ! くっだらねぇことグダグダほざくより! お前はお前の仕事をしろカーナビ野郎ォッッ!」
〈スモーオロチ〉が再びファング・フレイルを振るった。
バックステップで回避する〈ジゾライド改二〉。空振りのフレイルは工場の建屋に直撃、火花散華、破砕、粉砕、被害拡大。
もはや小賢しさを捨てた本能と感情の戦士の有様を見て、ウルは何か考えるように沈黙して
『……了解 剣持一尉 私は あなたを サポートします』
いつもと変わらぬ調子で、自分の仕事に復帰した。
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