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第四話
ヒト・カタ・ヒト・ヒラのこと17
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ユビキタス――偏在の意。
南郷と園衛は、応接室に移動していた。
来客は、菰池なる役人と、ウカを名乗る少女。
テーブルを挟んで、二組の間には緊張が充満していた。
だが、ウカには殺気や戦意というものは感じられないらしく、残念そうにテーブルの上を見ていた。
「あのぉ……私にはお茶、ないんですか?」
卓上には、三人分のお茶がある。
ごく普通の、緑茶である。
「お茶……飲むのか?」
南郷が訝しんだ。
必要かどうか疑わしいから用意させなかった。半分は嫌がらせなのだが。
園衛と南郷は、ウカの気配が人間のそれではないと気付いていた。
ウカは、普通の少女のように愛嬌良く小首を傾げた。
「飲みますよぉ? 飲めないと、公の場所で色々と困るじゃないですかあ」
「そういう風に作ってある、と」
一応、南郷にも納得のいく答だった。
つまり、ウカのこの姿は公の場でプロモーションを行うためのものだと。
「あのぉ……出来ましたら、お茶よりジュースが良いかなぁ~~って」
ふてぶてしい要求に南郷は閉口。
当然、無視するつもりだったが
「南郷くん。買ってきてやりたまえ」
園衛に命令されてしまった。
断っても話が拗れるだけなので。南郷は不承不承ながら自販機でジュースを調達しに一時退室した。
1分後、不意にウカが手をポンと叩いた。
「あっ、メロンソーダですかぁ?」
急な独り言に、園衛は眉をひそめた。
電波系なのか? 機械が壊れているのか? と不安になる奇行だった。
ウカの隣の菰池は、特に動じずに営業スマイルを維持している。
3分経って、南郷が戻ってきた。
手には、メロンソーダのペットボトルが握られていた。
「南郷くん、それは……」
「なんですか……。別に何買ってこいとか指定なかったでしょ」
そうだ。何も指定していない。
なのに、ウカは南郷が買った飲み物を事前に言い当ててみせた。
「これも、宮元園衛様が知りたがっていた答の一つです」
ウカは笑顔で園衛に向かって
「私はどこにでもいるんです」
「自販機についている……顧客情報収集用のカメラか」
「はい。この施設で唯一、オンラインに繋がっているカメラです。UKAと連携しているアプリケーションと繋がった全ての機器は、私の目であり、耳なんです」
包み隠さず全ての疑問に答えた。
今日の日本で普及した新型自販機には、顧客の年齢、性別等をビッグデータとして収集するカメラがついている。それをウカが利用したのだ。
すなわち、UKAとはトロイの木馬。合法的なアプリケーションの皮を被って日本の隅々にまで浸透したスパイウェアであると、ウカ自身の口から語られた。
が、敵の言っていることを真に受けるほど、南郷も園衛も純粋でなければ阿呆でもない。
「どうして、わざわざ俺たちにそんなことを教える」
「こうして私たちの目の前に来た……それ自体がブラフであり、罠だという可能性もあるな?」
二人が揃って睨みを効かせるや、ウカは「ひっ」と悲鳴を上げて怯えた。
「いえ、あのぉ……私、『秘密を知りたい』っていう、皆様のお願いに応えたいだけでして……」
「チッ……」
南郷が苛立ちを露わに、聞こえるように舌打ちをした。
露骨な敵意と威圧。
ウカを守るように、菰池が座ったまま身を乗り出した。
「まあまあ。今回我々が来たのは争うためではありません。誤解を解くためなのです」
「はあ? 俺を殺そうとしといて誤解……?」
「全ては不幸な行き違いでした。我々の意思統一が不完全だったのです。謹んで……謝罪いたします」
菰池は深々と頭を下げた。
形式的な謝罪である。口では何とでも言える。単なる誤魔化し、方便……。こんなものは信用に値しない――と、南郷の不信は表情に表れていた。
園衛は我慢を促すように、南郷に目配せをした。
「菰池さん。あなたは誤解を解く……と言いましたが、我々の認識に誤りがある、と?」
「はい。宮元様は、我々の推進するウ計画を……何か悪しき陰謀だと思われているのではないですか?」
「哀れな改造人間を蘇らせてまで私を殺そうとした申し開き……もしくは言い訳があるのでしたら、是非とも聞かせてほしいものですな」
あからさまな皮肉である。嫌味である。
園衛の気質からすればこの場で菰池もウカも諸共に撲殺しても不思議ではない。
政治屋ごっこの小賢しい言葉遊びなぞ通用しない、修羅の巷を生きてきたのが宮元園衛だ。なまじの女ではないのだ。
同時に、殺しても構わない人間と、すぐにでも殺すべき人外の分別もついている。
故に、これでも相当に社交的かつ穏便な対応と言えよう。
頭を下げた菰池は小さく「んぐ……」と息を呑むような声を漏らした。
屈辱を腹の中に収めて、菰池は温厚な講和使節の顔を上げた。
「まずは……ウ計画の成り立ちからお話します。事の始まりは70年以上前、大戦末期に立案された決戦計画……いや、正確には敗戦後の残置諜報作戦にあります」
「随分と話が飛ぶな? 話題を逸らそうとしていないか?」
「の号作戦……はご存知ですよね? その作戦で使用予定だった古代兵器を、宮元様は手元に置かれているそうですから……」
菰池の反撃めいた指摘。
園衛は口を閉じた。少し、話を聞いてやる気になった
「ご存知かと思いますが、決戦計画の一つだったの号作戦は中止になりました。件の古代兵器が、特別な装備も何もない普通の人間に倒されてしまいましたからね。普通の方……といっても、恐らく南郷さんのような方だったのでしょうが……。その後、日本の敗色が濃厚になると別の作戦が立案されました。ウ号作戦……。これは敗戦後、占領下の日本において展開される諜報及び思想改造による浸透工作作戦のことです」
「待て……。あんた、それをどこで知った」
聞き覚えのある作戦名と、初めて聞く作戦内容に、南郷が反応した。
「俺の得た情報じゃ、作戦資料は終戦時に焼却されて……」
「はい。終戦時に持ち出された一部の資料と、作戦立案に関わった人間の頭の中にしか残っていなかった。その後者……宗家の関係者が、ウ計画の発案者だったと聞きます」
菰池の言葉に、園衛の表情が険しくなった。
話に出てきた「宗家の関係者」に心当たりがあるらしい。
「その関係者が……何をしたんだ」
「彼はある宗教家と組んで、政府要人と会談の席を設けたそうです。戦中の後ろ暗いネタを口実に、脅迫同然に、呼びつけて――」
「政治屋先生やら官僚を呼びつけて?」
「――髑髏(どくろ)を見せたそうです」
沈黙が訪れた。
宗教家、政治家、会合、そして髑髏。結末の意味が分からなかった。
少し間を置いてから、菰池が口を開いた。
「髑髏です。黒塗りの頭蓋骨です。きっと、お歴々も最初はお二方のような反応だったと思います。ですが、彼らは……奇跡を見たのです」
「奇術ショーでも開催したのか?」
南郷の皮肉が飛んだ。
だが、菰池は真顔で頷いた。
「たとえ奇術だとしても、演出と説得力が伴えば、それは奇跡ではないでしょうか?」
「トリックを使ったペテンで政治屋を丸め込んだって? 何を披露したんだ?」
「黒塗りの髑髏が、未来を語ったんです」
「ありがちな奇術だな」
「その未来が、ピタリと的中したら? たとえば都内で起きる大規模デモや騒乱の発生日時を言い当てたり……。当時の日本は東西冷戦の前線にありましたから。政治家先生は我が身の不安を払拭できるのなら、神にもすがりたい気分だったでしょう」
少し頭の回る宗教屋や占い師の類なら、そういう方法でお上に取り入ることも出来る。
当時の過激派や極左勢力とのパイプを持っていれば、デモの実行日の情報を事前に入手するのも難しくない。
それがトリックのネタだろうと、南郷は考えていたのだが――
「その髑髏は、1000年の長きに渡って人の願いに応え続けてきた……本物だったのです」
「なに……?」
「1000年前に破壊され、埋葬された呪術兵器。兵器というのは整備のために予備が用意されているものです。髑髏は、呪術兵器の予備パーツだったんですよ。平家の源氏との争いか、もしくはそれ以前に京(みやこ)の蔵から持ち出され、名もなき密教集団の御本尊として使われることになった……神の頭骨なのです」
道理の通った筋書だった。
確かに、そんな危険な呪具ならば、因果の糸を読み、未来を言い当てる程度は難しくないだろう。
「そもそも、ウ号作戦……というのは、呪術兵器のコピーを用いた大規模な浸透工作作戦だったのです。強大な軍事力、国家神道という栄光と幻想が敗れ、誇りすら失った日本人を牽引しうる、新たな神……要するに帝国再建に都合の良い新興のカルトを創設するのが目的でした。一見して人畜無害な教義に見せかけて、劣等感と愛国心を煽り立て、占領軍への憎悪を植え付ける。組織の細胞と化した無数の信徒は日本全土に浸透し、決起の際には1億人の破壊工作員と化す。そのカルトの扇動者として使われるのが、呪術兵器の量産型。偽りの奇跡を起こす闇の聖母……といったところでしょうか。尤も、これは量産型の生産が失敗した時点で頓挫したのですが。残ったのは、頭のない量産型の体の部分だけ……」
頭だけの骸骨と、頭のない出来損ないの兵器……。
その二つが、厭な形で合致していくのを南郷と園衛は感じていた。
二人の目は、テーブルを挟んで座るウカに向けられていた。
「そんな目で見られてしまうと……答えたくなってしまいます」
ウカは照れ笑いを浮かべて
「みくら様……と呼ばれる神の頭骨と、量産型の体を繋ぎ合わせたのが、最初の私です」
おぞましき事実を、平然と口にした。
「神道における神体とは、作製する素材と手順によって定義されます。故に、私の頭の骨も同じ素材で作られた、神の人形(ひとかた)……その一片(ひとひら)なのですよ」
ウカの言葉を補足するように、菰池が続ける。
「頭と体が繋がったことで、我々は御神体を得た。そしてウ号作戦は時の政府によりウ計画へと変化、発展したのです。それは破壊や支配を目的にしたものではありません。全ての人間に等しき幸福を与えるための、遠大な計画に生まれ変わったのです」
菰池の言葉を噛み締めるように、ウカは頷いて
「そう。私は……全ての人の夢を叶えて、とこしえの幸せをもたらすために、生まれてきたのです!」
己が役割と神生とを、謳い上げた。
南郷と園衛は、応接室に移動していた。
来客は、菰池なる役人と、ウカを名乗る少女。
テーブルを挟んで、二組の間には緊張が充満していた。
だが、ウカには殺気や戦意というものは感じられないらしく、残念そうにテーブルの上を見ていた。
「あのぉ……私にはお茶、ないんですか?」
卓上には、三人分のお茶がある。
ごく普通の、緑茶である。
「お茶……飲むのか?」
南郷が訝しんだ。
必要かどうか疑わしいから用意させなかった。半分は嫌がらせなのだが。
園衛と南郷は、ウカの気配が人間のそれではないと気付いていた。
ウカは、普通の少女のように愛嬌良く小首を傾げた。
「飲みますよぉ? 飲めないと、公の場所で色々と困るじゃないですかあ」
「そういう風に作ってある、と」
一応、南郷にも納得のいく答だった。
つまり、ウカのこの姿は公の場でプロモーションを行うためのものだと。
「あのぉ……出来ましたら、お茶よりジュースが良いかなぁ~~って」
ふてぶてしい要求に南郷は閉口。
当然、無視するつもりだったが
「南郷くん。買ってきてやりたまえ」
園衛に命令されてしまった。
断っても話が拗れるだけなので。南郷は不承不承ながら自販機でジュースを調達しに一時退室した。
1分後、不意にウカが手をポンと叩いた。
「あっ、メロンソーダですかぁ?」
急な独り言に、園衛は眉をひそめた。
電波系なのか? 機械が壊れているのか? と不安になる奇行だった。
ウカの隣の菰池は、特に動じずに営業スマイルを維持している。
3分経って、南郷が戻ってきた。
手には、メロンソーダのペットボトルが握られていた。
「南郷くん、それは……」
「なんですか……。別に何買ってこいとか指定なかったでしょ」
そうだ。何も指定していない。
なのに、ウカは南郷が買った飲み物を事前に言い当ててみせた。
「これも、宮元園衛様が知りたがっていた答の一つです」
ウカは笑顔で園衛に向かって
「私はどこにでもいるんです」
「自販機についている……顧客情報収集用のカメラか」
「はい。この施設で唯一、オンラインに繋がっているカメラです。UKAと連携しているアプリケーションと繋がった全ての機器は、私の目であり、耳なんです」
包み隠さず全ての疑問に答えた。
今日の日本で普及した新型自販機には、顧客の年齢、性別等をビッグデータとして収集するカメラがついている。それをウカが利用したのだ。
すなわち、UKAとはトロイの木馬。合法的なアプリケーションの皮を被って日本の隅々にまで浸透したスパイウェアであると、ウカ自身の口から語られた。
が、敵の言っていることを真に受けるほど、南郷も園衛も純粋でなければ阿呆でもない。
「どうして、わざわざ俺たちにそんなことを教える」
「こうして私たちの目の前に来た……それ自体がブラフであり、罠だという可能性もあるな?」
二人が揃って睨みを効かせるや、ウカは「ひっ」と悲鳴を上げて怯えた。
「いえ、あのぉ……私、『秘密を知りたい』っていう、皆様のお願いに応えたいだけでして……」
「チッ……」
南郷が苛立ちを露わに、聞こえるように舌打ちをした。
露骨な敵意と威圧。
ウカを守るように、菰池が座ったまま身を乗り出した。
「まあまあ。今回我々が来たのは争うためではありません。誤解を解くためなのです」
「はあ? 俺を殺そうとしといて誤解……?」
「全ては不幸な行き違いでした。我々の意思統一が不完全だったのです。謹んで……謝罪いたします」
菰池は深々と頭を下げた。
形式的な謝罪である。口では何とでも言える。単なる誤魔化し、方便……。こんなものは信用に値しない――と、南郷の不信は表情に表れていた。
園衛は我慢を促すように、南郷に目配せをした。
「菰池さん。あなたは誤解を解く……と言いましたが、我々の認識に誤りがある、と?」
「はい。宮元様は、我々の推進するウ計画を……何か悪しき陰謀だと思われているのではないですか?」
「哀れな改造人間を蘇らせてまで私を殺そうとした申し開き……もしくは言い訳があるのでしたら、是非とも聞かせてほしいものですな」
あからさまな皮肉である。嫌味である。
園衛の気質からすればこの場で菰池もウカも諸共に撲殺しても不思議ではない。
政治屋ごっこの小賢しい言葉遊びなぞ通用しない、修羅の巷を生きてきたのが宮元園衛だ。なまじの女ではないのだ。
同時に、殺しても構わない人間と、すぐにでも殺すべき人外の分別もついている。
故に、これでも相当に社交的かつ穏便な対応と言えよう。
頭を下げた菰池は小さく「んぐ……」と息を呑むような声を漏らした。
屈辱を腹の中に収めて、菰池は温厚な講和使節の顔を上げた。
「まずは……ウ計画の成り立ちからお話します。事の始まりは70年以上前、大戦末期に立案された決戦計画……いや、正確には敗戦後の残置諜報作戦にあります」
「随分と話が飛ぶな? 話題を逸らそうとしていないか?」
「の号作戦……はご存知ですよね? その作戦で使用予定だった古代兵器を、宮元様は手元に置かれているそうですから……」
菰池の反撃めいた指摘。
園衛は口を閉じた。少し、話を聞いてやる気になった
「ご存知かと思いますが、決戦計画の一つだったの号作戦は中止になりました。件の古代兵器が、特別な装備も何もない普通の人間に倒されてしまいましたからね。普通の方……といっても、恐らく南郷さんのような方だったのでしょうが……。その後、日本の敗色が濃厚になると別の作戦が立案されました。ウ号作戦……。これは敗戦後、占領下の日本において展開される諜報及び思想改造による浸透工作作戦のことです」
「待て……。あんた、それをどこで知った」
聞き覚えのある作戦名と、初めて聞く作戦内容に、南郷が反応した。
「俺の得た情報じゃ、作戦資料は終戦時に焼却されて……」
「はい。終戦時に持ち出された一部の資料と、作戦立案に関わった人間の頭の中にしか残っていなかった。その後者……宗家の関係者が、ウ計画の発案者だったと聞きます」
菰池の言葉に、園衛の表情が険しくなった。
話に出てきた「宗家の関係者」に心当たりがあるらしい。
「その関係者が……何をしたんだ」
「彼はある宗教家と組んで、政府要人と会談の席を設けたそうです。戦中の後ろ暗いネタを口実に、脅迫同然に、呼びつけて――」
「政治屋先生やら官僚を呼びつけて?」
「――髑髏(どくろ)を見せたそうです」
沈黙が訪れた。
宗教家、政治家、会合、そして髑髏。結末の意味が分からなかった。
少し間を置いてから、菰池が口を開いた。
「髑髏です。黒塗りの頭蓋骨です。きっと、お歴々も最初はお二方のような反応だったと思います。ですが、彼らは……奇跡を見たのです」
「奇術ショーでも開催したのか?」
南郷の皮肉が飛んだ。
だが、菰池は真顔で頷いた。
「たとえ奇術だとしても、演出と説得力が伴えば、それは奇跡ではないでしょうか?」
「トリックを使ったペテンで政治屋を丸め込んだって? 何を披露したんだ?」
「黒塗りの髑髏が、未来を語ったんです」
「ありがちな奇術だな」
「その未来が、ピタリと的中したら? たとえば都内で起きる大規模デモや騒乱の発生日時を言い当てたり……。当時の日本は東西冷戦の前線にありましたから。政治家先生は我が身の不安を払拭できるのなら、神にもすがりたい気分だったでしょう」
少し頭の回る宗教屋や占い師の類なら、そういう方法でお上に取り入ることも出来る。
当時の過激派や極左勢力とのパイプを持っていれば、デモの実行日の情報を事前に入手するのも難しくない。
それがトリックのネタだろうと、南郷は考えていたのだが――
「その髑髏は、1000年の長きに渡って人の願いに応え続けてきた……本物だったのです」
「なに……?」
「1000年前に破壊され、埋葬された呪術兵器。兵器というのは整備のために予備が用意されているものです。髑髏は、呪術兵器の予備パーツだったんですよ。平家の源氏との争いか、もしくはそれ以前に京(みやこ)の蔵から持ち出され、名もなき密教集団の御本尊として使われることになった……神の頭骨なのです」
道理の通った筋書だった。
確かに、そんな危険な呪具ならば、因果の糸を読み、未来を言い当てる程度は難しくないだろう。
「そもそも、ウ号作戦……というのは、呪術兵器のコピーを用いた大規模な浸透工作作戦だったのです。強大な軍事力、国家神道という栄光と幻想が敗れ、誇りすら失った日本人を牽引しうる、新たな神……要するに帝国再建に都合の良い新興のカルトを創設するのが目的でした。一見して人畜無害な教義に見せかけて、劣等感と愛国心を煽り立て、占領軍への憎悪を植え付ける。組織の細胞と化した無数の信徒は日本全土に浸透し、決起の際には1億人の破壊工作員と化す。そのカルトの扇動者として使われるのが、呪術兵器の量産型。偽りの奇跡を起こす闇の聖母……といったところでしょうか。尤も、これは量産型の生産が失敗した時点で頓挫したのですが。残ったのは、頭のない量産型の体の部分だけ……」
頭だけの骸骨と、頭のない出来損ないの兵器……。
その二つが、厭な形で合致していくのを南郷と園衛は感じていた。
二人の目は、テーブルを挟んで座るウカに向けられていた。
「そんな目で見られてしまうと……答えたくなってしまいます」
ウカは照れ笑いを浮かべて
「みくら様……と呼ばれる神の頭骨と、量産型の体を繋ぎ合わせたのが、最初の私です」
おぞましき事実を、平然と口にした。
「神道における神体とは、作製する素材と手順によって定義されます。故に、私の頭の骨も同じ素材で作られた、神の人形(ひとかた)……その一片(ひとひら)なのですよ」
ウカの言葉を補足するように、菰池が続ける。
「頭と体が繋がったことで、我々は御神体を得た。そしてウ号作戦は時の政府によりウ計画へと変化、発展したのです。それは破壊や支配を目的にしたものではありません。全ての人間に等しき幸福を与えるための、遠大な計画に生まれ変わったのです」
菰池の言葉を噛み締めるように、ウカは頷いて
「そう。私は……全ての人の夢を叶えて、とこしえの幸せをもたらすために、生まれてきたのです!」
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