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第三話

剣舞のこと・舞姫は十字星に翔ぶ30

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 一晩明けて、南郷は園衛と出かける準備をしていた。
 現在時刻は朝の7時。早く出発するのには、相応の理由がある。
 南郷が玄関で待っていると、園衛が困ったような顔をしてやってきた。
「うーむ、南郷くん……ちょっと言い難いのだが……」
「なんですか」
「キミのマフラー……行方不明だ」
 先日の戦闘で千切れたマフラーは、園衛が預かっていた。
 園衛が気合を込めて握ったせいか、魔女の呪布と呼ばれるあのマフラーは、イキが悪くなっていた。本来なら千切れても勝手に繋がり自己修復する呪いの布なのだが、その活動が弱まっていたのだ。
 なので、後で専門家に任せようと園衛が自室で一時保管していた。
「確かに部屋に置いておいたのだが……見当たらんのだ」
「俺の所には帰ってきてませんが」
 なにせ呪いの道具な上に、南郷を呪殺する意思が込められている代物だ。ホラー映画のごとく勝手に動き回ることも十分にあり得る。
 園衛は腕を組んで「うーむ……」と唸った。
「あるはずのモノがそこにない……というのは、なんともイライラする。もう一回、捜してくる」
「別に今必要なモノでは……」
 南郷の言葉も聞かずに、園衛は廊下をUターンしていった。
 女性の用事というのは、決まって時間がかかるものだ。
 園衛が時計を良く見てくれるタイプであることを願いつつ、南郷は靴脱ぎ場に腰を落とした。
 屋敷の奥で使用人たちが慌ただしく動き回る音の中に、小さな足音が聞こえた。
 足音の当事者は近い。気付かれないように物陰に隠れているが、南郷には丸分かりだった。
「どうした、空理恵?」
 玄関手前の引き戸に声をかけると、僅かに開いた。
 戸の隙間から、空理恵が目を細めて南郷を覗いた。登校前なので制服を着ている。
「ん……あのね……なんていうか……」
 ハッキリと物を言わないのは、空理恵らしくない。
「どうした? 眠いのか? 具合でも悪いのか?」
 昨日、あんな騒ぎに巻き込まれたのだから体調を崩しても無理はない。
 空理恵は「ん……」と小さく息を吐いて、俯き加減に目を逸らした。
「マフラーは……アタシが持ってる」
「どうして?」
「昨日、姉上と話そうと思って部屋行ったらいなくて、アニキのマフラーが破れてるの見つけたから、アタシが縫っちゃおうかなーって……」
 なるほど、それならマフラーが行方不明だったのも分かる。
 呪布とはいえ不活性状態ならただのマフラーだ。別に何をしようとも構わない。
「そうか。じゃあ、園衛さんに――」
「ううん! 言わなくて良い!」
 急に空理恵が血相を変えた。
 それで声を張り上げたかと思えば、また落ち込んだように声のトーンを落とした。
「あっ……姉上には……何も言わないで……」
「話すことがあるんじゃ……ないのか?」
「そっ……そういう気分じゃないの……。なんか……」
 そこまで言うと、空理恵は引き戸を閉めて引っ込んだ。
 女の子には、そういう日もあるのだと思うのだが、南郷は妙な引っかかりを覚えた。
 さりとて、空理恵とは後でも話せる。
 園衛と話し難い事情があるなら、相談に乗るのも吝かではなかった。
 夕方には南郷の用事も済むだろうし、空理恵も学校から帰宅している。
 話すのは後にすると決めて、南郷は園衛を待った。
 マフラーについては、園衛を安心させる適当な言い訳をすることにした。

 出発する時刻を朝にしたのは、移動に時間がかかるためだった。
 軽トラに〈タケハヤ〉を積んで、ブルーシートで覆い隠して、目的地は恒例の小美玉分舎なわけだが、高速道路や国道は使わずに小さな農道や県道だけを使って移動する。
「敵は俺たちの動向を逐一観察している。高速道路の出入り口のカメラに、道路上のNシステム、街中の監視カメラ……そういう情報を掌握できるんでしょうね」
 南郷が助手席でボヤくように言った。
 遠回りの山道を軽トラで走り、既に1時間が経過していた。
 ハンドルを握るのは、今日も園衛の役目だった。
「敵とは……どこの誰だ?」
「さあ? 俺のことを消したい奴が何人いるかなんて……。そもそも、空理恵が俺に会ったのも偶然とは思えませんがね」
「む……確かにな」
 出かけた先でたまたま南郷と出会って、たまたま事件に巻き込まれて、たまたま都市伝説のサザンクロスの正体を知って、それを保護することになる――出来過ぎた話だ。
 しかも、保護したのはサザンクロスと同じくらいにイワク付きの宮元家なのだから、何もかも仕組まれていたと考える方が自然だ。
「だが、どうやって空理恵をキミの所に誘導した?」
「空理恵が使ってたUKAとかいうアプリ……アレの元締めって、どこですかね?」
「ン……それは分からん。ちょっと調べてくれたまえ」
 園衛は左手で助手席の足元を指した。そこには園衛のバッグが置いてある。
 言わんとすることを理解して、南郷はバッグから園衛のスマホを取り出した。
 そしてブラウザを開いて、検索エンジンで〈UKA アプリ 開発元〉と入力した。
「開発元は何とも言えませんが……総務省が出資してますね。官製アプリなんて大抵は中抜きし放題のクソダサ手抜き仕様でやる気が感じられないのに、このUKAは妙に力が入っている。登録キャンペーンも大量にやって、流行らせるのに妙に必死だ。インストールして連携先のシュリンクスにお友達を招待すれば漏れなく電子マネー1500円分プレゼントだとさ……ハッ」
 南郷はありったけの不信感を込めて吐き捨てた。
 無料で便利なアプリをインストールして、友達も引き込めば更にお小遣いまで貰えるという、ネズミ講もビックリのお得すぎる話だ。常識的に考えて、こんな美味しい話がノーリスクであるワケがない。
 そうまでして普及させたい理由がある……と考えるのが普通だ。
 南郷がUKAについて情報を検索していくと、大手動画サイトへのリンクが画像つきで表示された。
「バーチャル配信者のウカちゃん……」
「はあ?」
 南郷が妙なことを口走ったので、園衛が怪訝な顔をした。
「何を言っとるんだ……」
「イメージキャラがAIアイドルやってるそうですよ。再生数は……1000万超えてる。親しみやすいイメージ作りのために、相当に金をぶっ込んでる。それも税金でね」
「UKAが胡散臭いと?」
「確実に利用者の情報をぶっこ抜いてる。空理恵もそれで意図的に俺と会うように仕向けられた」
 どうして、空理恵が選ばれたのか……考えなくても分かる。
「南郷くん諸共に……私を始末するためか」
「園衛さんも俺もお上には用済みって点では同じだ。知りすぎた人間って所もな」
「だから、私と南郷くんの双方に恨みを持つ刺客が送られた……か」
「あわよくば、刺客と相打ちになってくれれば万々歳。それが連中のやり口さ」
 南郷は、実際にその方法で消されかけた過去がある。皮肉ぶった態度になるのは無理もない。
 その後も遠回りを重ねて、小美玉分舎に着いたのは午前11時を過ぎた辺りだった。通常の3倍近い所要時間になった。
 駐車場に軽トラを停めて、南郷が荷台のブルーカバーを外すと、荷台に妙な物を見つけた。
 バイク形態の〈タケハヤ〉の足元に、10個の麻袋が固定してある。
 厚みは大したことがないが、どれもやたらと細長い。最長のものは約2メートルと荷台いっぱいのサイズだった。
「それは私の荷物だ。すまんが、降ろすのを手伝ってくれないか?」
 園衛の私物らしいが、一体なにが入っているのか。
 南郷は試しに最も長い麻袋の固定を解いて持ち上げようとしたが、その重さに驚いた。
「重っ…! なんですか、コレ……」
 片手ではビクともしない。両腕を使っても、ようやく起こせるといった感じだろうか。おおよその重さは50キログラムはあるだろう。
 だが園衛は、その麻袋を「ふうっ」という一呼吸と共に片手で持ち上げてみせた。
「なんだ、南郷くんは気功は使えんのか?」
「使えませんよ……。なんですか、それの中身」
「私が若いころに使っていた武器の一つでな。奉納してきたのを引っ張り出してきた。とはいえ今のままでは、あの娘の刀に打ち負ける。なので、ここで細工をしてもらう」
 言いながら、園衛はひょいひょいと、まるでモップを集めるように軽々と他の麻袋を回収していった。
 残った麻袋は四つ。それでも南郷の手に負えるものではない。
 ここで意地を張って腕力に頼っても体を壊すだけだ。マトモな人間なら道具を使う。
「タケハヤ、足元の袋を輸送しろ」
『イエッサー』
 〈タケハヤ〉がスタンディングモードに変型して、マニピュレーターで残りの麻袋を掴みあげた。両腕の人工筋肉は破損しているが、この程度の重量を運ぶのは問題ない。
 今日、ここに来た目的は第一に〈タケハヤ〉の整備だ。
 先日の戦闘で破損した人工筋肉を交換する必要がある。
 第二の目的に、装備担当者を交えてのミーティングを行うことにあった。こちらの方が重要案件であるからして、敵に察知されるのは避けたかった。
 建屋内に入って、園衛と南郷は会議室の前で別れた。
 園衛は園衛で武器加工の専門部署に行く。
 別れ際に
「武器の担当者は……キミと気が合うかも知れんぞ」
 と、園衛は苦笑しながら言い残した。
 南郷としては、ムカつく相手でなければどうでも良い。ウマが合わないと最悪殴り倒すことになってしまうので、それだけは避けたいのだが。
 会議室に入ると、3人の中年男が待っていた。
 〈タケハヤ〉の元担当者である四方山と、デルタムーバー及び車両用武装担当の坐光寺と、背広姿の知らない男が一人。
「ああ! 待っていたよ南郷くん!」
 その男が立ち上がって、握手を求めてきた。
 入口から男の席までは遠い、わざわざ握手のためにここまで来い、と暗に言っている。
 行きたくない……。
「あの、どちら様で……」
 南郷は距離を保ったまま訊ねた。
 人見知りというワケではないが、見ず知らずの男に馴れ馴れしくされても不気味だ。近づきたくない。握手も御免だ。
 男は初対面だと漸く気付いたらしく、照れたように笑った。
「ゴメンゴメンゴ! 私は相沢! 相沢満留! ここの所長もとい課長をやってる者だよ。つまり、一番偉い人なのッ!」
「その課長さんが何で……」
「何を隠そう、私は以前キミの使ってた武器を作った人間だからさ!」
 相沢が足元からアルミケースを持ち上げて、机の上にドンと置いた。
 アルミケースの中には、緩衝剤に囲われた二基の特殊武装が入っていた。
 南郷も見覚えのある形状の、スタンガンに似た武器。だが、細部が変わっている。
「MMEの改良型だよォーーーー! かなり前に作ったのを倉庫から引っ張り出してきたァーーーーッ!」
 メタマテリアルエッジ――確かに強力な武器だ。
 原子一個分の薄さで形成されるメタマテリアルの刃は、触れたモノ全てを切断する。これなら、エイリアスビートルの首も確実に切り落とせる。
 南郷は一応謝辞を述べるつもりだったが、相沢は一方的に話し続けている。
「私は人殺しの武器を作るのがだぁい好きでねぇ!」
「は?」
「最高のコストパフォーマンスで最大限の数を殺せる武器ばっかり研究してたら、『キミは大量破壊兵器でも作るつもりなのか』とか上司に怒られちゃってねえ! はい、そうですが何か? と正直に答えたら資料室に左遷されちゃったんだねえ! 大人の世界って正直者は生きていけないんだよねえーーー!」
 相沢の目がぐるぐると回っている。脂ぎった狂気の目だ。古巣の部隊でこういう目の人間は見慣れている。
(だから気が合うかも……って。俺をなんだと思ってるんだあの人は……)
 恐らく、園衛には相沢の同類だと思われている。
 それは相沢も同じようで、薄笑いを浮かべて南郷に向かって昔話を続けていた。
「ははァ~~~っ! 私の能力を理解しない上司に! 自衛隊に! 日本という国に! ムカついたねぇ~~っ! だからいっそ、私の研究を全て外国に売ってやろうかと思ったんだけど! 園衛様が私を評価して! ここを用意してくださったから! 私は今もこうして人類の自由と平和のために悪党共を肉片一つ残さず滅殺消滅族滅の全殺しに出来る最強ォ兵器をォォォォ――」
 次第にヒートアップし、額に血管浮き出る話の途中で、四方山が軽く「ンンッ……」と咳き込んだ。
「課長、そろそろミーティングを……」
「――あ、あ、あーあ! うん! ゴメーン! じゃあ、始めよっかーーー!」
 音程の外れた素っ頓狂な声を出して、相沢はリモコンで部屋の照明を落とした。
 代わって、プロジェクターからスクリーンに映像が投映された。
 映し出されたのは、〈タケハヤ〉の三面図と使用可能兵装の一覧だった。
 四方山がパソコンを操作しつつ、小型マイクを握った。
「詳細な敵データは後でタケハヤから吸い出すので、おおまかな打ち合わせをしよう。相当厄介な敵と遭遇したと聞いた。そのための対応プランを検討した。オフェンスとディフェンスの役割分担でいくってのは、どうだ?」
 つまり、過去にドラゴンカースと戦った時の再現をやる。
 だが戦力は当時より少ない。投入できる支援機は〈タケハヤ〉ただ一機であり、戦術の柔軟性に欠けるのは明白だ。
 マウスのカーソルが、兵装一覧に留まった。
 操作しているのは、坐光寺だった。
「単純な防御力という点では、装甲服の電磁反応装甲の方が11式プロトより遥かに上だネ。でも今度の敵はその防御もブチ抜いてくる。つまり南郷クンがディフェンスという選択はNO。よって、プロトに防御兵装を装備させるワケだが、ペイロードには限りがある。後先考えなきゃ最大1トンは積めるけど、機動性がマイナスになったら意味がないネ。高機動で動き回って、南郷クンの盾となり続けるのに最適な装備は――」
 坐光寺はマウスをダブルクリック。目的の兵装の性能緒元を展開した。
「――コレ! 試作電磁反応式防盾システム!」
 大型の防盾装備の画像が拡大された。二基でワンセットの兵装らしい。
「これはデルタムーバー用に開発されたんだけどネ、防御時に発生するメタマテリアルの流体発火現象が目立つとかイチャモンつけられて採用保留になってるんだネ。でも防御能力はお墨付きヨ。斥力場を形成することで10式戦車の主砲も弾く。更には重粒子線ビーム等の熱エネルギー兵器を歪曲、拡散させての防御にも成功した。尤も、テストできたのは一回だけだけど……」
 自信があるのか無いのか良く分からない説明だった。
 件の装備は、コネクターを噛ませて〈タケハヤ〉の両肩ハードポイントに装備するらしい。
 これでは公道は走れない。偽装のためにも、軽トラよりもしっかりした荷台の輸送車両が必要になる。
「ふん……。それで、俺の装備は?」
 南郷は大体の目星はついている。
 相沢が嬉々として見せつける、あの新型MMEだ。
 すると何を思ったか、相沢はアルミケースからMMEを取り出して電源を入れた。
「うひっ♪」
 狂喜と共に、ヴンッという起動音が鳴った。
 スイッチの入力と同時に、赤く発光するメタマテリアルの刀身が天井に向かって伸びた。
「うわっ! 危ないですって所長ォ!」
 隣に座っていた四方山が席から飛び退いた。
 しかし相沢、アウトオブ眼中。
「MMEの仕様は南郷クンも知っても通り! 励起したメタマテリアルエッジは原子一個分の薄さで全てを切り裂く! だァが! コレは改良ゥ型ァ! お偉方には『過剰な殺傷力』とか意味不明な難癖つけられた程度にはヤバい! 連続使用時間は5分に延長! 斬撃だけでなく、ガンモードに変型! 電磁加速したメタマテリアル弾で敵を拘束できる!射程は50メートル! これは補助機能だからそれで勘弁な! そして! 最大の特徴は必殺形態! 二基合体させてツインエッジィ!」
 相沢がもう一基のMMEを取り出して、柄の部分を連結させた。その両端からメタマテリアルの刀身が飛び出すと思い、四方山と坐光寺が部屋の隅にササっと逃げた。
 しかし刀身が発生することはなく、既に励起していた一本目の赤い刀身はフッと消失してしまった。
「残念だけどォ、ツインエッジには外部電源の入力が必要なんだァ。南郷クンが装甲服で握って、掌の端子と接続すれば使用可能よ。ツインエッジ状態なら、刀身は最大で片方20メートルまで伸びる。でも、これで斬ろうとか思わないでね」
「そんな長物を振り回したら、慣性でこっちがフラフラになる」
「そォ。質量は軽くても、体積の大きさはどうしようもない。コレ一瞬でブワッと伸びるから、あくまで刺すのに使ってね」
 メタマテリアル自体の質量は極めて軽量だ。それ故に、装甲服もMMEも使うのに大して筋力は必要としない。
 大体の説明を受けて、南郷は腕を組んで思案した。
 既にエイリアスビートルに対する新たな戦術を組み立て始めていた。
 四方山が席に戻って、南郷に声をかけた。
「どうだ? 勝算はあるか」
 南郷の表情は冷たかった。
 現実を見ているから、楽観的な想像はできなかった。
「どうだろうな。敵もバカじゃない。次にくる時は、俺とタケハヤへの対策をしてくる」
「自信はないのか?」
「どれだけ訓練して、準備しても結局は出たトコ勝負の博打同然……。明日生きるか死ぬかなんて、誰も分かりゃしないのさ……」
 南郷の顔色には余裕もなければ、恐怖もない。ただの無だ。
 武術の達人が至る悟りの境地とは、勝敗を超えた所にあるという。
 人間以上の存在との、生死を賭けた勝負の先に南郷が何を見ているのか……それが分かる人間は、恐らく園衛だけだろう。
(あの人と二人なら、あるいは……)
 困惑する三人のエンジニアを余所に、南郷は昨日まで考えもしなかった戦いのifに思い巡らせた。
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