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第三話
剣舞のこと・舞姫は十字星に翔ぶ14
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翌朝、南郷は倉庫の地下で装備の調整を行っていた。
弾薬箱の中身は5.56mmや7.62mm、12.7mmといった広く普及しているサイズの銃弾が主だったが、その大半は〈対霊・対妖魔磁性弾〉とパッケージに印刷してあった。
そんな妙な弾丸は使ったことがないので些か不安だったが、究極的には弾丸など当たれば良いわけで、オーバーキルの必要性はないと判断。選り好みせずに、在庫の多い磁性弾をマガジンに装填した。
「1マガジン、フルロード30バレット。コンプリート」
装甲服のヘルメットの音声入力機能で、マガジンの装弾数を支援機能に記憶させた。こうすることで、ヘルメット内のHMDに残弾が表示される。
南郷は一息吐いて、解放されたキャリーケースの中身を見た。
まともに戦える最低限の装備は揃っている。
だが、足りないものがある。無くても大して変わりはないが、心に小さな穴が空いたような気分になる。
むず痒い感傷を呼び起こす、記憶の古傷のような赤い布きれ。どこかに無くしてしまったのか、ケースの中には見当たらなかった。
かといって、必死になって園衛に問い質すのも気が引ける。
あの布のことは、他人に話したくない。
無くしたということは、いい加減にあれとは決別する潮時だったのかも知れないと納得しようとも思ったが、そう易々と未練を消せないのが女々しさなのかも知れない。
「あるはずのモノがそこにないってのは……中々どうして寂しいモンだな」
少しだけ愚痴がこぼれる。
この十年間、当て擦る相手もいない独り言の恨み節には馴れている。
寂しく後片付けに入ろうとした矢先、冷めた静寂に外から熱気が舞い込んだ。
「おっはよー!」
空理恵が入口から飛び込んできた。
若々しい生命力の塊のような少女は、萎れかけた南郷には目が眩む。さりげなく視線を逸らして
「おはよう……」
と返事をするも、空理恵は無遠慮に間合いの内側に入ってきた。
「朝からこーんな薄暗いとこで何してんのさ~?」
空理恵は好奇心からキャリーケースの中身に手を伸ばした。
「触るな」
南郷はやや強い口調でそれを止めた。
銃だのナイフだのに素人が気安く触るものではない。荒事と縁がない女の子なら、尚のことだ。
空理恵は自分の軽率さに気付いて、反省した様子だった。
「あっ、ゴメン……。危ないもんね」
キャリーケースから少し下がって、空理恵は改めて中身を見下ろした。
「まだ……あの時みたいな怪物と戦うの?」
不安そうな声だった。
改造人間に殺されかけた恐怖を思い出している。
南郷が装甲服と武装を持ち込んでいるのを鑑みれば、懸念を抱くのは当然だ。
「改造人間は……全部始末した。この間ので在庫切れさ。もう出ないよ」
「じゃあ、なんでこんなの持ってきたの?」
「万一の備えさ」
油断している時ほど足元を掬われる。世の中の全てに100%の確証などありはしない。想定外は起こるべくして起こり、どれだけ堤を固めても失敗という名の針は容易く安寧を突き崩す。
南郷の備えは、不可避の失敗のダメージを最小限に留め、完全な敗北を避けるためのものだ。
後ろ向きのようにも思えるが、人が運命の流れに勝利することは出来ない。どう足掻いても痛みを和らげるのが精一杯だ。
未だ人生の敗北すら知らぬ少女は、南郷の諦めじみた考えを理解できなかった。
「えー、心配しすぎだよ~。そんなことよりさ、姉上がコレをアニキに渡しといてって」
空理恵が右手に持っていた物を差し出した。
綺麗に折り畳まれた、赤い布だった。
表面がズタズタにささくれ立ち、擦り切れる寸前の布。装甲服着用時にマフラーとして巻いていたものだ。南郷にとっては、ワケありの品である。
「姉上が洗濯しようと思ったけど、なんか止めたんだって。大事そうな感じがしたから、何も触れない方が良いとかなんとか……」
「そうかい……」
園衛の気遣いは、南郷を良く理解してくれている。一見してボロキレにしか見えない布から、そこまで察してくれる人間が果たしてどれだけいるだろうか。
南郷がマフラーを受け取ると、空理恵は不思議そうに首を傾げた。
「それ……アニキのマフラーでしょ? なんでそんなの巻いてるの? 寒いの?」
「これは……」
言い、澱む。
空理恵相手でも話し難いことはある。触れて欲しくないものがある。言葉を選んで、それでも嘘だけは言わない。
「これは……そう、お守りみたいなモンさ」
「お守り……あっ、分かった! それって昔の彼女さんからのプレゼントでしょ~~!」
空理恵の無邪気な発言が、南郷の表情を一瞬切り崩した。
思いがけず、痛い所を突いてくる子だ。
忘れる。針に刺されたような痛みを忘れる。気持ちを切り替える。話をはぐらかす。
「さて……どうだろうな」
「むふふふふ、アニキの昔話か~。後で気が向いたら聞かせてよね!」
南郷の表情の変化は、空理恵には気取られていないようだ。
空理恵はくるりと回って、南郷を倉庫の出口へと手招きした。
「さあ、行こっアニキ! 早く出かけないと、道が混んじゃうよ!」
彼女もまた、園衛と同じだ。南郷を日向へ連れ出そうとする。
浸透圧で自分が溶けてしまうような錯覚に目が眩みながら、南郷は薄暗がりから立ち上がった。
南郷は、交通用の電子マネーカードを園衛から貸与されている。
これは文字通り借りになってしまうわけで、負い目を作りたくない南郷は当初難色を示したが、移動手段がないからと無免許運転をするのはリスクが高いので、最終的に渋々借り受けることになった。
これはあくまで借りなので、後で使用分は返すつもりでいる。
南郷と空理恵は、バスでショッピングモールまで移動した。
「あの人……自分から誘っておいて遅れるとか……なに考えてんだか」
バス停でキャリーケースに寄りかかって、南郷はボヤいた。
空理恵はスマホを覗いて、園衛からのメールを確認していた。
「姉上、あと1時間くらいかかるってさー。今、小美玉にいるんだって」
つまり、園衛は小美玉分舎にいるということだ。普段は忙しいと言っていたので、用事でもあるのだろう。
南郷の横で、空理恵は面倒臭そうに溜息を吐いた。
「はーっ……ていうかさー、今どきメールでやり取りとかありえなくない? メールボックス開いていちいち中身確認とか、やってらんないよ~」
「そうかね」
「そうだよ~。今はメッセージアプリとかでパパッとやるのが普通だよ。なのに、姉上そういうの禁止とか言ってんだもん」
「なんでさ」
「コジンジョーホーがどうのこうの、信用が置けないとかなんとか」
空理恵はスマホを片手に歩きはじめた。
南郷もキャリーケースを引き摺りながら、歩を合わせる。
「園衛さんの言ってること、分かる話ではある」
「えぇ~、マジでぇ?」
「そのテのアプリってのは、何かにつけてアプリ連携だのアクセス許可だの求めてくるだろう。メッセージのやり取りするだけのアプリが、どうしてカメラだの電話帳だのにアクセスするんだ? 怪しいと思うのは当たり前だな」
「そんなの気にしてたら、何も出来ないじゃん! 友達は色んなアプリ使ってるのにさ!」
空理恵は少し怒ったような声を出した。
その反応も、十分に分かる。便利なアプリだから一般に普及する。皆、リスクを知った上で見て見ぬフリをする。リスクを上回るリターンがあるからだ。
そのリターンを拒むのは実質、社会的な孤立に繋がる。友人や仕事といった、必然的人間関係から切り離されてしまうのだ。
南郷のように孤立しても生きていける人間は希少だ。
中学生の空理恵が人の輪から取り残されるのは、耐え難い苦痛だろう。彼女が姉に隠れて多様なアプリを使っているのは想像に難くない。
「ほら、このUKAってアプリも便利なんだよ。アニキみたいな人が行きそうなお店っていうと……」
空理恵がスマホのカメラを南郷に向けた。
ほとんど間を置かず、スマホのアプリが音声で返答してきた。
『あなたに オススメの お店は 防犯グッズショップ 半径200メートル以内に 一軒 存在しています』
UKAなるアプリが少女の声で告げた。
この余計なお世話を焼くアプリがどういう代物なのか、南郷はおおよそ察しがついた。
「ちょっと……そのカメラ、止めてくれ」
「え~なんで~? カメラで撮っただけで行きそうなお店をスバリ教えてくれるのに~」
「冗談じゃない。勘弁してくれ……」
南郷は顔を背けながら、カメラの死角に回り込んだ。
このアプリは、撮影した人間の画像データをどこかに送信している。そういったデータを集積した上で、各人の趣向に合わせた回答を送ってくるのだ。
はっきり言って、気味が悪い。
スマホのカメラからは逃れたものの、周囲には似たようなカメラが大量に設置してある。
街頭の防犯カメラに、自動販売機の顧客データ収集用のカメラ、通行人が何気なく弄っているスマホにもカメラは付いている。
確かに……そんなことを気にしていたら何も出来ない。
同時に、園衛の危惧していることも理解できる。
「じゃあさ、暇つぶしにゲーセンでも行こうよ」
南郷の妙な心配を余所に、空理恵は速足で先導を始めた。
「ゲーセン行っても……俺は金が……」
「姉上から貰った電子マネーがあるじゃん。それくらい使ったってバチ当たんないからさ!」
中学生を前に無一文の無様を晒す自分に辟易しつつも、南郷はやむを得ず運命を受け入れた。
駅前のショッピングモールは巨大で、要塞的でさえあった。
こういう場所に併設してあるゲームセンターは概ね、ファミリー向けの小規模なもので、設置してある筐体も当たり障りのないゲームばかり――のはずだが、例外も存在する。
その例外に、南郷と空理恵は足を踏み入れた。
1フロアを丸ごと使用したゲームセンターにはクレーンゲームやメダルゲーム、児童向けカードゲームといった一般向け筐体のほか、ゲーマー向けの大型ビデオゲームも多数設置してある。
それだけに留まらず、ボウリング場まで併設してあった。
今日び、ここまで設備の整った一線級のゲームセンターには中々お目にかかれない。
ゲーム筐体はきらびやかに輝き、煩いくらいにビデオゲームの音声が響き渡る。
南郷も正直、悪い気分はしなかった。少年時代のときめきを思い出す。
「ゲームセンターか……。何をやるんだ」
この10年、ゲームとは無縁の生活をしてきた。
そんな自分が今どきの若い女の子が遊ぶゲームなぞ想像もつかない。
しかし空理恵は、ボウリング場の方を指差した。
「あっち、行ってみようよ!」
指の先、視線の先のボウリング場には、妙な立て看板が掛けられていた。
〈あの女流プロボウラー 神喰澪がやってくる! ヤァ! ヤァ! ヤァ! 〉と、看板には印刷されている。
「かみ……誰だそりゃ?」
読み方の分からない謎のプロボウラーの名前に、南郷は怪訝な顔をした。
弾薬箱の中身は5.56mmや7.62mm、12.7mmといった広く普及しているサイズの銃弾が主だったが、その大半は〈対霊・対妖魔磁性弾〉とパッケージに印刷してあった。
そんな妙な弾丸は使ったことがないので些か不安だったが、究極的には弾丸など当たれば良いわけで、オーバーキルの必要性はないと判断。選り好みせずに、在庫の多い磁性弾をマガジンに装填した。
「1マガジン、フルロード30バレット。コンプリート」
装甲服のヘルメットの音声入力機能で、マガジンの装弾数を支援機能に記憶させた。こうすることで、ヘルメット内のHMDに残弾が表示される。
南郷は一息吐いて、解放されたキャリーケースの中身を見た。
まともに戦える最低限の装備は揃っている。
だが、足りないものがある。無くても大して変わりはないが、心に小さな穴が空いたような気分になる。
むず痒い感傷を呼び起こす、記憶の古傷のような赤い布きれ。どこかに無くしてしまったのか、ケースの中には見当たらなかった。
かといって、必死になって園衛に問い質すのも気が引ける。
あの布のことは、他人に話したくない。
無くしたということは、いい加減にあれとは決別する潮時だったのかも知れないと納得しようとも思ったが、そう易々と未練を消せないのが女々しさなのかも知れない。
「あるはずのモノがそこにないってのは……中々どうして寂しいモンだな」
少しだけ愚痴がこぼれる。
この十年間、当て擦る相手もいない独り言の恨み節には馴れている。
寂しく後片付けに入ろうとした矢先、冷めた静寂に外から熱気が舞い込んだ。
「おっはよー!」
空理恵が入口から飛び込んできた。
若々しい生命力の塊のような少女は、萎れかけた南郷には目が眩む。さりげなく視線を逸らして
「おはよう……」
と返事をするも、空理恵は無遠慮に間合いの内側に入ってきた。
「朝からこーんな薄暗いとこで何してんのさ~?」
空理恵は好奇心からキャリーケースの中身に手を伸ばした。
「触るな」
南郷はやや強い口調でそれを止めた。
銃だのナイフだのに素人が気安く触るものではない。荒事と縁がない女の子なら、尚のことだ。
空理恵は自分の軽率さに気付いて、反省した様子だった。
「あっ、ゴメン……。危ないもんね」
キャリーケースから少し下がって、空理恵は改めて中身を見下ろした。
「まだ……あの時みたいな怪物と戦うの?」
不安そうな声だった。
改造人間に殺されかけた恐怖を思い出している。
南郷が装甲服と武装を持ち込んでいるのを鑑みれば、懸念を抱くのは当然だ。
「改造人間は……全部始末した。この間ので在庫切れさ。もう出ないよ」
「じゃあ、なんでこんなの持ってきたの?」
「万一の備えさ」
油断している時ほど足元を掬われる。世の中の全てに100%の確証などありはしない。想定外は起こるべくして起こり、どれだけ堤を固めても失敗という名の針は容易く安寧を突き崩す。
南郷の備えは、不可避の失敗のダメージを最小限に留め、完全な敗北を避けるためのものだ。
後ろ向きのようにも思えるが、人が運命の流れに勝利することは出来ない。どう足掻いても痛みを和らげるのが精一杯だ。
未だ人生の敗北すら知らぬ少女は、南郷の諦めじみた考えを理解できなかった。
「えー、心配しすぎだよ~。そんなことよりさ、姉上がコレをアニキに渡しといてって」
空理恵が右手に持っていた物を差し出した。
綺麗に折り畳まれた、赤い布だった。
表面がズタズタにささくれ立ち、擦り切れる寸前の布。装甲服着用時にマフラーとして巻いていたものだ。南郷にとっては、ワケありの品である。
「姉上が洗濯しようと思ったけど、なんか止めたんだって。大事そうな感じがしたから、何も触れない方が良いとかなんとか……」
「そうかい……」
園衛の気遣いは、南郷を良く理解してくれている。一見してボロキレにしか見えない布から、そこまで察してくれる人間が果たしてどれだけいるだろうか。
南郷がマフラーを受け取ると、空理恵は不思議そうに首を傾げた。
「それ……アニキのマフラーでしょ? なんでそんなの巻いてるの? 寒いの?」
「これは……」
言い、澱む。
空理恵相手でも話し難いことはある。触れて欲しくないものがある。言葉を選んで、それでも嘘だけは言わない。
「これは……そう、お守りみたいなモンさ」
「お守り……あっ、分かった! それって昔の彼女さんからのプレゼントでしょ~~!」
空理恵の無邪気な発言が、南郷の表情を一瞬切り崩した。
思いがけず、痛い所を突いてくる子だ。
忘れる。針に刺されたような痛みを忘れる。気持ちを切り替える。話をはぐらかす。
「さて……どうだろうな」
「むふふふふ、アニキの昔話か~。後で気が向いたら聞かせてよね!」
南郷の表情の変化は、空理恵には気取られていないようだ。
空理恵はくるりと回って、南郷を倉庫の出口へと手招きした。
「さあ、行こっアニキ! 早く出かけないと、道が混んじゃうよ!」
彼女もまた、園衛と同じだ。南郷を日向へ連れ出そうとする。
浸透圧で自分が溶けてしまうような錯覚に目が眩みながら、南郷は薄暗がりから立ち上がった。
南郷は、交通用の電子マネーカードを園衛から貸与されている。
これは文字通り借りになってしまうわけで、負い目を作りたくない南郷は当初難色を示したが、移動手段がないからと無免許運転をするのはリスクが高いので、最終的に渋々借り受けることになった。
これはあくまで借りなので、後で使用分は返すつもりでいる。
南郷と空理恵は、バスでショッピングモールまで移動した。
「あの人……自分から誘っておいて遅れるとか……なに考えてんだか」
バス停でキャリーケースに寄りかかって、南郷はボヤいた。
空理恵はスマホを覗いて、園衛からのメールを確認していた。
「姉上、あと1時間くらいかかるってさー。今、小美玉にいるんだって」
つまり、園衛は小美玉分舎にいるということだ。普段は忙しいと言っていたので、用事でもあるのだろう。
南郷の横で、空理恵は面倒臭そうに溜息を吐いた。
「はーっ……ていうかさー、今どきメールでやり取りとかありえなくない? メールボックス開いていちいち中身確認とか、やってらんないよ~」
「そうかね」
「そうだよ~。今はメッセージアプリとかでパパッとやるのが普通だよ。なのに、姉上そういうの禁止とか言ってんだもん」
「なんでさ」
「コジンジョーホーがどうのこうの、信用が置けないとかなんとか」
空理恵はスマホを片手に歩きはじめた。
南郷もキャリーケースを引き摺りながら、歩を合わせる。
「園衛さんの言ってること、分かる話ではある」
「えぇ~、マジでぇ?」
「そのテのアプリってのは、何かにつけてアプリ連携だのアクセス許可だの求めてくるだろう。メッセージのやり取りするだけのアプリが、どうしてカメラだの電話帳だのにアクセスするんだ? 怪しいと思うのは当たり前だな」
「そんなの気にしてたら、何も出来ないじゃん! 友達は色んなアプリ使ってるのにさ!」
空理恵は少し怒ったような声を出した。
その反応も、十分に分かる。便利なアプリだから一般に普及する。皆、リスクを知った上で見て見ぬフリをする。リスクを上回るリターンがあるからだ。
そのリターンを拒むのは実質、社会的な孤立に繋がる。友人や仕事といった、必然的人間関係から切り離されてしまうのだ。
南郷のように孤立しても生きていける人間は希少だ。
中学生の空理恵が人の輪から取り残されるのは、耐え難い苦痛だろう。彼女が姉に隠れて多様なアプリを使っているのは想像に難くない。
「ほら、このUKAってアプリも便利なんだよ。アニキみたいな人が行きそうなお店っていうと……」
空理恵がスマホのカメラを南郷に向けた。
ほとんど間を置かず、スマホのアプリが音声で返答してきた。
『あなたに オススメの お店は 防犯グッズショップ 半径200メートル以内に 一軒 存在しています』
UKAなるアプリが少女の声で告げた。
この余計なお世話を焼くアプリがどういう代物なのか、南郷はおおよそ察しがついた。
「ちょっと……そのカメラ、止めてくれ」
「え~なんで~? カメラで撮っただけで行きそうなお店をスバリ教えてくれるのに~」
「冗談じゃない。勘弁してくれ……」
南郷は顔を背けながら、カメラの死角に回り込んだ。
このアプリは、撮影した人間の画像データをどこかに送信している。そういったデータを集積した上で、各人の趣向に合わせた回答を送ってくるのだ。
はっきり言って、気味が悪い。
スマホのカメラからは逃れたものの、周囲には似たようなカメラが大量に設置してある。
街頭の防犯カメラに、自動販売機の顧客データ収集用のカメラ、通行人が何気なく弄っているスマホにもカメラは付いている。
確かに……そんなことを気にしていたら何も出来ない。
同時に、園衛の危惧していることも理解できる。
「じゃあさ、暇つぶしにゲーセンでも行こうよ」
南郷の妙な心配を余所に、空理恵は速足で先導を始めた。
「ゲーセン行っても……俺は金が……」
「姉上から貰った電子マネーがあるじゃん。それくらい使ったってバチ当たんないからさ!」
中学生を前に無一文の無様を晒す自分に辟易しつつも、南郷はやむを得ず運命を受け入れた。
駅前のショッピングモールは巨大で、要塞的でさえあった。
こういう場所に併設してあるゲームセンターは概ね、ファミリー向けの小規模なもので、設置してある筐体も当たり障りのないゲームばかり――のはずだが、例外も存在する。
その例外に、南郷と空理恵は足を踏み入れた。
1フロアを丸ごと使用したゲームセンターにはクレーンゲームやメダルゲーム、児童向けカードゲームといった一般向け筐体のほか、ゲーマー向けの大型ビデオゲームも多数設置してある。
それだけに留まらず、ボウリング場まで併設してあった。
今日び、ここまで設備の整った一線級のゲームセンターには中々お目にかかれない。
ゲーム筐体はきらびやかに輝き、煩いくらいにビデオゲームの音声が響き渡る。
南郷も正直、悪い気分はしなかった。少年時代のときめきを思い出す。
「ゲームセンターか……。何をやるんだ」
この10年、ゲームとは無縁の生活をしてきた。
そんな自分が今どきの若い女の子が遊ぶゲームなぞ想像もつかない。
しかし空理恵は、ボウリング場の方を指差した。
「あっち、行ってみようよ!」
指の先、視線の先のボウリング場には、妙な立て看板が掛けられていた。
〈あの女流プロボウラー 神喰澪がやってくる! ヤァ! ヤァ! ヤァ! 〉と、看板には印刷されている。
「かみ……誰だそりゃ?」
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