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第二話
竜血の乙女、暴君を穿つのこと25
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世界が、異界に引き込まれている。
人間の観測によれば重力異常云々で片付けられるのだろうが、瀬織の認識ではそういう形容の仕方以外にあり得なかった。
瀬織の知覚では、〈ジゾライド〉の足元から膨大な熱の奔流が溢れ出し、その足元の根源が熱を〈ジゾライド〉と周囲の空間ごと向こう側、ここではない彼方に引き戻そうとしている。そういう風に見えている。
「ぬっ……冗談ではありませんことよぉ……っ!」
全身が重い。腕を動かすことすら辛い。退避しようにも足は引き摺るようにしか動かせなかった。
〈マガツチ改〉に重力異常を観測できる機器は搭載されていないが、機体のパフォーマンス異常による警告をデータと音声で伝えてきた。
『警告 機体全体 に 高負荷 アリ 機動性 三割 低下』
「そっちで対処なさい!」
仮にも近代改修された戦闘機械傀儡ならば自己対応してみせろ、と瀬織は焦りを露わに檄を飛ばした。
『上意 拝命 人工筋肉 基礎筋力設定 三割増加 関節部硬直性 調整 電力消費量――』
〈マガツチ改〉からのアナウンスの最中、〈ジゾライド〉の背部ロケット弾ポッドが可動するのが見えた。機体諸共に炎塊と化したポッドが可動し砲口がこちらを狙った。
「ごちゃごちゃ煩いッ!」
アナウンスを遮り、瀬織が跳躍すると同時に、ロケット弾が斉射された。
それは、既にロケット弾ではなかった。
燃え尽きて融解した金属の塊が射出されたのだ。それはオレンジの火球となって粘性の尾を引き、弾けて無数の融解金属の散弾を放出した。
「なんとォーーーーーッ!」
合計47500発の超高熱弾雨が瀬織に襲いかかった。もはやそれは金属粒子熱線の暴風雨であった。
ジャンプしたのは誤った判断だった。瀬織の能力による気圧操作で多少の空中運動は出来ても、〈綾鞍馬〉のような高速機動は不可能だ。すなわち、回避不能。
万事休す――と思われた矢先、地上から大声が聞こえた。
「ガードしろォ!」
左大の声だった。
瀬織、自らを守る思考を最優先。
ロケット弾から放出されたのが実体を保ったフレシェット弾ならば防御不能だ。高速で飛翔する無数の質量体を防ぎ切る術はない。
だが、今の融解金属散弾は違う。弾体が溶けながら飛翔している。それは飛距離に比例して質量を急速に喪失し、細い熱線状に可視化されている。
今ならば、電位操作によって弾道を逸らすことも不可能ではない。
そもさん、と出された生死の選択に瀬織は瞬間の解を出す。
「せっぱーーーーッ!」
両腕の装甲を展開。極限にまで大型化させた矢矧の円刃にて、体の全面を凸状に覆った。
回転する円刃は電磁場の奔流。高熱弾雨はその流れに絡め取られ、指向性を逸らされて、左右斜め後方に受け流された。
溶けた無数の金属粒子が地表に穴を空け、あるいは海上に着弾して破裂音と共に水蒸気を上げた。
どうにか直撃は凌いだものの、運動エネルギーまでは流し切れなかった。瀬織は空中で姿勢を崩し、縦方向のきりもみ状態に陥った。
制御不能の高速回転で落下していく最中、瀬織はしゃにむに両腕を突き出した。
「こォなくそォーーーーっ!」
両腕から、背中の〈天鬼輪〉から、合計12発のワイヤーアンカーを射出。これは電子戦用の有線端子であると同時に、移動用の装備でもある。
その内の一発が運よく防風林に突き刺さり、それを強引に巻き取ることで瀬織は姿勢制御を取戻し、気圧制御で状態を安定させて、緩やかな降下軌道に乗った。
地上では、左大の運転するトレーラーが道路脇の港湾事務所の敷地に突っ込んでいるのが見えた。道路の反対車線からフェンスを破って強引に駐車したらしい。
左大は車を降りて、メガホンで瀬織たちに指示を出した。
「重力異常の範囲はジゾライドを中心に約50メートル! 良く見ろォ!」
100メートル以上も離れた場所、しかも〈ジゾライド〉を挟んだ状態からではメガホン越しでも声が届き難い。だが聞き返す暇も手段も無かった。左大がわざわざメガホンを使っているのは、重力で電波の指向性も歪められてしまうからだ。
「それが分かった所でどうしろと!」
瀬織の声が聞こえたわけではあるまい。それでも、左大は対処法を叫ぶ。
「トカゲ女ァ! 7.62mmをスポッティングライフルとして使え! 曳光弾で弾道修正!」
三式破星種子島は特異な形状の二連装銃であり、近接防御及び掃討用として7.62mm弾対応の機関銃が併設されている。元から射撃精度の低い機関銃を安定しない空中での発射で、照準用のスポッティングライフルとして使えというのは酷な話である。
だが、他に選択肢は無かった。
開いたままの通信回線から、カチナの
『シットじゃ……』
という呟きがノイズ混じりに聞こえた。
上空の〈綾鞍馬〉から、数発の火線が〈ジゾライド〉に降り注いだ。曳光弾による射撃。それらは以前と同じく弾道が歪められ、着弾することなく逸らされた。
その弾道の歪みから〈綾鞍馬〉のFCSが有効な射撃方向を算出。三式破星種子島の銃口を斜め方向にズラし、発砲。間隔を置いての二連射。
一発目は直撃コースから逸れて〈ジゾライド〉の足元に穴を穿ったものの、二発目は重力変動による歪曲を計算に入れた弾道で、ターボシャフトエンジンの存在した炎を撃ち抜いた。
弾丸は実体のない〈ジゾライド〉の炎の体躯を突きぬけ、溶けた金属と化して直下の赤熱化した地表に飲み込まれた。
もちろん、ダメージはない。
だが〈ジゾライド〉の足が止まった。
不愉快そうに喉を唸らせて、上空を睨んでいる。
瀬織は左大の意図を理解した。
「そういうことですか……!」
たとえダメージは与えられなくとも、攻撃を打ち込めばリアクションがある。
そうして短気で頭の悪いあの恐竜の注意を引いて、埠頭の先端まで誘導するのだ。
「やるっきゃないですわねぇッ!」
もはや電子戦は意味がない。瀬織も突出する。
同じく作戦意図を理解した〈雷王牙〉と共に、50メートルの距離を空けつつ〈ジゾライド〉を挟み込んだ。
〈ジゾライド〉が瀬織たちに気付き、腹部の35mm機関砲を向ける。
炎塊と化した機関砲は、常識的に考えれば発砲なぞ不可能。だというのに、平然と発砲してきた。先程のロケット弾と同じ溶けた金属の弾体が襲いかかる。
「くぅっ……どうしてアレで撃てるんですかねぇっ!」
瀬織は先程と同様に、矢矧の円刃を両腕に展開。回避運動を取りつつ、直撃弾は円刃を電磁シールドとして使用することで弾いた。
殺し切れない衝撃で腕がビリビリと痺れる。パワーアシストしている人工筋肉への負荷も増加。
『警告 右腕人工筋肉 外圧増加 損傷の 自己修復限界値 を 可視化――』
「お黙り! そっちでなんとかなさいッ!」
『上意 拝命』
瀬織の演算能力は回避運動と電位制御で手一杯だった。細かい機体コンディションの調整は〈マガツチ改〉自身に丸投げする。
「瀬織ちゃん! こォいつも使いなァ!」
左大がまた叫んだ。
何をするかと思えば、トレーラーを発進させていた。荷台のコンテナを開いたまま、その中身を道路上にバラ撒く。
道路に散乱するのは、破壊されたテクノ・ゴーレムの残骸。頭部が潰されただけで原形を留めた機体もあれば、手足だけのジャンクもある玉石混合。それをどうにか使え、と無理矢理を丸投げしてきた。
「このクッソ忙しい時に! やりますわよ! やれば良いんでしょう、やれば!」
演算能力の限界値が近くとも、もはやナリもフリも構わずに電子戦モードを同時展開した。
「我が写し身の荒魂! 黄泉路に惑う死霊を回せ舞わせや傀儡舞ィッ!」
瀬織の言霊を受け、〈天鬼輪〉の勾玉が黒く濁ってどよりと澱むや、艶めく闇色の蜘蛛糸が残骸に伸びた。
疑似人格人工知能がテクノ・ゴーレムの制御系に介入し、駆動信号を入力。傀儡の死体が不気味に蠢き始めた。
バラバラの手足が地面をのたうち、首なしの機体が機能不全の歩行で、あるいは下半身を失った機体が地を這いながら、〈ジゾライド〉に殺到していった。
重力場の影響を受ける50メートル以内に入ると残骸たちの動きは更に緩慢なものとなったが、〈ジゾライド〉は苛立ちを露わにして吼えた。機関砲の掃射が、残骸の群れを一瞬で打ち砕いた。
潤滑液と硝煙の血煙を超えて、一体の残骸が〈ジゾライド〉に圧し掛かる。それを尾で払った直後、〈ジゾライド〉の眼前で閃光が爆ぜた。
〈雷王牙〉がマルチディスチャージャーから照明弾を放ったのだ。
〈ジゾライド〉は両目を細めた後、大きく見開く。両目の炎に憤怒の意思が灯っていた。竜王の意識が、〈雷王牙〉に向けられた。
その怒りに呼応するかのごとく、〈ジゾライド〉の全身の炎の色が赤から鮮やかなオレンジに変化した。
炎の色は温度によって変化する。〈ジゾライド〉の炎は物質の燃焼ではないため、純粋な可視光線の色温度として見える。橙色化した炎は3000℃を超えていることを意味している。
重力場の効果範囲も広がり、外周のアスファルトがメキメキと音を立てて沈んでいく。
瀬織は体の重さと共に、大気から伝わる凄まじい高熱に目を細めた。
「熱量が上がってる……ッ! なんなんですか、あのバケモノはぁッ!」
完全に自分の理解を超えた原始と科学と憎悪の怪物を前にして、瀬織は恐怖していた。
しかし怯めば死ぬ。勝算がある内は退けない。まだ、大分勝算はあるはずだ。
自らが重力場の中心にいる〈ジゾライド〉の足取りは重い。
それを先導するように、煽るように、〈雷王牙〉が尾を振って走る。
行く先は港のゲートの先、最終作戦地点である埠頭であった。
緩慢な己の動作に激怒した〈ジゾライド〉が吼えた。
怒りは既に物理法則の外にある駆動系を加速させ、竜王は地表を砕き、焼きながら疾走を始めた。
〈雷王牙〉はゲートを飛び越え、やや遅れて〈ジゾライド〉がゲートを破壊して港に突入した。
埠頭まで、約350メートル。
全てが潰れて溶け逝く重力業火の煉獄にて、人と獣と竜と神とが生死の鎬を砕き死合う、いまこのとき。
人間の観測によれば重力異常云々で片付けられるのだろうが、瀬織の認識ではそういう形容の仕方以外にあり得なかった。
瀬織の知覚では、〈ジゾライド〉の足元から膨大な熱の奔流が溢れ出し、その足元の根源が熱を〈ジゾライド〉と周囲の空間ごと向こう側、ここではない彼方に引き戻そうとしている。そういう風に見えている。
「ぬっ……冗談ではありませんことよぉ……っ!」
全身が重い。腕を動かすことすら辛い。退避しようにも足は引き摺るようにしか動かせなかった。
〈マガツチ改〉に重力異常を観測できる機器は搭載されていないが、機体のパフォーマンス異常による警告をデータと音声で伝えてきた。
『警告 機体全体 に 高負荷 アリ 機動性 三割 低下』
「そっちで対処なさい!」
仮にも近代改修された戦闘機械傀儡ならば自己対応してみせろ、と瀬織は焦りを露わに檄を飛ばした。
『上意 拝命 人工筋肉 基礎筋力設定 三割増加 関節部硬直性 調整 電力消費量――』
〈マガツチ改〉からのアナウンスの最中、〈ジゾライド〉の背部ロケット弾ポッドが可動するのが見えた。機体諸共に炎塊と化したポッドが可動し砲口がこちらを狙った。
「ごちゃごちゃ煩いッ!」
アナウンスを遮り、瀬織が跳躍すると同時に、ロケット弾が斉射された。
それは、既にロケット弾ではなかった。
燃え尽きて融解した金属の塊が射出されたのだ。それはオレンジの火球となって粘性の尾を引き、弾けて無数の融解金属の散弾を放出した。
「なんとォーーーーーッ!」
合計47500発の超高熱弾雨が瀬織に襲いかかった。もはやそれは金属粒子熱線の暴風雨であった。
ジャンプしたのは誤った判断だった。瀬織の能力による気圧操作で多少の空中運動は出来ても、〈綾鞍馬〉のような高速機動は不可能だ。すなわち、回避不能。
万事休す――と思われた矢先、地上から大声が聞こえた。
「ガードしろォ!」
左大の声だった。
瀬織、自らを守る思考を最優先。
ロケット弾から放出されたのが実体を保ったフレシェット弾ならば防御不能だ。高速で飛翔する無数の質量体を防ぎ切る術はない。
だが、今の融解金属散弾は違う。弾体が溶けながら飛翔している。それは飛距離に比例して質量を急速に喪失し、細い熱線状に可視化されている。
今ならば、電位操作によって弾道を逸らすことも不可能ではない。
そもさん、と出された生死の選択に瀬織は瞬間の解を出す。
「せっぱーーーーッ!」
両腕の装甲を展開。極限にまで大型化させた矢矧の円刃にて、体の全面を凸状に覆った。
回転する円刃は電磁場の奔流。高熱弾雨はその流れに絡め取られ、指向性を逸らされて、左右斜め後方に受け流された。
溶けた無数の金属粒子が地表に穴を空け、あるいは海上に着弾して破裂音と共に水蒸気を上げた。
どうにか直撃は凌いだものの、運動エネルギーまでは流し切れなかった。瀬織は空中で姿勢を崩し、縦方向のきりもみ状態に陥った。
制御不能の高速回転で落下していく最中、瀬織はしゃにむに両腕を突き出した。
「こォなくそォーーーーっ!」
両腕から、背中の〈天鬼輪〉から、合計12発のワイヤーアンカーを射出。これは電子戦用の有線端子であると同時に、移動用の装備でもある。
その内の一発が運よく防風林に突き刺さり、それを強引に巻き取ることで瀬織は姿勢制御を取戻し、気圧制御で状態を安定させて、緩やかな降下軌道に乗った。
地上では、左大の運転するトレーラーが道路脇の港湾事務所の敷地に突っ込んでいるのが見えた。道路の反対車線からフェンスを破って強引に駐車したらしい。
左大は車を降りて、メガホンで瀬織たちに指示を出した。
「重力異常の範囲はジゾライドを中心に約50メートル! 良く見ろォ!」
100メートル以上も離れた場所、しかも〈ジゾライド〉を挟んだ状態からではメガホン越しでも声が届き難い。だが聞き返す暇も手段も無かった。左大がわざわざメガホンを使っているのは、重力で電波の指向性も歪められてしまうからだ。
「それが分かった所でどうしろと!」
瀬織の声が聞こえたわけではあるまい。それでも、左大は対処法を叫ぶ。
「トカゲ女ァ! 7.62mmをスポッティングライフルとして使え! 曳光弾で弾道修正!」
三式破星種子島は特異な形状の二連装銃であり、近接防御及び掃討用として7.62mm弾対応の機関銃が併設されている。元から射撃精度の低い機関銃を安定しない空中での発射で、照準用のスポッティングライフルとして使えというのは酷な話である。
だが、他に選択肢は無かった。
開いたままの通信回線から、カチナの
『シットじゃ……』
という呟きがノイズ混じりに聞こえた。
上空の〈綾鞍馬〉から、数発の火線が〈ジゾライド〉に降り注いだ。曳光弾による射撃。それらは以前と同じく弾道が歪められ、着弾することなく逸らされた。
その弾道の歪みから〈綾鞍馬〉のFCSが有効な射撃方向を算出。三式破星種子島の銃口を斜め方向にズラし、発砲。間隔を置いての二連射。
一発目は直撃コースから逸れて〈ジゾライド〉の足元に穴を穿ったものの、二発目は重力変動による歪曲を計算に入れた弾道で、ターボシャフトエンジンの存在した炎を撃ち抜いた。
弾丸は実体のない〈ジゾライド〉の炎の体躯を突きぬけ、溶けた金属と化して直下の赤熱化した地表に飲み込まれた。
もちろん、ダメージはない。
だが〈ジゾライド〉の足が止まった。
不愉快そうに喉を唸らせて、上空を睨んでいる。
瀬織は左大の意図を理解した。
「そういうことですか……!」
たとえダメージは与えられなくとも、攻撃を打ち込めばリアクションがある。
そうして短気で頭の悪いあの恐竜の注意を引いて、埠頭の先端まで誘導するのだ。
「やるっきゃないですわねぇッ!」
もはや電子戦は意味がない。瀬織も突出する。
同じく作戦意図を理解した〈雷王牙〉と共に、50メートルの距離を空けつつ〈ジゾライド〉を挟み込んだ。
〈ジゾライド〉が瀬織たちに気付き、腹部の35mm機関砲を向ける。
炎塊と化した機関砲は、常識的に考えれば発砲なぞ不可能。だというのに、平然と発砲してきた。先程のロケット弾と同じ溶けた金属の弾体が襲いかかる。
「くぅっ……どうしてアレで撃てるんですかねぇっ!」
瀬織は先程と同様に、矢矧の円刃を両腕に展開。回避運動を取りつつ、直撃弾は円刃を電磁シールドとして使用することで弾いた。
殺し切れない衝撃で腕がビリビリと痺れる。パワーアシストしている人工筋肉への負荷も増加。
『警告 右腕人工筋肉 外圧増加 損傷の 自己修復限界値 を 可視化――』
「お黙り! そっちでなんとかなさいッ!」
『上意 拝命』
瀬織の演算能力は回避運動と電位制御で手一杯だった。細かい機体コンディションの調整は〈マガツチ改〉自身に丸投げする。
「瀬織ちゃん! こォいつも使いなァ!」
左大がまた叫んだ。
何をするかと思えば、トレーラーを発進させていた。荷台のコンテナを開いたまま、その中身を道路上にバラ撒く。
道路に散乱するのは、破壊されたテクノ・ゴーレムの残骸。頭部が潰されただけで原形を留めた機体もあれば、手足だけのジャンクもある玉石混合。それをどうにか使え、と無理矢理を丸投げしてきた。
「このクッソ忙しい時に! やりますわよ! やれば良いんでしょう、やれば!」
演算能力の限界値が近くとも、もはやナリもフリも構わずに電子戦モードを同時展開した。
「我が写し身の荒魂! 黄泉路に惑う死霊を回せ舞わせや傀儡舞ィッ!」
瀬織の言霊を受け、〈天鬼輪〉の勾玉が黒く濁ってどよりと澱むや、艶めく闇色の蜘蛛糸が残骸に伸びた。
疑似人格人工知能がテクノ・ゴーレムの制御系に介入し、駆動信号を入力。傀儡の死体が不気味に蠢き始めた。
バラバラの手足が地面をのたうち、首なしの機体が機能不全の歩行で、あるいは下半身を失った機体が地を這いながら、〈ジゾライド〉に殺到していった。
重力場の影響を受ける50メートル以内に入ると残骸たちの動きは更に緩慢なものとなったが、〈ジゾライド〉は苛立ちを露わにして吼えた。機関砲の掃射が、残骸の群れを一瞬で打ち砕いた。
潤滑液と硝煙の血煙を超えて、一体の残骸が〈ジゾライド〉に圧し掛かる。それを尾で払った直後、〈ジゾライド〉の眼前で閃光が爆ぜた。
〈雷王牙〉がマルチディスチャージャーから照明弾を放ったのだ。
〈ジゾライド〉は両目を細めた後、大きく見開く。両目の炎に憤怒の意思が灯っていた。竜王の意識が、〈雷王牙〉に向けられた。
その怒りに呼応するかのごとく、〈ジゾライド〉の全身の炎の色が赤から鮮やかなオレンジに変化した。
炎の色は温度によって変化する。〈ジゾライド〉の炎は物質の燃焼ではないため、純粋な可視光線の色温度として見える。橙色化した炎は3000℃を超えていることを意味している。
重力場の効果範囲も広がり、外周のアスファルトがメキメキと音を立てて沈んでいく。
瀬織は体の重さと共に、大気から伝わる凄まじい高熱に目を細めた。
「熱量が上がってる……ッ! なんなんですか、あのバケモノはぁッ!」
完全に自分の理解を超えた原始と科学と憎悪の怪物を前にして、瀬織は恐怖していた。
しかし怯めば死ぬ。勝算がある内は退けない。まだ、大分勝算はあるはずだ。
自らが重力場の中心にいる〈ジゾライド〉の足取りは重い。
それを先導するように、煽るように、〈雷王牙〉が尾を振って走る。
行く先は港のゲートの先、最終作戦地点である埠頭であった。
緩慢な己の動作に激怒した〈ジゾライド〉が吼えた。
怒りは既に物理法則の外にある駆動系を加速させ、竜王は地表を砕き、焼きながら疾走を始めた。
〈雷王牙〉はゲートを飛び越え、やや遅れて〈ジゾライド〉がゲートを破壊して港に突入した。
埠頭まで、約350メートル。
全てが潰れて溶け逝く重力業火の煉獄にて、人と獣と竜と神とが生死の鎬を砕き死合う、いまこのとき。
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