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第二話
竜血の乙女、暴君を穿つのこと4
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時は1956年。
左大千一郎の指揮の下、戦闘機械傀儡が大量生産されるようになって数年が経過した。
かつて狂人扱いされた左大は。今や富も地位も名誉も我が物としていた。
恐竜型戦闘機械傀儡の戦闘能力は絶大であり、いかなる妖魔も敵ではなかった。
従来の空繰は完全に時代遅れとなり、それに携わっていた職人や術者は瞬く間に閑職に追いやられてしまった。
左大の派閥、すなわち恐竜派と旧来の空繰派との間で軋轢が生じるのは当然のことであった。
ある日の白昼。関東地方某所、市街地の片隅に、左大の経営する戦闘機械傀儡の工場があった。
その正門にトラックが突如として突っ込んだ、
瞬く間に合計10台のトラックが、任侠者のカチコミさながらに突入。
幌の張られた荷台からは、総計100人の反左大派術者が100体の空繰と共にわらわらと降りてきた。
「なにが恐竜じゃーーッ! なめたこと抜かしとると鉛玉くわすぞワリャー―――ッ!」
「左大のボンクラァ出てこいゥオラー――ッ! ワシらの先生が相手したる言うとるんだよあーーーーーっ?」
ガラの悪い術者たちが工場建屋を取り囲んでがなり立てる。
「この恐竜愛狂者ーーーッ! ビビって出てこれんのかおーーーーーっ?」
「こっちにはなぁ! あの空繰派の重鎮、一撃必殺の空繰操縦秘術を伝える達人、凱応虚心流最高指導者五浦天心先生もおるんじゃーーーっ!」
「先生がお前のガラクタなんざっ叩き壊しちくれるるるァ!」
術者たちの先頭にて、黙して悠然と佇む紋付羽織袴の禿頭の中年こそ、最高指導者五浦天心その人であった。
工場は街中にあるので、この異常は周囲の人達の知る所となったが、皆見て見ぬふりをした。
任侠者の抗争は昭和の日常茶飯事である。明確に取り締まる法律が制定されたのはずっと後のことであり、それまでこういった暴力沙汰や取り壊し騒動は半ば放置されていた。死人が出ない限り、まず警察は動かない。
商売をするにあたってその地域の組織に一定の上納金を払わなければ、開店当日に若い衆が営業妨害にやってくるのは当たり前。酷い時はブルドーザーやパワーショベルが突っ込んでくる事故が起きたりもする。そんな事が起きても、何の後ろ盾もない被害者は泣き寝入りするしかなかった。
一般市民は日々、任侠者の抗争に怯え、因縁をつけられまいと出来るだけ距離を置いて生活していた。
周囲の住民は、どうせ上納金の出し渋りか何かで工場が任侠者と揉めたのだろうと思って、厄介そうに顔を背け、家々は窓を閉めた。
「オラァッ! 出てこいブリキトカゲェ!」
2メートル級の標準型空繰を使って、術者たちは工場のシャッターをガンガンと殴りつけていた。左大が出てこなければ力づくで押し入るのも時間の問題だった。
程なくして、工場のシャッターが開いた。
殺気立つ術者たちの表情。誰しもが凶暴に笑う。
「一斉にいくぞォ!」
「潰したらぁクソトカゲェ!」
工場の中には、確かに戦闘機械傀儡〈ジゾライド〉がいた。
だが、開いたシャッターは一つではなかった。
全ての搬入口、搬出口のシャッターが続々と開き、その中の全てに〈ジゾライド〉がいた。
組み上がったばかりの〈ジゾライド〉が20体。機関砲やロケット砲をフル装備した状態で、赤い炎の目を輝かせ、殺戮の幕が上がるのを待っていたのだ。
地獄の幕が上がると、術者たちの表情は恐怖へと一変した。
コンクリートの踏み砕かれる轟音と共に、一方的な虐殺が始まった。
量産に当たって再設計された〈ジゾライド〉の正式採用型は、簡素とはいえ火器管制装置が備わり、当時の米軍から供与されたM4中戦車と同型のガソリンエンジンを搭載。装甲もより重装甲かつ高品質の部材に換装され、全備重量は20トンを超えていた。
術者たちは安易に考えていた。いかに〈ジゾライド〉が強力であろうとも、数で攻めれば勝てるだろうと。
現実はあまりに無常にして、挑戦はどこまでも無謀。
一般的な空繰は身長2メートル、重量も200キログラムほど。そんな玩具がいくら束になったところで、問題にすらならなかった。
〈ジゾライド〉が歩くだけで空繰は踏み潰され、磨り潰され、尾の一振りで10体の空繰が操る術者たちもろとも宙を舞った。
火砲への実弾の装填は一般の工場では行えないので武装類は威嚇のための装備だったが、仮に発射可能でも使う必要はなかっただろう。
「うわあああああああああ!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
術者たちの悲鳴が響き渡る中、最高指導者五浦天心は腕を組んで構えていた。
「せっ、先生――っ! おおおおっ、お願いしますぅぅぅぅぅぅぅ!」
袴にすがる術者へと、最高指導者五浦天心は無言で頷いた。
その背後の地面が突如として隆起を始めた。
地下の水道管や下水管を大量の土砂と共に地上に押しのけて、地下から巨大な空繰が姿を現した。
「おおっ! あれは五浦先生の!」
「制圧級空繰! 烈震だぁっ!」
術者たちの歓声を受けて、10メートル級の巨大な玄武型空繰〈烈震〉が身震いした。体にかかった土を払い、吹き上がる大小の水柱の中で、〈烈震〉は鳥に似た甲高い声で鳴いた。
〈烈震〉は、現存する空繰の中では最大級にして最重量級の機体だ、いかなる突風、暴風にも踏みとどまる機体重量は20トンを超える。
この機体を駆動させるのは、最高指導者五浦天心の念動力のみ。凄まじい精神力であった。
〈ジゾライド〉の内の一体が、嗤うように口を開いた。
ようやく、自分と釣りあいの取れる相手が現れたことに歓喜している。
その一体が先駆ける。一歩、ずしりと足を踏み出して、みなぎる戦意と殺意を咆哮に変えて吐き出した。
対峙する、二体の巨獣。
じっと間合いを測る〈烈震〉に対して、〈ジゾライド〉は全くの無遠慮かつ無配慮に突進した。
原始の闘争本能に技の裏表はなく。ただ純然たる力が暴風となって襲いかかった。敷地内に敷かれたアスファルトを地層ごと蹴飛ばし、巨体を加速させる瞬発力は見る者の想像を絶していた。
20トンの大質量が正面衝突。重量は互角。だが、加速させるパワーが違い過ぎた。
〈ジゾライド〉の倍化した質量を乗せた運動エネルギーをまともに受けて、火花を散らして〈烈震〉の甲羅が砕けた。多積層の鉄製装甲が歪み、弾け、めくれ上がって、〈烈震〉は悲鳴を上げて仰向けに転倒した
「んかあっ!」
〈烈震〉の受けた衝撃をフィードバックした最高指導者五浦天心が顔を歪ませ、両目から血を噴出。
それでも、玄武の尾たる蛇を使って果敢に反撃する。蛇の顎が〈ジゾライド〉の首に噛みつき、火焔を吐きかけるが、効かない。
金属で出来た機械の恐竜に火焔なぞ無意味。厳重に防護されたガソリンエンジンに引火させるには、あまりに生温い弱火。
〈ジゾライド〉は首に噛みつく惰弱な蛇を無視して、大きく口を開いて牙を剥いた。
そして、〈烈震〉の長い首へと噛みつき――全身をぐるりと横方向に回転させた。
現生のワニが獲物に噛みついた時に行う、全体重をかけた殺傷行動。通称デスロールに酷似した攻撃であった。
20トンもの重量を乗せた必殺のローリング・ティランに、〈烈震〉の柔な首は耐えられなかった。耐えられるわけがなかった。
ギィィイっという鉄塊が軋む厭な音の後にゴキンッと、鉄骨が破断する重い音と同時に〈烈震〉の首は捩じ切られていた。
「ふぅおおおおおおお……」
自らの首を喪失する幻肢痛を味わいながらも、最高指導者五浦天心は立っていた。
なんたる精神力。だが目と耳から血を吹き出す凄絶な姿に、術者たちは言葉を失った。
「まだ……まだ負けてはおらぬわぁぁぁぁ……」
術者の精神が健在ならば、首を失ったとて空繰は動く。〈烈震〉が足をじたばたと動かして起き上がろうとしている。
赤い勾玉を血がにじむほどに握りしめる最高指導者五浦天心。
その背後に、大きな人影が迫った。
「往生際が悪ィんだよこんカボスがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
左大千一郎であった。その剛腕が繰り出す鉄拳が最高指導者五浦天心の頬に炸裂。一発で昏倒させていた。
「なあにが一撃必殺凱応虚心流最高指導者五浦天心十段超先生だよォ! 全っ然! よえ~~っじゃね~~かよあーーーっ!」
左大の叫びに呼応するかのように、〈ジゾライド〉が〈烈震〉を踏みつけ、勝利の咆哮を上げた。
こうして反抗勢力は実力で捻じ伏せられた。
この抗争は後日、異常な叫び声を不審に思った周辺住民からの問い合わせもあったが
「あ~~、それですかぁ~~っ? アレはうちで作ってる恐竜のオモチャの鳴き声でしてね~~っ!」
と左大が大型のトーキングギミック内蔵の電動歩行ブリキ〈ジゾライド〉人形および、廉価版のゼンマイ歩行人形を見せ、更にお子様たちに無料プレゼントすることで事なきを得た、
工場を襲った術者たちの中には敗北を良しとせず尚も反抗しようとする者も少なくなかったが、最高指導者五浦天心自身が
「我々は力を以て対決し、力によって敗北したのだ。遺恨を残すのは筋違いというもの」
と潔く敗北を認めた上に
「我が流派は形式に依りすぎた……。形ばかりの武道、大きいだけの看板が戦場で何の役に立つだろうか。人類守護のため、妖魔に勝つための実践的な術を今こそ、ゼロから追及すべき時がきたのかも知れん」
と考えを改め、自ら左大の派閥に参入。戦闘機械傀儡を操る流派として凱応虚心流を再編すると宣言してしまったのだ。
このような具合で逆らうものに恐竜制裁。従う者には雇用と利益を与える手法によって、左大は宗家の大幅な組織改革に成功。
中世からロクに進歩のなかった財政面、兵装面、戦術面も近代化され、左大いわく「戦争が下手糞なバカと素人の集まり」だった組織は極めて効率化されていった。
大局的に見れば、左大のやったことは英雄的偉業である。左大個人としても不遇から一転した成功者である。
だが間近から左大の行いを見てきた一人の男は、事の本質を見抜いていた。
「あいつはただの恐竜愛狂家のチンピラだ。イカレてるんだよ」
東仁である。
仁は何年経とうとも左大への態度を変えなかった。
更に時は経ち、1960年代に入ったころ、左大は銀座のクラブを貸し切って大きなパーティーを開いた。
大きく看板に掲げられたパーティーの題目は〈欧州セールス絶好調記念祝賀大パーティー〉。関係者を手当たり次第に呼び寄せ、大きな会場は派手な料理と酒で飾り立てられていた。
その中に、東仁の姿もあった。
本当は来たくなかったが、東家の当主として仕方なく出席していた。
不機嫌そうにワインをちびちび啜る仁の前に、悪趣味にラメを煌めかせる派手なスーツの男がやって来た、
「いよぉ~~っ、北宮ぁ! 来てくれてうれしぃぜぇ~~っ!」
パーティーの主催者にして不倶戴天の敵、左大千一郎本人だった。後には何人も太鼓持ちのような小物を引きつれている。
左大は今でも仁のことを旧姓の北宮で呼ぶ。身内と認めたくない故か。
嬉しいなどと口では言っているが、実の所は嫌味を言いにきたのは明白である。
「うるせぇな成金クソ野郎。酒がまずくなるから、とっとと消えろ」
仁は目を合わせず言った。
すると、左大の後からガラの悪い小物が騒ぎ出した。
「なんだーーっ、貴様――っ! 左大先生にその口の効きぃ――」
身を乗り出してきた小物の威勢の良い叫びは途中で止まった。
仁が小物の首を右手で掴み、呼吸も出来ぬほどに圧迫していたからだ。
「ご主人様に似てうるさいなこのニワトリ」
「あへ……あへ……」
小物のか細い呼吸音は程なく消えて、仁は白目を剥いて動かなくなった男を横に捨てた。
「静かになった。お前らも鳴くのは朝だけにしろ」
静かに告げると、他の小物たちは萎縮して何も言えなくなった。
ただ一人、左大だけはニタニタと嬉しそうに笑っている。
「いや、年食ってもお前ェだけは相変わらずでマジで嬉しいぜ~~っ。どいつもこいつも今じゃ俺の顔色ご機嫌伺いでよぉ~~、張り合いがないんだわ」
「良く言うぜ……。好き放題できるのが楽しくて仕方ねぇくせに」
「おうよ。世界は今や俺の意のまま思うがまま。恐竜も化石取り放題、戦闘機械傀儡も作り放題よ~~っ!」
左大は誇らしげに両手を広げて見せると、北宮に顔を近づけて耳打ちした。
「なぁ~~っ、北宮よぉ~~っ? お前ェ、俺の何が不満なんだぁ?」
「テメーが私利私欲のために組織を私物化してるのがだよ」
「それの何が悪い? 俺は恐竜愛を満たせる。宮元の連中は効率的に妖魔どもをブッ殺せる。妖魔に苦しむ人達は救われる。傀儡の輸出で儲かって、みんな幸せになる。誰も損なんかしてねぇじゃあねぇか」
「マジで言ってんのかよそれ」
北宮はグラスのワインを一気に呷った。独特の渋みと舌触り。この味は日本では出せない。
「このワイン、ヨーロッパ仕込みだな。向こうでも結構アコギな商売やってるって話じゃねえか」
「人聞きが悪いねぇ~? 俺はただ、必要とされてるモンを必要な分売ってるってだけよ。ニーズに応えてるってぇやつだぜ」
「いきなりセールスにやってきた東洋人を向こうの連中が信用するワケないだろうが。テメーのやってるのは悪質な押し売りだ。向こうの連中は最初、テメーの恐竜を鼻で笑うだろう。そこでこう煽り立てる『そこまで言うのでしたら、ご自慢の魔法なりカラクリ人形なりと力比べをしようじゃないですか。まさか東洋の田舎者に負けるわけがありませんよね?』と。プライドの高い向こうの連中はその誘いに乗る。そして――」
そこから先は、仁に代わって左大が続けた。
身を引いて、大袈裟に両手を広げて、なんとも誇らしげに。
「その通りよ! 格式とプライドに凝り固まった田舎魔法使いどもは自信満々に魔術だの呪いだのを繰り出すが、俺の戦闘機械傀儡にゃあ効かない! どんな大魔術も全くの無意味! コケの生えたゴーレムも一瞬で捻りつぶしてやったわ~~っ! そして俺はこう言った『てめぇらの魔術なんざドブミミズ以下のミジンコじゃねぇかよあーーーーっ!』ってなぁ! 面子を潰されたそいつはもちろん買わない。だが噂を聞いた他の連中が買ってくれる。より強く、より優れた道具を欲するのは当たり前のことだぜ」
一種の悪質なマッチポンプ商法である。
恐らく、現地で最も高名かつ歴史ある術者を生贄として真っ先に血祭に上げ、左大は商品としての名声を高めた戦闘機械傀儡を他の術者に売りつけている。
それを一切悪びれずに言ってのける左大の醜悪さ。仁は思い切り睨みつけた。
「そういうやり方は恨みを買う。日本でもヨーロッパでもな」
「その通りよ。向こうでは何回も暗殺されそうになったが、その度に刺客をボコボコにしてやったぜ」
左大は筋肉に覆われた太い腕を見せつけた。始末の悪いことに戦闘機械傀儡に頼らずとも、左大自身も強かった。
「で、ボコって稼いだその金を何に使った?」
「もちろん、恐竜の化石を買った! 恐竜を売る! その金で化石を買う! 化石で恐竜を作る! そしてそれをまた売る! この無限ループで稼いで稼いで稼ぎまくって、俺は恐竜帝国の皇帝となるのだ~~ッは! ははーーーッ!」
ついに狂った野望を吐き出した左大は高らかに笑う。
後で控える小物たちもドン引きしている。周囲は酔っ払ったか、あるいはいつもの発作だと思って見て見ぬふりをしている。
笑うだけ笑った左大は胸を張り、眼前に座る仁を見下ろすように言い放った。
「北宮よぉ……お前に俺は倒せない」
「あ?」
「金も権力も恐竜も全てを意のままにする俺に、お前一人でどう刃向う? あ? だからいい加減に強情を張るのは止めろ。俺に対して頭を下げろ。そうすれば、お前にも良い地位を与えてやる。会社の半分を、世界の半分をくれてやっても良い。さぁ~~っ、頭を下げろっ! この恐竜皇帝に対してなぁ~~っ!」
仁の目が据わって、がたりと音を立てて席から立ち上がった。
「んだらここでブッ倒してやろうじゃねぇかァーーーーっ!」
「こいや北宮ァーーーーーっ!」
50歳に近い中年二人の激突。
1時間後、パーティー会場のクラブは廃墟と化した。
そんな、気が触れたような内容の昔話をしたのは宮元園衛だった。
「まあ、昔からこんな具合でな。左大の爺さんは変わり者だった」
学院の理事長室にて、話を聞かされた瀬織の顔は引きつっていた。
「あのぉ……その左大というお方、色々と大丈夫なんですの……?」
「大丈夫じゃなかったから、景のひいお爺さんが必要だったのだ。東仁という人は、権力や規律といったしがらみを無視して問題を叩き潰す。抑止力として東家に婿入りした。あの人は寿命で死ぬまで自分の役割を全うしたよ」
「景くんのひいおじい様ですか。確かに、お強い人でしたねぇ」
思い返せば70余年前、一時的に復活した瀬織を精神力と腕力だけで捻じ伏せたのも景の曽祖父だった。暴力に対抗する抑止力としての暴力を用意するのは、古来より現代に至るまで治安維持の基本である。
分かる話だが、瀬織としては不安な点もある。
あんな凶暴な暴力人間の遺伝子が、愛する景に入っているのだ。
「いやですわね。怖いですわね。景くんもいずれ、あのおじい様のように、わたくしに家庭内暴力を振るうのでは……っ」
「それは無いと思うがな」
園衛は卓上に置いたカップを取り、コーヒーを啜った。
「景のひい爺さんも左大の爺様より先に死んでしまったからな。なんだかんだで二人は張り合いのあるライバルだった。晩年は殴り合いではなく、カラシ入りの寿司を食って我慢比べとかやっていたな。ライバルを無くして、妖魔との戦いも終わると人生の張り合いがなくなって、すっかり老け込んでしまった。それで亡くなったのが5年くらい前のことだ。葬式には私も出たが……いや、これは止めておこう」
珍しく園衛が言い淀んだ。何かプライベートに関わることらしい。
カップを置いて、園衛は話の本題に入った。そもそも、多忙で話をする時間が取れないから、たまたま学院に来たのを利用して瀬織を呼んだのだ。
「この左大家についてなのだが、お前に少し手伝ってほしい」
「お手伝い……ですか? 何故に、わたくしを?」
「理由は幾つかある。一つ、人手不足。この人手不足を解決するための人材の再招集を手伝ってほしいのだ」
園衛の家には使用人が数多くいるが、ここで言う人手とはつまり荒事に対応するための戦力のことだ。かつて宮元家が運営していた大きな退魔組織はとうに解散しており、そこに在籍していた人材を可能な限り集めて戦力化したい、というわけだ。
そんなものが何故に必要なのか――というのは考えるまでもない。
瀬織という存在の万一に備えるため、である。
その意味では瀬織に責任の一端はあるものの、自分を始末するための戦力を瀬織自身が集めるというのは奇妙なことで、思わず苦笑した。
「あら……園衛様も案外意地悪ですわねえ」
「変な邪推はするな。想定外のことは何でも起きる。今までは私一人でなんとかなると思っていたが、実際一人ではかなり苦労すると先日分かった。だから人手を集める。そして第二の理由。お前に人生経験を積ませるためだ」
「これは奇態なことを……。わたくしに? いまさら人生経験?」
実質1000年間も活動し、人間社会の清濁を飽きるほどに見てきた瀬織には釈迦に説法に等しく聞こえた。
だが、園衛は首を横に振った。
「人形でも兵器でもなく、人間として他の人間に接してみろ。積み重ねが人生だ。ただの時間経過では人間は成長しない」
「良く分かりませんが……そこまで仰るのなら。して、園衛様……お給金はいかほどに?」
思いがけない、だが考えてみれば当然の質問に、園衛は少しだけ思案する素振りを見せた。
「む……金か」
「そうですわ。まさか園衛様、わたくしにタダ働きをさせるつもりではありませんよね? 人類の愛と正義を体現するがごとき御方が無償奉仕を強制するなど、あってはならないことでございますわ。無償奉仕を美徳とするのは、奴隷労働を肯定するのと同意。教育者にあるまじき行いと存じます」
「分かってる。分かっているとも。基本給に加えて勧誘成功の歩合も報酬に加算するから……」
「それと、この間の戦闘の報酬も」
「あっ……アレもかぁ?」
先日の傀儡や荒神との戦闘にまで金を要求されるのは意外だったらしく、園衛が席で姿勢を崩した。
瀬織にしてみれば対価を求めるのは当然の権利であり、饒舌につらつらと言葉を並べ立てた。
「アレも元を辿れば、何もかも園衛様の責任でございます。責任を取るのが責任者の仕事。煙に巻いたり言い訳を並べるなどもっての外。しかも、わたくしだけではなく景くんまで巻き込んだのです。危険手当も頂かなければ納得がいきません」
園衛は何か反論したげに眉間に皺を寄せていたが、労働の対価を支払えというのは確かに正論である。こればかりは強引に瀬織を黙らせるわけにもいかず、暫く唸ってから「分かった。払う、払う!」と半ば諦めたように言い放った。
そして深い溜息を吐いて、背もたれに体重をかけた。
「最後の理由……。少し厄介な人物に探りを入れるのにお前が適任なのだ」
「厄介な人……。うーん、もしかしてぇ……」
大体、察しがつく。
今まで長々の前振りを聞かされてきた、あの人物に関係があるのだろう。
瀬織の予想は当たった。
「過去の組織の帳簿を確認したところ、左大の爺様には隠し財産がある疑いが出てきたのだ。その隠し財産というのは、どうもフル装備の戦闘機械傀儡らしい。今となっては貴重な戦力だ」
「では、その財産を継いでいるのは……」
「左大の爺さんの孫、左大億三郎だ」
左大千一郎の指揮の下、戦闘機械傀儡が大量生産されるようになって数年が経過した。
かつて狂人扱いされた左大は。今や富も地位も名誉も我が物としていた。
恐竜型戦闘機械傀儡の戦闘能力は絶大であり、いかなる妖魔も敵ではなかった。
従来の空繰は完全に時代遅れとなり、それに携わっていた職人や術者は瞬く間に閑職に追いやられてしまった。
左大の派閥、すなわち恐竜派と旧来の空繰派との間で軋轢が生じるのは当然のことであった。
ある日の白昼。関東地方某所、市街地の片隅に、左大の経営する戦闘機械傀儡の工場があった。
その正門にトラックが突如として突っ込んだ、
瞬く間に合計10台のトラックが、任侠者のカチコミさながらに突入。
幌の張られた荷台からは、総計100人の反左大派術者が100体の空繰と共にわらわらと降りてきた。
「なにが恐竜じゃーーッ! なめたこと抜かしとると鉛玉くわすぞワリャー―――ッ!」
「左大のボンクラァ出てこいゥオラー――ッ! ワシらの先生が相手したる言うとるんだよあーーーーーっ?」
ガラの悪い術者たちが工場建屋を取り囲んでがなり立てる。
「この恐竜愛狂者ーーーッ! ビビって出てこれんのかおーーーーーっ?」
「こっちにはなぁ! あの空繰派の重鎮、一撃必殺の空繰操縦秘術を伝える達人、凱応虚心流最高指導者五浦天心先生もおるんじゃーーーっ!」
「先生がお前のガラクタなんざっ叩き壊しちくれるるるァ!」
術者たちの先頭にて、黙して悠然と佇む紋付羽織袴の禿頭の中年こそ、最高指導者五浦天心その人であった。
工場は街中にあるので、この異常は周囲の人達の知る所となったが、皆見て見ぬふりをした。
任侠者の抗争は昭和の日常茶飯事である。明確に取り締まる法律が制定されたのはずっと後のことであり、それまでこういった暴力沙汰や取り壊し騒動は半ば放置されていた。死人が出ない限り、まず警察は動かない。
商売をするにあたってその地域の組織に一定の上納金を払わなければ、開店当日に若い衆が営業妨害にやってくるのは当たり前。酷い時はブルドーザーやパワーショベルが突っ込んでくる事故が起きたりもする。そんな事が起きても、何の後ろ盾もない被害者は泣き寝入りするしかなかった。
一般市民は日々、任侠者の抗争に怯え、因縁をつけられまいと出来るだけ距離を置いて生活していた。
周囲の住民は、どうせ上納金の出し渋りか何かで工場が任侠者と揉めたのだろうと思って、厄介そうに顔を背け、家々は窓を閉めた。
「オラァッ! 出てこいブリキトカゲェ!」
2メートル級の標準型空繰を使って、術者たちは工場のシャッターをガンガンと殴りつけていた。左大が出てこなければ力づくで押し入るのも時間の問題だった。
程なくして、工場のシャッターが開いた。
殺気立つ術者たちの表情。誰しもが凶暴に笑う。
「一斉にいくぞォ!」
「潰したらぁクソトカゲェ!」
工場の中には、確かに戦闘機械傀儡〈ジゾライド〉がいた。
だが、開いたシャッターは一つではなかった。
全ての搬入口、搬出口のシャッターが続々と開き、その中の全てに〈ジゾライド〉がいた。
組み上がったばかりの〈ジゾライド〉が20体。機関砲やロケット砲をフル装備した状態で、赤い炎の目を輝かせ、殺戮の幕が上がるのを待っていたのだ。
地獄の幕が上がると、術者たちの表情は恐怖へと一変した。
コンクリートの踏み砕かれる轟音と共に、一方的な虐殺が始まった。
量産に当たって再設計された〈ジゾライド〉の正式採用型は、簡素とはいえ火器管制装置が備わり、当時の米軍から供与されたM4中戦車と同型のガソリンエンジンを搭載。装甲もより重装甲かつ高品質の部材に換装され、全備重量は20トンを超えていた。
術者たちは安易に考えていた。いかに〈ジゾライド〉が強力であろうとも、数で攻めれば勝てるだろうと。
現実はあまりに無常にして、挑戦はどこまでも無謀。
一般的な空繰は身長2メートル、重量も200キログラムほど。そんな玩具がいくら束になったところで、問題にすらならなかった。
〈ジゾライド〉が歩くだけで空繰は踏み潰され、磨り潰され、尾の一振りで10体の空繰が操る術者たちもろとも宙を舞った。
火砲への実弾の装填は一般の工場では行えないので武装類は威嚇のための装備だったが、仮に発射可能でも使う必要はなかっただろう。
「うわあああああああああ!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
術者たちの悲鳴が響き渡る中、最高指導者五浦天心は腕を組んで構えていた。
「せっ、先生――っ! おおおおっ、お願いしますぅぅぅぅぅぅぅ!」
袴にすがる術者へと、最高指導者五浦天心は無言で頷いた。
その背後の地面が突如として隆起を始めた。
地下の水道管や下水管を大量の土砂と共に地上に押しのけて、地下から巨大な空繰が姿を現した。
「おおっ! あれは五浦先生の!」
「制圧級空繰! 烈震だぁっ!」
術者たちの歓声を受けて、10メートル級の巨大な玄武型空繰〈烈震〉が身震いした。体にかかった土を払い、吹き上がる大小の水柱の中で、〈烈震〉は鳥に似た甲高い声で鳴いた。
〈烈震〉は、現存する空繰の中では最大級にして最重量級の機体だ、いかなる突風、暴風にも踏みとどまる機体重量は20トンを超える。
この機体を駆動させるのは、最高指導者五浦天心の念動力のみ。凄まじい精神力であった。
〈ジゾライド〉の内の一体が、嗤うように口を開いた。
ようやく、自分と釣りあいの取れる相手が現れたことに歓喜している。
その一体が先駆ける。一歩、ずしりと足を踏み出して、みなぎる戦意と殺意を咆哮に変えて吐き出した。
対峙する、二体の巨獣。
じっと間合いを測る〈烈震〉に対して、〈ジゾライド〉は全くの無遠慮かつ無配慮に突進した。
原始の闘争本能に技の裏表はなく。ただ純然たる力が暴風となって襲いかかった。敷地内に敷かれたアスファルトを地層ごと蹴飛ばし、巨体を加速させる瞬発力は見る者の想像を絶していた。
20トンの大質量が正面衝突。重量は互角。だが、加速させるパワーが違い過ぎた。
〈ジゾライド〉の倍化した質量を乗せた運動エネルギーをまともに受けて、火花を散らして〈烈震〉の甲羅が砕けた。多積層の鉄製装甲が歪み、弾け、めくれ上がって、〈烈震〉は悲鳴を上げて仰向けに転倒した
「んかあっ!」
〈烈震〉の受けた衝撃をフィードバックした最高指導者五浦天心が顔を歪ませ、両目から血を噴出。
それでも、玄武の尾たる蛇を使って果敢に反撃する。蛇の顎が〈ジゾライド〉の首に噛みつき、火焔を吐きかけるが、効かない。
金属で出来た機械の恐竜に火焔なぞ無意味。厳重に防護されたガソリンエンジンに引火させるには、あまりに生温い弱火。
〈ジゾライド〉は首に噛みつく惰弱な蛇を無視して、大きく口を開いて牙を剥いた。
そして、〈烈震〉の長い首へと噛みつき――全身をぐるりと横方向に回転させた。
現生のワニが獲物に噛みついた時に行う、全体重をかけた殺傷行動。通称デスロールに酷似した攻撃であった。
20トンもの重量を乗せた必殺のローリング・ティランに、〈烈震〉の柔な首は耐えられなかった。耐えられるわけがなかった。
ギィィイっという鉄塊が軋む厭な音の後にゴキンッと、鉄骨が破断する重い音と同時に〈烈震〉の首は捩じ切られていた。
「ふぅおおおおおおお……」
自らの首を喪失する幻肢痛を味わいながらも、最高指導者五浦天心は立っていた。
なんたる精神力。だが目と耳から血を吹き出す凄絶な姿に、術者たちは言葉を失った。
「まだ……まだ負けてはおらぬわぁぁぁぁ……」
術者の精神が健在ならば、首を失ったとて空繰は動く。〈烈震〉が足をじたばたと動かして起き上がろうとしている。
赤い勾玉を血がにじむほどに握りしめる最高指導者五浦天心。
その背後に、大きな人影が迫った。
「往生際が悪ィんだよこんカボスがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
左大千一郎であった。その剛腕が繰り出す鉄拳が最高指導者五浦天心の頬に炸裂。一発で昏倒させていた。
「なあにが一撃必殺凱応虚心流最高指導者五浦天心十段超先生だよォ! 全っ然! よえ~~っじゃね~~かよあーーーっ!」
左大の叫びに呼応するかのように、〈ジゾライド〉が〈烈震〉を踏みつけ、勝利の咆哮を上げた。
こうして反抗勢力は実力で捻じ伏せられた。
この抗争は後日、異常な叫び声を不審に思った周辺住民からの問い合わせもあったが
「あ~~、それですかぁ~~っ? アレはうちで作ってる恐竜のオモチャの鳴き声でしてね~~っ!」
と左大が大型のトーキングギミック内蔵の電動歩行ブリキ〈ジゾライド〉人形および、廉価版のゼンマイ歩行人形を見せ、更にお子様たちに無料プレゼントすることで事なきを得た、
工場を襲った術者たちの中には敗北を良しとせず尚も反抗しようとする者も少なくなかったが、最高指導者五浦天心自身が
「我々は力を以て対決し、力によって敗北したのだ。遺恨を残すのは筋違いというもの」
と潔く敗北を認めた上に
「我が流派は形式に依りすぎた……。形ばかりの武道、大きいだけの看板が戦場で何の役に立つだろうか。人類守護のため、妖魔に勝つための実践的な術を今こそ、ゼロから追及すべき時がきたのかも知れん」
と考えを改め、自ら左大の派閥に参入。戦闘機械傀儡を操る流派として凱応虚心流を再編すると宣言してしまったのだ。
このような具合で逆らうものに恐竜制裁。従う者には雇用と利益を与える手法によって、左大は宗家の大幅な組織改革に成功。
中世からロクに進歩のなかった財政面、兵装面、戦術面も近代化され、左大いわく「戦争が下手糞なバカと素人の集まり」だった組織は極めて効率化されていった。
大局的に見れば、左大のやったことは英雄的偉業である。左大個人としても不遇から一転した成功者である。
だが間近から左大の行いを見てきた一人の男は、事の本質を見抜いていた。
「あいつはただの恐竜愛狂家のチンピラだ。イカレてるんだよ」
東仁である。
仁は何年経とうとも左大への態度を変えなかった。
更に時は経ち、1960年代に入ったころ、左大は銀座のクラブを貸し切って大きなパーティーを開いた。
大きく看板に掲げられたパーティーの題目は〈欧州セールス絶好調記念祝賀大パーティー〉。関係者を手当たり次第に呼び寄せ、大きな会場は派手な料理と酒で飾り立てられていた。
その中に、東仁の姿もあった。
本当は来たくなかったが、東家の当主として仕方なく出席していた。
不機嫌そうにワインをちびちび啜る仁の前に、悪趣味にラメを煌めかせる派手なスーツの男がやって来た、
「いよぉ~~っ、北宮ぁ! 来てくれてうれしぃぜぇ~~っ!」
パーティーの主催者にして不倶戴天の敵、左大千一郎本人だった。後には何人も太鼓持ちのような小物を引きつれている。
左大は今でも仁のことを旧姓の北宮で呼ぶ。身内と認めたくない故か。
嬉しいなどと口では言っているが、実の所は嫌味を言いにきたのは明白である。
「うるせぇな成金クソ野郎。酒がまずくなるから、とっとと消えろ」
仁は目を合わせず言った。
すると、左大の後からガラの悪い小物が騒ぎ出した。
「なんだーーっ、貴様――っ! 左大先生にその口の効きぃ――」
身を乗り出してきた小物の威勢の良い叫びは途中で止まった。
仁が小物の首を右手で掴み、呼吸も出来ぬほどに圧迫していたからだ。
「ご主人様に似てうるさいなこのニワトリ」
「あへ……あへ……」
小物のか細い呼吸音は程なく消えて、仁は白目を剥いて動かなくなった男を横に捨てた。
「静かになった。お前らも鳴くのは朝だけにしろ」
静かに告げると、他の小物たちは萎縮して何も言えなくなった。
ただ一人、左大だけはニタニタと嬉しそうに笑っている。
「いや、年食ってもお前ェだけは相変わらずでマジで嬉しいぜ~~っ。どいつもこいつも今じゃ俺の顔色ご機嫌伺いでよぉ~~、張り合いがないんだわ」
「良く言うぜ……。好き放題できるのが楽しくて仕方ねぇくせに」
「おうよ。世界は今や俺の意のまま思うがまま。恐竜も化石取り放題、戦闘機械傀儡も作り放題よ~~っ!」
左大は誇らしげに両手を広げて見せると、北宮に顔を近づけて耳打ちした。
「なぁ~~っ、北宮よぉ~~っ? お前ェ、俺の何が不満なんだぁ?」
「テメーが私利私欲のために組織を私物化してるのがだよ」
「それの何が悪い? 俺は恐竜愛を満たせる。宮元の連中は効率的に妖魔どもをブッ殺せる。妖魔に苦しむ人達は救われる。傀儡の輸出で儲かって、みんな幸せになる。誰も損なんかしてねぇじゃあねぇか」
「マジで言ってんのかよそれ」
北宮はグラスのワインを一気に呷った。独特の渋みと舌触り。この味は日本では出せない。
「このワイン、ヨーロッパ仕込みだな。向こうでも結構アコギな商売やってるって話じゃねえか」
「人聞きが悪いねぇ~? 俺はただ、必要とされてるモンを必要な分売ってるってだけよ。ニーズに応えてるってぇやつだぜ」
「いきなりセールスにやってきた東洋人を向こうの連中が信用するワケないだろうが。テメーのやってるのは悪質な押し売りだ。向こうの連中は最初、テメーの恐竜を鼻で笑うだろう。そこでこう煽り立てる『そこまで言うのでしたら、ご自慢の魔法なりカラクリ人形なりと力比べをしようじゃないですか。まさか東洋の田舎者に負けるわけがありませんよね?』と。プライドの高い向こうの連中はその誘いに乗る。そして――」
そこから先は、仁に代わって左大が続けた。
身を引いて、大袈裟に両手を広げて、なんとも誇らしげに。
「その通りよ! 格式とプライドに凝り固まった田舎魔法使いどもは自信満々に魔術だの呪いだのを繰り出すが、俺の戦闘機械傀儡にゃあ効かない! どんな大魔術も全くの無意味! コケの生えたゴーレムも一瞬で捻りつぶしてやったわ~~っ! そして俺はこう言った『てめぇらの魔術なんざドブミミズ以下のミジンコじゃねぇかよあーーーーっ!』ってなぁ! 面子を潰されたそいつはもちろん買わない。だが噂を聞いた他の連中が買ってくれる。より強く、より優れた道具を欲するのは当たり前のことだぜ」
一種の悪質なマッチポンプ商法である。
恐らく、現地で最も高名かつ歴史ある術者を生贄として真っ先に血祭に上げ、左大は商品としての名声を高めた戦闘機械傀儡を他の術者に売りつけている。
それを一切悪びれずに言ってのける左大の醜悪さ。仁は思い切り睨みつけた。
「そういうやり方は恨みを買う。日本でもヨーロッパでもな」
「その通りよ。向こうでは何回も暗殺されそうになったが、その度に刺客をボコボコにしてやったぜ」
左大は筋肉に覆われた太い腕を見せつけた。始末の悪いことに戦闘機械傀儡に頼らずとも、左大自身も強かった。
「で、ボコって稼いだその金を何に使った?」
「もちろん、恐竜の化石を買った! 恐竜を売る! その金で化石を買う! 化石で恐竜を作る! そしてそれをまた売る! この無限ループで稼いで稼いで稼ぎまくって、俺は恐竜帝国の皇帝となるのだ~~ッは! ははーーーッ!」
ついに狂った野望を吐き出した左大は高らかに笑う。
後で控える小物たちもドン引きしている。周囲は酔っ払ったか、あるいはいつもの発作だと思って見て見ぬふりをしている。
笑うだけ笑った左大は胸を張り、眼前に座る仁を見下ろすように言い放った。
「北宮よぉ……お前に俺は倒せない」
「あ?」
「金も権力も恐竜も全てを意のままにする俺に、お前一人でどう刃向う? あ? だからいい加減に強情を張るのは止めろ。俺に対して頭を下げろ。そうすれば、お前にも良い地位を与えてやる。会社の半分を、世界の半分をくれてやっても良い。さぁ~~っ、頭を下げろっ! この恐竜皇帝に対してなぁ~~っ!」
仁の目が据わって、がたりと音を立てて席から立ち上がった。
「んだらここでブッ倒してやろうじゃねぇかァーーーーっ!」
「こいや北宮ァーーーーーっ!」
50歳に近い中年二人の激突。
1時間後、パーティー会場のクラブは廃墟と化した。
そんな、気が触れたような内容の昔話をしたのは宮元園衛だった。
「まあ、昔からこんな具合でな。左大の爺さんは変わり者だった」
学院の理事長室にて、話を聞かされた瀬織の顔は引きつっていた。
「あのぉ……その左大というお方、色々と大丈夫なんですの……?」
「大丈夫じゃなかったから、景のひいお爺さんが必要だったのだ。東仁という人は、権力や規律といったしがらみを無視して問題を叩き潰す。抑止力として東家に婿入りした。あの人は寿命で死ぬまで自分の役割を全うしたよ」
「景くんのひいおじい様ですか。確かに、お強い人でしたねぇ」
思い返せば70余年前、一時的に復活した瀬織を精神力と腕力だけで捻じ伏せたのも景の曽祖父だった。暴力に対抗する抑止力としての暴力を用意するのは、古来より現代に至るまで治安維持の基本である。
分かる話だが、瀬織としては不安な点もある。
あんな凶暴な暴力人間の遺伝子が、愛する景に入っているのだ。
「いやですわね。怖いですわね。景くんもいずれ、あのおじい様のように、わたくしに家庭内暴力を振るうのでは……っ」
「それは無いと思うがな」
園衛は卓上に置いたカップを取り、コーヒーを啜った。
「景のひい爺さんも左大の爺様より先に死んでしまったからな。なんだかんだで二人は張り合いのあるライバルだった。晩年は殴り合いではなく、カラシ入りの寿司を食って我慢比べとかやっていたな。ライバルを無くして、妖魔との戦いも終わると人生の張り合いがなくなって、すっかり老け込んでしまった。それで亡くなったのが5年くらい前のことだ。葬式には私も出たが……いや、これは止めておこう」
珍しく園衛が言い淀んだ。何かプライベートに関わることらしい。
カップを置いて、園衛は話の本題に入った。そもそも、多忙で話をする時間が取れないから、たまたま学院に来たのを利用して瀬織を呼んだのだ。
「この左大家についてなのだが、お前に少し手伝ってほしい」
「お手伝い……ですか? 何故に、わたくしを?」
「理由は幾つかある。一つ、人手不足。この人手不足を解決するための人材の再招集を手伝ってほしいのだ」
園衛の家には使用人が数多くいるが、ここで言う人手とはつまり荒事に対応するための戦力のことだ。かつて宮元家が運営していた大きな退魔組織はとうに解散しており、そこに在籍していた人材を可能な限り集めて戦力化したい、というわけだ。
そんなものが何故に必要なのか――というのは考えるまでもない。
瀬織という存在の万一に備えるため、である。
その意味では瀬織に責任の一端はあるものの、自分を始末するための戦力を瀬織自身が集めるというのは奇妙なことで、思わず苦笑した。
「あら……園衛様も案外意地悪ですわねえ」
「変な邪推はするな。想定外のことは何でも起きる。今までは私一人でなんとかなると思っていたが、実際一人ではかなり苦労すると先日分かった。だから人手を集める。そして第二の理由。お前に人生経験を積ませるためだ」
「これは奇態なことを……。わたくしに? いまさら人生経験?」
実質1000年間も活動し、人間社会の清濁を飽きるほどに見てきた瀬織には釈迦に説法に等しく聞こえた。
だが、園衛は首を横に振った。
「人形でも兵器でもなく、人間として他の人間に接してみろ。積み重ねが人生だ。ただの時間経過では人間は成長しない」
「良く分かりませんが……そこまで仰るのなら。して、園衛様……お給金はいかほどに?」
思いがけない、だが考えてみれば当然の質問に、園衛は少しだけ思案する素振りを見せた。
「む……金か」
「そうですわ。まさか園衛様、わたくしにタダ働きをさせるつもりではありませんよね? 人類の愛と正義を体現するがごとき御方が無償奉仕を強制するなど、あってはならないことでございますわ。無償奉仕を美徳とするのは、奴隷労働を肯定するのと同意。教育者にあるまじき行いと存じます」
「分かってる。分かっているとも。基本給に加えて勧誘成功の歩合も報酬に加算するから……」
「それと、この間の戦闘の報酬も」
「あっ……アレもかぁ?」
先日の傀儡や荒神との戦闘にまで金を要求されるのは意外だったらしく、園衛が席で姿勢を崩した。
瀬織にしてみれば対価を求めるのは当然の権利であり、饒舌につらつらと言葉を並べ立てた。
「アレも元を辿れば、何もかも園衛様の責任でございます。責任を取るのが責任者の仕事。煙に巻いたり言い訳を並べるなどもっての外。しかも、わたくしだけではなく景くんまで巻き込んだのです。危険手当も頂かなければ納得がいきません」
園衛は何か反論したげに眉間に皺を寄せていたが、労働の対価を支払えというのは確かに正論である。こればかりは強引に瀬織を黙らせるわけにもいかず、暫く唸ってから「分かった。払う、払う!」と半ば諦めたように言い放った。
そして深い溜息を吐いて、背もたれに体重をかけた。
「最後の理由……。少し厄介な人物に探りを入れるのにお前が適任なのだ」
「厄介な人……。うーん、もしかしてぇ……」
大体、察しがつく。
今まで長々の前振りを聞かされてきた、あの人物に関係があるのだろう。
瀬織の予想は当たった。
「過去の組織の帳簿を確認したところ、左大の爺様には隠し財産がある疑いが出てきたのだ。その隠し財産というのは、どうもフル装備の戦闘機械傀儡らしい。今となっては貴重な戦力だ」
「では、その財産を継いでいるのは……」
「左大の爺さんの孫、左大億三郎だ」
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