上 下
242 / 351
第七章 忙しいが、呆気なく都市ルーセントに向かう事になりました。

第六幕 暗霧の十月と打ち砕かれる

しおりを挟む
「で、もう他に話す事は無いか?」
 ウィルの戦いも終わり空気と化していたもう一人の男に近寄る。

「た、頼む! 殺さないでくれ!」
「だったら全て話せ。あの男の態度からしてまだ何か隠してるんだろう?」
「………」
 千夜の言葉に黙り込む。
(やはりまだ何か隠していたか。あの男の態度が妙に大きかった事を考えるとそれを裏付ける何かを持っていたに違いない)

「……これは耳にしただけで本当かどうか解らなかったから言いたくなかったんだが、代官が手を組んでいるのは『暗霧の十月ミラージ・サヴァン』って言う組織らしい」
暗霧の十月ミラージ・サヴァン………エリーゼ、聞いたことあるか?」
「いえ、無いわ。私がルーセントに居た時にそんな組織一度も耳にしてないもの。その話本当でしょうね」
「俺も耳にしただけだから本当かどうか解らねぇよ! ただ、闇ギルドや裏組織とはちょっと違うって話は聞いた」
「違う? どう違うんだ?」
「そこまでは知らない。これで全部話した! だから頼む助けてくれ」
 涙を流し鼻水を垂らして懇願する男に千夜は鬼椿を振り下ろした。しかし切られたのは男ではなく、ロープだけだった。
 男は解放された事に笑みを浮かべる。

「今回だけだぞ。次もしも犯罪に手を染めたら俺が殺しに行く」
「もうしねぇよ!」
 千夜は伏す汚れた子袋を男に投げる。

「盗賊たちが持ってたお金だ。上手く使えば数週間は暮らせるはずだ」
「あ、ありがとう。旦那!」
 男は傍に落ちていた剣と羽織を持って脱兎の如く逃げるのであった。

「さてと、次は行商人の人達の所に行くか」
 腕を組んで千夜は不安げな表情で見てくる行商人の所に向かう。

「助かった。ありがとう」
「いや、気にしなくて良い。偶然見かけたから助けただけだ。それより何処に向かっていたんだ?」
「俺たちはルーセント領にあるタルタ村に向かっているところだ。村の中ではそれなりに規模が大きいから町とも言えなくもない場所さ」
「そんな所があるのか」
「ああ、領内に入って最初に通る村さ」
「それは良い情報が手に入った。それじゃあ俺たちは先に行く。もしもその村であったらまた何か聞かせてくれ」
「そんな、何かお礼させてくれよ」
「少し急ぎの用事がある。済まないがまた今度にしてくれると有難い」
「そういう事なら仕方ねぇな。また会ったときお礼させて貰うよ」
「ああ」
 という事が一日前にあったわけだ。
 色々有益な情報が手に入っただけでなく、ウィルが成長した事を考えれば盗賊たちとの出くわした事は良かったのかもしれないと千夜は思っていた。
 何処にでもいる普通の冒険者を装い千夜たちは検問に近づく。

「済まないが、身分証明になるものを提示してくれ」
 30名以上居る兵士の一人に言われ千夜たちはギルドカードを提示する。
(随分と厳重だな。国境の検問でもないのに)

「冒険者か………随分とアンバランスな組み合わせだな」
「親子でパーティーを組んでいるからな」
「なるほどな」
 ウィルの姿を見て納得したらしい。
「それにしてもどうしてこの領に?」
「帝都で稼いでいたんだが、平均ランクSSランクのクランが旨い依頼を全て食っちまったから仕方なくな」
「ああ、月夜の酒鬼か。それは気の毒にな」
 男は苦笑いを浮かべながらギルドカードを見詰める。

「犯罪履歴は無しと。よし、通過料として一人銀貨10枚を払ってくれ」
「銀貨10枚ですって!」
 男の言葉にエリーゼは驚き反発するが、千夜が制しなんとか抑え込む。

「子供銀貨10枚か?」
「いや、子供は5枚で構わない」
「解った。それにしても随分と高いんだな」
「犯罪者を入れないため抑止力らしい。犯罪者が潜んでいるのは都市内だけとは限らないからな」
「なるほどな」
 懐から出した皮袋の中から銀貨55枚を取り出すと兵士に渡した。

「確かに貰った。よし、通って良いぞ」
「幾つか質問していいか?」
「なんだ?」
「宿がある街や村までどれぐらいだ?」
「それなら徒歩で数時間の距離にタルタって村があるそこに安宿がある」
「解った。それとこの領から出るときも銀貨10枚なのか?」
「いや、出るときは一人銀貨15枚だ」
「なっ!」
「これは思った以上に無駄遣いは出来ないな」
Aランク・・・・パーティーなんだからそこまで気にする事はないだろう」
「最近実りが少ないからな」
「そうだったな。ま、頑張れよ」
「ああ」
 警戒される事も無く通過できた千夜たちは兵士たちの姿が見えなくなるまで歩く。

「あのお父様」
「なんだ?」
「どうしてあの人達はお父様が月夜の酒鬼だと気づかなかったんですか?」
「その事か。それは検問前に渡したペンダントの効果さ」
「このペンダントですか?」
「そうだ」
 首から提げているペンダント。千夜以外全員が首から下げていた。

「それには幻惑魔法が付与されている。だから兵士たちには俺たちは別の人物に見えたと言うわけだ」
「な、なるほど。それじゃああのギルドカードは?」
「ああ、それはな………」
 ウィルの質問に千夜は言葉に困る。

「今から話す事は内密で頼む」
「解りました」
「俺はギルドカードに表示される内容を書き換える事が出来る」
「そ、それは本当ですむっ!」
 叫ぼうとしたウィルの口を塞ぐエリーゼ。

「ウィルまだ近くに兵士が居るんだから叫んじゃ駄目でしょ」
「すいません。それにしてもそんな事が出来るなんて凄すぎです」
「普段は使わないから安心して良いぞ。使うのは大抵隠密が求められる依頼ぐらいだからな」
「なるほど。それにしてもお父様って本当に凄いです。僕の知っている常識が全て打ち砕かれて行きます」
 目を輝かせて見詰めるウィルその姿に千夜は。
(きっと褒めてくれているんだろうが。嬉しく感じないのは何故だ)

 
しおりを挟む
感想 694

あなたにおすすめの小説

バイトで冒険者始めたら最強だったっていう話

紅赤
ファンタジー
ここは、地球とはまた別の世界―― 田舎町の実家で働きもせずニートをしていたタロー。 暢気に暮らしていたタローであったが、ある日両親から家を追い出されてしまう。 仕方なく。本当に仕方なく、当てもなく歩を進めて辿り着いたのは冒険者の集う街<タイタン> 「冒険者って何の仕事だ?」とよくわからないまま、彼はバイトで冒険者を始めることに。 最初は田舎者だと他の冒険者にバカにされるが、気にせずテキトーに依頼を受けるタロー。 しかし、その依頼は難度Aの高ランククエストであることが判明。 ギルドマスターのドラムスは急いで救出チームを編成し、タローを助けに向かおうと―― ――する前に、タローは何事もなく帰ってくるのであった。 しかもその姿は、 血まみれ。 右手には討伐したモンスターの首。 左手にはモンスターのドロップアイテム。 そしてスルメをかじりながら、背中にお爺さんを担いでいた。 「いや、情報量多すぎだろぉがあ゛ぁ!!」 ドラムスの叫びが響く中で、タローの意外な才能が発揮された瞬間だった。 タローの冒険者としての摩訶不思議な人生はこうして幕を開けたのである。 ――これは、バイトで冒険者を始めたら最強だった。という話――

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~

SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。 ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。 『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』 『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』 そんな感じ。 『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。 隔週日曜日に更新予定。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

性的に襲われそうだったので、男であることを隠していたのに、女性の本能か男であることがバレたんですが。

狼狼3
ファンタジー
男女比1:1000という男が極端に少ない魔物や魔法のある異世界に、彼は転生してしまう。 街中を歩くのは女性、女性、女性、女性。街中を歩く男は滅多に居ない。森へ冒険に行こうとしても、襲われるのは魔物ではなく女性。女性は男が居ないか、いつも目を光らせている。 彼はそんな世界な為、男であることを隠して女として生きる。(フラグ)

僕の秘密を知った自称勇者が聖剣を寄越せと言ってきたので渡してみた

黒木メイ
ファンタジー
世界に一人しかいないと言われている『勇者』。 その『勇者』は今、ワグナー王国にいるらしい。 曖昧なのには理由があった。 『勇者』だと思わしき少年、レンが頑なに「僕は勇者じゃない」と言っているからだ。 どんなに周りが勇者だと持て囃してもレンは認めようとしない。 ※小説家になろうにも随時転載中。 レンはただ、ある目的のついでに人々を助けただけだと言う。 それでも皆はレンが勇者だと思っていた。 突如日本という国から彼らが転移してくるまでは。 はたして、レンは本当に勇者ではないのか……。 ざまぁあり・友情あり・謎ありな作品です。 ※小説家になろう、カクヨム、ネオページにも掲載。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。