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第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく
第七十四話 夜逃げから始まるダンジョン攻略! ⑤
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─────────────────────
『ジンさん、明けましておめでとうございます』1月1日
『既読されていないようですが、お忙しいのでしょうか?』1月2日
『ジンさん、明日から学園に通います』1月7日19時28分
『こうして3学期を迎えられるのもジンさんのお陰です。本当に感謝しています』1月7日19時29分
『久々にエミリーやレオリオ君たちに会い、思わず涙が出そうになりましたが、今日から楽しく過ごしていけそうです』1月8日17時23分
『それと昼食時にジュリアスさんたち4人で食事をしていたらイザベラ様たちにお会いました』1月8日17時24分
『色々とジンさんについて訊かれ話しましたが、冒険者として立派に活動されている事に驚かれていました』1月8日17時25分
『そのあと話の流れで卒業旅行に行く事になりまして、ジンさんに会いに行く事になりました』1月8日17時27分
『卒業旅行に行く日は後日決める事になりましたのでその日の夕方にでもまた連絡します』1月8日17時28分
『卒業旅行は3月4日に行く事になりました』1月10日17時41分
『ベルヘンス帝国には6泊7日を予定しています』1月10日17時41分
『ジンさんには次の日にでも会いに行くつもりですので、その日は空けておいて下さると嬉しいです』1月10日17時42分
『それと、出来れば二人っきりになれる時間を下さるととても嬉しいです』1月10日17時48分
─────────────────────
………最悪だ。フェリシティーたちに会えるのは嬉しいし、最後の文だけはとても魅力的な内容だ。俺だってそうしたい。だがイザベラとジュリアスに会えば説教コースが待っている可能性がある。そんな面倒な事は絶対に嫌だ。いや、説教されるような事はしていない筈だ。真面目に働いているし、自分のギルドだって持ったんだ。褒められこそすれ説教されるような事はない筈だ。
だが残念な事に今俺はヤマト皇国に来ている。それも討伐依頼を請けて来たわけではなくダンジョン攻略と言う時間の掛かる内容だ。あ、でも一応どれぐらい掛かるか影光に聞いておくか。
「影光」
「なんだ?」
座禅を止め俺の対面に座ってお茶を飲んでいた影光に俺は問い掛ける。
「ダンジョン攻略ってどれぐらいの日数が掛かるんだ?」
「ダンジョンの難易度や規模にもよる」
難易度は理解できるが規模ってそんなに違うのか。
「規模ってどれぐらいなんだ?」
「規模の小さいダンジョンなら30階層までだったりするが規模が大きいダンジョンになると100階層まである」
影光は俺の問い掛けにお茶を啜りながら平然と答えた。
100階層って1日1階層クリアしたと考えても最低で100日掛かるって事だよな。もうそんなのムリゲーだろ。
「因みに俺たちが攻略しようとしているダンジョンはどれぐらいだ?」
「分からん」
「そうか」
攻略され魔物の種類や階層数が分かっていれば推測も出来るだろうが俺たちが今回挑むダンジョンは未だ完全攻略されていないダンジョンだ。それもこれまで出現したダンジョンとは明らかに違う異質なダンジョンだ。だからこそ流石の影光も推測出来なかったんだろう。
そうなるとフェリシティーには現在の居場所と帰れるか分からない事情を伝えておくか。
煙草を片手に俺はメールを打ち込み送信した。
することが無い俺たちはクレイヴが起きて来るのを待ちながら雑談するが起きて来る気配がないので影光とグリードには露天風呂に行かせた。
しかしクレイヴは影光たちが露天風呂から戻って来ても一向に起きる気配がないので叩き起こした。もう夕方の5時過ぎだぞ、いつまで寝てるつもりだ。
「さっさと顔を洗って来い」
「ふぁ~い」
欠伸で返事を返して来るクレイヴ。まったく寛大な俺じゃなかったら怒られてるぞ。
まるでタイミングを計ったかのようにクレイヴが洗面所で顔を洗っている間に食事が運ばれてきた。これまた豪勢な料理の数々。美しいと感じさせる盛り付けに食欲をそそる匂いが鼻孔を刺激してくる。
テーブルに全ての品が置かれるころにはクレイヴも脳を覚醒させたのかいつも通りの顔つきになっていた。ま、こいつの場合はいつも眠たそうな顔つきだけど。
仲居さんとは違う着物を身に纏う女性が軽く料理の紹介と説明を終えると、
「それではごゆっくりとお楽しみ下さいませ」
そう言ってお辞儀をして部屋から立ち去って行った。
どの料理から食べて良いか分からないが、1つ言えるのは俺の料理だけ影光たちとは少し違う。
影光たちには囲炉裏鍋を使った料理があるが俺にはない。それだけ聞けば一種の差別のような気もするが俺の前に箸すら置かれておらず、手で食べられる料理が並べられているのを見るに朧さんが伝えておいてくれたんだろう。ほんと何から何までありがとうございます。俺の中で朧さんの株が急上昇するのとお土産のレベルをランクアップさせる事を決意して俺たちはお猪口を掲げる。
「それじゃ、ダンジョン攻略を目指して乾杯!」
『乾杯!』
俺の音頭で食事が開催された。
まず最初に口にしたのは勿論刺身だ!
宝石が並べられているかのような白銀に輝く刺身はどことなく鯛に似ているが、気にする事無く醤油と山葵を付けて口に放り込む。
歯ごたえのある触感は噛めば噛むほど小さな一切れから旨味が口いっぱいに溢れ出し、舌先を刺激した山葵が刺身の旨味に変化を齎せ、さらに醤油と交わる事で更なる美味しさへと昇華する。
火を通してあるわけでも調理中に調味料を使った訳でもない、捌き皿に盛り付けられただけの一品。
しかし刺身、醤油、山葵の組み合わせは世界最強と言って他ならない。
更にここで旨味の余韻が残っているうちに冷酒を流し込む。
「クゥーッ!」
舌の上に残る旨味が爽やかな味の冷酒によって口だけでなく喉までもが清められていく。最高!!
もう一度この幸せを味わいたいが、今は我慢して次はこの貝の煮付けだ。
確かさっきの女性が鋼貝の煮付けって言ってたな。
何でも鋼貝の殻は鋼の如く硬く、金槌で叩いても割れない事から付けられた名前らしいが、聞いた事もない名前の貝だったからこの世界にしかない貝類なのかもしれない。もしかしたら俺が知らないだけで前世の地球にもあったのかもしれないが。ま、今は味わうのが先だな。
1つ1つの大きさはホタテと同じぐらいのサイズだが、身の形はアサリやバカガイに似ているな。どれお味の方はっと。
「っ!」
なんだこの美味しさは!イカの刺身でも食べているような歯ごたえのある触感と牡蠣に似た味。そんな鋼貝が甘辛い煮汁に付け込まれる事によって見事な黄金比を作り上げている。
口の中に残る黄金比を流してしまう惜しさに苛まれるが、冷酒との組み合わせと言う好奇心と欲求に負けてしまった俺はお猪口を傾ける。
「……ゴクリ……ハァ~」
ありがとう……。
あまりの美味しさに声が漏れる。それほどまでに鋼貝の煮付けと冷酒の組み合わせが最高だった。
その後も俺は多種多様の旨味と言う攻撃を文字通り喰らいながら最後に鋼貝の煮付けを先ほど以上に味わってから呑み込み、即座に冷酒を流し込む。
「……ごちそうさまでした」
お猪口をテーブルに置いた俺は感謝の気持ちを込めて呟いた。ああ、美味しかった。もう最高だった。
お絞りで手を拭った俺は煙草に火を灯す。
「ふぅ~」
ああ、美味い。やはり食事のあとの煙草は美味しいが美味しい料理を堪能した後だと格別だな。
「ジンよ」
「なんだ?」
「いったいどれだけ酒を飲む気だ」
俺の対面に座る影光が呆れた顔で訊いて来る。いったい何を言ってるんだ?と思ったが、俺の横には2号徳利が全部で13本転がっていた。
「お前が酒に強い事は知っているがペースが速いのではないか?」
ま、確かにこの程度で酔う事はない。焼酎よりも度数の低いヤマト酒を13本空けたとしても酔う事はない。意識もハッキリしているしな。
「料理が美味しくて、ついな」
「まったく明日からダンジョン攻略なのだから、頼むぞ」
「分かってるって」
ヤマト皇国の出身である影光にとってすればやはりこれまでとは違うダンジョンに不安を感じているのだろう。そんな中ギルドマスターである俺がこんな姿を見せればダンジョン攻略も上手くいくか心配になるのも無理はないか。すまんな、影光。
それから寛いでいると仲居さんたちが食器を片付けにやって来た。
仲居さんたちが食器を全てプレートに乗せて部屋から出て行くと入れ違いに蘭月が入って来る。
「料理の方は如何だったでしょうか?」
お決まりの口上をくちにする蘭月に笑顔でとても美味しかったと告げる。
「ありがとうございます。それでなのですが当旅館の女将がフリーダムの皆様に是非お会いしたいと申しております。食後で申し訳ございませんが、どうか会って頂けないでしょうか?」
「ああ、別に構わないぞ」
蘭月の言い分からして俺たちが向かわなければならないと言う事だ。本来ならば女将自ら宿泊客の部屋に向かうものだが、どうやら何やら事情があるのだろう。
そう言う事なら別に会いに行くのは吝かじゃない。と言うよりもこれほど美味しい料理を振舞ってくれたんだ。こっちから出向いてもなんの支障も不満もない。そしてそれは影光たちも同じのようで快く了承していた。
「ありがとうございます」
さて、あと問題なのはアインだな。「食事を終えたばかりマスターに会いに来いとは万死に値します」とか言い放って魔導銃を蘭月に向けたりしそうだからな。
そう思うと憂鬱だが仕方がない。なんせ女将は全員に会いたいと言っているんだからな。
となりの部屋で寛いでいるアイン達に蘭月が事情を説明する。ついでに俺たちも部屋に上がるが予想に反してアインはあっさりと了承したのだ。とても意外だ……。
ま、杞憂に終わって俺としてはこの旅館に迷惑が掛からなずに終わったのでありがたい。
そんなわけで俺たちフリーダムメンバー全員でこの旅館――幻楼館の女将の許へと歩き出す。
エレベーターに乗り込み蘭月がボタンを押す。この世界のエレベーターは日本のエレベーターよりも広い空間に重量制限が大幅に高く設定されている。はっきり言って貨物用のエレベーターにでも乗っている気分だ。ま、その理由としてはグリードのような種族が居るからなのだろう。
世界に住んでいる種族が多種多様であればそれだけ暮らしも変わって来る……と言う事か。
エレベーターのスライド扉の上に取り付けられている電光掲示板の数字が変わっていく。
俺たちが寝泊まりしているのは3階だ上に上がっていると言う事は直ぐに5階で止まるだろうと思ったが、エレベーターが止まった時、電光掲示板には6と表示されていた。
あれ?外から見た時この幻楼館は5階建てに見えたが、朝の5時だったとは言えまだ暗かったからな、見間違えたか?
そう疑問に感じているとスライド扉が開かれる。
最上階は俺たちが宿泊している3階とは違いまったく人の気配を感じない。この階には宿泊客が泊まっていないのか?
「この階は女将様専用の階となっております。この階に入れるのは女将の許しを得た者しか入れません」
怪訝の表情をしていたのかそれとも疑問に感じていたのを見透かされたのかは分からないが、蘭月が説明してくれる。
「なるほどね」
つまり俺たちは入る事を許されたと言う訳か。いや違うな。この場合の許されたは信頼されていると言う意味だろう。となると俺たちの場合は女将さんの好奇心で入る事を許された一時的なものだろう。なんせ奥から漂って来る気配は只者ではない事ぐらい分かっているからな。
そして何故か分からないが影光の表情が険しくなっている気がするが気のせいか?
廊下の突き当りの襖の前までやって来くると蘭月はしゃがみ込んで口を開いた。
「フリーダムの皆様をお連れしました」
「お入りなさい」
襖の向こうから涼しさを感じさせる声が聞こえて来る。
その言葉に従い蘭月がゆっくりと襖が開けられ蘭月に促されるように中に入り座ると、ゆっくりと襖を閉められる。
薄暗い部屋にたった1つ置かれた灯篭の傍で1人の女性が煙管を片手に寛いでいたが、品定めでもするかのように流し目にこちらを見据えていた。まるで妖狐と相対している気分だ。
だが、どことなく雰囲気が朧さんに似ている気がする。
別に朧さんみたいに着物も着崩したりはしていない、まさに気品のある和装女性と言った感じなんだ。ハッキリ言って朧さんとは真逆のタイプと言っても良いだろう。
樺細工で出来た和灰皿に煙管を置いた女将は姿勢を正すと自己紹介をして来た。
「御呼び立てして申し訳ありません、フリーダムの皆様。私が当旅館の女将の東雲弥生ともうします」
『ジンさん、明けましておめでとうございます』1月1日
『既読されていないようですが、お忙しいのでしょうか?』1月2日
『ジンさん、明日から学園に通います』1月7日19時28分
『こうして3学期を迎えられるのもジンさんのお陰です。本当に感謝しています』1月7日19時29分
『久々にエミリーやレオリオ君たちに会い、思わず涙が出そうになりましたが、今日から楽しく過ごしていけそうです』1月8日17時23分
『それと昼食時にジュリアスさんたち4人で食事をしていたらイザベラ様たちにお会いました』1月8日17時24分
『色々とジンさんについて訊かれ話しましたが、冒険者として立派に活動されている事に驚かれていました』1月8日17時25分
『そのあと話の流れで卒業旅行に行く事になりまして、ジンさんに会いに行く事になりました』1月8日17時27分
『卒業旅行に行く日は後日決める事になりましたのでその日の夕方にでもまた連絡します』1月8日17時28分
『卒業旅行は3月4日に行く事になりました』1月10日17時41分
『ベルヘンス帝国には6泊7日を予定しています』1月10日17時41分
『ジンさんには次の日にでも会いに行くつもりですので、その日は空けておいて下さると嬉しいです』1月10日17時42分
『それと、出来れば二人っきりになれる時間を下さるととても嬉しいです』1月10日17時48分
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………最悪だ。フェリシティーたちに会えるのは嬉しいし、最後の文だけはとても魅力的な内容だ。俺だってそうしたい。だがイザベラとジュリアスに会えば説教コースが待っている可能性がある。そんな面倒な事は絶対に嫌だ。いや、説教されるような事はしていない筈だ。真面目に働いているし、自分のギルドだって持ったんだ。褒められこそすれ説教されるような事はない筈だ。
だが残念な事に今俺はヤマト皇国に来ている。それも討伐依頼を請けて来たわけではなくダンジョン攻略と言う時間の掛かる内容だ。あ、でも一応どれぐらい掛かるか影光に聞いておくか。
「影光」
「なんだ?」
座禅を止め俺の対面に座ってお茶を飲んでいた影光に俺は問い掛ける。
「ダンジョン攻略ってどれぐらいの日数が掛かるんだ?」
「ダンジョンの難易度や規模にもよる」
難易度は理解できるが規模ってそんなに違うのか。
「規模ってどれぐらいなんだ?」
「規模の小さいダンジョンなら30階層までだったりするが規模が大きいダンジョンになると100階層まである」
影光は俺の問い掛けにお茶を啜りながら平然と答えた。
100階層って1日1階層クリアしたと考えても最低で100日掛かるって事だよな。もうそんなのムリゲーだろ。
「因みに俺たちが攻略しようとしているダンジョンはどれぐらいだ?」
「分からん」
「そうか」
攻略され魔物の種類や階層数が分かっていれば推測も出来るだろうが俺たちが今回挑むダンジョンは未だ完全攻略されていないダンジョンだ。それもこれまで出現したダンジョンとは明らかに違う異質なダンジョンだ。だからこそ流石の影光も推測出来なかったんだろう。
そうなるとフェリシティーには現在の居場所と帰れるか分からない事情を伝えておくか。
煙草を片手に俺はメールを打ち込み送信した。
することが無い俺たちはクレイヴが起きて来るのを待ちながら雑談するが起きて来る気配がないので影光とグリードには露天風呂に行かせた。
しかしクレイヴは影光たちが露天風呂から戻って来ても一向に起きる気配がないので叩き起こした。もう夕方の5時過ぎだぞ、いつまで寝てるつもりだ。
「さっさと顔を洗って来い」
「ふぁ~い」
欠伸で返事を返して来るクレイヴ。まったく寛大な俺じゃなかったら怒られてるぞ。
まるでタイミングを計ったかのようにクレイヴが洗面所で顔を洗っている間に食事が運ばれてきた。これまた豪勢な料理の数々。美しいと感じさせる盛り付けに食欲をそそる匂いが鼻孔を刺激してくる。
テーブルに全ての品が置かれるころにはクレイヴも脳を覚醒させたのかいつも通りの顔つきになっていた。ま、こいつの場合はいつも眠たそうな顔つきだけど。
仲居さんとは違う着物を身に纏う女性が軽く料理の紹介と説明を終えると、
「それではごゆっくりとお楽しみ下さいませ」
そう言ってお辞儀をして部屋から立ち去って行った。
どの料理から食べて良いか分からないが、1つ言えるのは俺の料理だけ影光たちとは少し違う。
影光たちには囲炉裏鍋を使った料理があるが俺にはない。それだけ聞けば一種の差別のような気もするが俺の前に箸すら置かれておらず、手で食べられる料理が並べられているのを見るに朧さんが伝えておいてくれたんだろう。ほんと何から何までありがとうございます。俺の中で朧さんの株が急上昇するのとお土産のレベルをランクアップさせる事を決意して俺たちはお猪口を掲げる。
「それじゃ、ダンジョン攻略を目指して乾杯!」
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まず最初に口にしたのは勿論刺身だ!
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歯ごたえのある触感は噛めば噛むほど小さな一切れから旨味が口いっぱいに溢れ出し、舌先を刺激した山葵が刺身の旨味に変化を齎せ、さらに醤油と交わる事で更なる美味しさへと昇華する。
火を通してあるわけでも調理中に調味料を使った訳でもない、捌き皿に盛り付けられただけの一品。
しかし刺身、醤油、山葵の組み合わせは世界最強と言って他ならない。
更にここで旨味の余韻が残っているうちに冷酒を流し込む。
「クゥーッ!」
舌の上に残る旨味が爽やかな味の冷酒によって口だけでなく喉までもが清められていく。最高!!
もう一度この幸せを味わいたいが、今は我慢して次はこの貝の煮付けだ。
確かさっきの女性が鋼貝の煮付けって言ってたな。
何でも鋼貝の殻は鋼の如く硬く、金槌で叩いても割れない事から付けられた名前らしいが、聞いた事もない名前の貝だったからこの世界にしかない貝類なのかもしれない。もしかしたら俺が知らないだけで前世の地球にもあったのかもしれないが。ま、今は味わうのが先だな。
1つ1つの大きさはホタテと同じぐらいのサイズだが、身の形はアサリやバカガイに似ているな。どれお味の方はっと。
「っ!」
なんだこの美味しさは!イカの刺身でも食べているような歯ごたえのある触感と牡蠣に似た味。そんな鋼貝が甘辛い煮汁に付け込まれる事によって見事な黄金比を作り上げている。
口の中に残る黄金比を流してしまう惜しさに苛まれるが、冷酒との組み合わせと言う好奇心と欲求に負けてしまった俺はお猪口を傾ける。
「……ゴクリ……ハァ~」
ありがとう……。
あまりの美味しさに声が漏れる。それほどまでに鋼貝の煮付けと冷酒の組み合わせが最高だった。
その後も俺は多種多様の旨味と言う攻撃を文字通り喰らいながら最後に鋼貝の煮付けを先ほど以上に味わってから呑み込み、即座に冷酒を流し込む。
「……ごちそうさまでした」
お猪口をテーブルに置いた俺は感謝の気持ちを込めて呟いた。ああ、美味しかった。もう最高だった。
お絞りで手を拭った俺は煙草に火を灯す。
「ふぅ~」
ああ、美味い。やはり食事のあとの煙草は美味しいが美味しい料理を堪能した後だと格別だな。
「ジンよ」
「なんだ?」
「いったいどれだけ酒を飲む気だ」
俺の対面に座る影光が呆れた顔で訊いて来る。いったい何を言ってるんだ?と思ったが、俺の横には2号徳利が全部で13本転がっていた。
「お前が酒に強い事は知っているがペースが速いのではないか?」
ま、確かにこの程度で酔う事はない。焼酎よりも度数の低いヤマト酒を13本空けたとしても酔う事はない。意識もハッキリしているしな。
「料理が美味しくて、ついな」
「まったく明日からダンジョン攻略なのだから、頼むぞ」
「分かってるって」
ヤマト皇国の出身である影光にとってすればやはりこれまでとは違うダンジョンに不安を感じているのだろう。そんな中ギルドマスターである俺がこんな姿を見せればダンジョン攻略も上手くいくか心配になるのも無理はないか。すまんな、影光。
それから寛いでいると仲居さんたちが食器を片付けにやって来た。
仲居さんたちが食器を全てプレートに乗せて部屋から出て行くと入れ違いに蘭月が入って来る。
「料理の方は如何だったでしょうか?」
お決まりの口上をくちにする蘭月に笑顔でとても美味しかったと告げる。
「ありがとうございます。それでなのですが当旅館の女将がフリーダムの皆様に是非お会いしたいと申しております。食後で申し訳ございませんが、どうか会って頂けないでしょうか?」
「ああ、別に構わないぞ」
蘭月の言い分からして俺たちが向かわなければならないと言う事だ。本来ならば女将自ら宿泊客の部屋に向かうものだが、どうやら何やら事情があるのだろう。
そう言う事なら別に会いに行くのは吝かじゃない。と言うよりもこれほど美味しい料理を振舞ってくれたんだ。こっちから出向いてもなんの支障も不満もない。そしてそれは影光たちも同じのようで快く了承していた。
「ありがとうございます」
さて、あと問題なのはアインだな。「食事を終えたばかりマスターに会いに来いとは万死に値します」とか言い放って魔導銃を蘭月に向けたりしそうだからな。
そう思うと憂鬱だが仕方がない。なんせ女将は全員に会いたいと言っているんだからな。
となりの部屋で寛いでいるアイン達に蘭月が事情を説明する。ついでに俺たちも部屋に上がるが予想に反してアインはあっさりと了承したのだ。とても意外だ……。
ま、杞憂に終わって俺としてはこの旅館に迷惑が掛からなずに終わったのでありがたい。
そんなわけで俺たちフリーダムメンバー全員でこの旅館――幻楼館の女将の許へと歩き出す。
エレベーターに乗り込み蘭月がボタンを押す。この世界のエレベーターは日本のエレベーターよりも広い空間に重量制限が大幅に高く設定されている。はっきり言って貨物用のエレベーターにでも乗っている気分だ。ま、その理由としてはグリードのような種族が居るからなのだろう。
世界に住んでいる種族が多種多様であればそれだけ暮らしも変わって来る……と言う事か。
エレベーターのスライド扉の上に取り付けられている電光掲示板の数字が変わっていく。
俺たちが寝泊まりしているのは3階だ上に上がっていると言う事は直ぐに5階で止まるだろうと思ったが、エレベーターが止まった時、電光掲示板には6と表示されていた。
あれ?外から見た時この幻楼館は5階建てに見えたが、朝の5時だったとは言えまだ暗かったからな、見間違えたか?
そう疑問に感じているとスライド扉が開かれる。
最上階は俺たちが宿泊している3階とは違いまったく人の気配を感じない。この階には宿泊客が泊まっていないのか?
「この階は女将様専用の階となっております。この階に入れるのは女将の許しを得た者しか入れません」
怪訝の表情をしていたのかそれとも疑問に感じていたのを見透かされたのかは分からないが、蘭月が説明してくれる。
「なるほどね」
つまり俺たちは入る事を許されたと言う訳か。いや違うな。この場合の許されたは信頼されていると言う意味だろう。となると俺たちの場合は女将さんの好奇心で入る事を許された一時的なものだろう。なんせ奥から漂って来る気配は只者ではない事ぐらい分かっているからな。
そして何故か分からないが影光の表情が険しくなっている気がするが気のせいか?
廊下の突き当りの襖の前までやって来くると蘭月はしゃがみ込んで口を開いた。
「フリーダムの皆様をお連れしました」
「お入りなさい」
襖の向こうから涼しさを感じさせる声が聞こえて来る。
その言葉に従い蘭月がゆっくりと襖が開けられ蘭月に促されるように中に入り座ると、ゆっくりと襖を閉められる。
薄暗い部屋にたった1つ置かれた灯篭の傍で1人の女性が煙管を片手に寛いでいたが、品定めでもするかのように流し目にこちらを見据えていた。まるで妖狐と相対している気分だ。
だが、どことなく雰囲気が朧さんに似ている気がする。
別に朧さんみたいに着物も着崩したりはしていない、まさに気品のある和装女性と言った感じなんだ。ハッキリ言って朧さんとは真逆のタイプと言っても良いだろう。
樺細工で出来た和灰皿に煙管を置いた女将は姿勢を正すと自己紹介をして来た。
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彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
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