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第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく

第四十七話 眠りし帝国最強皇女 ⑱

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 だから俺はジャンヌが剣を持てないと分かってはいたが、何を持てば魔力が暴走するのかしるために色んな物をメイドたちに頼んで用意して貰った。ナイフ、木の棒、摸造剣、魔導剣、魔法剣、木製バット、ゴルフクラブ、竹刀、ハリセン、ピコピコハンマーと多種多様な近接武器を。ま、中にはどうみてもおふざけとしか思えない物もあったが、調べるのに多くて困る事はない。
 で、調べた結果。
 持てたのが木の棒、木製バット、ゴルフクラブ、ハリセン、ピコピコハンマーで、それ以外は無理だった。
 どうやら剣に見えるもの、また刃物類は全体的にトラウマが蘇るようだった。因みにピコピコハンマーを見たジャンヌに思いっきり叩かれたのは言うまでもない。用意したのは俺じゃないのに……。
 そこで最初は木の棒から始まり、徐々にランクを上げていき、最終的にはガチで打ち合える模造剣まで克服する事が出来た。流石に魔導剣や魔法剣までは無理だった。どうやら心の奥底まで根深く浸透しているらしい。

「?……よく解らないが今はまぁ良いだろう。それよりも始めるとしよう」
 食事をしようと音頭を取るかのように平然と言葉を口にしたボルキュス陛下だが、それとは反対にジャンヌとライアンから感じる熱気は数秒前よりも断然強く重いものに変わっていた。きっとこの場にミアやマオが居れば間違いなく泣いていただろう。そう考えればプライベートフロアで待って貰ったのは正解だったな。
 しかし意外な事に二人の表情は俺が考えていたよりも柔らかいものだった。まだ試合開始の合図が出されていないからか?いや、表情は柔らかくてもその目は真剣そのものだ。
 ライアンの実力がどれ程のものなのか知らない俺としてはこの闘いが楽しみでならない。まるで初めてディズ〇ーランドに来た子供が中に入る直前のようなドキドキとした気持ちに似ているかもしれない。

「ジャンヌとこうして闘うのは5年ぶりか」
「そうですね。私がまだ学生だった時以来です」
 そんな二人の会話が聞こえて来る。へぇ意外だな。最近はジャンヌが塞ぎ込んでいたからなかったとしてもてっきり地獄島ヘル・アイランドに行く前までしていたのかと思っていた。
 いや、二人とも軍人になって忙しくて模擬戦をする時間がなくなったのか。ライアンだけなら休日にでも皇宮に帰ってくれば出来るしな。

「すでに私が勝っていましたけど」
「あはは、それを言われると返す言葉もないよ」
「え!?」
 二人の会話に思わず声が出てしまい、全員の視線が俺に向けられる。ジャンヌよ頼むから睨まないでくれ。
 いや、だってどれだけジャンヌがずば抜けた才能を持っていたとしても、当時学生だったジャンヌと軍人として活動していたライアンじゃ実戦経験の数が違い過ぎる。
 ジャンヌが固有スキル5倍速を持っていたとしても貰える経験値の量が違うだろう。
 それでもジャンヌが模擬戦で勝つってどんな戦闘センスだよ。

「ボルキュス陛下、今の話本当か?」
「ああ、既に5年前からジャンヌの実力はずば抜けていたからな」
「マジか……」
 そんな話を聞いては心が踊って仕方がない。今のジャンヌは全力を出せていない。つまり完全に回復すればどれだけの実力なのか闘ってみたくてどうしようもない。え?働きたく無いだろって?馬鹿だな~働くのと戦うのは別物だろ。
 簡単に言えば趣味みたいなものだ。
 働くのは嫌だけど趣味で体を動かすのは好きって人だって居るだろ?それと一緒だ。

「それにライアンは個の戦闘力と言う意味であれば軍人として活動している家族の中では一番下だ」
「え?それってカルロスよりもか?」
「ああ。だが戦略、戦術、部下のモチベーション向上と言った、指揮官としての能力で言えばジャンヌより上だろう」
 ああ、なるほどそう言う事か。ようやく理解出来た。つまりライアンは軍師タイプと言うわけだ。きっと戦略や戦術の能力で言えばライアン、ジャンヌ、カルロスの順番なんだろう。
 ライアンは始まる前から最悪な状況が起こりうる可能性を考えて綿密に戦略を立てる知略型だろうが、ジャンヌやカルロスは状況に応じて即座に対応するタイプ。つまりは本能型。
 だがそれは集団戦で戦えばの話だ。だが今回は違う。
 つまりは個々の戦闘力の勝負だ。
 そうなるとライアンの実力を知らないがジャンヌの相手は厳しいかもしれない。
 一年以上ものブランクがあり尚且つ完治していないとは言えジャンヌの吸収力はずば抜けている。ハッキリ言って俺が知る限り戦闘センスは一番だ。
 いや、今回は勝負結果も試験の一部とはいえさほど勝敗に意味はない。ジャンヌがどれだけ戦えるようになり、どれだけメンタルが強くなったかを見るためなんだからな。

「イオ、任せる」
「畏まりました」
 考え事をしていた俺を完璧に放置してイオは対峙し合う二人の間に立つ。
 いよいよジャンヌとライアンの対決が始まる。
 イオが右手を挙げる。それと同時に二人から漂う空気が一気に凍てつく。まるで嵐の前の静けさと言った感じだ。
 異母兄妹の模擬戦を久々に観戦するシャルロットに視線を向けるとその空気に中てられたのか指を絡ませた手が震えていた。やはり戦闘慣れしていないシャルロットにはキツイか。
 だが気を利かせてこの場から出ていくように言っても聞き入れて貰るはずがない。それに覚悟を決めてこの場に来ているのだ。そんな事をするのは無粋と言うものだろう。
 それは俺がシャルロットからジャンヌたちに視線を戻したの同時だった。

「……始め!」
 地下訓練場に反響する程のイオの合図と同時にジャンヌは地面を蹴りライアンに接近し、ライアンは後方に跳んでジャンヌ目掛けて2丁魔導拳銃のうち1丁をジャンヌに向ける。
 今回の試験内容は模造剣を使った剣のみの模擬戦じゃない。実戦を想定した模擬戦だ。
 だからこそジャンヌとライアンにはブレスレット型の魔法具を始まる前に着けてもらっている。勿論性能も同じものじゃない。今回は互いの実力を見るためじゃないからな。
 ジャンヌが戦場に出ても戦えるかどうかを見極めるための模擬戦だ。
 だから実際に戦場で使っている物を各個人で用意して貰った。運が良い事にジャンヌはブレスレット型の魔法具を装着してもトラウマを引き起こす事はなかった。多分だが地獄島ヘル・アイランドで戦った時は袖で隠れて見えなかったのだろう。だからトラウマにも残っていない。
 本当に運が良かったよ。
 え?それよりも魔法の練習なんてしてたのかって?ボルキュス陛下に試験を持ち込む前からしてたさ。ま、俺は魔法が使えないから体調を崩しさないよう監視してるだけだったけど。ま、それも途中から監視要らなくね?って思って見学に変わったけど。
 最初5メートルほど離れていた距離が数瞬で零距離になるほどジャンヌの脚力は凄まじい。俺には魔力を感じられないから実際には分からないが、多分肉体強化魔法を発動しているんだろう。
 だがそれはライアンも同じだ。普通なら一度地面を蹴っただけでは考えられない距離を跳んでいた。
 最初離れていた距離以上の距離を縮められてもライアンが後方に跳んだ距離をカバーするのには少し時間が足らなかったらしく、ジャンヌの剣が間合いに入るよりもライアンの魔法が左手で握っていた魔導拳銃から発射された。
 発射された魔法はジャンヌ当たると思いきや、足元の地面に直撃し土煙が一瞬にして舞い上がる。
 タイミングを計ってライアンが足元の地面を狙った訳じゃない。ジャンヌがあのスピードから止まったのだ。凄ぇな……。
 咄嗟の判断と対応は1年間ブランクがあったとは思えない身体捌きだ。
 だがそれよりも凄いのはライアンだ。
 近接戦を得意とする相手が接近してきた場合、相手の下半身を狙って攻撃するのがセオリーだ。
 上半身を狙った方が当たる確率は高いし恐怖を与えられると言うメリットがあるが、近接戦を行うのが上級者となって来ると、上半身を捻ったり剣で弾いたりとしてさほどスピードを落とす事が出来ない場合がある。
 それに対して下半身ならば移動方向を変えるだけで自分との距離ができ、その分余裕が生まれる。つまりは最高の牽制と言うわけだ。
 跳んで回避すると言う手もあるが、それはハッキリ言って愚策。
 空中では移動手段がないため、ただの格好の的でしかないのだ。まぁ更にその上の達人級ともなれば空中でも移動が可能なので的にはならないけど。それにしてもあれには驚いたな。アインの攻撃を空中を移動しながら躱す影光には。
 だからこそ敢えてジャンヌは一旦止まって仕切り直しを考えたんだろうが、ライアンはそれも見越して魔導弾の威力を上げて土煙を起こし、ジャンヌの視界を奪ったんだろう。ああ、間違いなく闘ったら面倒な相手だな。
 因みにライアンが使っている愛用の魔導拳銃は前世の地球にあったSTI2011に似た魔導拳銃だ。
 前世ではサバゲ―用のガスガンのモデルの1つとしても有名で沢山のカスタマイズされたガスガンがあった。
 個人的には見た目が好きな銃だ。ま、武器を持てない俺にとっては意味がないけど。
 ま、そんな俺の個人的な感想は置いといて闘いはまだ続いている。
 視界が悪いと悟ったジャンヌは一旦後方に跳んだ。
 魔導拳銃を使う相手に距離を取るのは愚策に思えるかもしれないが、視界が悪い状態で無暗に飛び込むよりかはマシだろう。それに距離を取ればその分弾頭が自分に届くまでにコンマ数秒ほど余裕が出来る。きっとジャンヌはそう考えて後方に跳んだだろうが、ライアンはそれすらも読んでいた。

「なっ!?」
 突如として土煙の中から姿を現したライアンに流石のジャンヌも驚きの声が漏れる。
 驚きを隠せないジャンヌに対してライアンは薄く笑みを浮かべると銃口をジャンヌに向けて発砲した。
 ジャンヌも咄嗟に剣でガードし弾頭はジャンヌに当たりはしなかったが、魔導拳銃を使っているライアンに対してただの模造剣では耐えられるわけもなく、弾頭が当たったると見事にジャンヌの模造剣は折れてしまった。
 やはりただの模造剣では勝負にならなかったか。ま、分かっていた事だけど。
 ジャンヌの戦闘能力は既に戦場に出ても問題ないレベルになっている。と言うよりも俺はこの1年間のブランクを無くすため少しずつ筋肉と体力を付けさせたに過ぎない。ま、簡単に言って肉体のリハビリだ。
 だがジャンヌの問題はそこじゃない。
 メンタルなんだ。だがそれを克服するには敢えて自分よりも弱い相手と戦って負けて貰う必要があった。きっとボルキュス陛下も俺の考えを察してライアンを指名したんだろうな。流石はベルヘンス帝国皇帝。
 魔導拳銃をジャンヌに突き付けるライアンは口を開いた。

「どうしたジャンヌ、予想以上に弱くなってるね」
「クッ!」
「いや、君が弱くなったんじゃない。武器のせいだ」
「武器のせいにするのは三流以下です」
 俯くジャンヌに対してライアンは突き付けていた魔導拳銃をおろすと、軽くため息を漏らして会話を続けた。

「それは否定しない。だけどその武器で僕に勝てると思っているのかい?」
「そ、それは……」
「確かに1対1の戦闘能力じゃジャンヌには勝てない。君程才能は無いし、固有スキルも持っていないからね。だけどあまり僕は舐めないで貰いたいね」
 口調は変わらない。だけどライアンから発せられる声音には誰にでも分かるほど怒気が含まれていた。そしてそれはライアンの表情を見ても同じだ。
 模擬戦とは言えこれは真剣勝負。にも拘わらず模造剣で闘おうとするのは相手を馬鹿にしていると思われても仕方がない。
 勿論、ライアンはそんな事は思っていない。ジャンヌの身に起きた出来事は知っているしこの1年間ジャンヌがどんな思いで暮らしていたのか家族として理解しているだろう。
 だからこそ心を鬼にしてジャンヌを叱っているのだ。そして願わくばジャンヌにその先に進んで貰うために。

「ジャンヌ、僕も暇じゃないんだ。せっかくの休日にこうして模擬戦をしているのはようやく大切な妹と闘えると思ったからなんだ」
 未だに信じられないと言わんばかりのジャンヌに対してライアンは真っ直ぐ彼女を見つめて淡々と言葉を吐く。

「なのに………その体たらくはなんだ!そんな武器で本気で僕に勝てると思っているのか!もしもそう思っていたのなら心外だね。妹よりも弱い不甲斐ない兄なりにこの1年間高みを目指して進んできたんだ!」
 絶叫とも言える怒気を含んだライアンの言葉が地下訓練場に響き渡る。
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