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第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく
第三十六話 眠りし帝国最強皇女 ⑦
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「ん?どれだ?」
「これよ」
そう言ってレティシアは複数ある一つのモニターを指さした。
我はそんな彼女の指先を追いかけるようにモニターに視線を向ける。
そこに映し出された映像は正直普段通りのジンにしか見えなかった。
「どこが変なんだ?」
「少し戻して」
そう言われ、我はキーボードを操作し時間を戻す。
30秒前に戻った映像は再生されモニターの中のジンが動き始める。
「ここよ」
そう強調するように強めに言い放ったレティシアの言葉に我は即座にキーボードで映像を停止させる。
そこに映し出されたのは完璧にカメラ目線のジンの姿だった。
「まさか隠しカメラに気が付いたのか?」
「それは分からないわ。でも、シャルロットの事件の時の事を考えるとその可能性は高いでしょうね……」
横から聞こえてくるレティシアの声は悪寒にでも襲われた時のように震えていた。
実際我も同じだ。
これ以上探るな。と言わんばかりに視線だけを隠しカメラに向けるジンの姿は正体不明の怪物と相対しているかのような恐怖を感じさせ、我は思わず喉を鳴らす。
************************
ジャンヌの部屋の前まで来た俺はノックする前にスマホ画面を見て現在の時間を確認する。
スマホに表示された時間は9時38分。
2分ほど早く到着してしまったが、問題ないだろう。
そう思った俺はスマホをポケットの中に入れてドアをノックする。
「誰だ?」
ノックの音に対して返って来た声の主はジャンヌのものだ。
ボルキュス陛下かイオの可能性も頭に過っていた俺としては少し予想外に感じた。
だけど改めて考えれば、この部屋の主はジャンヌなのだからジャンヌが返事をするのは当然か。
「ジンだ」
ジャンヌの返事に対して俺はドア越しに簡素に答える。
数秒後、ドアノブが回る音が耳に届くとゆっくりとドアが開かれた。
この部屋のドアは自動ではない。だがジャンヌはソファーに座っている。
どうやらドア傍に立っているイオが開けたんだろう。
「なに突っ立っている。さっさと入れ」
上から目線の物言いで言ってくるジャンヌの声音には何故か敵意が含まれていた。俺は彼女を不機嫌にさせるような事をした覚えは一切ないんだが、何故だ?
そう思いながら俺は彼女の寝室に入り、ジャンヌが座るソファーへと向かって歩く。
長く綺麗な脚を組むジャンヌの服装はパジャマでもラフな服装でもなく、動きやすい黒地にオレンジの線が入ったフーディーパーカーだ。
身嗜みに疎い俺でも皇族が他人に会う姿とは到底思えない。それともジャンヌも服装には興味が無いのか?
てかこれに着替えるためだけに1時間も費やしたのか?
そんな事を思いながらもソファーに座るなりイオがホットコーヒーを出して来る。だからお前はいつ準備したんだ?
この短時間で幾つもの疑問を感じながらも本題に入ることにした。
「そ――」
「素性の分からない貴様に診て貰う必要はない」
が、ジャンヌに先を越されてしまった。
言葉だけ聞けば、傲慢でトラウマを抱えているようには感じないかもしれない。
だが、この数日で俺もなんとなくだが分かるようになった。
完全に平然を装っていると。
今にもベッドの中に潜り込みたい筈だ。それほどまでに彼女にとってあの島での出来事は強烈な原因となっている筈だ。
しかし、彼女が口にした言葉は本音なのだろう。
俺はイザベラたちのお陰であの島で生きていた事を秘密にしている。
ま、理由としては目立ちたくないと言う理由だが。
そんな事よりも俺がここに来たのは俺の秘密を話すためではなくジャンヌのトラウマを克服する切っ掛けを探り、手助けをする事だ。
「なら、ジャンヌは――」
「誰が呼び捨てにして良いと言った。侮辱罪で斬首になりたいのか?」
頬杖をつくジャンヌは苛立ちを隠そうともせず、鋭い眼光を俺に向けて言い放つ。
普通の人間ならば眼光を向けられただけで失禁してもおかしくないレベルだろう。
それほどまでに今のジャンヌは危険だ。
だが、今の事に関して言えば俺に非がある。
ボルキュス陛下たちには普通通りで構わないと言われた。しかしジャンヌには言われた覚えはない。
つまり今すぐ首を刎ねられても可笑しくはないわけだが、警告するあたり皇族としての威厳なのかそれともシャルロットたちが関係しているのかは分からない。
「これは失礼しました。それではジャンヌ皇女殿下さっそく始めさせて頂きます」
敬語に変えて俺は改めてそう口にした。
「先ほども言ったはずだ。貴様に診て貰う必要はないとな」
態度を変える事無くそう口にするジャンヌ。
そこまでして俺に診て貰いたくない理由がまったく分からないが、仕方がない。
「ですが、自分はボルキュス陛下からジャンヌ皇女殿下が抱えるトラウマを直して欲しいと依頼を受けて此処に居るのです」
「ならば、もう治ったから今すぐ帰れ」
口調にもトーンにも変化はないが、拳を強めに握るのが目に入って来た。
完璧に嘘だと分かる。
何で嘘までついて俺を帰そうとするのかその理由が逆にしりたいぐらいだ。いや、違う。ジャンヌは最初から口にしていた。
――素性が分からない者と。
つまり俺の素性を話せば万事解決……かもしれない。
正直シャルロットの姉だから話しても良いが、ボルキュス陛下たちに伝えない確証はない。
そこからどこに漏れるか分からない以上あまり伝えるのも得策とは言えないよな。
なら、俺の素性を餌にしてみるか。
「そうも行きません。ですから一つ賭けをしませんか?」
「賭けだと?」
俺の言葉にジャンヌは更に眼光を鋭くして問い返して来る。
まったく美女が脚を組んでこっちを見てるだけでも絵になるよな。
どうでも良い事を思いながらも俺は賭けの内容を口にする。
「はい。内容は模擬戦を行い、敗者は提示していた勝者の要求に従わなければならない。と言うものです。勿論要求は1つまで」
なんでも言う事を1つ聞く。と言う内容よりも先に勝利時の内容を知っていた方が互いに戦いやすい筈だ。
それに変な不信感を与えるのは依頼を達成するのに妨げにしかならないからな。
ジャンヌは俺から視線を外し少し考え込むが直ぐに視線を戻して口を開いた。
「なら先に貴様の要求を言え」
一切信用されていないんだからそう言われると思っていたけど。
「自分の要求はただ一つ。ボルキュス陛下から受けた依頼を完遂する事のみ。ですから皇女殿下にはそのため自分の指示に従って欲しいだけです。勿論卑猥な指示はしませんのでご安心ください」
皇女殿下にそんな事をすれば社会的にも人生終了だからな。
だが、それでも信用されていないのか即座に返答は無く、探るような視線を向けて来る。
内心呆れながらも俺はジャンヌの返事を待つべくホットコーヒーを一口飲んだ。
「貴様の事は信用ならないが、良いだろう。そして私の要求は貴様の素性を全て話す事だ」
「分かりました」
予想通りの要求だな。
推測するまでも無い分かり切った要求に俺は逆に呆れそうになる。そこまでして俺の素性が知りたいものかね。
そんな事を思っているとジャンヌがソファーから立ち上がる。
どうしたんだ?と怪訝の表情を向ける俺に視線だけを向けて口を開いた。
「何をしている。さっそく訓練所に向かうぞ」
ああ、なるほどね。
納得した俺は残りのホットコーヒーを飲み干してソファーから立ち上がった。
本当にトラウマを抱えているのか疑わしいまでの自信家だな。
さっそく俺たちは模擬戦を行うべく、寝室を出て模擬戦が行える訓練所へと向かった。っとその前にイオに頼んでおかなければ。
軽い訓練なら中庭でも出来るそうだが、今回はそうもいかないので中庭ではなくちゃんとした訓練所だ。と言っても皇族専用の訓練所が皇宮の地下にあるらしく車で移動すると思っていた俺は予想外でしかなかった。
で、結局エレベーターに乗って訓練所へとやって来た俺たちはすぐさま訓練所中央で対峙し合う。
既に互いに動ける格好をしているからだ。
俺はいつも通り冒険者用の服装だし、ジャンヌはこうなる事を予想していたのかフーディーパーカーだ。いや、違うな。さっさと俺との会話を終わらせて訓練をするつもりだったに違いない。
ただ、一点違う処があるとすればジャンヌは武器を持っていない事だろう。
ボルキュス陛下から教えて貰ったジャンヌの過去もステータスもジャンヌが剣士、魔法剣士である事は間違いない。
にも拘わらず今の彼女は魔法剣も魔導剣も訓練用の木剣すら持っていない。
それが何を意味するのか俺は考えるまでも無く理解した。
そんな事よりも問題なのは、
「どうしてここにボルキュス陛下たちが居るんだ?」
訓練所脇で見物する皇族一同。
公務や軍の仕事は良いのか?
「我らの事は気にせず続けたまえ」
と口にするボルキュス陛下。
ったく本当に大丈夫なのか?ま、平民である俺が気にしても仕方が無い事か。
俺はボルキュス陛下たちからジャンヌに視線を戻すと、
「父上から先日の出来事を聞いているのだろ?だから模擬戦をしても勝てると思った。違うか?」
ボルキュス陛下から昨日の事は確かに耳にしているが、別にそれが理由で模擬戦を挑んだわけじゃない。
俺は本当にこうしなければ依頼を完遂出来ないと思ったからだ。
それにしても流石は帝国最強と言わしめるだけの実力は持っているな。
ジャンヌから溢れ出る闘気は景光やアインに届く可能性があるほどだ。
間違いなく今のイザベラじゃジャンヌには勝てないだろう。経験が違い過ぎる。
これでトラウマを抱えてるってのが信じられないな。つまりトラウマを克服すればもっと凄いと言う事なのだから。
だが生憎とトラウマを抱えていようがいまいが、俺はお前に勝てないと思った事は無いぜ。
「さあな。自分で確かめてみたらどうだ?」
不敵な笑みを浮かべ俺はジャンヌに対して挑発する。
すると一瞬にしてジャンヌから溢れ出す気が倍増する。
気配感知能力が無い奴には分からないだろう。いや、魔力感知で気が付いているかもしれない。それほどまでに今のジャンヌは俺に対して敵意を向けていた。
それじゃ、始めますか。
俺は審判役であるイオに視線を向けると、意を汲み取ったイオが右手を挙げて口を開いた。
「それでは………始め!」
訓練所にイオの声が響き渡ると同時にジャンヌは俺目掛けて接近してきた。
先ほどまでジャンヌが立っていた地面はジャンヌの一蹴りで陥没している。
持ち前のずば抜けた身体能力に肉体強化魔法で向上した現在のジャンヌの身体能力は俺が見る限りトップ3に入るほどの速さだ。
これがトラウマによって制限されていると思うと恐ろしくもあり、心が躍る。
もしも全力全開のジャンヌと戦う事が出来ればどれだけ俺は力を開放する事になるのか想像も出来ない。
俺は最初から4%の力を開放して応戦する。
それにしてもジャンヌの攻撃はとてつもなく多彩で素晴らしいの一言に尽きるほどの体術だ。
体術に関して言えばスヴェルニ学園で学んだのと景光に教わっているが、まだ齧った程度の俺では体術勝負ではジャンヌには叶わない。
突き、蹴り、投げ技、締め技、ありとあらゆる攻撃を流れるような動きの中で繰り出して来る。
まるで昔見たアニメで出てきたコマンドサンボのような動きをするジャンヌ。
だが未だにジャンヌの攻撃がまともに入らないのは、ただ単に俺の方が身体能力が上だからだろう。
体を動かす速度、動体視力、反射神経、そう言った体術において必要不可欠な事がジャンヌの体術より上回っているからこそなしえる事だ。
勿論俺も躱すだけでなく払い除けたりもしているぞ。
だがどうやらそれがジャンヌには気に食わないらしく、見る見るジャンヌの表情が険しくなっていく。
(何故だ。何故私の攻撃がこの男に一撃も当たらないのだ!手首をようやく掴んだかと思えば払い除けられ、投げ技まで行けたとしても、空中で態勢を整えられ、まともなダメージも与えられていない!)
さっきよりも動きが速くなったな。だがその分、繰り出す技の正確さが鈍くなっているな。
(それになによりどうしてこの男は攻撃してこない!それどころか反撃もしないとはどういうつもりだ!)
俺の顔面目掛けて打ち出した拳。
あ、これはダメだ。
俺は甘く猪突猛進の一撃を最小限の動きだけで躱しつつ、突き出して来たジャンヌの右手首を掴んで、日本の柔道技の一つでもある一本背負いの要領で投げ飛ばす。
「しまっ!」
投げられた瞬間に自分がミスを犯した事に気が付いたジャンヌだったが、既に遅い。
綺麗に投げ飛ばされたジャンヌは地面に背中から激突する。
ふう……上手く頭から落ちないように出来た。ま、ジャンヌも受け身を取っていたようだしさほどダメージは無いようだな。
「これよ」
そう言ってレティシアは複数ある一つのモニターを指さした。
我はそんな彼女の指先を追いかけるようにモニターに視線を向ける。
そこに映し出された映像は正直普段通りのジンにしか見えなかった。
「どこが変なんだ?」
「少し戻して」
そう言われ、我はキーボードを操作し時間を戻す。
30秒前に戻った映像は再生されモニターの中のジンが動き始める。
「ここよ」
そう強調するように強めに言い放ったレティシアの言葉に我は即座にキーボードで映像を停止させる。
そこに映し出されたのは完璧にカメラ目線のジンの姿だった。
「まさか隠しカメラに気が付いたのか?」
「それは分からないわ。でも、シャルロットの事件の時の事を考えるとその可能性は高いでしょうね……」
横から聞こえてくるレティシアの声は悪寒にでも襲われた時のように震えていた。
実際我も同じだ。
これ以上探るな。と言わんばかりに視線だけを隠しカメラに向けるジンの姿は正体不明の怪物と相対しているかのような恐怖を感じさせ、我は思わず喉を鳴らす。
************************
ジャンヌの部屋の前まで来た俺はノックする前にスマホ画面を見て現在の時間を確認する。
スマホに表示された時間は9時38分。
2分ほど早く到着してしまったが、問題ないだろう。
そう思った俺はスマホをポケットの中に入れてドアをノックする。
「誰だ?」
ノックの音に対して返って来た声の主はジャンヌのものだ。
ボルキュス陛下かイオの可能性も頭に過っていた俺としては少し予想外に感じた。
だけど改めて考えれば、この部屋の主はジャンヌなのだからジャンヌが返事をするのは当然か。
「ジンだ」
ジャンヌの返事に対して俺はドア越しに簡素に答える。
数秒後、ドアノブが回る音が耳に届くとゆっくりとドアが開かれた。
この部屋のドアは自動ではない。だがジャンヌはソファーに座っている。
どうやらドア傍に立っているイオが開けたんだろう。
「なに突っ立っている。さっさと入れ」
上から目線の物言いで言ってくるジャンヌの声音には何故か敵意が含まれていた。俺は彼女を不機嫌にさせるような事をした覚えは一切ないんだが、何故だ?
そう思いながら俺は彼女の寝室に入り、ジャンヌが座るソファーへと向かって歩く。
長く綺麗な脚を組むジャンヌの服装はパジャマでもラフな服装でもなく、動きやすい黒地にオレンジの線が入ったフーディーパーカーだ。
身嗜みに疎い俺でも皇族が他人に会う姿とは到底思えない。それともジャンヌも服装には興味が無いのか?
てかこれに着替えるためだけに1時間も費やしたのか?
そんな事を思いながらもソファーに座るなりイオがホットコーヒーを出して来る。だからお前はいつ準備したんだ?
この短時間で幾つもの疑問を感じながらも本題に入ることにした。
「そ――」
「素性の分からない貴様に診て貰う必要はない」
が、ジャンヌに先を越されてしまった。
言葉だけ聞けば、傲慢でトラウマを抱えているようには感じないかもしれない。
だが、この数日で俺もなんとなくだが分かるようになった。
完全に平然を装っていると。
今にもベッドの中に潜り込みたい筈だ。それほどまでに彼女にとってあの島での出来事は強烈な原因となっている筈だ。
しかし、彼女が口にした言葉は本音なのだろう。
俺はイザベラたちのお陰であの島で生きていた事を秘密にしている。
ま、理由としては目立ちたくないと言う理由だが。
そんな事よりも俺がここに来たのは俺の秘密を話すためではなくジャンヌのトラウマを克服する切っ掛けを探り、手助けをする事だ。
「なら、ジャンヌは――」
「誰が呼び捨てにして良いと言った。侮辱罪で斬首になりたいのか?」
頬杖をつくジャンヌは苛立ちを隠そうともせず、鋭い眼光を俺に向けて言い放つ。
普通の人間ならば眼光を向けられただけで失禁してもおかしくないレベルだろう。
それほどまでに今のジャンヌは危険だ。
だが、今の事に関して言えば俺に非がある。
ボルキュス陛下たちには普通通りで構わないと言われた。しかしジャンヌには言われた覚えはない。
つまり今すぐ首を刎ねられても可笑しくはないわけだが、警告するあたり皇族としての威厳なのかそれともシャルロットたちが関係しているのかは分からない。
「これは失礼しました。それではジャンヌ皇女殿下さっそく始めさせて頂きます」
敬語に変えて俺は改めてそう口にした。
「先ほども言ったはずだ。貴様に診て貰う必要はないとな」
態度を変える事無くそう口にするジャンヌ。
そこまでして俺に診て貰いたくない理由がまったく分からないが、仕方がない。
「ですが、自分はボルキュス陛下からジャンヌ皇女殿下が抱えるトラウマを直して欲しいと依頼を受けて此処に居るのです」
「ならば、もう治ったから今すぐ帰れ」
口調にもトーンにも変化はないが、拳を強めに握るのが目に入って来た。
完璧に嘘だと分かる。
何で嘘までついて俺を帰そうとするのかその理由が逆にしりたいぐらいだ。いや、違う。ジャンヌは最初から口にしていた。
――素性が分からない者と。
つまり俺の素性を話せば万事解決……かもしれない。
正直シャルロットの姉だから話しても良いが、ボルキュス陛下たちに伝えない確証はない。
そこからどこに漏れるか分からない以上あまり伝えるのも得策とは言えないよな。
なら、俺の素性を餌にしてみるか。
「そうも行きません。ですから一つ賭けをしませんか?」
「賭けだと?」
俺の言葉にジャンヌは更に眼光を鋭くして問い返して来る。
まったく美女が脚を組んでこっちを見てるだけでも絵になるよな。
どうでも良い事を思いながらも俺は賭けの内容を口にする。
「はい。内容は模擬戦を行い、敗者は提示していた勝者の要求に従わなければならない。と言うものです。勿論要求は1つまで」
なんでも言う事を1つ聞く。と言う内容よりも先に勝利時の内容を知っていた方が互いに戦いやすい筈だ。
それに変な不信感を与えるのは依頼を達成するのに妨げにしかならないからな。
ジャンヌは俺から視線を外し少し考え込むが直ぐに視線を戻して口を開いた。
「なら先に貴様の要求を言え」
一切信用されていないんだからそう言われると思っていたけど。
「自分の要求はただ一つ。ボルキュス陛下から受けた依頼を完遂する事のみ。ですから皇女殿下にはそのため自分の指示に従って欲しいだけです。勿論卑猥な指示はしませんのでご安心ください」
皇女殿下にそんな事をすれば社会的にも人生終了だからな。
だが、それでも信用されていないのか即座に返答は無く、探るような視線を向けて来る。
内心呆れながらも俺はジャンヌの返事を待つべくホットコーヒーを一口飲んだ。
「貴様の事は信用ならないが、良いだろう。そして私の要求は貴様の素性を全て話す事だ」
「分かりました」
予想通りの要求だな。
推測するまでも無い分かり切った要求に俺は逆に呆れそうになる。そこまでして俺の素性が知りたいものかね。
そんな事を思っているとジャンヌがソファーから立ち上がる。
どうしたんだ?と怪訝の表情を向ける俺に視線だけを向けて口を開いた。
「何をしている。さっそく訓練所に向かうぞ」
ああ、なるほどね。
納得した俺は残りのホットコーヒーを飲み干してソファーから立ち上がった。
本当にトラウマを抱えているのか疑わしいまでの自信家だな。
さっそく俺たちは模擬戦を行うべく、寝室を出て模擬戦が行える訓練所へと向かった。っとその前にイオに頼んでおかなければ。
軽い訓練なら中庭でも出来るそうだが、今回はそうもいかないので中庭ではなくちゃんとした訓練所だ。と言っても皇族専用の訓練所が皇宮の地下にあるらしく車で移動すると思っていた俺は予想外でしかなかった。
で、結局エレベーターに乗って訓練所へとやって来た俺たちはすぐさま訓練所中央で対峙し合う。
既に互いに動ける格好をしているからだ。
俺はいつも通り冒険者用の服装だし、ジャンヌはこうなる事を予想していたのかフーディーパーカーだ。いや、違うな。さっさと俺との会話を終わらせて訓練をするつもりだったに違いない。
ただ、一点違う処があるとすればジャンヌは武器を持っていない事だろう。
ボルキュス陛下から教えて貰ったジャンヌの過去もステータスもジャンヌが剣士、魔法剣士である事は間違いない。
にも拘わらず今の彼女は魔法剣も魔導剣も訓練用の木剣すら持っていない。
それが何を意味するのか俺は考えるまでも無く理解した。
そんな事よりも問題なのは、
「どうしてここにボルキュス陛下たちが居るんだ?」
訓練所脇で見物する皇族一同。
公務や軍の仕事は良いのか?
「我らの事は気にせず続けたまえ」
と口にするボルキュス陛下。
ったく本当に大丈夫なのか?ま、平民である俺が気にしても仕方が無い事か。
俺はボルキュス陛下たちからジャンヌに視線を戻すと、
「父上から先日の出来事を聞いているのだろ?だから模擬戦をしても勝てると思った。違うか?」
ボルキュス陛下から昨日の事は確かに耳にしているが、別にそれが理由で模擬戦を挑んだわけじゃない。
俺は本当にこうしなければ依頼を完遂出来ないと思ったからだ。
それにしても流石は帝国最強と言わしめるだけの実力は持っているな。
ジャンヌから溢れ出る闘気は景光やアインに届く可能性があるほどだ。
間違いなく今のイザベラじゃジャンヌには勝てないだろう。経験が違い過ぎる。
これでトラウマを抱えてるってのが信じられないな。つまりトラウマを克服すればもっと凄いと言う事なのだから。
だが生憎とトラウマを抱えていようがいまいが、俺はお前に勝てないと思った事は無いぜ。
「さあな。自分で確かめてみたらどうだ?」
不敵な笑みを浮かべ俺はジャンヌに対して挑発する。
すると一瞬にしてジャンヌから溢れ出す気が倍増する。
気配感知能力が無い奴には分からないだろう。いや、魔力感知で気が付いているかもしれない。それほどまでに今のジャンヌは俺に対して敵意を向けていた。
それじゃ、始めますか。
俺は審判役であるイオに視線を向けると、意を汲み取ったイオが右手を挙げて口を開いた。
「それでは………始め!」
訓練所にイオの声が響き渡ると同時にジャンヌは俺目掛けて接近してきた。
先ほどまでジャンヌが立っていた地面はジャンヌの一蹴りで陥没している。
持ち前のずば抜けた身体能力に肉体強化魔法で向上した現在のジャンヌの身体能力は俺が見る限りトップ3に入るほどの速さだ。
これがトラウマによって制限されていると思うと恐ろしくもあり、心が躍る。
もしも全力全開のジャンヌと戦う事が出来ればどれだけ俺は力を開放する事になるのか想像も出来ない。
俺は最初から4%の力を開放して応戦する。
それにしてもジャンヌの攻撃はとてつもなく多彩で素晴らしいの一言に尽きるほどの体術だ。
体術に関して言えばスヴェルニ学園で学んだのと景光に教わっているが、まだ齧った程度の俺では体術勝負ではジャンヌには叶わない。
突き、蹴り、投げ技、締め技、ありとあらゆる攻撃を流れるような動きの中で繰り出して来る。
まるで昔見たアニメで出てきたコマンドサンボのような動きをするジャンヌ。
だが未だにジャンヌの攻撃がまともに入らないのは、ただ単に俺の方が身体能力が上だからだろう。
体を動かす速度、動体視力、反射神経、そう言った体術において必要不可欠な事がジャンヌの体術より上回っているからこそなしえる事だ。
勿論俺も躱すだけでなく払い除けたりもしているぞ。
だがどうやらそれがジャンヌには気に食わないらしく、見る見るジャンヌの表情が険しくなっていく。
(何故だ。何故私の攻撃がこの男に一撃も当たらないのだ!手首をようやく掴んだかと思えば払い除けられ、投げ技まで行けたとしても、空中で態勢を整えられ、まともなダメージも与えられていない!)
さっきよりも動きが速くなったな。だがその分、繰り出す技の正確さが鈍くなっているな。
(それになによりどうしてこの男は攻撃してこない!それどころか反撃もしないとはどういうつもりだ!)
俺の顔面目掛けて打ち出した拳。
あ、これはダメだ。
俺は甘く猪突猛進の一撃を最小限の動きだけで躱しつつ、突き出して来たジャンヌの右手首を掴んで、日本の柔道技の一つでもある一本背負いの要領で投げ飛ばす。
「しまっ!」
投げられた瞬間に自分がミスを犯した事に気が付いたジャンヌだったが、既に遅い。
綺麗に投げ飛ばされたジャンヌは地面に背中から激突する。
ふう……上手く頭から落ちないように出来た。ま、ジャンヌも受け身を取っていたようだしさほどダメージは無いようだな。
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六山葵
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生まれて間も無く、山の中に捨てられていた赤子レオン・ハートフィリア。
彼を拾ったのは没落して平民になった貴族達だった。
優しい両親に育てられ、可愛い弟と共にすくすくと成長したレオンは不思議な夢を見るようになる。
それは過去の記憶なのか、あるいは前世の記憶か。
その夢のおかげで魔法を学んだレオンは愛する両親を再び貴族にするために魔法学院で魔法を学ぶことを決意した。
しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
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