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第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく
第二十六話 漆黒のサンタクロース ⑧
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12月27日木曜日。
この日も俺はマネージャ業に勤しむ。昨日の今日でどうにかなるほど俺は天才じゃない。そのため四苦八苦しながら、リサたちの嫌味を耳にしながら俺は依頼をこなす。気のせいか分からないが、リサが俺に対する悪態が昨日よりも強くなっているような気がする。俺、何か気に障るような事でもしたか?
そんな事を思いながらも俺はマネージャー業をこなすがローブ男の気配は感じられない。奴とは一度戦って気配は覚えた。だから近くまで来れば気づく。なのに奴の気配が感じられないと言う事は近くには来ていないって事だろう。気配操作が出来るようには思えなかったしな。
なら何故、襲ってこない。
もしかして俺の一撃が思いのほか効いていた?
確かにその可能性は無いとは言い切れない。最後に顔面に一発入ったからな。だがそれでも奴が倒れることは無かった。となると、そう遠くないうちに襲ってくるはずだ。
そう推測した俺は警戒心を強めてマネージャー業を続けるのだった。
************************
あの記事を読んでから私はどうして良いのか分からなくなっていた。
父さんと母さんを殺した奴と同じ冒険者であるアイツを恨みたいのに全然恨むことが出来ない。その苛立ちをアイツにぶつけているだけになっている。
いったい何なのだ。この気持ちは!
色んな感情や想いがゴチャゴチャに混ざり合って訳が分からなくなったようなこの気持ちは何なんだ!?
「リサ、大丈夫?」
隣のベッドで寝ていたはずのセリシャは上体を起こして心配そうな表情で私の顔を覗き込んでくる。
「私はいつも通り――」
「いったい何年貴女の幼馴染をしてると思ってるのよ。リサが苛立っている事ぐらい一目見れば直ぐに分かったわ。それに旭やアンジェリカ、ノーラも気づいてるわ。いつもより歌うテンポが速かったもの」
セリシャの言葉に私は反論する事が出来なかった。
幼馴染のセリシャとは親友と言うよりも姉妹と言っても良いほどお互いの事を分かっている。また旭やアンジェリカ、ノーラとも一緒にバンドを組む前からの友人だ。
私の態度や声音を聴いて気づかないわけがないよな……。
そう思うと嘆息してしまう。
その嘆息は諦めて気持ちの入れ替えをするためだ。
そして私はセリシャに視線を向けて話した。
私が知ったジンの情報。そして頭の中で何度も何度も繰り返し聞こえてくるジンの言葉。そしてそれが原因で訳が分からなくなっている今の気持ち。
それに対してセリシャは悲しげな表情を浮かべたかと思うとどこか嬉しそうに笑みを零すと真剣な面持ちで私を見詰めてくる。
一瞬の間にコロコロと表情が変わったのかが私には分からない。これまでセリシャがこれほど表情を変えることがなかったからだ。いったい何を考えてるんだ?
そう思った時、セリシャが口を開いた。
「ねぇ、リサ。もう冒険者を憎むのは止めない?」
真剣で突き刺さるような真っ直ぐな声音で吐かれた言葉に私は一瞬目を見開けたが、直ぐにセリシャを睨みつける。
またその話か。
セリシャも知っている筈だ。私の両親がどうなったかを。
なのにどうしてそんな事が言えるんだよ!
私は心の底から沸き上がる憤りに拳を握り締め振るわせた。
しかしベッドサイドランプだけの光では私の表情が読み取れないのか分からないが、セリシャはまたしても口を開いた。
何を言いたいのか言葉にする前から分かった。
だから言葉を遮ろうとした。しかし、またしてもこんな時にもあの言葉が聞こえてきた。
――ただ俺は仲間を裏切るような奴はクズ以下の存在だと思っている。
「リサだって分かってるはずよ、ジンを恨むのは筋違いだって事を」
「っ!」
その言葉を聞いた瞬間、私の中でギリギリ支えていた何かが完全に崩壊した。
轟音とともに崩れ落ちる。
それが怖くて私は気がついた時には寝室を飛び出していた。
「リサ――!」
************************
マネージャー業を終えて疲れた体を廊下で休ませていると、リサとセリシャの寝室から会話をする声が聞こえてくるが、内容までは分からなかった。今日も忙しかったのにまだ起きてるのかアイツ等は。
そう思っているといきなりドアがバンッ!と強く開かれ、リサが逃げるように飛び出してきた。
いったい何事だ!?と困惑するが、外に出ようと玄関に向かうリサを見て俺は慌ててリサを止めるために立ち上がった。。
身体能力が違うしそこまで距離があるわけじゃないため、外に出る前にリサに追いついた俺は腕を掴む。
「こんな夜に一人でどこに行くつもりだ!」
突然のことに少し混乱している俺の声は荒立てたものになってしまった。
だが仕方が無いだろう。現在の時刻は午後11時30分過ぎ。あと30分もしない内に日付が変わる。
12月の真冬の深夜に薄着で外に出ようとするリサ。命が狙われていようがいまいが止めないわけにはいかない。
しかしリサは俺と気づくなり暴れだす。
「離せ!離せ!私の父さんと母さんを殺した冒険者が私に触るな!」
まるで子供が駄々を捏ねるようにも見えるが、リサの目尻には涙が溜まっているのが見えた。いったい何があったんだ?
リサの荒立てる声で目が覚めたのか旭たちもドアから顔だけをだしてこちらの様子を心配そうに窺っていた。
セリシャに至っては悪いことをしたという罪悪感に苛まれたのような表情をしていた。どうやら原因はセリシャにあるようだな。
話を聞きたいところだが、この暴れる歌姫をどうにかしないかぎりそれは無理だろう。
未だに喚き散らすリサに視線を落とした俺はどうやって落ち着かせるか思考する。
気絶させる事は簡単だ。だがそれをすればあとあと何を言われるか分かったもんじゃない。ならまずはセリシャに話を聞くよりもリサの本音を聞く必要がある。
そう判断した俺はリサを抱きしめる。
「な、何をしやがる!離せ!私も母さんのように犯すつもりなのか!」
殺される前に陵辱されたのか?いや、今はそんな事を考える時じゃない。
俺は抱きしめる腕の力をほんの僅かだけ強め、リサの耳元で強くハッキリと囁く
「落ち着け。俺は何もしない。お前が落ち着くまでなにもしない。だから全て吐き出せ。怒り、恨み、憎しみ、悲しみ、全てだ。俺にそれをぶつけろ」
そう言うと俺は腕の力を緩める。
リサは感覚的に抱きしめられる力が弱くなったことを感じ取るとこれまで抱え込んでいた全てをぶつける様に罵詈雑言を絶叫し、俺の胸を何度も殴る。
冒険者でもないただの女性だ。なんど殴られたところで痛くも無い。あ、でも男の急所だけは蹴らないで貰えると助かる。さすがの俺でもどうなるか分からないからな。
そのあといったいどれだけの時間が過ぎたのか分からない。ただリサは全てを出しつくしたのか泣き崩れるようにして俺の腕の中で眠っていた。どうにか収まったか。
内心安堵しながら俺はリサを抱きかかえ、寝室へと運ぶ。
寝室の入り口の前で申し訳なさそうにしているセリシャは寝ているリサの顔を見て安堵するように笑みを零すが、直ぐに元に戻ると、小さく謝罪してくる。
「ごめんなさい、迷惑掛けたわ」
「リサにもあとで謝っておけよ」
「ええ、分かってるわ」
寝室に入ってリサをベッドで寝かせた俺は廊下に出ると嬉しそうな表情を寝ているリサに向けている旭たちと視線が合う。
「何をしてるんだ?明日も仕事があるんだぞ」
そんな俺の言葉に旭たちは体をビクッと震わせるとバンッ!とドアを閉めてベッドに入り込む音がドアの向こうから聞こえてくるのだった。なんで怯えたんだ?笑みを浮かべて忠告しただけだぞ。
内心疑問に思ったが、明日も早いことを思い出した俺は毛布を被って寝る事にした。
12月28日金曜日。
レイノーツドームでの大晦日ライブを3日後に控えた夜。
俺はシャワーを借りて体を洗い終え、私服を来た俺は廊下で寝ようとしたが、毛布が無く困っていた。まさかこんな陰湿なイジメを受ける羽目になるとは。
「何してるだ、こっちのソファーで寝れば良いだろ」
リビングの入り口の壁に凭れるリサが視線だけを俺に向けて言ってくる。どうやらイジメではなさそうだな。と内心安堵した俺は質問する。
「リビングで寝て良いのか?」
「ずっと廊下で寝られるのも邪魔だし、許してやるよ」
どういう風の吹き回しなのか分からないが、リビングのソファーで寝る事を許される程度には信頼されたと思っても良いのだろう。
俺は「助かる」と一言だけ、呟くとソファーに座る。
今日一日も大忙しだったからな廊下に比べて遥かに柔らかいソファーで寝られるのはありがたい。それに廊下は冷たくて尻が冷えるからな。
ソファーの有難味を感じているとテーブルにブラックコーヒーが入ったコップが置かれる。
「喫茶店のとは違ってインスタントで悪いが、飲んでくれ」
「なら遠慮なく」
飲んだ瞬間に口一杯に苦味が広がる。やはり喫茶店のコーヒーに比べれば味は落ちる。だけど俺は美食家じゃないので美味しければなんでも良い。
だがこんな時間にコーヒーなんて飲んで寝られるのか心配だ。
そんな不安に駆られていると対面のソファーからアコギギターの音色が聞こえてくる。
聴いた事の無いその曲はHERETICのテンポの良いロックミュージックとは対極的のバラード。
だが聴いているとどこか懐かしく心が落ち着く。
俺は音楽に関しては素人だ。だから良いか悪いかなんてのは分からない。だが俺はこの曲が好きだ。
電光掲示板で流れていた歌も良かったが、どちらが好きかと言われればこっちの方は断然好きだ。
きっとそれは曲や歌詞だけでなくリサの口から紡がれる声音も関係しているからなのだろう。
コーヒーを飲みながら音楽を聴く。
ただそれだけの時間が音楽が終わるその時まで続いた。
「どうだった?」
感想が知りたいのだろう。リサはどこか不安げな表情を俺に向けて訊ねて来る。
「良かったぜ。俺はこの歌が好きだ」
「そ、そうか……」
嬉しかったのか、リサの目は下を向いて泳いでいた。
俺はその時ある事に気が付き、質問する。
「この曲、ライブでは歌わないのか?セットリストの中には無かったが」
そう3日後に控えている大晦日ライブで歌う曲は電光掲示板で流れた新曲も含めて20曲ある。だがその中にこの曲は入っていなかった。
「残念ながら歌わないよ。プロデューサーに言われたんだ。バラードはお前たちHERETICに合っていないってな」
チューニングをしながら呟くリサ。
「そうか、残念だ。俺も舞台袖から聴いてみたかったんだがな」
「ここで聴けたんだから別に良いだろ。それに聴きたいときは言ってくれれば特別にまた弾いてやるよ」
上から目線で言ってくるリサ。だが腹が立つどころか、その姿に俺は格好良いとまで思ってしまった。ったく女の癖に。
「だけど気にすることなのか?」
「なに?」
そんな俺の言葉にリサは僅かだが怒気を含んだ声で聞き返してくる。
「HERETICはお前たちのバンドだろ。ならお前たちが好きなようにやれば良いだろうに」
「ここまで有名になるとそうも言えないのさ。ま、冒険者であるアンタには分からないだろうがな」
皮肉交じりの呟きが返ってくるが俺は気にしない。
コーヒーを一口飲んだ俺は言葉をぶつけた。
「確かに俺には分からない。だが周囲の考えや行動とは違うことをするって事が異端者じゃないのか?」
「っ!」
HERETIC……異端者。
その意味は、正統から外れたこと。
正統とはすなわち大勢多数が常識だと思っている事とは違う行動や考えを持っている事。
俺はそう思っている。
だがそれは言い換えれば大勢多数のファンやプロデューサーを驚かせるチャンスでもあると俺は思う。
だから俺は不敵な笑みを浮かべてリサに言ってやった。
「お前たちはバンドはHERETICなんだろ。だったら好きにやって見ろ。それがマネージャーとして言える事だ」
どう考えてもマネージャーが言うような事ではないのかもしれない。だが俺は臨時のマネージャーだ。だから大丈夫だろう。
それに好きな事をやっている時のコイツラの表情は最高に良い。
惚れそうになるほどまでに格好良くその中に隠れる魅惑的な魅力に俺は気づかないうちにファンになっていた。
だから俺はそんな姿をライブでも披露して欲しいと思っている。
リサはそんな俺の言葉に目を見開けたかと思えば、不敵な笑みを浮かべ返して一言呟いた。
「やってやろうじゃない」
この日も俺はマネージャ業に勤しむ。昨日の今日でどうにかなるほど俺は天才じゃない。そのため四苦八苦しながら、リサたちの嫌味を耳にしながら俺は依頼をこなす。気のせいか分からないが、リサが俺に対する悪態が昨日よりも強くなっているような気がする。俺、何か気に障るような事でもしたか?
そんな事を思いながらも俺はマネージャー業をこなすがローブ男の気配は感じられない。奴とは一度戦って気配は覚えた。だから近くまで来れば気づく。なのに奴の気配が感じられないと言う事は近くには来ていないって事だろう。気配操作が出来るようには思えなかったしな。
なら何故、襲ってこない。
もしかして俺の一撃が思いのほか効いていた?
確かにその可能性は無いとは言い切れない。最後に顔面に一発入ったからな。だがそれでも奴が倒れることは無かった。となると、そう遠くないうちに襲ってくるはずだ。
そう推測した俺は警戒心を強めてマネージャー業を続けるのだった。
************************
あの記事を読んでから私はどうして良いのか分からなくなっていた。
父さんと母さんを殺した奴と同じ冒険者であるアイツを恨みたいのに全然恨むことが出来ない。その苛立ちをアイツにぶつけているだけになっている。
いったい何なのだ。この気持ちは!
色んな感情や想いがゴチャゴチャに混ざり合って訳が分からなくなったようなこの気持ちは何なんだ!?
「リサ、大丈夫?」
隣のベッドで寝ていたはずのセリシャは上体を起こして心配そうな表情で私の顔を覗き込んでくる。
「私はいつも通り――」
「いったい何年貴女の幼馴染をしてると思ってるのよ。リサが苛立っている事ぐらい一目見れば直ぐに分かったわ。それに旭やアンジェリカ、ノーラも気づいてるわ。いつもより歌うテンポが速かったもの」
セリシャの言葉に私は反論する事が出来なかった。
幼馴染のセリシャとは親友と言うよりも姉妹と言っても良いほどお互いの事を分かっている。また旭やアンジェリカ、ノーラとも一緒にバンドを組む前からの友人だ。
私の態度や声音を聴いて気づかないわけがないよな……。
そう思うと嘆息してしまう。
その嘆息は諦めて気持ちの入れ替えをするためだ。
そして私はセリシャに視線を向けて話した。
私が知ったジンの情報。そして頭の中で何度も何度も繰り返し聞こえてくるジンの言葉。そしてそれが原因で訳が分からなくなっている今の気持ち。
それに対してセリシャは悲しげな表情を浮かべたかと思うとどこか嬉しそうに笑みを零すと真剣な面持ちで私を見詰めてくる。
一瞬の間にコロコロと表情が変わったのかが私には分からない。これまでセリシャがこれほど表情を変えることがなかったからだ。いったい何を考えてるんだ?
そう思った時、セリシャが口を開いた。
「ねぇ、リサ。もう冒険者を憎むのは止めない?」
真剣で突き刺さるような真っ直ぐな声音で吐かれた言葉に私は一瞬目を見開けたが、直ぐにセリシャを睨みつける。
またその話か。
セリシャも知っている筈だ。私の両親がどうなったかを。
なのにどうしてそんな事が言えるんだよ!
私は心の底から沸き上がる憤りに拳を握り締め振るわせた。
しかしベッドサイドランプだけの光では私の表情が読み取れないのか分からないが、セリシャはまたしても口を開いた。
何を言いたいのか言葉にする前から分かった。
だから言葉を遮ろうとした。しかし、またしてもこんな時にもあの言葉が聞こえてきた。
――ただ俺は仲間を裏切るような奴はクズ以下の存在だと思っている。
「リサだって分かってるはずよ、ジンを恨むのは筋違いだって事を」
「っ!」
その言葉を聞いた瞬間、私の中でギリギリ支えていた何かが完全に崩壊した。
轟音とともに崩れ落ちる。
それが怖くて私は気がついた時には寝室を飛び出していた。
「リサ――!」
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マネージャー業を終えて疲れた体を廊下で休ませていると、リサとセリシャの寝室から会話をする声が聞こえてくるが、内容までは分からなかった。今日も忙しかったのにまだ起きてるのかアイツ等は。
そう思っているといきなりドアがバンッ!と強く開かれ、リサが逃げるように飛び出してきた。
いったい何事だ!?と困惑するが、外に出ようと玄関に向かうリサを見て俺は慌ててリサを止めるために立ち上がった。。
身体能力が違うしそこまで距離があるわけじゃないため、外に出る前にリサに追いついた俺は腕を掴む。
「こんな夜に一人でどこに行くつもりだ!」
突然のことに少し混乱している俺の声は荒立てたものになってしまった。
だが仕方が無いだろう。現在の時刻は午後11時30分過ぎ。あと30分もしない内に日付が変わる。
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しかしリサは俺と気づくなり暴れだす。
「離せ!離せ!私の父さんと母さんを殺した冒険者が私に触るな!」
まるで子供が駄々を捏ねるようにも見えるが、リサの目尻には涙が溜まっているのが見えた。いったい何があったんだ?
リサの荒立てる声で目が覚めたのか旭たちもドアから顔だけをだしてこちらの様子を心配そうに窺っていた。
セリシャに至っては悪いことをしたという罪悪感に苛まれたのような表情をしていた。どうやら原因はセリシャにあるようだな。
話を聞きたいところだが、この暴れる歌姫をどうにかしないかぎりそれは無理だろう。
未だに喚き散らすリサに視線を落とした俺はどうやって落ち着かせるか思考する。
気絶させる事は簡単だ。だがそれをすればあとあと何を言われるか分かったもんじゃない。ならまずはセリシャに話を聞くよりもリサの本音を聞く必要がある。
そう判断した俺はリサを抱きしめる。
「な、何をしやがる!離せ!私も母さんのように犯すつもりなのか!」
殺される前に陵辱されたのか?いや、今はそんな事を考える時じゃない。
俺は抱きしめる腕の力をほんの僅かだけ強め、リサの耳元で強くハッキリと囁く
「落ち着け。俺は何もしない。お前が落ち着くまでなにもしない。だから全て吐き出せ。怒り、恨み、憎しみ、悲しみ、全てだ。俺にそれをぶつけろ」
そう言うと俺は腕の力を緩める。
リサは感覚的に抱きしめられる力が弱くなったことを感じ取るとこれまで抱え込んでいた全てをぶつける様に罵詈雑言を絶叫し、俺の胸を何度も殴る。
冒険者でもないただの女性だ。なんど殴られたところで痛くも無い。あ、でも男の急所だけは蹴らないで貰えると助かる。さすがの俺でもどうなるか分からないからな。
そのあといったいどれだけの時間が過ぎたのか分からない。ただリサは全てを出しつくしたのか泣き崩れるようにして俺の腕の中で眠っていた。どうにか収まったか。
内心安堵しながら俺はリサを抱きかかえ、寝室へと運ぶ。
寝室の入り口の前で申し訳なさそうにしているセリシャは寝ているリサの顔を見て安堵するように笑みを零すが、直ぐに元に戻ると、小さく謝罪してくる。
「ごめんなさい、迷惑掛けたわ」
「リサにもあとで謝っておけよ」
「ええ、分かってるわ」
寝室に入ってリサをベッドで寝かせた俺は廊下に出ると嬉しそうな表情を寝ているリサに向けている旭たちと視線が合う。
「何をしてるんだ?明日も仕事があるんだぞ」
そんな俺の言葉に旭たちは体をビクッと震わせるとバンッ!とドアを閉めてベッドに入り込む音がドアの向こうから聞こえてくるのだった。なんで怯えたんだ?笑みを浮かべて忠告しただけだぞ。
内心疑問に思ったが、明日も早いことを思い出した俺は毛布を被って寝る事にした。
12月28日金曜日。
レイノーツドームでの大晦日ライブを3日後に控えた夜。
俺はシャワーを借りて体を洗い終え、私服を来た俺は廊下で寝ようとしたが、毛布が無く困っていた。まさかこんな陰湿なイジメを受ける羽目になるとは。
「何してるだ、こっちのソファーで寝れば良いだろ」
リビングの入り口の壁に凭れるリサが視線だけを俺に向けて言ってくる。どうやらイジメではなさそうだな。と内心安堵した俺は質問する。
「リビングで寝て良いのか?」
「ずっと廊下で寝られるのも邪魔だし、許してやるよ」
どういう風の吹き回しなのか分からないが、リビングのソファーで寝る事を許される程度には信頼されたと思っても良いのだろう。
俺は「助かる」と一言だけ、呟くとソファーに座る。
今日一日も大忙しだったからな廊下に比べて遥かに柔らかいソファーで寝られるのはありがたい。それに廊下は冷たくて尻が冷えるからな。
ソファーの有難味を感じているとテーブルにブラックコーヒーが入ったコップが置かれる。
「喫茶店のとは違ってインスタントで悪いが、飲んでくれ」
「なら遠慮なく」
飲んだ瞬間に口一杯に苦味が広がる。やはり喫茶店のコーヒーに比べれば味は落ちる。だけど俺は美食家じゃないので美味しければなんでも良い。
だがこんな時間にコーヒーなんて飲んで寝られるのか心配だ。
そんな不安に駆られていると対面のソファーからアコギギターの音色が聞こえてくる。
聴いた事の無いその曲はHERETICのテンポの良いロックミュージックとは対極的のバラード。
だが聴いているとどこか懐かしく心が落ち着く。
俺は音楽に関しては素人だ。だから良いか悪いかなんてのは分からない。だが俺はこの曲が好きだ。
電光掲示板で流れていた歌も良かったが、どちらが好きかと言われればこっちの方は断然好きだ。
きっとそれは曲や歌詞だけでなくリサの口から紡がれる声音も関係しているからなのだろう。
コーヒーを飲みながら音楽を聴く。
ただそれだけの時間が音楽が終わるその時まで続いた。
「どうだった?」
感想が知りたいのだろう。リサはどこか不安げな表情を俺に向けて訊ねて来る。
「良かったぜ。俺はこの歌が好きだ」
「そ、そうか……」
嬉しかったのか、リサの目は下を向いて泳いでいた。
俺はその時ある事に気が付き、質問する。
「この曲、ライブでは歌わないのか?セットリストの中には無かったが」
そう3日後に控えている大晦日ライブで歌う曲は電光掲示板で流れた新曲も含めて20曲ある。だがその中にこの曲は入っていなかった。
「残念ながら歌わないよ。プロデューサーに言われたんだ。バラードはお前たちHERETICに合っていないってな」
チューニングをしながら呟くリサ。
「そうか、残念だ。俺も舞台袖から聴いてみたかったんだがな」
「ここで聴けたんだから別に良いだろ。それに聴きたいときは言ってくれれば特別にまた弾いてやるよ」
上から目線で言ってくるリサ。だが腹が立つどころか、その姿に俺は格好良いとまで思ってしまった。ったく女の癖に。
「だけど気にすることなのか?」
「なに?」
そんな俺の言葉にリサは僅かだが怒気を含んだ声で聞き返してくる。
「HERETICはお前たちのバンドだろ。ならお前たちが好きなようにやれば良いだろうに」
「ここまで有名になるとそうも言えないのさ。ま、冒険者であるアンタには分からないだろうがな」
皮肉交じりの呟きが返ってくるが俺は気にしない。
コーヒーを一口飲んだ俺は言葉をぶつけた。
「確かに俺には分からない。だが周囲の考えや行動とは違うことをするって事が異端者じゃないのか?」
「っ!」
HERETIC……異端者。
その意味は、正統から外れたこと。
正統とはすなわち大勢多数が常識だと思っている事とは違う行動や考えを持っている事。
俺はそう思っている。
だがそれは言い換えれば大勢多数のファンやプロデューサーを驚かせるチャンスでもあると俺は思う。
だから俺は不敵な笑みを浮かべてリサに言ってやった。
「お前たちはバンドはHERETICなんだろ。だったら好きにやって見ろ。それがマネージャーとして言える事だ」
どう考えてもマネージャーが言うような事ではないのかもしれない。だが俺は臨時のマネージャーだ。だから大丈夫だろう。
それに好きな事をやっている時のコイツラの表情は最高に良い。
惚れそうになるほどまでに格好良くその中に隠れる魅惑的な魅力に俺は気づかないうちにファンになっていた。
だから俺はそんな姿をライブでも披露して欲しいと思っている。
リサはそんな俺の言葉に目を見開けたかと思えば、不敵な笑みを浮かべ返して一言呟いた。
「やってやろうじゃない」
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しかし、学院でレオンを待っていたのは酷い平民差別。そしてそこにレオンの夢の謎も交わって、彼の運命は大きく変わっていくことになるのだった。
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