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第一章 魔力無し転生者は冒険者を目指す

第三十五話 無意識の遠慮

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「すまない。遅れてしまった」
「ジュリアス君遅いよ~」
「もう試合が始まっていますよ」
 試合を観戦しているとようやく戻って来たジュリアスにエミリアとフェリシティーが声を掛けながら、取っておいた席――俺の右隣の席に誘導する。
 なんで俺の右隣なのかと言うときっとそれはエミリアとフェリシティーの腐女子としての思いやりなのだろう。全然嬉しくないが。
 そのため座っている並びは真正面から見て左からエミリア、フェリシティー、ジュリアス、俺、レオリオの順番だ。

「そ、そのようだな。それでどっちが勝っている?」
 フェリシティーの言葉に次の対戦相手のステージに視線を向けたジュリアスは返事をしながら席に座った。

「勝ってるのは『失われた王冠ロストクラウン』ってい言うチーム。って言うか強すぎだよ。試合開始10分で三人が倒されて、今じゃ相手チームは残り一人になっちゃってるよ」
「そんなに強いのか……いったいどこのクラスなんだ?」
「全員が三年一組の生徒だ。だが、あの見た目からしてどうみても全員が――」
 観客席から観ていても伝わって来るほどの異様な雰囲気と見た目。特に人間とは違う獰猛なまでの瞳に呑み込まれそうになる。

「魔族だな……」
「そうみたいだ」
 この世界で人間と魔族の戦争はない。昔はあったそうだが今は仲良く暮らしている。それどころか現在の異種族結婚の割合で言えば人間と魔族の夫婦が多いらしい。そのためこの学園にはエルフ、ドワーフ、獣人は勿論の事、ハーフエルフやハーフドワーフ、ハーフビーストも居るし、エルフと魔族の子供である混血種とかも通っていたりしている。勿論この知識もイザベラに地獄の勉強をさせられたときに教えて貰ったことだ。

「それにしてもあれだけの力を持つ奴らなら個人戦で目立っていた筈だが……」
「それが誰一人個人戦には出ていません。個人戦には興味がないのか、自分たちの力不足を感じてたのか、それとも作戦なのか……」
 フェリシティーの言葉にジュリアスと俺は作戦だと確信を持って意見する。

「どう考えても作戦だろうな」
「ああ、俺もジュリアスの考えに同意見だ。それにここまで勝ち上がって来た奴らが実力不足で個人戦に出場しないって事はないだろ」
 つまり失われた王冠ロストクラウンの連中の最大の目的は個人戦ではなく、団体戦にあるって事だろう。団体戦でのみでしか叶えられない望みでもあるのか、ガルムみたいに戦略のため敢えて個人戦には出場しなかったのかは分からないが、どちらにしても団体戦に懸ける想いは相当なものだろう。
 ま、そんな事をエミリアたちに話して同情でもされて決勝戦に支障が出ても困るから絶対に言わないが。

「特にあの1番後ろで踏ん反り返って偉そうにしている奴。試合が始まってから一度も動いちゃいない。全部他の奴らが闘っている」
「どういう事だ?」
 途中から来たジュリアスの為に俺は説明する事にした。

「今後の試合を考えて手の内を知られないようにしたいのか、力温存なのか良く分からないな。ま、多分両方だろうが、その真意がまったく読めない」
 それより俺としてはチーム名が気になる。失われた王冠ロストクラウンってどう言う意味だ。中二病臭い名前だが、個人戦に出場してない事も考えてあいつ等から何かをなそうとしている。使命感みたいなものを感じるんだが。

「やはり闘って直接聞いてみないことには分からないか……」
「ジン、今何か言ったか?」
「どう闘うか考えていたところだ」
「そ、そうか」
 はぐらかした俺の言葉にジュリアスに影が落ちる。
 嘘を吐かれたことに落ち込んでいるんじゃない。まだ一ヶ月と半月とはいえルームメイトなんだ、それぐらい俺にだって分かる。

「ガルムたちとは上手く話せたのか?」
「え?」
「どうせお前の事だ。正々堂々と闘ってくれたクラスメイトに嘘をついているのが忍びなくて本当の事を話したんだろ。で、そんな勝手なことをした事に今度は俺たちに申し訳なさを感じてるってところか?」
「お前はエスパーなのか?」
 初めて言われたが悪い気分じゃないな。今度からはエスパージンとでも名乗ろうか……ダサいから止めておこう。

「誰にだって分かるさ。ましてやルームメイトだからな。お前の性格ぐらい把握しているつもりだ」
「そ、そうか……」
 返事をしたかと思えば黙り込んでしまうジュリアス。傷つけてしまったか?と思い視線を向けたが俯いていて完璧には表情は見えなかったが僅かだが口元が緩んでいたように見えた。
 落ち込んではいないのか。なら良いか。
 軽く安堵した俺は話を続けた。

「別に良いと思うぞ」
「え?」
「お前はしたいことをしただけに過ぎない。だいたい相手に知られた程度で負けるようなら俺たちはその程度だったってことだ。本当に強くなりたいんなら相手に自分の手の内を全て教えた状態でも勝ってみせるものだ。ま、それが出来たら苦労しないんだろうけどな。だから気にするな」
「あ、ああ………ありがとうな」
「なに、ルームメイトに優しくするのは当然さ」
「ジン……」
「だから、自主学習の勉強時間少し短くしてくれないか?」
「それとこれとは別だ」
「けっ、俺のルームメイトは優しくないこって」
 まったくせっかく優しく慰めてあげたってのにこの仕打ちはなんだ。恩を仇で返すような人間になるなって爺ちゃんも言ってたぞ。別に見返りが欲しくて言った訳じゃないぞ。ただちょっとほんの少し、優しくして欲しかっただけだぞ。

「お、どうやら試合が終わったようだな」
 レオリオの言葉に我に戻った俺はステージに意識を向ける。

「圧勝だな」
「そのようだな」
 結局最後まであの男子生徒は一歩も動かなかったみたいだけどな。勝ち進めばそれだけ強敵にぶつかるのは至極当然だ。だけど決勝の相手があれか。一難去ってまた一難だな。

「それじゃ部屋に戻って作戦会議といこうか」
「賛成!」
「なら、美味しいお茶菓子でも持って行きますね」
「マジで!それは楽しみだ」
 フェリシティーの言葉に思わず本音が漏れてしまう。

「ジンはお菓子より作戦を考えろ」
「分かってるよ」
 まったく本当に俺のルームメイトは優しくないな。
 二日連続で俺とジュリアスの部屋に全員集合した。で、俺はさっそくフェリシティーが持ってきてくれたお菓子を堪能していた。

「美味い!流石フェリシティー!こんなに甘くて美味しいシュークリームは初めてだ!」
「喜んでもらえて何よりです」
「てか、ジュリアスの手伝いしなくていいのか?」
「良いんだよ。家事はジュリアス、堕落は俺って分担してるから」
 シュークリームを堪能しながらレオリオの質問に答えていると、

「そんな分担した覚えもないし、分担の内容がおかしいだろ!」
 飲み物を用意して持って来たジュリアスにツッコまれてしまった。

「それよりこのシュークリームはどこのお店で買って来たのだ?」
「いえ、これは手作りです」
「なに!手作りだと!」
「そういえば前に作ってたね」
 ジュリアスの質問にフェリシティーが答える。きっとジュリアスは休日にでも買いに行くつもりで質問したんだろうが、残念だったな。
 だがジュリアスが勘違いするほどフェリシティーが作ってくれたシュークリームは美味しく見た目も綺麗なのだ。
 だからこそこんあに美味しいシュークリームが手作りとは信じられない。

「お店に出したら俺毎日買いに行くぜ」
「うふふ、褒めて頂いてありがとうございます」
「ほら、ジンお茶だ」
「お、サンキュー」
「結局用意するんだね」
「まるで兄弟か、夫婦ですね」
「なっ!」
「だろう。俺は良い弟を持った」
「いや、どう考えてもジンが弟だから」
 なんだ違うのか。で、なんでジュリアスは俯いてるんだ?

「それじゃ、明日決勝戦に向けて作戦会議といきましょうか」
「そうだね」
「明日こそぜってぇ活躍してみせる!」
 やる気十分の3人をよそにジュリアスはゆっくりと座る。

「それで明日の相手ってどれぐらい強いの?」
「私たちが闘ってきたどのチームよりも強いのは間違いないな」
 そんな変哲もないエミリアの質問に深刻そうな表情でジュリアスは答えた。

「ジュリアス君がそこまで言うほどなんだ……」
「真壁たちでも大変なんじゃないか?」
「確かにマカベ君たちのチームでも難しいだろうね」
「そんなにですか……」
「ま、データを見たほうが早いな」
「そうだな」
 俺の言葉にジュリアスがタブレットに表示してテーブルに置く。全員で覗いたら見づらいだろ。

「まず、開始五分で三人を倒した三人。ウェルド・リッター、ライラ・バロンとレイラ・バロンだ。ウェルドはパワー型の剣士だが、移動速度もずば抜けている。ジュリアスは後から来たから観てないと思うが、巨体からは考えられないスピードだ」
「そんなに凄いのか?」
 速いと言われても想像するのは難しいか。なら知っている奴らと比較するのが一番か。

「準々決勝で戦ったスピードパンサーを覚えてるか?」
「ああ」
「あれと同等、もしくはそれ以上だ」
「そんなにか……」
 対戦相手でもあった相手以上だと知れったジュリアスはその恐ろしさを明確に理解したようだ。

「だがスピードも凄いが、一番は一撃一撃の破壊力だ。軽く振り下ろしただけで地面に亀裂が入っていたからな。相当な威力だ」
「それは凄いな」
「奴の使う属性は土属性のみ」
「魔族にしては少ないね」
「そうなのか?」
「うん、魔族は魔法の申し子みたいなところがあるから平均二つは持ってるよ」
「それでも、四つ以上の属性を持っている魔族は人間と同じで少ないですが」
「ふ~ん」
 やはり魔族と人間の差はあれど、それほど大きいものではないみたいだな。

「でも、やっぱり肉体強化なしでも身体能力は魔族が上だね」
「ああ、獣人族と渡り合えるほどらしいからな」
 なるほど、たまにレオリオたちが呟く情報はとても有用だ。ま、大半はくだらない内容だけど。

「それでバロン姉妹はどんな人物なんだ?」
「ライラ・バロンは双剣使いだ。ウェルド以上の移動速度と正確な剣捌きは尋常じゃない。まるで無数の斬撃が一斉に襲い掛かってくる感じだ」
「うわ、嫌だな~」
 嫌だな~って明日ソイツ等と闘うんだぞ。それにしてもライラってどこかで聞いた名前だったな……あっ!イザベラの母親の名前だ。見た目はお淑やかで優しそうなのに怒ったら超怖いらしいからな。少し苦手意識がついたかもしれない。見た目は全然違うし大丈夫だろう。

「属性は風のみ」
「彼女も一つなんだ」
 俺としては一つでも持っていたら凄いと思うんだが。

「レイラ・バロン。ライラ・バロンの双子の妹だが彼女は魔導拳銃ハンドガンの達人とでも言っておこう」
「確かにあれは凄かったです……」
「フェリがそこまで言うんだ」
「命中精度、リロードの速さ、銃を使った近接戦闘の全てにおいて凄かったです。今の私では難しいです」
「ま、彼女は魔導拳銃ハンドガンだけだからな。それに対してフェリシティーが銃器、魔導銃器全般だから作戦の幅を考えるなら圧倒的にフェリシティーの方が良い」
「あ、ありがとうございます」
 ん?こんどはなんでフェリシティーが俯いてるんだ?何かのゲームか?

「彼女の属性は水だ。この3人は魔力量が魔族の中でも普通らしく使う武器も魔導武器だ。ま、人間の平均から考えれば魔力量は常人の上を行くけどな」
「それで残りの二人は?」
「オリヴィア・グラーフ。魔力量は四人の中でもずば抜けていて使う武器も魔法武器だ。属性が水、風、雷の三属性持ちトリプルだ。みんなも知っていると思うが残り二人は彼女の魔法攻撃で倒された」
「さすが魔族」
 冷や汗を流しながらエミリアは呟いた。その気持ち少し分かるぞ。

「でも、これだけの力があれば絶対軍務科からスカウトされてもおかしくないよね?」
「ま、何かしらの事情があるんだろ」
 チーム名から考えてもな。

「で、最後。失われた王冠ロストクラウンのリーダーのサイモン・デューク。正直こいつの力は未知数だ。手に入れられる情報だけをあげるなら。武器は魔導剣。属性は火、雷、闇のこれまた三属性持ちトリプルだ」
「それも魔族でも数少ない闇属性の使い手だよ。もう嫌だ」
「エミリー嘆かないの。きっとジンさんがこれまで同様に素晴らしい作戦を考えてくれるわ」
 あのー……フェリシティーさん。勝手にハードルを上げないで頂けるでしょうか。

「それでジンなにか作戦はあるのか?」
「無い!」
 ガクリッ!
 俺の言葉に全員が首を落とす。

「自信を持って言うな、馬鹿者!」
「仕方が無いだろ!作戦なんてそうそう思いつくもんじゃないんだからよ!強いて言うなら氷柱アイスピラーで相手の雷属性の攻撃を阻害する程度だ」

「だが、それは相手も予想しているだろ?」
「ああ、勿論だ。だから全然作戦が思いつかないんだ」
 いや、作戦なら正直無いこともない。有るか無いかで言えば、有る。だがそれは俺が掲げている目立ちたくないという理由に反する。

「………なぁジン」
「どうした?」
「正直疑問に感じていたことがある」
「なんだ?」
「どうしてお前は団体戦に出ようと思ったんだ?」
「え?」
「だってそうだろ。怠惰の化身。めんどくさがり屋のお前が団体戦に出なければ作戦を考えることも無かった。ましてやずっと観客席で寝ていることも可能だった。なのにどうして出ようと思ったんだ?」
「そ、それは……」
 あれ?なんでだ。どうして俺は出ようと思ったんだ?いや、理由はある面白そうだと思ったからだ。だけどそれだけじゃない。

「きっと俺はお前たちと出たかったんだ」
「「「「え?」」」」
「俺さ。この学園に来るまで同世代の友達って居なかったんだ。唯一一緒に過ごした奴も俺より年上で友達って言うよりかは師匠って感じだったしな。だから嬉しかったんだ初めて友達が出来たことに。だから残り一年でお前らと最高の思い出を作りたかったんだ」
「そうか。なら私から一言だけ言わせてもらう」
「なんだ?」
「遠慮するな」
「は?」
 正直意味が分からない。なにが言いたいんだ?

「自分で言うのも変だが遠慮したことはあんまりないと思うが」
「確かに遠慮したこと無いな」
 あれ?少しは遠慮してると思うけど。それは否定ですか。

「だが、一つだけ遠慮してるだろ」
「なにを?」
「力だ」
「っ!」
 ジュリアスが発した言葉に体に電流が走ったかのように思った。

「一ヶ月と半月。ルームメイトとして同じチームとして共に過ごしてきた。だから分かる。ジン、お前はこの中にいる誰よりも強い。そして私たち全員で相手しても掠り傷一つつけられないだろう。きっと失われた王冠ロストクラウンの5人を同時に闘っても互角に闘えるはずだ。なのにお前はそれを遠慮し全員で力を合わせて闘える作戦を考えてる」
「そんなことあるわけが――」
「いや、あるさ……」
 これほどジュリアスが優しく、そして悲しげな表情で見つめて来たのは初めてだ。

「正直それは力不足である私たちの責任だ。きっとお前が本気を出せばこれまでの試合も余裕で勝てただろう。だがそうなればジンのワンマンチームだと言われる。お前はそれが嫌だったんじゃないのか?」
「目立つからな。そりゃ嫌さ」
「はぐらかさなくて良い。お前は大切な者のためならば怖いぐらい突っ走る。それは私がよく知っている。あの事件の原因は私の心の弱さが原因だった。なのに処罰は私より遥かにお前の方が大きかった」
「ま、俺としては自堕落な生活が出来たから良かったけどな」
「だけど、その姿を見て悲しむ者も居ることは覚えておいて欲しい」
 あれ、俺のボケは無視ですか。

「………ああ、覚えておくよ」
 まったくどうしていつも上手くいかないのかね。
 結局この日は作戦を決めることは出来ず解散となった。明日までには考えないとな。
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