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137・愛しのスーパードールまりあ10

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137・愛しのスーパードールまりあ10


 今日は雨降りな日だった。永遠に続くと思う灰色の空間、そこからダダ漏れのように落ちてくる雨粒、そして安定しているのかどうか不確定っぽい感情などなど、総合的にはブルーって表現デー。

「先輩、おはようございます」

 出社すると由紀に声をかけられた和磨、年下の女が見せる健康一杯なフンイキや笑顔にちょっと惹かれた。

「内田ってアイドルやったらどうだ?」

「なんですか急に……」

「いや、なんていうか、かわいくて健康オーラいっぱい、それで巨乳だから人気が出るんじゃないかなぁって」

「わたしは人に巨乳を見せびらかしてかわいく振るう舞うのは得意じゃないです。だけどそれでもいいんです、なぜかわかりますか?」

「い、いや、どうして?」

「先輩の心をくすぐる巨乳女子であれたら満足ですから」

「そ、そうか……ハハ」

 とりあえず表面上は笑った。しかるにして内面ではドキドキさせられていた。精神の調子がよくないせいだろうか、憂鬱でキブンが固定されている和磨にとって由紀は太陽みたいに思えてしまう。

―そして、あっという間に仕事時間終了―

「やっと終わった……」

 イスにもたれ白い壁にかかっている円形時計を見ながら、今日はなんてしんどい一日だっただろうとため息をこぼす。朝からずっとブルーであり、いまもそれは継続。早くまりあに会いたいと思う気力すら湧かないから、ちょっとした病気になったとしか思えない。

「先輩、お疲れさまです」

 由紀がにっこり顔で近づいてきた。

「内田……ちょっといい?」

 イスにもたれ天井を見上げながら和磨は言った。今日ヒマならちょっと付き合ってくれないかなぁと。

「え、どこですか? 先輩といっしょならどこでも行きますよ」

「いや、なんか今日は……死ぬほどブルー。まっすぐ帰りたいってキモチが湧かない。うっかりすれば自殺しかねないって感じだ。だからちょっとキブン盛り返しを狙って一杯やりたい。って、おまえ……酒は飲めるのか? もしかしてジュースだけとか?」

「あぁ、失礼な! こう見えてもわたしは蟒蛇ですから」

「マジで!?」

「居酒屋でも行きますか?」

「よし!」

 スクっと立ち上がった和磨、海の底に沈むようなブルー状態ではあったが、由紀といっしょな救われるかもしれないと思った。本来それは考えてはいけない事だと自覚しているのに、それでも今日は不思議なほど弱い自分をコントロールできない。

「あ、おれトイレに行くから、先にビル前で待っていて」

 和磨はそう言ってトイレに入ると、普段めったに使わないアパート内の固定電話にコールした。自分のときは専用のメロディーが流れるようにセットしているから、和磨から電話と承知してまりあが受話器を取る。

「和磨くん、どうしたの?」

「あ、まりあ、実はその……今日はどうしても同僚との話があって帰りが遅くなる」

「え……じゃぁ、晩ごはんは?」

「話しながら何か食うつもり。ごめんよ」

「う、ううん、同僚とのおつきあいなら仕方ないよ。そ、それに……」

「それに?」

「同僚って……男性だよね? まさかそんな、女性じゃないよね?」

「ちがうよ、男だよ。なぜかわかる? おれにはまりあしかいないから」

「和磨くん……」

「帰りは遅くなるかもしれない。だから先に寝てくれてもいい」

「わかった……気をつけて帰ってきてね」

 こんな会話をやって電話を切ったら……キリキリっと胸が痛んだ。なぜなら今の会話にはいけないウソがあったからだ。まりあが何より好きってキモチには偽りはないものの、本日ひたすら付きまとうブルーな状態から逃れるため由紀と酒を飲もうとしている。いいのか、そんな事をして? と自分で思ってもなお、今日はまっすぐ家に帰りたくないってマイナス感情を断ち切れない。

「おまたせ、じゃぁ、行こうか」

 ビルから雨降りな外に出たら待っていた由紀に声をかけ歩き出す。そしてお目当ての居酒屋に入ると、向かいの席に座った由紀と見つめ合いながら、日本酒を飲んで会話をスタート。

「内田……」

「はい」

「これはべつに……余計なお世話で言うつもりじゃないのだけど、おまえって彼氏とかいないのか?」

「いません」

「不思議だ……いい女なのに」

「べつに不思議じゃないです。むしろいい女ほど売れ残るって気がしますけどね」

「え、なんでだ?」

「男が手を出しづらくなるから……かな?」

「ハハ、そうかもな。うん、おまえっていい女だ……そう思う」

 和磨、本日は頭のネジが数本外れていた。由紀がいい女だと思う事に偽りはない。だがそれを口にする感情というのは、本人も否定したくなる甘えがたっぷり含まれていた。

 キモチがひたすら沈む。なぜかわからないが、そのくるしい心はまりあに向かない。ほんとうなら家に帰ってまりあの胸に甘えたいはずなのに、家に帰りたいと思わない。べつに極楽でもない家の外で酒を飲んで何かを解放したいと思っているのかもしれない。

「内田……おれ、今日は意味不明なまでに憂鬱なんだよ」

「たまにそういう事はありますね」

「なんか……内田を見ながらうまい酒を飲んで会話していると……内田が天使みたいに見えてきた」

「いいですよ、先輩の天使になってあげますよ」

「うわ……そう言われたら胸の内に染み渡る」

「でも、天使になってあげる代わり、わたしを愛してくれますか? わたしだって愛されないと背中に翼は生えませんよ」

「内田……」

 話せば話すほど、そして飲めば飲むほど、いくらハメを外さないよう注意しているつもりでも沈んでいく。そんな自分を由紀に引き上げて欲しいって、まるで年下の男子みたいな甘えがイヤほど内面に吹き上がってくる。

「内田、なんかおれ……もっと内田といっしょにいたい」

「うん? もしかして甘えん坊さんモードですか?」

「う……そ、そんなつもりは……」

「いいですよ」

「え?」

「先輩がわたしを愛してくれるなら、甘えん坊さんモードを包んであげるくらい全然オーケーですから」

「で、でも……」

「わたしが言う愛するっていうのは、たとえその時だけのモノでもいいんです。その時間の中だけでも、確かな真心があればいいんです」

 この会話はちょっと魅惑度が高すぎた。冷静な思考はまだあるとはいえ、一日中続く憂鬱が切れず、しかも酒が入って甘えたいモードが発動している。そこで年下の巨乳女子にやさしい目で見られ、あげく心の広いセリフを言い渡されると、和磨は花園へ続く扉を開けたいとうずいてしまう。

「ん……」

 まず、彼はだまってしまった。それから20分くらい残りの酒やら料理の片付けに専念。しかしそれが終わるとすぐ立ち上がってお会計に進む。そして後から店の外に出た由紀の手をつかんで言った。

「内木、おれに付き合え」

「先輩?」

「いいから来い」

 右手に傘を持ち、左手で由紀の手をつかんで夜道をグイグイ突き進む。それは帰りの電車がある〇〇駅方面……ではなく、夜の暗さと電気の明るさが色っぽく共存する領域方面。

「ら、ラブホテルですか?」

 顔を赤くした由紀が目にするのは、恋人たちの共鳴という名のラブホテル。

「内木、おまえ……なんでそんなに良い女なんだよ」

 和磨は切な気な目を由紀に向ける。それはもうカンペキに、片想いに逆ギレ寸前な男子って感じそのもの。

「先輩、ひとつ確認させてください」

「な、なんだ?」

「たとえラブホテルで過ごす間だけでも、その時間内は真心でわたしを愛してくれますか?」

「内木みたいな良い女……いい加減なキモチで抱けるわけがない」

「わかりました」

 由紀は真剣な目を相手に向けると同時に、クッと和磨の手を握り返す。そうして2人は雨音が感情の不安定さを増長させる中、ホテルで愛し合うために進んでいった。
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