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91・いけない先生と悪夢3

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91・いけない先生と悪夢3


 大雨。どんどん死人のように冷たくなっていく空気。そんな中、殺人を犯した教師こと関口澱夢は細工に取り掛かっていた。

「まずは自殺に見せかけないと……」

 死んでしまった女生徒を座らせると、グタッとなる体をそのままうつ伏せとさせる。そうして右腕はダラっとまっすぐ伸ばさせると、その先に護身用にと隠し持っていたジャックナイフ2本のうちひとつ、あまり使っていない方の指紋をしっかり落としてから少女の右手にしっかり力強く何回も握らせる。そうしてナイフを床に落としておくと、今度はダラっと下がっている左側の手首をもう一本のジャックナイフでズバ! っと斬る。

 ダラダラ……と流れ出る血。それはびっくりするほど惨く痛々しい。だがすでに死んでいる少女はまったく反応せず、今は不要となった血液を大量に流し落とすだけ。

「おまえが悪いんだ、おまえが悪いんだぞ! おまえが先生の言うことを聞かないからこんな悲しい物語になってしまうんだ」

 澱夢は逆ギレ丸出しにそうほざいた。しかし……こういう細工をやっても終わりとならない。なぜなら誰かに見られたという不安が拭えないからである。

「ちくしょう……もし誰かが隠れていたとかいうならうかつだった。もしそうならおれは自分を許せない。なぜ気づかない、なぜ気づかなかったのだと」

 澱夢は不気味に暗い教室の中、生徒を殺してしまった罪悪感ではなく、自分がこの後どうなってしまうのか? という不安に居ても立ってもいられくなる。心臓が体内から吹き出してしまいそうな、ふつうの人間がふつうに生きていればまず経験できないという感情に苦悩。そしてこらえきれないとばかり、自分と死体だけの教室において、狂ったような大雨を映している窓を見ながら演説するように言う。

「おれは、このおれは……ただただ子どもがかわいいと思ったから教師になっただけだ。つまりおれはとても純粋な人間であり、職業選択の動機だってピュアな聖水みたいなモノなんだ。だがあの女子、喜代村真理恵が先生は優しそうだから悩みを聞いて欲しいと思ったとか、そんな風に言うから優しいおれは断れない。そしてそういう事をしたら年齢とか立場のカベを超えて恋愛感情が芽生えてもおかしくないだろう。それが人間というモノだろう。なのにどうだ、愛し合いたいと言えば拒まれたあげく、先生は最低とか抜かしやがる。こんなバカな話があるか、おれこそ、ピュアなキモチを弄ばれたこのおれこそ被害者だろう。なのに喜代村はあっさり死んでしまって、今やおれは殺人犯だ。やっと、苦労してやっと教師って仕事に就いて一生懸命やっていたのに、なんでこうなる。おれはイヤだ、このまま人生が終了となってしまうなんて」

 大粒の涙が身勝手な男の両目に浮かんでいた。すべては大人をバカにする生徒が悪いのだと言いまくり、自分が安心して生活するためには殺人現場を見たであろう誰か、それも殺さなければいけないと断言する。

「おれは教師を辞めたくない。続けたい、続けたいんだよ。だからお願いだ、神さまでも悪魔でもどっちでもいい、このおれに、この可哀想なおれに力を、力を与えてくれ!」

 もはやただの病気だろうって、多くの人間があきれ返るような事を涙一杯な顔面で言い放った。

 すると……ボトっと上からモノが落下したような音が発生。なんだ? と振り返ってみると、ちょっと離れたところに思いもしない生物の姿ありと目にする。

「し、白ヘビ……」

 そう、それは赤い目をしてシュルシュルって音を立てる白ヘビだ。なぜここにいるのか、どこから入ってきたのか、いや、上から落下したような音はなんだったのかと思いつつ、澱夢は白ヘビと目を合わせると動けなくなった。

 なんと不思議なフィリーングだろうと澱夢は息を飲む。赤い目をした白ヘビの顔というのは本来ならいかがわしいモノのはず。だが何とも言えぬ美しさが備わっているようにも見え、恐怖と愛嬌が魔性って言葉によって絶妙な配分で束ねられているようにも感じる。

「ぁう……」

 澱夢がビク! っとしたのは見つめ合うヘビが突然に巨大化したせいだ。グィーンと一気に大きくなったそれは教室の天井に頭が届くサイズに変貌。成人男性を余裕の一飲みができるほど大きな顔を男に向ける。

「おれに、おれに力を……このおれが教師って仕事を続けられるように、どうか、どうかおれに力を!」

 男は内に秘めたる純粋な自分をさらけ出し懇願した。そこには偽りも何もない。なぜからヘビの顔面が今まさにという距離まで近づいても、腹の座った表情で居続けるのだから。

 一方この頃、中野太一という名の少年は部屋に尋常ではない感覚に見舞われていた。

 殺人現場を見た! と言いたい。親にそれを言い警察に通報すれば解決すると信じて疑わない。だがどうしてか、それを言おうとするとおそろしいほど強固なロックがかかる。それはいったいどういうことか少年には説明ができない。なぜか自分がとてつもなく悪いことをするような感覚に陥り、あまりの恐ろしさに見た事をありのまま語るって事ができない。

 だからして……少年は帰宅してから苦しい演技に身を投じなければいけなかった。いつも通りの太一としてふるまい、ずぶ濡れになった事を母親に怒られたら拗ねたりし、お風呂から上がると食べたいと思わない晩ごはんを何とかお腹の中に入れる。

「さーて宿題でもやろうっと」

 一階から二階へ向かうとき、こんなつぶやきを意図的にやったのは母にホメてもらいたいからではなかった。助けて欲しいとプラス的に思っているのに、今の自分には声をかけないで欲しいってマイナスの意識が優先されてしまったせいだ。

 そうして部屋に入ると大急ぎで部屋の電気をつける。パッと室内が白く明るくなる。暗い屋外と比べたら天国みたいに見えるわけからして、ほんの少しばかりホッとする。身の安全が保証されたと実感する時の安堵というのはすさまじく、体内の呼吸系統がすべて心地よく溶けるように思えた。

 が、しかし……根本的な問題が解決されたわけではない。不安という言葉が丸ごとつぶされたわけではない。むしろ冷静になればなるほど、ひんやりとした恐怖が勢いよく増幅する。

「ぅ……」

 当たり前だが怖くなった。でかいカーテンを下ろしているでかい方の窓がおそろしいイメージを沸かせる。もしかするとドアが突然に開き、向こうから関口という男が入ってくるかもしれない。そうして何かしらの道具とかいうのを使って自分を殺しにくるかもしれない。

「うぅ……」

 想像するといっさいの冗談抜きでおそろしいではないか。だから太一はベッドに潜り込むと、枕を抱えながらガクガク震える。

(し、死にたくない……死にたくないよ……)

 生まれて初めてガチガチっと歯のぶつかる音を立てていた。そうすると必然的にひらめくというか考えがたどり着く。

(家から出なければ……出なければいいんだ。そうすれば殺されなくて済む。行かない、もう行かない、明日も明後日もずっと学校にはもう行かない)

 太一はそう考えるとほんのちょっぴり安心できた。しかし小6の彼が今後一切学校へ行かず、あげく家から一歩も出ないという生活をするのは不可能である。だから太一は感覚的に壊れている時の流れに祈る。

(朝が来ませんように……太陽はずっと沈んだままでいますように……)
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