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80・誰からも好かれたいとか思う哀れな男2

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80・誰からも好かれたいとか思う哀れな男2


 本日は晴天なり! であった。空は一切の苦悩を持たない青色であり、温度の心地よさは人間に寄り添いまくり、根拠は何もないが今日はいい事があると信じられるようだった。

 そして午後12時40分、一人昼ご飯を外でやり終えた良屋がビルに入って職場に戻る。しかしせっかくだからタバコを一本吸いたいと思い喫煙所へと向かった。今日はすこぶるキブンがいいから、仕事が終わったらまっすぐ家に帰り巨乳動画をたくさん見てたのしく過ごそうなどと思い描く。そしてタバコの箱を取り出し曲がり角の手前まで来たところで、ふっと足取りが止まった。

「いやぁ、それにしてもさぁ、気前先輩ってカモだよなぁ」

「あの人、他人へおごるために生きているって感じだ」

 2人の後輩が喫煙所でやっている会話が聞こえてきた。自分の名前が出ている以上、何食わぬ顔でそこに割り込む度胸が良屋にはない。

「しかしさぁ、気前先輩ってさぁ、あれってなに、みんなから好かれたいと思っているのかな? 好かれたいと思うから太っ腹なのかな?」

「多分そうだよ、だってあの人って幸せそうに見えない。一見すると崇高な戦士みたいだけどさ、多分友だちはいない彼女もいないでクソさみしい人生を送っているだけってオチなんだよ。ゆえにおごるって名目がなければ、おれら年下と絡む事はできないって事だろう」

「でもさぁ、なんで年下なんだ? 上の奴と絡む方がやりやすいという気がするのは違うのかな?」

「うん、多分ちがう。おそらくさぁ、気前先輩みたいなさみしい人間は年上から嫌われて、本人もそれを自覚しているんじゃないかと思う。つまり年上からは指摘されているんだよ、おまえ少しはしっかりしろよ! って。それがイヤだから、なんとなく扱いやすい年下に来るんだろう」

「お、なに、おまえってけっこう物事を知っている人?」

「そうさ、おれは偉いんだ! なんちゃって(笑) でもほんとうにさ、あの気前先輩は気の毒な人だと思うよ。おごってもらう代わりとして、おれらは相手してあげる。それで持ちつ持たれつ」

「そうだよなぁ、だって気前先輩の話ってクソつまらないもんなぁ」

「そうそう、立派な感じで語るけどさ、実際には中身とか薄っぺらいよな。しかも安定して同じ事ばっかり。好きな音楽って毎度同じアーティストばっかり、よっぽど狭い世界で生きているんだろうな。しかもあれ、おれ先輩の話を聞いていたら感じる事がある、多分これはまちがいじゃないと思う」

「なんだ?」

「気前先輩は絶対に童貞。セックス経験があるように語っているけどウソっぽい。多分オナニーしかやった事ないはず」

「あ、それはおれも同意」

「だろう?」

 キャハハハと2人は笑う。そして、その会話というのはむごい絶妙さにあふれていた。しゃべる方はさほど相手をバカにしていないと思っており、聞かされる側にとっては根底から否定された悲しさが吹きあがる。この相意はもう決して折り合えるものではない。

「気前先輩って友だちいないのかな?」

「いないんじゃないかな……エア友だちはいるかもしれないけど」

「エア友だち(笑)」

 角を曲がらなくてよかった……と思った。年下の前では一人の男としてつよく太っ腹にふるまう男の心は豆腐のようにモロイ。あの2人の会話を聞いて良屋は思う。これは自業自得で自分が悪いんだよなぁ以上に、どうして人の世はこんなにも理不尽なのだと。

「く……」

 繊細な神経のまま30歳になった男が耐えられるわけがない。彼はもうすぐ仕事が始まるとかいうのに構うことなく、取り出したスマホの電源を切るとビルから出た。そしてひとまずはガマンして速足で公園を目指す。内側より吹き出しそうな負の感情を必死にこらえ、裏通りにあって人気に恵まれないって公園を目指す。

「くそ……あいつら……あいつら……あいつら……」

 願った通り公園には誰もいなかったので、ベンチに座るとタバコの箱をにぎったままうつむく。そして30歳ではなく15歳みたいにボロボロ涙を流し始める。

(バカにしやがって、バカにしやがって……)

 普段、おごってやるとか言って誘うとき、後輩たちの見せる笑顔は一応かわいいモノかもしれないと思っていた。だがいまはちがう、あれより汚いモノはこの世に存在しないと断言したくなる。

「まぁ……バカにされているってわかっていたけど」

 涙が収まったところで顔を上げ、今日はもう仕事なんかサボってやるとばかり一本のタバコを咥え先っぽをライターの火で燃やす。それから煙を吸い込むと、一瞬で脳みそが震えなんという美味だと鳥肌が立つ。

(結局……このつまらない人生で唯一愛しいのはタバコと酒くらいなモノかなぁ)
 
 せっかくの晴天も台無しだと思いつつ、知るかよもう! とやけくそ気味になったとき、ふっと近寄ってきた若い男に声をかけられる。

「ごめん、タバコの火とかあったら貸して欲しいと思って」

 20代の前半であろう男がそう言うと、特に問題も何もないので気前よくライターを貸してやる。そしてどういう電流が走ったのかはわからないと考えるより先に、話相手が欲しいとばかり男に声をかけた。

「兄ちゃん、おれより年下だろう?」

「おれは23歳……だな」

「え、なにその言い方」

「死んじゃったからな、それで今はちょっと舞い戻ってきているって事だから」

「死んだって……ほんとうに?」

「ホストやっていたら客の女に刺された」

「ホスト……じゃぁ、モテる男だったんだ?」

「まぁ……生前にやった女はざっと500人ってところだけど」

「ご、500人!?」

 なんだこいつ年下のくせにめちゃくちゃすごい! と思っただけでなく、こうなったらもう仕事をサボって会話したいと心が疼いた。

「兄ちゃん名前は?」

「おれは家満登伊吹」

「そうか、おれは気前良屋。せっかくだからちょっと話をしない? っていうよりおれが聞いて欲しいって事なんだけど、ダメかな?」

「いいよ、別に予定も何もない事だし」

「よし!」

 スクっと立ち上がった良屋、ちょっと待ってくれと言ってから公園の入り口に置かれている自販機でジュースを2つ購入。そして戻ってきたら一本を相手に渡し並んで石のベンチに座る。それからおもむろにちょっと聞いて欲しい事とか言うのを語りだした。
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