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43・先生いっしょに死んでください6

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43・先生いっしょに死んでください6


「この腐れ売女!」

 そう叫んだのは父であり、娘こと霊子にはげしいビンタを一発食らわせた。同じ女である母は失望したような目を向けるだけであり、娘が父に頬を殴られても止めようとはしない。

「教師を誘惑し体を捧げ金を得ていたあげく、学校裁判で有罪になって退学確定とか……この……メス豚!」

 父の怒りはその夜一度として収まらなかった。そして霊子は学校を退学させられ、愚香進と連絡が取れなくなり、すぐさまみじめな落ちこぼれとしてアルバイトを探さねばならなくなる。

「く……そぉ……」

 霊子はいまノートパソコンでネット観覧しながら、沸き上がる怒りにふさわしいアイテムを購入しようとしていた。ひとつは日本刀でありひとつは拳銃。ほかの誰でもない愚香進という国語の教師を八つ裂きにして脳みそを弾丸でぐちゃぐちゃにし、それから自分も潔く自決しようという算段。

「甘かった……わたしは考えがクソ甘かった……」

 煮えたぎる憎悪。それは自分自身にも向けられていて、殺人でしか断ち切れないと思えた。いけない事をやっているとはいえ、しかしその中にも愛があると勝手に信じていた。自分が教師を捨てることはあっても、教師が自分を捨てることはないだろうと勝手に思って油断していた。だからして何かあれば教師が生徒を守ってくれる、教師だけが犠牲になって生徒は助かるという展開が当然とも思っていたわけである。

「あいつ……殺す! もう学校には行けなくなったしまともな生活はできないし、夢とか希望も抱けない。だったらあのクソ教師を殺して犯罪者になってもかまわない」

 物騒な事をつぶやく霊子はほんとうに日本刀と拳銃、そして弾丸を購入するためのクリックをしたのだった。

―そうして数日後の月曜日―

「よし……これでいいね」

 午前9時に霊子は自分を名残惜しそうにグルっと見渡してから、机の上に置いた手紙をさみしそうな目で見る。それは両親に当てた謝罪の手紙。どうか親不孝をお許しくださいなんて文がつづられている。

「いい天気……」

 月曜日。両親はすでに仕事で出払っている。そして霊子もこれまでは学校がイヤだと思いながら制服姿で家を出ていた。午前9時なんてもう学校の中にいて、ひとりの女子高生として過ごしていた頃合い。

「よし、行こう」

 腹をくくった霊子は購入した日本刀と拳銃に弾丸を隠し持ち、何食わぬ顔で家を出る。おびえるとか動じるような感が顔に出ていないに加え、日本刀も拳銃も巧妙に隠し持っているから、これから人を殺しに行こうとする女には見えなかった。

 そうして霊子はもう関係が切れた学校の近くまでたどり着く。つい最近までそこの一員だったのに、もう完全に他人となってしまった。失って初めて気づく事の重大さ、失ってから感じる何とも言えぬさみしさ。それらが霊子の豊かな胸をグルグルかき混ぜる。

「だけど、わたしだけがこういう思いで終わるのは許さない。絶対に、絶対にあいつの首を切り落として脳みそを砕いてやるんだ」

 そんなおそろしい事を人気のない通りでつぶやいた。しかしフッと気づいたように前方へ目をやると、そこには見た事のある男が立っている。黒いパーカーに黒いジーンズという格好のそれを見て、霊子は反射的につぶやく。

「息吹……たしか家満登息吹」

 すると男はパーカーのポケットから拳銃を取り出す。そして右の人差し指をトリガーガードの中に入れクルクルとブツを回しながら霊子に言う。

「ずいぶんと物騒な思考だ。美人で爆乳って女子高生が持つようなモノじゃない。相手の首を斬って脳みそをぐちゃぐちゃにしたいなんてさ、そういうのは妄想小説の中だけにした方がいいぞ、霊子」

「放っておいてくれない? わたし……生まれて初めて到底納得ができない怒りを抱いているの。ここまで侮辱されて落ちぶれるとか考えたことがなかったからさ、もうね、あの腐れ教師を殺さなきゃ収まらないの」

「殺してどう解決すると?」

「あぁ、うるさい。まともな言い方で終えられない話だってあるのよ。拳銃を持っている息吹ならわたしのキモチはわかるでしょう!」

「霊子、学校に突撃して教師を殺して……それで何を得る?」

 息吹、拳銃回していた手を止めると銃口を霊子に向ける。

「わたしの心……名誉を回復する」

「アタマだいじょうぶか? いったいどんな名誉だっていうんだよ。悪いことは言わない、回れ右して帰れ。おまえが持っている拳銃と日本刀、おれが引き受けてやるから」

「く、うるさい、うるさい、邪魔するなら息吹だって殺す!」

 霊子、イライラさせるんじゃねぇ! とばかりジャケットのポケットより拳銃を取り出す。そうしてその口を息吹に向けようとしたが、その瞬間にドキッとして硬直。突然に息吹が眼前にいる。そして拳銃を持つ霊子の右腕をグッとつかみ、まるでキスでもするかのように顔を近づける」

「な……」

 霊子、不本意ながらも顔を赤くしジーンズの両足が少し震えてしまう。

「霊子、今のおまえはすさまじい怒りがあふれている。まるでおそろしい魔物みたいだ。そして醜い、おそろしい不快感を放っている。湿気90%以上の歪みに人の醜悪を混ぜたみたいなモノだ。それじゃぁいい女も台無しだぞ?」

 言った息吹がグッと顔を近づける。

「う、わ、わたしは……」

 息吹に見つめられほんの一瞬だが霊子の意識が真っ直ぐになりかけた。グニャーっとゆがんでいたモノが直立になりかける。しかし……ここでマイナス感情の増幅スイッチが押される。なぜ自分だけがこんな風に説教され、どうしてあの忌々しい教師が学校に残って仕事をしているのか? と。

「んぐぐぐ……」

 霊子の意識がまた大きく、ピサの斜塔みたいに傾く。そうして内側にたまっている怒りを噴火のごとく発散させようと体を震わせる。

「仕方ない、霊子……おまえの中に入らせてもらうぞ」

「な、中だって?」

  一体おまえは何を言っているんだ! と思ったら、急に息吹の体が空気へ溶け込むように薄まっていく。そしてスワーっと粒子流れみたいなって霊子の体に入っていく。

「あぅ……」

 グワ―っと自分自身が押されるように感じ思わず両目を綴じて顔をしかめたが、それが終わったら眼前に息吹の姿はなく、そして妙に胸が重くなってしまう。だからして霊子はフラフラっとすぐ近くにあった電柱へと向かっていき、それに背中を預けたらしゃがみ込んでしまった。
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