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11・都合のいい女をやめられない3
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11・都合のいい女をやめられない3
「おじゃま!」
中に入らせてもらった息吹、女子力に満ち溢れた室内の中央に腰を下ろした。そこにはおしゃれな折りたたみ式テーブルがあって、上にはスナックにチョコにソフトドリンクに紙コップなどが置かれている。
「はい、どうぞ」
白い紙コップに透明な泡立ちことサイダーを注いだら、それを息吹に渡す五月。もったいぶった空気は苦手らしく、息吹がコップを手にしたらすぐどうでしたか? と聞く。
「ハッキリ言ってもいい?」
「もちろんです。気合十分で臨んでいるんですから」
「わかった」
ジュワっと来る甘いサイダーをクゥーっと飲んでから、息吹は冷めた感じの表情を五月に向けて言う。
「あんなのたのしいか?」
「え?」
「いや、もっと言わせてもらえば、デートとか以前に生きていてたのしい? みたいな話だとおれは思ってしまった」
「ぅ……そ、それはわたしの何がいけないとか言うんですか!」
「なにって……それは誰より五月自身がわかっているんじゃないのか?」
破かれているポテトチップスの袋に手を突っ込む息吹、あそこまで自分を押し殺して何を得たいんだ? と五月に問う。
「自分の感情を牢屋に入れ、自分の言いたい事をたたき伏せ、自分の意見をほとんど持たず、ただ相手に従い、金の払いとかそういう所だけ自分の出番とばかり立派にやって、で、そんな風にやってたのしい?」
「ぅ……そ、それは……」
「今日、おまえの彼氏って遅刻したじゃん、それも30分。ふつうに考えると、それだけ遅れて平然というのは問題があるんだ。でも五月は何も言わなかったどころか、わたしも今来たところってウソを言った」
「そ、それは……事を荒立てたくなかったから」
「なんで? 悪いのは向こうなんだぞ?」
「で、でも……わたしが許せば平和に解決すると思って」
「おまえ、多分そんな感じでずーっと何も言えない女をやってきたんじゃないか?」
久しぶりに食うポテチはうまいもんだと味わいながら、息吹は五月に対してダメだしを続けた。まるで都合良く動くためにつくられたお人形さんだとか、自分の心を殺すために努力する気の毒な女とか言い並べる。
「で、でも……」
「でも?」
「わ、わたしたちは両想いだからいいじゃないですか」
「ふむ……ほんとうにそうかな?」
「なんですか、ちがうとか言うんですか?」
「たとえ両想いでも歪んだら意味はないぞ? 拘束とか自己犠牲とかで成り立つ両想いなんか野生動物でもやらないって話だ」
息吹曰く、五月の彼氏はまちがいなく自分の彼女を甘く見ている。たとえ彼女の事を好きだとしても、その感情にある糖分はまちがいなく多すぎる範囲。だから心のありかたがあまり良くなく、対等のパートナーとして見る度合いはこれからどんどん下がるだろうと息吹は断言する。
「おれは思うんだが……」
「な、なんですか?」
「このままだとおまえ、正しく愛されないぞ」
「そ、そんな」
「で、五月も心の病を抱えた女になる。だったらどうだろう、いっそ別れたらどうだ? それもひとつの手だと思うんだが」
「どうして別れるのがひとつの手なんですか?」
「別れても同じ事をくり返すかもしれない。だが……今の彼氏と付き合う中で、対等の付き合いを要求し必要とあらば相手にビンタする事ってできるか? 今日の五月を見た限りではできないとおれは思う。だったらリセットすらできない。五月、いまは高1で時間は自分の味方とか思うかもしれないが、年なんてあっという間に取るぞ」
「い、息吹さんってまだ若いはず。そんな年寄りみたいなセリフ……」
「でも死んでしまうと、モノの見方が変わってしまうんだ」
室内に高濃度な気まずさが渦巻き始める。そしてそれは明日も明後日も変わることのできない日常へつながっていると感じさせて止まない。
「なんならおれが彼氏と話をしてもいいぞ」
息吹はここでひとつ提案した。自分は五月の親戚などと偽り彼氏と話をする。五月と別れてくれ! でもいいし、五月の事をあまり軽々しく考えるなと忠告するでもいいぞと伝える。
「それに五月の彼氏とちょっと話をしてみたい気もしているから」
「そ、それはダメです!」
「なんで?」
「親戚とか偽るのはべつにいいです。だけどそれをやってしまうと、なんだおまえって彼氏から白い目で見られてしまう」
「それってひとつのチャンスだ」
「どういう意味ですか?」
「親戚を挟んだのは悪かったとまず謝ってから、でも自分もちょっと苦しかったと打ち明ければいい。そこで言いたい事を全部吐いて、以後は二度と都合のいい女はやらないと宣言しすればいいんだ。もし理解してくれないなら別れるとか言えばいい」
「だ、だけど……それって嫌われる可能性がありますよね……」
「五月、おまえは彼氏に何を好いて欲しいって言うんだ。ひとつ忠告してやる。人間っていうのはファーストインパクトがすべて。もっと後になって、五月が苦しさに耐えられずほんとうの自分を彼氏に見せた時、どう言われると思う? なんだ五月、そんなのおまえらしくないじゃないか、どうしたんだよ? だぞ。いいのかそれでも。今ならまだ間に合う。思いっきり彼氏と衝突しろ。それ以外におまえの心がまっすぐになる道はない」
「ぅ……」
2人の話し合いはその後も、盛り上がりそうで盛り上がらない感じをずーっと漂った。五月は何回も息吹の話を聞いてキモチを高ぶらせた。しかしグッと勢いづきそうになると、同じ勢いで上昇を抑え込む。爆発しそうで爆発できないその重苦しさというのは、よっぽどもよっぽどまで追い込まれないと導火線に着火出来ない悲しさそのもの。
「いい女なのに勿体ないなぁ」
サイダーをグビグビっとやりながら、お気の毒! って目を五月に向ける。
「わ、わたしは自分の生き方に後悔みたいなモノは持っていませんから」
相手以上にやけ酒のごとくサイダーをガボガボやりながら息吹を見る。そんな女子からは言いたい事をぶっ放したいという欲望を自ら殺した事でたどり着いた感がハンパなく湧き上がる。
「ふわ……」
およそ90分、密度ある話し合いのようで着地点はなかった。そういう物悲しさに疲れたと言わんばかり息吹が床にゴロっとする。
「ね、ねぇ息吹さん」
「うん?」
「も、もし、もしですよ? ほんとうに仮の話ですけど、わたしが彼氏と別れたらつき合ってくれますか?」
「え、なんでおれと?」
「い、息吹さんだったら……わたしを包んでくれそうな気がするから」
「ごめん、パス」
「どうしてですか! わたしの事をいい女って言ったじゃないですか」
「言ったけど、その後に勿体ないなぁとも言った。そこに答えがあるんだよ」
「むぅ……」
こんなやり取りをしてから10分後、息吹はそろそろお暇するよと立ち上がる。そして、時々は話し相手になってくださいと言った五月を見て哀れだなと思わずにいられなかったりする。
「じゃぁ、おやすみ」
ひとまず五月の部屋から出た息吹、夜の星空を見上げて決めた。五月の彼氏と一度話をしようと。それは五月のためという部分もあるが、都合のいい女を彼女に持ち手放さない男の考えというのも聞いてみたいと思ったからだった。
「おじゃま!」
中に入らせてもらった息吹、女子力に満ち溢れた室内の中央に腰を下ろした。そこにはおしゃれな折りたたみ式テーブルがあって、上にはスナックにチョコにソフトドリンクに紙コップなどが置かれている。
「はい、どうぞ」
白い紙コップに透明な泡立ちことサイダーを注いだら、それを息吹に渡す五月。もったいぶった空気は苦手らしく、息吹がコップを手にしたらすぐどうでしたか? と聞く。
「ハッキリ言ってもいい?」
「もちろんです。気合十分で臨んでいるんですから」
「わかった」
ジュワっと来る甘いサイダーをクゥーっと飲んでから、息吹は冷めた感じの表情を五月に向けて言う。
「あんなのたのしいか?」
「え?」
「いや、もっと言わせてもらえば、デートとか以前に生きていてたのしい? みたいな話だとおれは思ってしまった」
「ぅ……そ、それはわたしの何がいけないとか言うんですか!」
「なにって……それは誰より五月自身がわかっているんじゃないのか?」
破かれているポテトチップスの袋に手を突っ込む息吹、あそこまで自分を押し殺して何を得たいんだ? と五月に問う。
「自分の感情を牢屋に入れ、自分の言いたい事をたたき伏せ、自分の意見をほとんど持たず、ただ相手に従い、金の払いとかそういう所だけ自分の出番とばかり立派にやって、で、そんな風にやってたのしい?」
「ぅ……そ、それは……」
「今日、おまえの彼氏って遅刻したじゃん、それも30分。ふつうに考えると、それだけ遅れて平然というのは問題があるんだ。でも五月は何も言わなかったどころか、わたしも今来たところってウソを言った」
「そ、それは……事を荒立てたくなかったから」
「なんで? 悪いのは向こうなんだぞ?」
「で、でも……わたしが許せば平和に解決すると思って」
「おまえ、多分そんな感じでずーっと何も言えない女をやってきたんじゃないか?」
久しぶりに食うポテチはうまいもんだと味わいながら、息吹は五月に対してダメだしを続けた。まるで都合良く動くためにつくられたお人形さんだとか、自分の心を殺すために努力する気の毒な女とか言い並べる。
「で、でも……」
「でも?」
「わ、わたしたちは両想いだからいいじゃないですか」
「ふむ……ほんとうにそうかな?」
「なんですか、ちがうとか言うんですか?」
「たとえ両想いでも歪んだら意味はないぞ? 拘束とか自己犠牲とかで成り立つ両想いなんか野生動物でもやらないって話だ」
息吹曰く、五月の彼氏はまちがいなく自分の彼女を甘く見ている。たとえ彼女の事を好きだとしても、その感情にある糖分はまちがいなく多すぎる範囲。だから心のありかたがあまり良くなく、対等のパートナーとして見る度合いはこれからどんどん下がるだろうと息吹は断言する。
「おれは思うんだが……」
「な、なんですか?」
「このままだとおまえ、正しく愛されないぞ」
「そ、そんな」
「で、五月も心の病を抱えた女になる。だったらどうだろう、いっそ別れたらどうだ? それもひとつの手だと思うんだが」
「どうして別れるのがひとつの手なんですか?」
「別れても同じ事をくり返すかもしれない。だが……今の彼氏と付き合う中で、対等の付き合いを要求し必要とあらば相手にビンタする事ってできるか? 今日の五月を見た限りではできないとおれは思う。だったらリセットすらできない。五月、いまは高1で時間は自分の味方とか思うかもしれないが、年なんてあっという間に取るぞ」
「い、息吹さんってまだ若いはず。そんな年寄りみたいなセリフ……」
「でも死んでしまうと、モノの見方が変わってしまうんだ」
室内に高濃度な気まずさが渦巻き始める。そしてそれは明日も明後日も変わることのできない日常へつながっていると感じさせて止まない。
「なんならおれが彼氏と話をしてもいいぞ」
息吹はここでひとつ提案した。自分は五月の親戚などと偽り彼氏と話をする。五月と別れてくれ! でもいいし、五月の事をあまり軽々しく考えるなと忠告するでもいいぞと伝える。
「それに五月の彼氏とちょっと話をしてみたい気もしているから」
「そ、それはダメです!」
「なんで?」
「親戚とか偽るのはべつにいいです。だけどそれをやってしまうと、なんだおまえって彼氏から白い目で見られてしまう」
「それってひとつのチャンスだ」
「どういう意味ですか?」
「親戚を挟んだのは悪かったとまず謝ってから、でも自分もちょっと苦しかったと打ち明ければいい。そこで言いたい事を全部吐いて、以後は二度と都合のいい女はやらないと宣言しすればいいんだ。もし理解してくれないなら別れるとか言えばいい」
「だ、だけど……それって嫌われる可能性がありますよね……」
「五月、おまえは彼氏に何を好いて欲しいって言うんだ。ひとつ忠告してやる。人間っていうのはファーストインパクトがすべて。もっと後になって、五月が苦しさに耐えられずほんとうの自分を彼氏に見せた時、どう言われると思う? なんだ五月、そんなのおまえらしくないじゃないか、どうしたんだよ? だぞ。いいのかそれでも。今ならまだ間に合う。思いっきり彼氏と衝突しろ。それ以外におまえの心がまっすぐになる道はない」
「ぅ……」
2人の話し合いはその後も、盛り上がりそうで盛り上がらない感じをずーっと漂った。五月は何回も息吹の話を聞いてキモチを高ぶらせた。しかしグッと勢いづきそうになると、同じ勢いで上昇を抑え込む。爆発しそうで爆発できないその重苦しさというのは、よっぽどもよっぽどまで追い込まれないと導火線に着火出来ない悲しさそのもの。
「いい女なのに勿体ないなぁ」
サイダーをグビグビっとやりながら、お気の毒! って目を五月に向ける。
「わ、わたしは自分の生き方に後悔みたいなモノは持っていませんから」
相手以上にやけ酒のごとくサイダーをガボガボやりながら息吹を見る。そんな女子からは言いたい事をぶっ放したいという欲望を自ら殺した事でたどり着いた感がハンパなく湧き上がる。
「ふわ……」
およそ90分、密度ある話し合いのようで着地点はなかった。そういう物悲しさに疲れたと言わんばかり息吹が床にゴロっとする。
「ね、ねぇ息吹さん」
「うん?」
「も、もし、もしですよ? ほんとうに仮の話ですけど、わたしが彼氏と別れたらつき合ってくれますか?」
「え、なんでおれと?」
「い、息吹さんだったら……わたしを包んでくれそうな気がするから」
「ごめん、パス」
「どうしてですか! わたしの事をいい女って言ったじゃないですか」
「言ったけど、その後に勿体ないなぁとも言った。そこに答えがあるんだよ」
「むぅ……」
こんなやり取りをしてから10分後、息吹はそろそろお暇するよと立ち上がる。そして、時々は話し相手になってくださいと言った五月を見て哀れだなと思わずにいられなかったりする。
「じゃぁ、おやすみ」
ひとまず五月の部屋から出た息吹、夜の星空を見上げて決めた。五月の彼氏と一度話をしようと。それは五月のためという部分もあるが、都合のいい女を彼女に持ち手放さない男の考えというのも聞いてみたいと思ったからだった。
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