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4・ホストに夢中な女2
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4・ホストに夢中な女2
先日、息吹と出会いたっぷり話をした詩空であったが、その翌日である本日、喫茶店でのアルバイトが終わった後、とある消費者金融の自動契約機にたどり着いていた。それは午後5時30分くらいの話だ。
「息吹……いる?」
自転車を止めた詩空、人目を避けるようにして横道に入ってから声を出す。
「あぁ、いる」
ふっと近くにある電柱から姿を現す息吹。
「わたし、消費者金融に行くよ。明日、マーズ火山の店に行くんだけど、貯金残高が不安。だからイザという時のために、今日カードをつくる」
詩空はやわらかいかわいさを表情に込めるのが上手であるが、言っている事はとても危なっかしい。昨日あれだけ会話したのにダメなのか……と息吹は思ったが、しかしあきらめずに食い込んでみる。
「詩空、おまえホストクラブに行っていくらくらい使うんだ?」
「わたしはだいたい4万から6万くらい」
「店に行く回数は?」
「月に1回を基本としているけど、たまに2回……でも3回は行かない。行きたいけどお金が苦しくなるからガマン」
「けっこう理性的じゃんかよ。だったら、今宵にカードを作るのは止めたらどうだ? せっかく自分をコントロールできているんだ、それを自ら崩して落ちぶれる必要なんてない。今ならまだ間に合う」
「でも、イザという時のために……」
「あぁもう、どうしてなんだよ、どうしてそんなかわいい顔をして、聞き分けがよさそうな女の子って見た目のくせして、人の忠告をことごとく蹴り飛ばすんだよ」
「だって女だもん……」
「はぁ?」
「ホストの人は言ってくれる。女の子はワガママでもいいんだよって」
「いや、そうかもしれないけど、ワガママと自滅は意味がちがう」
「とにかく使いすぎなければいいんだよ」
「そういう考えでみんな堕落するんだけどな」
「わたしはだいじょうぶ!」
結局、男の忠告は何ひとつ女の豊満な胸には入らなかった。そしてそれは息吹に前例のないくやしさを感じさせた。
「説得してもわからないバカは勝手に死んでしまえ……とか以前は思っていたけど、いまのおれは何とかしてわからせたいとか考えている。ったくなんだよこれ、まるであいつの保護者にでもなったようなキブンだ」
詩空が入っていった建物、消費者金融の自動契約機が置かれている空間を外から眺め、いったいどう言えばあの頭が変わるのかと考え込んでしまう。
「はい、時間はだいじょうぶです」
詩空はきれいな机を前に座り、自分を見つめるカメラに向かってつぶやいた。無人契約などと言いながら、まるで監視される罪人みたいなモノ。されど金を借りたい者にとってみれば、対面しないありがたさは恥じらいを消してくれる。詩空は生まれて初めて契約するのだが、おどろくほど淡々と作業は進んだ。そこでは沸いてしかるべき警戒心も出て来ない。
「お客様」
「はい」
「自宅電話番号の確認として、匿名で自宅に電話させてもらいたいのですが、よろしいですか?」
「わかりました」
こんな感じでテンポのいいポップミュージックアルバムを聴くみたいにして、どんどん契約作業が完了に近づいていく。そして幸か不幸か……詩空の契約は無事に終了。見た目立派な悪魔カードが出たわけであるが、それを機会に挿入すると最大50万円まで好きな時に引き出せる。いや、正確には好きなときに好きなだけ借金ができる。
(やった、これで安心)
あまりにも見事にサクっと終わったことにより、自分が危険物を所有しているという感覚はない。もっとも救いだったのは、個室から出て店の外へ出るまでの間、機械を前に立ち止まらなかったこと。今日は無理にお金を下ろさなくてもいいという考えが働いたので、詩空は余計な重みを背負うことなく、まだきれいな体で店外に出た。
「詩空……待っていた」
「い、今さら言っても遅いからね、もうカードは作ったからね」
「でも、まだ金は下ろしていないんだろう?」
「う、うん」
「だったら不幸中の幸い。カードを持つだけならだいじょうぶ。それより詩空、ちょっと頼みがある」
「頼み?」
「おまえ、デジカメとか……あるいはお古のスマホとか持っていないか?」
「お古のスマホは持っているけど……どうしたの?」
「それ貸してくれ」
息吹曰く、それで詩空が入れ込んでいるマーズ火山を撮影する。仕事中の姿ではなく、仕事が終わった後の、いわゆる夢の仮面が剥がれたときの表情を映す。
「え……」
「見たいと思わないか?」
「み、見たいとは思うけど……」
「どうした? 震えてるぞ」
「だ、だって……見たいとは思いつつ、見ない方がいいような気もして」
「でもなぁ詩空、おまえ消費者金融でカードを作るほどマーズに入れ込んでいる。そこまでするなら真の表情っていうのを見たらどうだ。クサい言い方をするけど、おまえのキモチがきれいな愛で大正解なら、真実を見たって揺るがないと思うけどな」
少し無言の時間が流れたが、息吹のこの申し出は詩空の中にある興味をがっちりつついたようだ。
「わかった……じゃぁ後で取りに来て。あ、だけど撮影は明後日にして。なぜってわたし、明日はマーズ火山の店に行くから」
昨日に詩空の家は教えてもらっていた。詩空は話し相手としての息吹が欲しいと思ったので迷わず教えたわけである。
「じゃぁ後で取りに行く」
息吹、そう言って詩空とはちがう方向へ歩き出そうとした。何かをやる前はちょいブラブラして意識をしっかりまとめるのが息吹の特徴。でもふっと立ち止まり振り返ったら、忠告の一言を放っておく。
「なぁ、詩空……」
「な、なに?」
「多分というよりはまちがいなく……おまえ、家に帰ったらいくつかウソを吐かなきゃいけなくなるぞ。誰にといえば自分の親にだ。少しくらいは胸が痛いと思った方がいいって事は言っておく」
「ど、どういうこと?」
「家に帰ればすぐわかる」
「あ……」
とても気になった詩空だったが、息吹が四次元に入って姿を消したので、急に捨てられたみたいなキブンが豊かな胸の内に沸く。
「ウソを吐かなきゃいけない? 親に? どうして……」
自転車を自宅に向けて転がしながら何度もつぶやいていた。普段なら路面から伝わる振動によって豊満なバストが大きく揺れたりしないよう注意しながら運転するのだが、今は息吹の言った事で頭がいっぱいになっている。
そして午後6時50分、いつも通り的に自宅へたどりつく。自転車を定位置に置きカギをかけ、玄関のドアを開けたらただいま! と言う。ここまではなんら変わらない日常のマンネリ。でも今宵はちょっとちがった。
「詩空、ちょっと来い」
二階の書斎兼マイルームというところから父の声が聞こえた。それは怒っているようには聞こえないが、あまり心地よい響きでもない。もし父が先生だというなら、詩空という名の生徒は何か悪い事したっけ? と不安になるような音色。
「ただいま、どうしたの?」
手洗いにうがいを済ませてから父の書斎に出向いた。
「さっき変な電話があった」
父が言ったとき、シュワーっと詩空の胸にヤバい! というキモチが吹き上がる。しかしそれを表に出さないどころか、変な電話? と怪訝な表情を作ったのは神か悪魔が味方しているゆえのファインプレー。
「変ってどんな風に?」
「詩空さんいますか? と言うんだが、どなたですか? と聞いてもあいまいな感じ。おまえ、なんか変なやつと付き合っているって事はないよな?」
「ないない、そんなのあるわけない」
やれやれとあきれた笑みを浮かべながら両手の平を振って見せた。それからおもむろに、今はどこに自分の情報が流れているかわからないから、わたしも色々注意しなきゃいけないんだなぁとつぶやく。
「そうか、うたぐってすまなかった、ただそれだけなんだ」
父は娘の言葉をとっても素直に信じた。いやそれだけではない。すまなかったと謝ったあげく、その際にとても純情な安心という顔を見せたのである。娘が白だと根底から信じて疑わないその姿は、灰色になりかけている娘の胸に見えないボールをぶつけたみたいな感じをもたらす。
詩空、となりにある自分の部屋に入った。そして閉めるとすぐさまクルっと回り、白いドアに額をクッと押し付ける。それから右手で大変に豊かでやわらかい弾力いっぱいというボリュームをつかみハァハァと苦しそうな呼吸をする。
「こ、これが息吹の言っていた事なのかな……」
脳と心のつながりにエラーが発生したように思えた。良心という言葉を背負った心臓が痛む。父のあの安心したときに見せた顔を思い返すと、自分がとてつもなくうす汚いという気がして叫び声をあげたくなる。
が、しかし……ホストクラブに行きたい、マーズ火山に会いたい、それらのよっきゅやら恋焦がれ、さらには明日の夜は遊びに行くんだ! という思いがシュルシュルっと伸びてきたあげく胸の痛みを和らげる。父に申し訳ないという考えではなく、ホストクラブに行くというよろこびが勝る。だからすぐさま、落ちぶれなればいいんだ開き直ってしまう自分がいた。それから数時間後、夕飯を済ませパソコンでネットサーフィンなどもたっぷりやった詩空はオフロに入る事とする。
「えっと……明日のホストクラブは貯金の残りでいける。使いすぎなければまだだいじょうぶ。消費者金融のカードを使うのは出来るだけ後にしないとね」
サイフから取り出した銀行の明細書を見て、早く明日の夜にならないかなぁと胸をワクワクさせた後、明細書たる小さな紙を丸め洗面所の小さなゴミ箱に入れたのであった。そして何食わぬ顔でフロを済ませた。
「詩空、ちょっと……」
午後11時45分。そんな時間に母が詩空部屋のドアをコンコンとやった。
「どうしたの?」
てっきり洗濯物を届けてきたくらいにしか思っていなかったが、ドアを開けて母の顔を見ると急速な緊張が走る。
「ねぇ、詩空……これってなに?」
母は娘の部屋に入ってドアを閉めてから、ふろ場で拾った明細書を見せる。ゴミ箱から床にこぼれて落ちたのを母が拾ったのだ。
「そ、それはほら、銀行の明細書」
何も悪くない、何の問題もないと詩空は冷静さを装う。だが子を思う親の心配というのは、子にとって触られたくない部分にまで及ぶ。
「これ、おかしくない?」
「お、おかしいって何が?」
「だってそうでしょう、詩空……あなた普段豪快に遊び歩いているようには思えない。ごくたまに夜更かしする事があるけど、ふつうの範囲かとわたしもお父さんも思っている。そしていまのところ、詩空にはものすごくたくさんの交流があるようにも見えないし、何か習い事をやっているわけでもないし、買い物三昧しているようにも見えない。それからすると残高が少なくない?」
「え?」
「あなたが毎日のごとくアルバイトをやっていて、ドハデに遊んでいるように見えない事からすると、もうちょいお金があってもいいはず。それからすると少ない、ちがう?」
「そ、そんな事はないよ」
詩空、母からするどく斬り込まれはげしく焦りかけた。しかしここでもいたってふつうを演じる事が見事にできてしまう。
「いやぁ、お母さん、今どきは何やってもお金ってかかるんだよ。それにほら、女だから服どころか下着でもお金がかかるじゃん。まして……わたしみたいに爆乳だとブラのサイズに比例して値段も高くなるのは知っているでしょう?」
「ほんとうにそれだけ?」
「うん、それだけ」
「たとえば悪い男が付いているとかじゃなくて?」
「男ができたらもうちょいフェロモンが出るよ、そう思わない?」
「まぁ、そう言われたらそうだなぁとは思うけど」
「でしょう? だいじょうぶ、心配しないで」
母をうまく退けた。でもそれは自分を心配してくれる存在をウソで払いのけたということであり、母が部屋から出るとまた胸が苦しくなる。
「よぉ、詩空」
コンコンとベランダ側の小さい窓をノックするのは息吹。いきなり詩空部屋に出現することもできるが、それは女に対する配慮がないと詩空に言われたので、こういう面倒くさい事をする。
「息吹……」
「ウソで胸が痛いってか?」
「わかるの?」
「消費者金融でカードを作ったりすればな」
「ねぇ、息吹……」
「なんだよ、急に甘えたな声を出して」
「話し相手になって、慰めて……」
「甘えたさんだなぁ詩空は……」
「女の子は甘えたでもいいんだよ、そうでしょう?」
「いいけどな、でも、どこかで少しくらいは自分の強さも持たないと。で、お古のスマホを取りに来たんだ、貸してくれ」
「はい、これ」
「じゃぁ、おれは今からマーズを撮影してくる」
「待って、撮影は明後日でいいじゃん。今宵はわたしが眠るまで部屋にいて。罪悪感で胸が痛いから、それが収まるまでお守して」
「やれやれ……」
こうして息吹は自分とほとんど年齢のかわらない爆乳女子が胸の痛みを乗り越え眠りに入るまで、ベッドの横に腰を下ろし話し相手になった。そして夜中も2時頃になってようやく詩空が寝入ったのでお役ご免となる。
「まったくもう……高校生の爆乳女子かよおまえは……」
息吹が立ってベッドを見下ろすと、そこにはパジャマ姿でかわいく寝入る女の姿がある。ボタンが外れているのでふっくらやわらかそうな谷間が見えており、寝相の悪さもあって無防備も度が過ぎているとしか言えない。息吹ならだいじょうぶと信頼しているのかもしれない。だが息吹はそれを精神年齢に問題ありとつぶやく。
「こういう純真のまま30歳とかになったらどうなる……って、おれを殺したあの女、姫みたいになるというんだろうか。いやいや、それはダメだ。詩空、おまえはああいう女になるなよ」
だらしなく乱れている掛布団をまっすぐかけてやったが、ここで急にさみしさが沸いてきた。自分は現世によみがえったとかいっても変な形でのこと。だからして行く場所がない。別に寝てもいいのだろうが、健康なんぞに気を使う必要もないから寝なくてもだいじょうぶ。しかしそうなると独りぼっちのハミ出し感がすさまじい。
「ん……」
いまかわいく寝入っている女子の頬にそっと手を当てた。するとさみしいからという理由で詩空とセックスしたいなんて意識が沸きそうになる。
「さみしさかぁ……生きている時は散々バカにしていたような気がするのに、今の自分は侮れないモノだと感じたりしている。でもだからって……詩空を巻き添えにしてはいけないよぁ」
仕方ない、でも許される範囲でやらせてくれ! ということで、寝ている女の頬にほんの一瞬だけ口づけをした。
先日、息吹と出会いたっぷり話をした詩空であったが、その翌日である本日、喫茶店でのアルバイトが終わった後、とある消費者金融の自動契約機にたどり着いていた。それは午後5時30分くらいの話だ。
「息吹……いる?」
自転車を止めた詩空、人目を避けるようにして横道に入ってから声を出す。
「あぁ、いる」
ふっと近くにある電柱から姿を現す息吹。
「わたし、消費者金融に行くよ。明日、マーズ火山の店に行くんだけど、貯金残高が不安。だからイザという時のために、今日カードをつくる」
詩空はやわらかいかわいさを表情に込めるのが上手であるが、言っている事はとても危なっかしい。昨日あれだけ会話したのにダメなのか……と息吹は思ったが、しかしあきらめずに食い込んでみる。
「詩空、おまえホストクラブに行っていくらくらい使うんだ?」
「わたしはだいたい4万から6万くらい」
「店に行く回数は?」
「月に1回を基本としているけど、たまに2回……でも3回は行かない。行きたいけどお金が苦しくなるからガマン」
「けっこう理性的じゃんかよ。だったら、今宵にカードを作るのは止めたらどうだ? せっかく自分をコントロールできているんだ、それを自ら崩して落ちぶれる必要なんてない。今ならまだ間に合う」
「でも、イザという時のために……」
「あぁもう、どうしてなんだよ、どうしてそんなかわいい顔をして、聞き分けがよさそうな女の子って見た目のくせして、人の忠告をことごとく蹴り飛ばすんだよ」
「だって女だもん……」
「はぁ?」
「ホストの人は言ってくれる。女の子はワガママでもいいんだよって」
「いや、そうかもしれないけど、ワガママと自滅は意味がちがう」
「とにかく使いすぎなければいいんだよ」
「そういう考えでみんな堕落するんだけどな」
「わたしはだいじょうぶ!」
結局、男の忠告は何ひとつ女の豊満な胸には入らなかった。そしてそれは息吹に前例のないくやしさを感じさせた。
「説得してもわからないバカは勝手に死んでしまえ……とか以前は思っていたけど、いまのおれは何とかしてわからせたいとか考えている。ったくなんだよこれ、まるであいつの保護者にでもなったようなキブンだ」
詩空が入っていった建物、消費者金融の自動契約機が置かれている空間を外から眺め、いったいどう言えばあの頭が変わるのかと考え込んでしまう。
「はい、時間はだいじょうぶです」
詩空はきれいな机を前に座り、自分を見つめるカメラに向かってつぶやいた。無人契約などと言いながら、まるで監視される罪人みたいなモノ。されど金を借りたい者にとってみれば、対面しないありがたさは恥じらいを消してくれる。詩空は生まれて初めて契約するのだが、おどろくほど淡々と作業は進んだ。そこでは沸いてしかるべき警戒心も出て来ない。
「お客様」
「はい」
「自宅電話番号の確認として、匿名で自宅に電話させてもらいたいのですが、よろしいですか?」
「わかりました」
こんな感じでテンポのいいポップミュージックアルバムを聴くみたいにして、どんどん契約作業が完了に近づいていく。そして幸か不幸か……詩空の契約は無事に終了。見た目立派な悪魔カードが出たわけであるが、それを機会に挿入すると最大50万円まで好きな時に引き出せる。いや、正確には好きなときに好きなだけ借金ができる。
(やった、これで安心)
あまりにも見事にサクっと終わったことにより、自分が危険物を所有しているという感覚はない。もっとも救いだったのは、個室から出て店の外へ出るまでの間、機械を前に立ち止まらなかったこと。今日は無理にお金を下ろさなくてもいいという考えが働いたので、詩空は余計な重みを背負うことなく、まだきれいな体で店外に出た。
「詩空……待っていた」
「い、今さら言っても遅いからね、もうカードは作ったからね」
「でも、まだ金は下ろしていないんだろう?」
「う、うん」
「だったら不幸中の幸い。カードを持つだけならだいじょうぶ。それより詩空、ちょっと頼みがある」
「頼み?」
「おまえ、デジカメとか……あるいはお古のスマホとか持っていないか?」
「お古のスマホは持っているけど……どうしたの?」
「それ貸してくれ」
息吹曰く、それで詩空が入れ込んでいるマーズ火山を撮影する。仕事中の姿ではなく、仕事が終わった後の、いわゆる夢の仮面が剥がれたときの表情を映す。
「え……」
「見たいと思わないか?」
「み、見たいとは思うけど……」
「どうした? 震えてるぞ」
「だ、だって……見たいとは思いつつ、見ない方がいいような気もして」
「でもなぁ詩空、おまえ消費者金融でカードを作るほどマーズに入れ込んでいる。そこまでするなら真の表情っていうのを見たらどうだ。クサい言い方をするけど、おまえのキモチがきれいな愛で大正解なら、真実を見たって揺るがないと思うけどな」
少し無言の時間が流れたが、息吹のこの申し出は詩空の中にある興味をがっちりつついたようだ。
「わかった……じゃぁ後で取りに来て。あ、だけど撮影は明後日にして。なぜってわたし、明日はマーズ火山の店に行くから」
昨日に詩空の家は教えてもらっていた。詩空は話し相手としての息吹が欲しいと思ったので迷わず教えたわけである。
「じゃぁ後で取りに行く」
息吹、そう言って詩空とはちがう方向へ歩き出そうとした。何かをやる前はちょいブラブラして意識をしっかりまとめるのが息吹の特徴。でもふっと立ち止まり振り返ったら、忠告の一言を放っておく。
「なぁ、詩空……」
「な、なに?」
「多分というよりはまちがいなく……おまえ、家に帰ったらいくつかウソを吐かなきゃいけなくなるぞ。誰にといえば自分の親にだ。少しくらいは胸が痛いと思った方がいいって事は言っておく」
「ど、どういうこと?」
「家に帰ればすぐわかる」
「あ……」
とても気になった詩空だったが、息吹が四次元に入って姿を消したので、急に捨てられたみたいなキブンが豊かな胸の内に沸く。
「ウソを吐かなきゃいけない? 親に? どうして……」
自転車を自宅に向けて転がしながら何度もつぶやいていた。普段なら路面から伝わる振動によって豊満なバストが大きく揺れたりしないよう注意しながら運転するのだが、今は息吹の言った事で頭がいっぱいになっている。
そして午後6時50分、いつも通り的に自宅へたどりつく。自転車を定位置に置きカギをかけ、玄関のドアを開けたらただいま! と言う。ここまではなんら変わらない日常のマンネリ。でも今宵はちょっとちがった。
「詩空、ちょっと来い」
二階の書斎兼マイルームというところから父の声が聞こえた。それは怒っているようには聞こえないが、あまり心地よい響きでもない。もし父が先生だというなら、詩空という名の生徒は何か悪い事したっけ? と不安になるような音色。
「ただいま、どうしたの?」
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「変ってどんな風に?」
「詩空さんいますか? と言うんだが、どなたですか? と聞いてもあいまいな感じ。おまえ、なんか変なやつと付き合っているって事はないよな?」
「ないない、そんなのあるわけない」
やれやれとあきれた笑みを浮かべながら両手の平を振って見せた。それからおもむろに、今はどこに自分の情報が流れているかわからないから、わたしも色々注意しなきゃいけないんだなぁとつぶやく。
「そうか、うたぐってすまなかった、ただそれだけなんだ」
父は娘の言葉をとっても素直に信じた。いやそれだけではない。すまなかったと謝ったあげく、その際にとても純情な安心という顔を見せたのである。娘が白だと根底から信じて疑わないその姿は、灰色になりかけている娘の胸に見えないボールをぶつけたみたいな感じをもたらす。
詩空、となりにある自分の部屋に入った。そして閉めるとすぐさまクルっと回り、白いドアに額をクッと押し付ける。それから右手で大変に豊かでやわらかい弾力いっぱいというボリュームをつかみハァハァと苦しそうな呼吸をする。
「こ、これが息吹の言っていた事なのかな……」
脳と心のつながりにエラーが発生したように思えた。良心という言葉を背負った心臓が痛む。父のあの安心したときに見せた顔を思い返すと、自分がとてつもなくうす汚いという気がして叫び声をあげたくなる。
が、しかし……ホストクラブに行きたい、マーズ火山に会いたい、それらのよっきゅやら恋焦がれ、さらには明日の夜は遊びに行くんだ! という思いがシュルシュルっと伸びてきたあげく胸の痛みを和らげる。父に申し訳ないという考えではなく、ホストクラブに行くというよろこびが勝る。だからすぐさま、落ちぶれなればいいんだ開き直ってしまう自分がいた。それから数時間後、夕飯を済ませパソコンでネットサーフィンなどもたっぷりやった詩空はオフロに入る事とする。
「えっと……明日のホストクラブは貯金の残りでいける。使いすぎなければまだだいじょうぶ。消費者金融のカードを使うのは出来るだけ後にしないとね」
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「詩空、ちょっと……」
午後11時45分。そんな時間に母が詩空部屋のドアをコンコンとやった。
「どうしたの?」
てっきり洗濯物を届けてきたくらいにしか思っていなかったが、ドアを開けて母の顔を見ると急速な緊張が走る。
「ねぇ、詩空……これってなに?」
母は娘の部屋に入ってドアを閉めてから、ふろ場で拾った明細書を見せる。ゴミ箱から床にこぼれて落ちたのを母が拾ったのだ。
「そ、それはほら、銀行の明細書」
何も悪くない、何の問題もないと詩空は冷静さを装う。だが子を思う親の心配というのは、子にとって触られたくない部分にまで及ぶ。
「これ、おかしくない?」
「お、おかしいって何が?」
「だってそうでしょう、詩空……あなた普段豪快に遊び歩いているようには思えない。ごくたまに夜更かしする事があるけど、ふつうの範囲かとわたしもお父さんも思っている。そしていまのところ、詩空にはものすごくたくさんの交流があるようにも見えないし、何か習い事をやっているわけでもないし、買い物三昧しているようにも見えない。それからすると残高が少なくない?」
「え?」
「あなたが毎日のごとくアルバイトをやっていて、ドハデに遊んでいるように見えない事からすると、もうちょいお金があってもいいはず。それからすると少ない、ちがう?」
「そ、そんな事はないよ」
詩空、母からするどく斬り込まれはげしく焦りかけた。しかしここでもいたってふつうを演じる事が見事にできてしまう。
「いやぁ、お母さん、今どきは何やってもお金ってかかるんだよ。それにほら、女だから服どころか下着でもお金がかかるじゃん。まして……わたしみたいに爆乳だとブラのサイズに比例して値段も高くなるのは知っているでしょう?」
「ほんとうにそれだけ?」
「うん、それだけ」
「たとえば悪い男が付いているとかじゃなくて?」
「男ができたらもうちょいフェロモンが出るよ、そう思わない?」
「まぁ、そう言われたらそうだなぁとは思うけど」
「でしょう? だいじょうぶ、心配しないで」
母をうまく退けた。でもそれは自分を心配してくれる存在をウソで払いのけたということであり、母が部屋から出るとまた胸が苦しくなる。
「よぉ、詩空」
コンコンとベランダ側の小さい窓をノックするのは息吹。いきなり詩空部屋に出現することもできるが、それは女に対する配慮がないと詩空に言われたので、こういう面倒くさい事をする。
「息吹……」
「ウソで胸が痛いってか?」
「わかるの?」
「消費者金融でカードを作ったりすればな」
「ねぇ、息吹……」
「なんだよ、急に甘えたな声を出して」
「話し相手になって、慰めて……」
「甘えたさんだなぁ詩空は……」
「女の子は甘えたでもいいんだよ、そうでしょう?」
「いいけどな、でも、どこかで少しくらいは自分の強さも持たないと。で、お古のスマホを取りに来たんだ、貸してくれ」
「はい、これ」
「じゃぁ、おれは今からマーズを撮影してくる」
「待って、撮影は明後日でいいじゃん。今宵はわたしが眠るまで部屋にいて。罪悪感で胸が痛いから、それが収まるまでお守して」
「やれやれ……」
こうして息吹は自分とほとんど年齢のかわらない爆乳女子が胸の痛みを乗り越え眠りに入るまで、ベッドの横に腰を下ろし話し相手になった。そして夜中も2時頃になってようやく詩空が寝入ったのでお役ご免となる。
「まったくもう……高校生の爆乳女子かよおまえは……」
息吹が立ってベッドを見下ろすと、そこにはパジャマ姿でかわいく寝入る女の姿がある。ボタンが外れているのでふっくらやわらかそうな谷間が見えており、寝相の悪さもあって無防備も度が過ぎているとしか言えない。息吹ならだいじょうぶと信頼しているのかもしれない。だが息吹はそれを精神年齢に問題ありとつぶやく。
「こういう純真のまま30歳とかになったらどうなる……って、おれを殺したあの女、姫みたいになるというんだろうか。いやいや、それはダメだ。詩空、おまえはああいう女になるなよ」
だらしなく乱れている掛布団をまっすぐかけてやったが、ここで急にさみしさが沸いてきた。自分は現世によみがえったとかいっても変な形でのこと。だからして行く場所がない。別に寝てもいいのだろうが、健康なんぞに気を使う必要もないから寝なくてもだいじょうぶ。しかしそうなると独りぼっちのハミ出し感がすさまじい。
「ん……」
いまかわいく寝入っている女子の頬にそっと手を当てた。するとさみしいからという理由で詩空とセックスしたいなんて意識が沸きそうになる。
「さみしさかぁ……生きている時は散々バカにしていたような気がするのに、今の自分は侮れないモノだと感じたりしている。でもだからって……詩空を巻き添えにしてはいけないよぁ」
仕方ない、でも許される範囲でやらせてくれ! ということで、寝ている女の頬にほんの一瞬だけ口づけをした。
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