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3・ホストに夢中な女1

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3・ホストに夢中な女1


「しかし……なんともさみしいキモチになってしまう」

 一度死んだ家満登息吹、再び現世に戻ってきた。しかし基本的にはまず四次元という空間にいる。人を好きになって悩んだり、物事に苦悩する人間の心に寄り添え! という命令を閻魔大王の娘より受けた。だからして救う対象出現! と脳内のアンテナが反応しない限り、やる事のない脱力感に苛まれる。だったら命令なんぞに従わず、ずっと四次元をブラブラしていればいいと思いきや、それがそういうわけにもいかなかった。なんせ四次元は便利でファンタジーっぽい反面、誰にも相手されないという物悲しさがつよい。

「アンテナが反応しないかなぁ」

 明るい太陽の元、午前10時にぼやかずにいられなかった。本日は青天。空気はきれいで世の中には活力という文字があっちこっちに浮かんでいる。大勢の人間が行き交い、コンビニだのファーストフードだの、いろんな店が客の到来を待ち構えている。そして車やバイクの行き交う音が止まることなく流れる。

 しかし息吹の姿は誰にも見えない。三次元の人間が四次元を意識することは不可能であるからして、よみがえった男の姿や存在は誰も感じ取れない。するとどうだろう、宇宙飛行士が感じると同じかそれ以上の孤独が胸に沸く。

「これが独りぼっちってキブン……かぁ……」

 三次元の人間に知られることなく、見られることなく感じられることもない息吹、誰かとコミュニケーションしたい願望に襲われていた。現世に戻ってまだ数時間しか経っていないのだが、それが絶望的に長いと感じている。

「ったく、一人のホストが刺され殺されたっていうのに世の中全体は平和。そして甦って世に交われないおれは宇宙のゴミにでもなったようなキブン。やばいぞ、この胸に穴が開いたような粘着性あるさみしさは」

 そんな風につぶやく家満登息吹だが、彼は孤独にはまったくもって不慣れな男であった。彼が歩んできた人生からして孤独癖になる可能性はとても低い。

 小学生3年生で中学生の女子と初体験。それで女体がもたらす快感に目覚めたと同時に、不思議なくらい女にモテるので人生にバラが咲く。毎日のようにいろんな女とつきあいセックス三昧。それでいて意外と多くの友人がいて、親との関係がドロドロのクソになっても気にしないで済むほど女に恵まれていたから、さみしいなんて感情を抱いたことはこれまでただの一度もなかった。

「ふわぁ……」
太陽に包まれた世の中の明るさがおそろしく冷たいと感じながら、目的地などなくさまよっていたら、ふっと脳がジリジリっと刺激を受ける。孤独と退屈で生腐りみたいになっていた感覚がよみがえったようシャキッとする。

(ん……)

 ひとまず立ち止まり、グルーっと回って世界を見つめてみた。どこに誰がいておれが面倒を見てやらねばいけなんだ? と思っていたら左側が気になった。

(あれか?)

 前方にショートヘアーのふっくらしたフォルムの女が一人立っている。

(よし)

 やっと誰かと話ができると思ったら、生まれて初めて少しうれしいような気がした。ゆっくり歩きながら近付いていくと、女から浮かぶやや脂っぽいよろしくない感情が伝わってきたので、この女が救済の対象だと息吹は確信。

「んぅ……」

 モノクロチェックのワンピースを纏い、スマホを見つめながら何度も声を出したりキョロキョロする女は推定20歳くらい。白に黒が混じるというメッシュなショートボブでふっくらとした顔立ち、そしてワンピースの豊満でやわらかそうなふくらみ具合からして相当な爆乳女子

 息吹、女に声をかけようと思ったが、ちょいとばっかり観察してみることにした。誰かを待っているのかな? と一瞬思ったからだ。

 しかし、かなりの時間が流れたが爆乳女子の元に誰かがやって来るって展開はない。やたらとスマホを見ては落ち着かないが、スマホは待ち受け画面のまま。メールも電話も実はやっていないのである。

(こいつ、いったいなにしてるんだ?)

 謎の宇宙人か! と突っ込みたくなったが、なんとなくうっすらと疑問という霧が晴れてきた。もしかするとこの女、誰かを待っているような素振りをしながら、実は眼前にある消費者金融ってスペースに入りたいのではないか? と息吹は読む。

 女はその後も20分くらい誰かを待っているみたいにソワソワしていたが、さすがに疲れたのかスマホをたすき掛けしているグレーのバッグに入れて歩きだそうとした。

「あん……」

「おっと……」

 女と息吹が真正面にぶつかる。ボワン! と大きく揺れた女のふくらみが息吹に当たる。その豊満さとやわらかい弾力のキモチよさは絶品。

「ご、ごめんなさい……」

 女はとても慌てて謝る。その姿勢はとても素直であるが、どことなく精神がやや幼いという風に感じさせもした。

「いや、こちらこそ、ごめんな」

 息吹は大変にグラマーな女をすんなり許し、ほんのちょっと軽く微笑んで見せたりした。するとそこで目が合った女の顔がポッと赤くなる。これに関しては特殊能力がどうのではない。家満登息吹という男が生まれつき持った天性の魅力。小学3年生に初体験していらい花が開き、多くの女がすぐ彼に興味を持ってしまう。

「あのさぁ、ちょっとあそこで話でもしない?」

 息吹、すぐ近くにあるマクドナルドに左人差し指を向けた。

「あ、はい……いいですよ、時間はありますから」

 女子はテレくさそうにニコっとやって同意。かくして2人は傍から見れば微笑ましいカップルとして横並びに歩き出す。

「あの、名前は?」

「おれ? 家満登息吹」

「わたしは星野詩空(しずく)です」

 互いに自己紹介をしながらマックに到着。午前11時になっていないので客は少ない。それゆえ、注文した品が乗せられたトレーを持って2階へ到着するまでに時間はかからなかった。

「よいしょっと」

 詩空はトレーを白いテーブルの上に置き、安産型のお尻をイスに落とす。そうして向かいに座った息吹に目をやり、先に何かしゃべってくれませんか? とお願いした。

「よくウソっぽいって言われるんですけど、これでけっこう緊張しやすい性質なんです。しゃべるよりは聞く方が得意という女なんです」

 やわらかく微笑んでいる的な表情を向けられると、息吹はまずオーケーと口にする。そして回りくどい話は女の子を退屈にするだけだから、先に結論から言うと伝える。そして相手が、結論? と脳をピリつかせたところでおもむろに語りだす。

「まぁ、色々あって死んでしまったんだ。そしたら人の心を学んでこいみたいな事を地獄の裁判所で言われて現世に戻ってきた。この世におれの居場所はないから四次元にいるんだけどさ、人を好きになって悩んだり、物事に苦悩する人間の心に寄り添う必要ができたら三次元に入れる。つまりいまここにいるのは、詩空という女子が心に抱えている悩みを聞くため、可能ならその悩みを解決に導くため」

 息吹、ここで一度長いセリフを切った。エッグマフィンをかじりながら、自分を見つめる女子と目線をぴったり合わせる。

「おれの事をおかしいと思うか?」

「いえ、逆です、すごいと思いました」

「ほんとうに?」

「だって……なんだそれ? という事を言っているはずなのにウソとかいい加減さがまったくない。あなたって……もしかして聖人君子の化身ですか?」

「いや、そんな立派なモノじゃない」

「でも、なんていうか息吹さんには……」

「息吹でいいよ」

「息吹には人を魅了する感じがあるように思う。なんだろう、それは初めて経験する感じではないと思うのだけど、とにかくこう……この胸がキュンとさせられるっていうか」

「そうか、でもひとつ信じて欲しい」

「なにを?」

「女をそういう風にさせるのはおれが遊んでいるからとかじゃない。生まれつき備わっているモノ。つまりおれが背負っている罪みたいなモノ。決して詩空を弄んだしているわけじゃない」

「やだ……今の……おっぱいがキュっと感じちゃう」

「とにかく、おれの事は後回し。先に詩空の話をしよう。このマックに来る前、ずっと立っていたあそこで何をしていた?」

 息吹がそう尋ねると詩空のテンションがクッと下がる。どうやら痛いというか、積極的には言いにくいってところを突いたらしい。

「言うのがつらかったら、おれの手をにぎるという方法もある」

「握ったらどうなるの?」

「詩空の内面とか抱えている問題とか、そういうのをおれが読み取る」

「う……そ、それは……読み取られるよりは、自分から言って聞いてもらう方がいい」

「だよな、おれもそうありたい。でも……だいじょうぶか?」

「う、うん……息吹になら安心して言えそう」

 こんなやり取りをしてからおよそ1分ほど、つまり詩空のキモチがおちつくまで息吹はだまった。

「わたし……いますごいドハマりしているの」

「ドハマり? 何に?」

「ホストクラブに……」

「ぶほ!」

 息吹、たまらずぬるくなっていたコーヒーを吹いた。そして大げさなくらいゴホゴホとはげしくむせ返る。

「どうしたの? だいじょうぶ?」

 詩空はバッグからティッシュを取り出すと、それをやさしく息吹に差し出す。

「あ、あぁだいじょうぶ、ありがとう」

 もらったティッシュで汚してしまった部分を拭く。いま身にまとっているのは殺される時にまとっていたスーツであるが、それを吹いたドリンクで汚したなど初めてだった。もう死んだ存在であるにも関わらず、軽い屈辱みたいなモノを味わう。

「ホスト……ホストクラブか」

 そう言って唇を拭く息吹であるが、内心では深いためいきをついていた。ホスト狂いの女に殺された自分がよみがえってみると、別のホスト狂いの女が出現。これは人生の皮肉か重みか……などなど思うが、それはひとまず横において詩空の話を聞き続ける。

「わたしにはお気に入りのホストがいるの。マーズ火山っていうんだけど、やさしくて話が上手で私の事をかわいいって言ってくれて……だから毎日でも彼のいるお店に行きたい。でも最近ちょっとお金が減ってきて、このままでは足りなくなると思って……だからその消費者金融でお金を借りようかなと思ったりして」

 ここまで言うと自分を恥じているように頭をかく詩空。一方の息吹はその姿を見ると、これは自分を殺したあの女こと姫と同じ道をたどるのかなぁと思わずにいられない。そしてその流れ、ここで終わりにした方がいいと言いたくもなる。
「詩空って名前で言ってもいい?」

「うん」

「えっとな……ホストも仕事なんだよ、うん、あれは趣味とか遊びじゃない。夢を売る仕事としてやっているんだ」

「わかってる……」

「だったら消費者金融でお金を借りてまで行ったらダメだ」

「わかってるよ……わかってるけど……」

「わかってるけど、なんだ?」

「行かないと胸が苦しい。マーズに会いたいんだよ」

「でもマーズは詩空の恋人でも友だちでもない」

「だ、だけど……マーズに会わないと耐えられないの」

「何に耐えられないというんだ?」

「さみしさ……さみしいのに耐えられない」

「ん……」

 生前の息吹なら、さみしさなんかに負けるなとすぐに言い放つところだったし、今もそういう風に言いかけた。しかしさみしいと言った詩空のキモチがわかるような気もした。それは今までちょいと見下していたところへの理解という感じだった。

「でも、詩空はかわいいし、そ、それにまぁ、すごい爆乳で魅力的だし年齢も若い。だったらほら、前向きに動けば恋という物語は動かせるように思うんだけどな」

「だ、だったら息吹……」

「なんだ?」

「息吹がわたしの彼氏になってくれる?」

「いや……なれるならなりたいと言いたいけど、おれ……死んじゃったんだ。それなのに詩空と恋愛するとかいい加減なことは言えないわけで」

「むぅ、だったらわたしがマーズにホレる事にうだうだ言わないで」

「うだうだ言うんじゃなく心配しているんだ」

 今ちょっと2人の間に紙をピリっと破ったくらいの緊張感が走った。そして双方がちょっと気まずさに対して言葉を詰まらせる。

「ご、ごめんなさい」

 詩空の方から先に謝った。その姿や顔を見るといい子なんだなぁと思うので、なおさらのこと深みにハマるなと注意したくなる息吹だった。

「でも……正直言うと生活なんてつまらないもの」

 21歳の後半という詩空が言うには、高校を卒業してフリーターになると、びっくりするくらいの速度で人生やら生活が灰色になったのだと言う。正社員みたいに長々とあれこれアルバイトをしても、表向きはひとまず立派に生活していますとなるだけで、本質的には明るい未来が見えない。

「だったら何か夢を追えとか言われそうだけど……そういうのは全然わからないから持っていないの。趣味もこれといったのがないし、友だちもジワジワ減っていく。人付き合いはあんまり得意じゃないから、何がたのしいの? って言われたら、アルバイトで稼いだお金がどのくらい貯まるか数えるだけ。これはもう根暗でスケールの小さい守銭奴って感じだよ。彼氏とかいるわけでもないから横からさみしさもやってきて、もう頭も心もぐっちゃぐっちゃになりそう。そんなときにホストクラブに友だちと行ったんだ。行く前は警戒していたけど、すぐ脳みそが溶けちゃった。自分の中にあるさみしさが埋まって、やっとたのしさを得たってキモチにもなったから」

 ここまで語って詩空がキュッとやわらかい唇を噛んだ。自分の内情をさらして恥じ入る悔しさが表情に出ている。ここで息吹は生前と同じく、しっかりしろよ! と言いかけた。しかし、それはもうちょい後にした方がいいのだろうかと不似合い的な思考がビリビリと働いたので、もう少しやわらかい言い方を詩空に差し出す。

「詩空、ホストクラブは夢を売る世界、わかるだろう?」

「わかるよ……」

「現実の世界だから夢は売れる。でも夢は必ず覚めるモノであって、しかも詩空が生きる世界は現実。おれが思うに……詩空がホストクラブからもらう夢は、現実の世界におけるさみしさを解消してくれないように思うけどな」

「だけど夢ってそういうモノでしょう?」

「うん?」

「一生続く夢なんてないよ。すぐに覚めて消えるからこそ夢。それでもさ、その短い夢を見ると、つまらない現実に生きるモノとしてちょっと心が助かるように思えるの。それでいいの、逆に言えばそれすらなくなったらスカスカで生きていけなくなる」

「んぅ……」

 息吹、両腕を組んで年下の爆乳女子を見つめて思わずにいられなかった。何を言っても通じないというこの感じというのは、それは道理に対するバリアみたいなモノで、いかなる攻撃も神がかり的に跳ね返す。つまりいかほどの言葉も説得も拒むようであるからして、ほんとうに同じ人間か? なんてつめたい事を言いたくもなる。

「詩空……」

「なに?」

「マーズ火山ってやつが好きなのか?」

「うん……」

「たまに、ほんとうにたまに会うからこそ値打ちがあるって考えることはできない?」

「わかるよ、わかるけど……さみしさが抑えられない」

「おれ、話し合い手になるくらいならできるぞ?」

「それはうれしいんだけど……でも……」

「でも?」

「息吹って不思議と、マーズと少し似たような感じがする。だからクッと胸に来る感じがあるわけで、話し相手だけで済まなくなるような気がする。ねぇ息吹……死ぬ前って仕事はいったい何をやっていたの?」

「あっとそれはその……」

 実はホストなんだ! と言うべきか言わぬべきか、一瞬の間にとても揺さぶられた息吹だったが、話を逸らすという戦法に出る。

「それより詩空、ひとつ提案というか解決策があるんだが」

「え、なに?」

「おれが詩空の中に入り、ホストクラブへのハマりが止められない原因たるモノをぶった斬る。そうすれば詩空はマーズ火山への思いも薄めることができる」

「わ、わたしの中に入る?」

「なに、どうした?」

「息吹ってわたしみたいな爆乳女が好きなの?」

「そ、そりゃぁキライではないけど?」

「だ、ダメだよそんな、いきなり愛し合うなんて……付き合えないとか言うくせに体だけ求めるなんてずるいよ」

「ちがう、ちがう、そういう意味じゃない……」

「え、なんだ……ちがうの?」

 ったく……とあきれてから息吹は話を続けた。自分が提案した話がうまくいけば、詩空はマーズ火山を完全に忘れる事だってありうると。

「ん!」

 突然、勝手に赤らんでいた詩空の顔が冷静かつ真剣なモノとなり、それはイヤだ! と首をブンブン左右に振る。

「どうして? 忘れる事ができたら楽になれる……とおれは思うけど」

「息吹が付き合ってくれるならまだしも、そうでもないのにマーズの事を忘れたら、結局さみしさが残るだけじゃんか」

「そうかもしれないけど、でもスムーズなリセット出来る。やり直すって事ができるのは、それはそれでありがたい話だという気がするけど」

 息吹はリスタートの利点を説こうとしたものの、詩空が左右人差し指を自分の耳に突っ込んで拒絶の意を示してしまう。そういう態度を見ると、以前ならすぐ勝手にしろ! とか言って退散していたが、なぜか今は何とか分かって欲しいなどと考える息吹がいた。
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