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第二十九話 魔術授業

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魔術の教室に、騒がしく談笑を交わしながら、Sクラスの面々は次々に入室していった。

随分広い教室で、壁際のラックには怪しげな香りを漂わせる干からびた薬草や、いまにも動き出しそうな魔法生物のはく製が飾られている。

座席は自由らしく、生徒は各々の仲の良い友人と机を並べて授業を受けようという構えだ。

第一回の顔合わせが済んだばかりだというのに、既にグループが出来上がっているのは、貴族社会が狭いことの反映であろうか。

ヒースクリフは周りの様子を顧みもせず、堂々と最前列に着席した。

横には誰も座っていない席である。

農奴でありながら主席というヒースクリフは、ある種クラス内での触れられざる者と化し、彼の隣は空席となるのだろうと、ヒースクリフも含めたクラスの誰もが思った。

しかし、優雅に音を立てずに椅子を引いて着席した令嬢が一人。

ヒースクリフはちらりと横を見た。

自分の隣に座ろうという変わり者を確認しようと思ったのである。

そこにすました顔で着席していたのは、果たして、ソフィア嬢だった。

「なぜ俺の隣に座った?」

ヒースクリフはなんとなく尋ねてみた。

「いけないの?」

ソフィアは問い返した。

「そんなことはないが……」

ヒースクリフは横目に、ソフィアの隣で講義を受けるという計画が崩壊し、右往左往するマンデルを見ながら、曖昧に言った。

(この女が何を考えているのか分からんな)

ヒースクリフが隣に座っておきながら自分の方を見ようともしない少女に、疑念を抱いていると、教室に颯爽と女性が入って来た。

全身を漆黒のローブで覆われたその女性は、妙齢の美女という形容がピッタリだ。

魔法使いらしいその出で立ちは、彼女がこの『魔術基礎』クラスの担当であることを、何よりも雄弁に語っている。

(なかなかの魔力量だな。A級冒険者の魔導士にも匹敵する魔力を有していると見た)

ヒースクリフは、教師の実力を心の内で、見積もった。

彼女の登場によって、話声で騒がしかった教室は、水を打ったように静まり返る。

その女性は口を開いた。

「私は、『魔導基礎』のSクラスを担当します、イリーナと申します! 一年間どうぞよろしくね!」

クールな美貌に反して、その女性──────イリーナは、随分元気のいい口調でそう言った。

「いきなりで悪いんだけど! まず君たちをテストします! はいっ!」

イリーナが懐から取り出した短杖を一振りすると、暗い穴が教壇の上に現れ、なにやら箱のようなものを吐き出して、消えていった。

「……転移魔術」

教室の誰かがぼそりと呟いた。

その声は、勧学院で見える初の教師が何をやるのだろうかという期待で静まり返っている教室で、やけに大きく響く。

「その通り! 流石、Sクラスだ! 博識なのがいるね!」

イリーナは嬉し気に何度もうなずきながら言った。

更に、召喚した箱の覆いを取り去って、続けて言う。

「そこの君! これが何かわかるかな?」

最前列に座っていた、ヒースクリフとは別の男子生徒がイリーナの指名を受けた。

その男子生徒は、彼女の美貌にはにかみながらも答える。

「ドラゴンの剥製でしょうか?」

周りの生徒が何も言わないまでも共感を示すように首を縦に振る。

その箱は、覆いを取り去ってみると、なにかのケースであった。

中には、ドラゴンのような生物の、精巧な模型のようなものが飾られている。

生徒が剥製と答えたことからも分かる通り、それはいまにも動き出しそうな見た目をしていた。

イリーナは答えは言わないで、教室全体に向かって問う。

「これがドラゴンの剥製だと思った人は?」

教室の過半数が手を上げた。

そこでソフィアが言った。

「先生、これはドラゴンではありません。分類的には、翼竜の一種です」

それにマンデルも含めた数人が頷く。

「ほう! これがドラゴンじゃないと知っているとはね! 博識な生徒が沢山いて嬉しいよ!」

そこに割り込む声。

「違うな」

ヒースクリフはニヤリと笑って、異議を唱えた。
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