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86)チラチラと熱い視線

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 何だか美咲ちゃんが僕のほうをちらちらと見てくるような気がする。
 いやまあ、僕はあれこれ指示を出す立場だし、ちょっとこの撮影は複雑な段取りが多いので、実際に今も出したりしているのだけど、それでもこっちを見る頻度がさ、これまでとは段違いに多くて。

 何か言いたいことがあるとかではなくて、何やら僕の存在が気になるという感じ。
 何せ僕が見返したら、慌てて彼女は視線を避ける。

 「おいおい、美咲ちゃん、何なんだよ。僕の方ばっかり見てさ。困っちゃうな」という態度で、どうにかしてニヤニヤ笑いを押し隠そうとしていたら、ふとゆかりちゃんの視線にも気づくのだ。

 ゆかりちゃんも視線が合うや否や、慌てて避ける。

 見られている。
 間違いなく見られている、二人の女子に。
 しかもあの美咲ちゃんとゆかりちゃんにだ。

 これまでの人生において、女子から見られるなんて経験が一度たりともなくて。
 見まくったことはある。あれは中学生頃だっけな、教室にいる好きな女子を、それはもう熱い視線を送り続けた。

 あれは恋だった。何なら初恋って呼び得るくらいの恋。
 一度も話したことがない女子で、顔がドタイプだから好きになるという薄っぺらい動機だったのだけど、好きで好きで堪らなくて。
 あのときは学校に行くのも楽しかったものだ。

 しかし見返されたことがなく。視線が合ったことなんてなかった。
 僕の視線に気づいていたのに無視していたと思う。でも別にそんなことを落ち込むことなく、同じクラスの間はずっと好きで。

 子供のときから今に至るまで、恋愛なるものが成就するなんて、その発想すらなかったのである。
 だから、もちろん誰かに見られたこともないのである。
 何だか視線を感じるぜ、なんて経験がないわけですな。
 そんなこの僕が何か今、とても不可思議な体験をしている。

 これがモテるってやつなのか?
 世の中の二枚目男子たちは、こういう経験をして人生を生きているのか? 
 教室にいれば、女子たちがチラチラと熱い視線を送ってきて、すれ違うときにも視線を感じて。
 これが、いはゆるラブモーションってやつ。中森明菜が「スローモーション」で歌っていたから知っているよ。

 何て幸せな男たちだろうか。ただ単に顔が良いだけで得をしやがって。
 いや、でも奴らを妬たむまい。今、僕がその立場にいるのだから。

 その視線は心地良い。自分が何か特別な存在だって気分になれるっていうか。
 肯定されている気がするんだ。

 ・・・勘違いかな。

 美咲ちゃんとゆかりちゃんが僕を見ていることは確かだろうけど、しかしそれは別に好意とかではなくて、ましてや恋愛感情なわけがなくて。
 ただ単に信頼するリーダーに向けた眼差し。

 いや、やはりそうは思えないのである。そういう視線ならば、この撮影の中盤辺りから感じてたよ。
 でも今の二人はそういうのと違う。
 これは恋だ。恋愛感情に基づいているとしか思えない! 
 僕は今、愛される男としてのプライドと自意識を高らかに、表情をキリリと締めて、撮影中の二人を見守っている。
 まるでオーケストラの指揮者のように格好をつけた感じで、サッと腕を振り上げてキューを出す。

 一方の二人はパジャマ姿で、照明の光の眩い中、前屈みになったときの開いた襟の隙間から胸の谷間を露出させたり。
 そうでないときも、薄いパジャマの生地は二人の身体のラインを際立たせる。

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