天使たちの水浴びシーン

６７）生け贄のように、聖女のように

　負けている。僕たち全員、美咲ちゃんの倍以上の年齢を重ねているけれど、誰もがこの女の子の人間性に負けているよ。

　「はい、水着になりましたよ」

　その青い空の下、美咲ちゃんは肩を出し、脚を出し、お臍を出し、胸の谷間を出している。
　ちょっと露出の激しい水着だ。さっきのスクール水着のようなものではない。

　何て言えばいいのか、生け贄のようにも見えるし、聖女のようにも見える。
　その半裸の姿はとても悲しかった。孤独に見えた。
　権力に屈した末、自分の意志に反して、美咲ちゃんは服を脱いだのだ。哀しいに決まっている。

　その姿の悲しさに気づけないほど馬鹿な男ではなかったようだ。新監督もさっきまでの威勢の良さはなくなった。

　しょんぼりとしている。やってしまったって顔をしている。
　これまでずっとカッカしていた頭が冷えて、今、我に返ったのかもしれない。
　突然任された代理の監督の仕事を前に、張り切って、力が入って、周りを威嚇するように声を荒げていた男が、今、がっくりとうなだれている。

　一方、まるで我に返っていない男がいた。あのＡＤである。
　彼は水着になった美咲ちゃんを凝視している。
　その表情は無表情である。笑ったりしてない。あからさまに興奮もしていない。
　石の仮面を被ってでもいるかのように、ずっと同じままなんだ。それが逆に不気味かもしれない。

　しかし静かに変化していた。
　その男は美咲ちゃんを、ある対象として見る。
　性的な対象である。
　男は意識を集中して、自らを高め、常識もマナーも、ルールも礼儀もまるでない、まるで動物のような姿と化そうとしている。
　それでも依然として無表情のままに。

　これは本当に世界の終りのような光景であった。
　規律とかルールが崩壊した世界の姿。
　こんな世界の姿を美咲ちゃんとゆかりちゃんの前に曝してはいけない。
　今度こそ僕は行動しなければいけないときだ。

　「おい、もういい」

　しかしまたしても僕の代わりに行動に出たのは別の人間であった。
　今度は新監督、彼はその男を蹴ったり、頭をはたいたりして、プールのほうに押していき、最後には水の中に突き落とした。

　水しぶきが派手に起こる。

　「ちょっと何をするんだよ」

　ＡＤはプールの中で暴れながら、怒りの声を上げた。

　「うるせいよ、馬鹿野郎」

　「あなたがやれって言ったことやっただけだぞ、こっちは」

　「お前、俺の冗談を真に受けてんじゃねえよ。」

　「何が冗談だよ、嘘をつくな！　あんたが俺に命令したんだ」

　「黙れよ、馬鹿野郎。金輪際、俺の前に出てくるんじゃねえぞ！」