上 下
66 / 92

66)美咲ちゃんの決意

しおりを挟む
 何ということが起きているのだろうか。これはとんでもない出来事だ。
 思えば、まさか自分がこの作品の監督を降板させられるなんて思ってもいなかったのだけど、今、それ以上に信じがたいことが起きている。

 新監督のパワハラの標的になってはいないけど、ゆかりちゃんは自分が犠牲者であるかのように半泣きになっている。
 マネージャーさんたちも「ちょっとそれは」って表情になっているのだけど、決定的な反論の言葉を思いつかないの、ただマゴマゴとしているだけ。
 今、この男の暴力の前に、美咲ちゃんだけが立ち向かっている。
 美咲ちゃんは毅然とした態度で、その新監督を見返している。

 「なぜ俺が水着になれって言っているか。ちゃんとした理由があんだよ。さっきの質問の答えだよ。今から男がどういう生き物なのか、お前たちに教えてやる! こいつをよく見ておけ」

 新監督は呼びつけたADを指差す。

 「お前が水着になった途端、こいつがどうなるのか」

 何だって? 

 僕は頭を抱えそうになる。最初に感じた嫌な予感が当たった気がする。

 「やい、AD君、この女たちに見せつけてやれよ、お前が欲情したとき、いつも部屋でやっていることを。お前、彼女とかいるのか?」

 「いないっす」

 「じゃあ、あれだね、かなりあれだよな?」

 「そうすっね、けっこうあれっすね」

 「でも出すなよ、それはいけないぞ。わいせつ物陳列罪になる。全部そのズボンの中で済ませろ。しかしそれがお前のリアルだよな、いや、お前だけじゃない。全ての男の習性だ。見せてやれ」

 「いいすか、マジで?」

 「いいに決まってるだろ、監督の俺が言ってるから」

 もう我慢ならない。僕は拳を握り締めた。
 殴ってやる。
 この代理監督の顔面を殴りつけてやるんだ。

 僕は前に一歩出る。
 あと五歩か六歩進めば、あの男の顎に届くだろう。
 絶対に許せない。

 だけどこんな男でも殴ったら、もう二度とこの業界に関われることはなくなるに違いない。きっと代理監督は黙ってないだろうから。
 それどころか裁判沙汰になるのかもしれない。
 この撮影も中止。この作品も制作中止だろうか。

 いや、それがどうしたっていうのだ? 
 もう見てられない。逮捕でも何でもしてくれ。

 「わかりました。まあ、いいですよ」

 しかし美咲ちゃんはさっきまでの怒りに満ちた声と打って変わって、軽い感じでそんなことを言い出した。

 「脱ぐのは上だけですか? 下もですか? まあ、どっちもですよね?」

 「お、おう。どっちもだ」

 「わかりました」

 「ようやく素直になったな。でも監督が指示を出したら、モデルはすぐにそれに応えろよ、それがプロなんだ!」

 「はい、申し訳ありませんでした」

 美咲ちゃんは爽やかな声を上げる。

 それは何だか僕の行動を制するために思えた。
 僕がこの男を殴ってやると決意したその瞬間、美咲ちゃんと目が合った気がしたのだ。
 美咲ちゃんは僕を制止するため、新監督の理不尽な要求を呑んで、自分の意思を曲げてくれたんじゃないのか。

 いや、それは勘違いかもしれない。
 しかし真実なんてどうでもいい。

 僕は身動き出来なかった。
 美咲ちゃんの姿が直視出来なくて目を伏せた。
 本当に申し訳なくて、自分たちが情けなくて。
 美咲ちゃんはさっさとその私腹を脱ぎ捨てて、サラリと水着姿になる。

 脱ぎ捨てた服は衣装ではなくて私服だ。
 美咲ちゃんの個性や趣味の宿った洋服。
 その大切な私服を、プールサイドにパッと投げ捨てていく。

 痛々しい姿だった。本当に哀しい感じがする。
 その行動を前にして、当の新監督すら、たじろいでいた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

処理中です...