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39)男の人生を狂わせる悪魔
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椎名美咲、芸名のはずだ、本名は知らない。彼女はある種のエラーだ。本当なら、ここに居るはずのない存在がここに居るというエラー。
彼女一人の登場で、この業界を活気づかせたんだ。それはグランジにおけるにるニルヴァーナのような。喩えが古いな。
マンチェスタームーブメントにおけるストーンローゼスのような。もっと古いか。
スマホにおけるアイフォンのような。いや、それは少し違う、創始者ってわけでもないし。
とにかく美咲ちゃんは凄いと言おうとして僕は上手く伝えられていないのだけど。
一人の突出者がジャンルを作って、そのシーンを引っ張る現象というのはしばしばあると思う。彼女以外は皆、フォロワーなのだ。
他の誰かの作品は、彼女の次の作品が出るまでのつなぎ。彼女の作品だけを観ていても飽きるから(いや、僕は飽きないけど)、他の人の作品も箸休めに観るだけ。
美咲ちゃん以外の作品はそうやって売れてるだけなのさ。
それは言い過ぎだ。僕がファンだから極端に彼女を褒め称えているだけかもしれないけれど。
しかし椎名美咲、彼女は本当に凄い。エロい。極上に魅力的。
彼女はまるで奈落に誘う悪霊だ。
もしくは廃寺に現れる黒髪の幽霊。
廃校を彷徨う血塗れの怨霊。
だから彼女に出会った男たちが破滅するのは当たり前なのだ。
椎名美咲は言葉には出さず、悲しい笑顔だけで寂しいと訴えてくる。彼女が寂しいのならば僕が相手をしよう。そんなことを考えてしまう。
「この子はヤバい、この世の生き物ではないぞ」と思いながら、その儚さと美しさに男たちはやられてしまう。
僕もこうして、美咲ちゃんの地獄へと引きずり込まれた。
彼女と出会ってから僕の人生はすっかり変わったね。夜遅くまで残業、週末はフットサル、ワインとネオン、高級車と腕時計。
これまでの僕は健全な市民として真っ当に生きていたのに、あれ以来、来る日も来る日も美咲ちゃんの艶やかな肌のことを思い、あの八重歯の笑顔を考えるようになった。
取り憑かれてしまったんだ、悪霊に。あの歯で、首筋を噛まれてしまったんだ。それ以来、出世とか結婚とか、生活すらもどうでもよくなったね。
美咲ちゃんがこの世界にいてくれたら、それでいい。
いや、少し嘘をついてしまった。僕が健全な市民だったことはないな。学生の頃からオタクそのものだった。
二次元は興味ないのだけど、だからまあ、本当にヤバいアニメヲタたちとは違うけど、しかし手に届かない対象を愛でるという意味では同じようなもんだね。
同級生の女たちは平凡でつまらない。たいして可愛くもないくせに口うるさくて、高望みで。
おっと、青春の怨念が噴出し始めた。僕の過去のことはどうでもいいのだ。美咲ちゃんのことだよ!
とにかく美咲ちゃんは凄いんだよ。たくさんの人の生き様を変えてしまうような存在。
美咲ちゃんはとてつもなく魅力的なアイドルだ。それは彼女の作品を見れば誰だってわかってくれるだろう。
だけど最近の美咲ちゃんの勢いはなくなってしまったと思う。彼女自身、仕事に以前ほどの情熱を燃やさなくなってしまった。
マンネリ、全てがルーティーンワークと化してしまっている。ベルトコンベヤーの上の単純作業のように、淡々と作品を撮っているだけ。
その結果、同じような品質の塑像品が溢れるだけになってしまっている。
これは芸術作品なのに。全ての集中力を傾注して成り立つ表現行為なのに。彼女の意識は何やら散漫で、瞳から発せられる眼の光は消えていた。
美咲ちゃんはいつもと同じような水着を着て、際どいといえば際どい露出でカメラの前に立って、あの寂しげな笑顔で微笑んでいる。
でも何か違う。
彼女はいつもと同じように学校の制服を着て、短いスカートで学校を駆け回ってはしゃぐ。そのスカートは翻り、あの太ももはあらわになる。
しかし駄目なんだ。
何が違うのか、その研究に明け暮れたのがここ最近の僕だった。
ちょっと前の美咲ちゃんはあんなに可愛くて、一挙手一投足全てがエロくて、ヤバくてヤバくて、もうそれは本当に泣きそうなくらいで、しかし今の美咲ちゃんは何か抜け殻のようで。
退屈と魅力的を分かつライン、それは些細なものに思えるのだけど、その実は城壁のように高く聳え立ち、それを乗り越えるには意欲とか踏み込んだ姿勢とかが必要で。
そう、結局やる気っていうのが結論だ。
つまり美咲ちゃんを魅力的に撮影出来るかどうかは、どうやって彼女のやる気を引き出せるかどうか。
美咲ちゃんのやる気、今でもそれは完全に消えてしまったわけではない。ときどき思い出したように、一つの作品の中でほんの一瞬だけ、美咲ちゃんは輝きを発することがある。
どれだけ凡庸なカメラマンでも、どれだけありきたりな企画でも、そのときの美咲ちゃんは新しい。誰も見たことのない魅力を発する。ここだけ、一回きりの、特別な何か。
やる気を失っていないのはわかる。椎名美咲はまだ悪魔だ。その気になれば、たくさんの男の人生を狂わせる力を発揮する。
しかしこの仕事自体には飽きてしまっているようなんだ。遣り甲斐を見失っている。同じ場所に留まり続けている自分に嫌気がさしている。
その現状を変革させる力は僕にはないのだろうけど、例えば彼女を女優にさせる力なんてない。
しかしこの同じ場所で輝き続けることにも意味があるってことは伝えられるだろうし、たとえそれが無理だとしても、美咲ファンの僕として、その現状を見過ごすわけにいかない。
もう一度、彼女を復活させたい。それが願い。今、かつてないチャンスを手に入れたのだ。それに全力を尽くすだけ。
彼女一人の登場で、この業界を活気づかせたんだ。それはグランジにおけるにるニルヴァーナのような。喩えが古いな。
マンチェスタームーブメントにおけるストーンローゼスのような。もっと古いか。
スマホにおけるアイフォンのような。いや、それは少し違う、創始者ってわけでもないし。
とにかく美咲ちゃんは凄いと言おうとして僕は上手く伝えられていないのだけど。
一人の突出者がジャンルを作って、そのシーンを引っ張る現象というのはしばしばあると思う。彼女以外は皆、フォロワーなのだ。
他の誰かの作品は、彼女の次の作品が出るまでのつなぎ。彼女の作品だけを観ていても飽きるから(いや、僕は飽きないけど)、他の人の作品も箸休めに観るだけ。
美咲ちゃん以外の作品はそうやって売れてるだけなのさ。
それは言い過ぎだ。僕がファンだから極端に彼女を褒め称えているだけかもしれないけれど。
しかし椎名美咲、彼女は本当に凄い。エロい。極上に魅力的。
彼女はまるで奈落に誘う悪霊だ。
もしくは廃寺に現れる黒髪の幽霊。
廃校を彷徨う血塗れの怨霊。
だから彼女に出会った男たちが破滅するのは当たり前なのだ。
椎名美咲は言葉には出さず、悲しい笑顔だけで寂しいと訴えてくる。彼女が寂しいのならば僕が相手をしよう。そんなことを考えてしまう。
「この子はヤバい、この世の生き物ではないぞ」と思いながら、その儚さと美しさに男たちはやられてしまう。
僕もこうして、美咲ちゃんの地獄へと引きずり込まれた。
彼女と出会ってから僕の人生はすっかり変わったね。夜遅くまで残業、週末はフットサル、ワインとネオン、高級車と腕時計。
これまでの僕は健全な市民として真っ当に生きていたのに、あれ以来、来る日も来る日も美咲ちゃんの艶やかな肌のことを思い、あの八重歯の笑顔を考えるようになった。
取り憑かれてしまったんだ、悪霊に。あの歯で、首筋を噛まれてしまったんだ。それ以来、出世とか結婚とか、生活すらもどうでもよくなったね。
美咲ちゃんがこの世界にいてくれたら、それでいい。
いや、少し嘘をついてしまった。僕が健全な市民だったことはないな。学生の頃からオタクそのものだった。
二次元は興味ないのだけど、だからまあ、本当にヤバいアニメヲタたちとは違うけど、しかし手に届かない対象を愛でるという意味では同じようなもんだね。
同級生の女たちは平凡でつまらない。たいして可愛くもないくせに口うるさくて、高望みで。
おっと、青春の怨念が噴出し始めた。僕の過去のことはどうでもいいのだ。美咲ちゃんのことだよ!
とにかく美咲ちゃんは凄いんだよ。たくさんの人の生き様を変えてしまうような存在。
美咲ちゃんはとてつもなく魅力的なアイドルだ。それは彼女の作品を見れば誰だってわかってくれるだろう。
だけど最近の美咲ちゃんの勢いはなくなってしまったと思う。彼女自身、仕事に以前ほどの情熱を燃やさなくなってしまった。
マンネリ、全てがルーティーンワークと化してしまっている。ベルトコンベヤーの上の単純作業のように、淡々と作品を撮っているだけ。
その結果、同じような品質の塑像品が溢れるだけになってしまっている。
これは芸術作品なのに。全ての集中力を傾注して成り立つ表現行為なのに。彼女の意識は何やら散漫で、瞳から発せられる眼の光は消えていた。
美咲ちゃんはいつもと同じような水着を着て、際どいといえば際どい露出でカメラの前に立って、あの寂しげな笑顔で微笑んでいる。
でも何か違う。
彼女はいつもと同じように学校の制服を着て、短いスカートで学校を駆け回ってはしゃぐ。そのスカートは翻り、あの太ももはあらわになる。
しかし駄目なんだ。
何が違うのか、その研究に明け暮れたのがここ最近の僕だった。
ちょっと前の美咲ちゃんはあんなに可愛くて、一挙手一投足全てがエロくて、ヤバくてヤバくて、もうそれは本当に泣きそうなくらいで、しかし今の美咲ちゃんは何か抜け殻のようで。
退屈と魅力的を分かつライン、それは些細なものに思えるのだけど、その実は城壁のように高く聳え立ち、それを乗り越えるには意欲とか踏み込んだ姿勢とかが必要で。
そう、結局やる気っていうのが結論だ。
つまり美咲ちゃんを魅力的に撮影出来るかどうかは、どうやって彼女のやる気を引き出せるかどうか。
美咲ちゃんのやる気、今でもそれは完全に消えてしまったわけではない。ときどき思い出したように、一つの作品の中でほんの一瞬だけ、美咲ちゃんは輝きを発することがある。
どれだけ凡庸なカメラマンでも、どれだけありきたりな企画でも、そのときの美咲ちゃんは新しい。誰も見たことのない魅力を発する。ここだけ、一回きりの、特別な何か。
やる気を失っていないのはわかる。椎名美咲はまだ悪魔だ。その気になれば、たくさんの男の人生を狂わせる力を発揮する。
しかしこの仕事自体には飽きてしまっているようなんだ。遣り甲斐を見失っている。同じ場所に留まり続けている自分に嫌気がさしている。
その現状を変革させる力は僕にはないのだろうけど、例えば彼女を女優にさせる力なんてない。
しかしこの同じ場所で輝き続けることにも意味があるってことは伝えられるだろうし、たとえそれが無理だとしても、美咲ファンの僕として、その現状を見過ごすわけにいかない。
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