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35)男たちよ、犬になれ! 

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 さて、そこで犬の登場である。「あっ、ワンちゃんだ!」などと言って、二人は犬に歩み寄る。

 犬。イッヌ。四六時中、ハアハア言っている、あの愛くるしい生き物。
 こいつは野良犬だろうか、それとも飼い犬だったけど、どこから逃げて来たのだろうか、細かい設定はつめていないが、とにかく犬、可愛い生き物が公園にやって来る。

 犬は小さな生き物だから、小柄な女子たちも、頭を撫でるときは、しゃがみ込む。
 ペタッと地面にお尻はつけないけれど、グッと身体を沈ませる。長時間その姿勢でいると疲れる座り方。

 スカートが短いのに、彼女たちはしゃがみ込むわけであるから、スカートの中が見える。先程から話題になっている裏もももだ。
 その股間の間近に犬の顔がある。で、その犬の顔がカメラというわけで、つまり、美咲ちゃんとゆかりちゃんは、カメラの前でしゃがんで座るということである。

 ところでM字開脚なる用語も、この世界に存在するようである。しかし今、僕がこだわっているのはその姿勢ではなさそうだ。
 多分、それとは違うと思うよ。だって開脚はしないからね。
 パカッと足を開いて座るのではなくて、膝を抱えるようにして座る。上品というか、清楚というか、女性的な仕草というか。

 「上品」とか「清楚」とか「女性的」って言葉を吐くと、「おい君、女子に夢を見過ぎているぞ」とか、理想の女子像を押し付けているとか、そんな意見を言ってくる輩がいる。
 しかしM字開脚的挑発性も同じくらいに男の理想に過ぎないはずで、まあ、どっちも各自の理想の押し付けで、貞淑か淫乱かの違いに過ぎないと思うのだけど。

 そのような面倒なことは置いておいて先に進める。
 美咲とちゃんとゆかりちゃんという稀代の美少女たちが、犬に駆け寄って、その子犬を可愛がっている。
 犬目線のカメラ。二人の女の子は本当に優しい表情で、その子犬を愛でている。
 それを見て、「ああ、俺も犬だったら幸せだろうね」なんて詠嘆をつぶやかれる人がいるはずだ。そう思わせるための映像なのだから、大成功ってところである。

 でも僕たちは人間。しかも人間の中でも、とりわけ醜い、もてない男性という生き物である。
 我々の前で、しゃがむ女子なんていない。いるわけがない。我々が病気で意識を失い、道で倒れ伏したとしても、女たちは石ころを避けるようにして素通りしていくだろう。
 我々に駆け寄ってくれる女性なんて存在しないのだ。いたとしても救急隊員くらい。本当に孤独な生き物。我々を愛してくれるのは母親だけだ。

 悲しい。何て哀しいことであろうか。
 でも、だけど、しかし、僕たちには妄想力がある。犬になる気分が味わえる動画を見れば、想像力で自分が犬になったような気分が味わえるはずなのだ。
 実際、今、僕は犬になっている。二人を映した映像をモニタで見ながら、犬のようにハアハア言っている。

 完璧だ。良い映像が撮れている。それは僕が幼少より夢見てきた絵である。
 何もかも上手くいかなくて死にたくなったときとか、高熱でうなされて死にたくなったときとか、他人に邪険に扱われて死にたくなったときとか、なぜだかわからないけれど、もう全てが嫌になって死にたくなったときとか、そういうとき、こんな人生でも生きる価値あるよねとばかりに想起するイメージ、それがこれ。
 若い女の子が制服姿で、しゃがみ込んで、とても優しい表情でこちらを見ているイメージ。

 僕はそれに深く執着しているのだ。それはかわいい女子に膝枕で耳掃除をしてもらっているイメージよりもずっと、僕に興奮をもたらす。安寧をもたらすのだ。
 そんな映像だけを数々のイメージビデオから寄り集めたマイフェイバリットコレクションを所有している。長さにして映画の五本分程の長さ。
 哀しいときとか、生きる希望を失ったときとか、それを再生して、僕は自分を癒していた。慰めていた。

 これまでは誰かが撮った映像を編集しただけ。しかし今、そのような映像を自分の手で撮影している。

 そう、これだ、これが欲しかったのだ! 

 僕は心の中で、そんなことを熱くつぶやいている。
 ありがとう、ゆかりちゃん、そして美咲ちゃん。君たちは今、モナ・リザとか、岸田劉生の描いた麗子像のように、不朽のモデルとして歴史に名を残すことだろうさ。

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