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7.勘違いとケーキ

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「ちょっと!おばさん!?」
「詳しい話を聞きたいから中に入りな」

 問答無用で店の中にアミスが連れて行かれる。悪意があるわけではないので防ぐ事もせず、俺も一緒に中に入った。店内には食材が置かれている。これが商品だろう。中には俺とアミス、それにおばさんの3人しかいない。

「それで、アミスちゃん、この子はあなたの子供なの?確かアミスちゃんは伯爵様の屋敷で雇われていたわよね?伯爵様はそういう人ではないと思ってたんだけど、アミスちゃんは可愛いからね。やっぱり手を出されたのかしら。それにアミスちゃんもしっかりと子育てをしてるのね。あ、そうだ。こんな話、つまらないわよね。はい、お菓子をどうぞ」
「あ、ありがとう」

 一方的に話したおばさんは、俺の前にしゃがみながら、お菓子をくれた。店の商品だと思うんだけど、良いのかな?俺がお礼を言うと、おばさんは俺の頭を豪快に撫でた。髪型が乱れるけど、これもおばさんの愛情表現だろう。

「あの、おばさん、落ち着いてください。この子は私の子供ではないんです」

 アミスは断言する。もし、父さんがアミスに手を出した結果、生まれたのが俺なら嫌だ。俺を生んだ時、アミスは11歳という事になってしまう。父さんが少女に手を出した事になるじゃないか。それは本当に嫌だ。

「じゃあ、別のメイドの子?」
「いえ、メイドの子ではありません」
「じゃあ、伯爵夫人と執事の?」
「いえ、違います」
「…えっと…この子は誰?」

 おばさんは不思議がってしまう。

「あの…よろしいですか?」
「うん、良いよ」

 アミスが俺に聞いてくるので許可を出す。たぶん俺の正体を言うんだろう。

「この方はレミラレス伯爵の息子、ラソマ様です」

 アミスが言った瞬間、おばさんの顔が青くなり、ひきつる。

「は、伯爵様の子?本当に?」

 おばさんが聞いてくるので俺は頷く。直後、おばさんは俺の前に土下座した。この世界にも土下座ってあるんだな。

「知らなかったとはいえ、申し訳ありませんでした!どうか、どうか不敬罪だけはお許しください!」

 不敬罪…平民が貴族に対して無礼な態度をとった時に発動できるものだったかな。罰し方は人それぞれだと思うけど、大抵は処刑するみたいだ。でも俺は貴族でも次男だからなぁ。
 そもそも、おばさんは何をしたのか。俺の頭を乱暴に撫でた事かな。

「俺の頭を乱暴に撫でた事なら気にしてないので、頭を上げてください」
「それだけじゃないんです…私は伯爵様に対して、それに夫人に対しても暴言を吐いてしまいました」

 あぁ、その事か。父さんがメイドに手を出したとか、母さんが執事と恋仲にあるとか、か。

「他の人には言ってないですよね?」
「勿論です!」
「それなら良いです。聞かなかった事にしますから」
「…よろしいんですか?」

 おばさんが不安そうな顔で聞く。

「悪口じゃなくて噂話程度ですから。本人に言ったわけでもないし。僕も聞かなかった事にします」
「ありがとうございます!」

 おばさんは泣いている。この世界って貴族と平民で、こんなに差があるんだな。怖いな。
 しばらくして、泣き止んだおばさんは立ち上がった。

「本当にごめんなさい」
「ううん、もう良いですよ」

 俺は笑顔でそう言う。笑顔ならおばさんも安心してくれるはずだ。

「ありがとうございます。…アミスちゃん、ラソマ様をどうして連れ出したの?」
「僕が街に行きたいって頼んだんです。それでアミスが美味しいって言ってたケーキを食べに来たんですよ」
「そうだったんですか。アミスちゃん、しっかりと守るのよ」
「はい。この命に代えても守ります」
「だから命には代えないでよ。アミスだって大切な人なんだから」
「ら、ラソマ様!!」

 俺の代わりに誰かが犠牲になるとかは嫌だな。その点で言えば、結界はちょうど良い。自分で自分の命を守れる。自分の命が守れれば、誰かが俺のために犠牲になる事はない。逆に俺が誰かを守る事ができる。

「ラソマ様はアミスちゃんを気に入ってくれてますか?」
「勿論。とても大切な人です」
「良かったわね、アミスちゃん。ラソマ様に気に入ってもらってるようで」
「はい!」

 それからも少しだけ会話を楽しみ、俺とアミスは店を出た。話によると、アミスとおばさんは血縁関係ではないらしい。近所のおばさんという感じなんだろう。

「さて、ケーキを売ってる店に行こうか」
「はい!」
「ここから様づけは無しだよ、アミスお姉ちゃん?」
「は、はい。ラソマくん」

 自分で言って、どうして照れてるんだ、アミス。ラソマくんという呼び方にそこまでの威力はないはずだけど。

「ここがケーキの売ってる店…」

 ケーキが売っているという店の外見は普通だ。ただ、扉は閉まっているのに、甘い匂いがする。

「すごい香りだね」
「そうですね。前に来た時も、こんな感じでした」
「そっか。それじゃあ、中に入って買おうか。中で食べるんだよね?」
「そうです。持ち帰る事は絶対にできないんです」
「不思議だよね」
「はい」

 どうして外に持ち出す事ができないんだろうか?持ち出しただけで味が落ちる、とかかな。そうだとしたら、何かしらの工夫がしてあるのかな。もしかしたら作る人に、そういうスキルがあるのかもしれない。

「あれ?看板があるよ?」
「え?どれですか?」
「これ」

 俺が指差した場所にある看板にはこう書かれている。

【ケーキをお互いに食べさせてあげれば半額】

「…これは…」
「アミスお姉ちゃん、半額になるんだからこれをしよう」
「ですが!」
「安くなるよ?」

 前世でも俺は安ければ安いほど嬉しかった。品質が落ちないのに条件を満たすだけで通常より半分の価格になるというのは嬉しい。

「でもラソマ様。私の手から食べる事になるんですよ?」
「何か問題があるの?それと、様づけは駄目だよ?」
「そ、そうでした…ラソマくん。私の手から食べる事に不安はないですか?たとえば私の手が汚れていたり…っ!」

 アミスがそんな事を言うので、俺はアミスの手を取り、アミスの顔を見た。

「アミスお姉ちゃんの手は汚くないよ。とっても綺麗だよ。だから、そんなこと言わないで」
「ら、ラソマさ…くん」

 らそまさ…別人の名前みたいだな。きっと様づけをしてしまいそうになって、気づいて直したんだろうな。

「分かりました!私、ラソマくんに従います!」
「う、うん。そんなに張り切る必要もないと思うよ?」

 そんな事を話しながら店に入り、ケーキを注文してテーブル席に着く。2人席で向かい合う格好だ。
やがてケーキが2つ運ばれてきた。

「このケーキをお互いで食べさせあったら良いんだよね?」
「はい、そうです。最初の一口を確認させていただきます」

 ケーキを持ってきた女性の店員に確認する。

「それではラソマくん、どうぞ」

 アミスはケーキをフォークで一口サイズに切り取り、フォークで刺すと、俺の口元に丁寧に持ってくる。俺はそれを口で受け取り、食べる。

「ど、どうですか?」
「すごく美味しい!」

 なんだ、この甘さ!甘いだけだともたれてくるけど、この甘さはしつこくない。しつこくないのに甘さが残る。前世でもケーキは食べた事があるけど、これは全く別物だ!…世界自体が別だから当然といえば当然なんだけど。

「こんなにケーキって美味しいんだね!」
「ふふ、気に入ってもらえたようで良かったです」

 アミスは安心した顔をする。俺が満足しなかったらアミスはがっかりしたと同時に、そんなものを美味しいと言っていた自分を責めていたかもしれないな。
 でも俺の感想は正直なものだ。この美味しさは忘れられない。きっと、また来る事になるだろうな。

「それじゃあ今度は僕の番だね。アミスお姉ちゃん、あーん、して?」
「は、はい!」

 アミスと同じようにフォークで一口サイズに切り取ったケーキにフォークを刺して、アミスの口元に近づける。アミスは顔を赤くしながら口を開け、ケーキを食べる。

「どう?」
「とても美味しいです!」

 本当に美味しそうに食べるアミスの笑顔に癒される。

「店員さん、これで良い?」
「はい、確認しました。あとは、お好きに食べてください」

 そう言って女性店員は立ち去る。
 成る程、最初の一口だけで良いのか。少し残念だな。

「あの、ラソマくん?フォークを取り替えてもらっても良いですか?」
「え?あ、そうだね。僕の口がついたフォークは嫌だよね」

 子供とはいえ男の口がついたフォークだからな。俺が3~4歳ならアミスも気にしないだろうけど、7歳だからな。

「いえ!私が気にしているのは、私の口がついたフォークをラソマくんに使わせてはいけないと思ったからです」
「僕は気にしないけど、アミスお姉ちゃんは気になる?」
「本当の身分差がありますから」

 アミスが小声で言う。

「うーん、まあ、そうなるかな。本当に気にならないんだけど」

 とは言え、これ以上、長引かせるわけにはいかない。セクハラになる可能性があるからな。俺はアミスとフォークを交換した。
 その後は各々でケーキを食べた。僕みたいな子供の胃でも全て食べる事ができた。とても満足だ。

「アミスお姉ちゃん、もう食べないの?」
「はい。あまり食べ過ぎると…」

 そう言って腹をさする。
 もしかして太る事を気にしてるんだろうか?でも今のアミスなら、少しくらい太っても大丈夫だと思うけどな。でも女性に対して、そんなことは言えないな。

 その後、ケーキに満足した俺たちは店の外に出た。

「今度はどこに行かれますか?」
「うーん、ギルドを見てみたいな」

 この世界にはギルドがあり、そこで冒険者が依頼を受ける。

「ギルドですか…」
「何かあるの?」
「はい。ギルドの職員は真面目ですから、子供のラソマくんが行っても何も問題はありません。ただし冒険者は少し違います。親切な人が多いですが、中には自分よりも弱者を見下す輩もいます」
「あー、成る程」

 俺なんかが行ったら格好の獲物ってわけだ。それにアミスもか弱い女性って感じがするし…。

「大丈夫だよ。僕のスキルならアミスお姉ちゃんを傷つけさせる事もないし、ちゃんと守ってみせるよ」
「ラソマくん…私もラソマくんを全力で守ります!」
「うん!」

 そして俺たちはギルドに向かった。
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