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6 見える糸を手繰り寄せ
38 真実は何処に
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「そのキャリーケースは……」
一度、片織が手洗いに立った時、優人は和宏に耳打ちをした。
『誰の話しをしていると思う?』
と。
一体どういう意味なのか。
和宏には分からないままである。
「これ? もう、話してもいいわね。これは形見のようなものなの。もっとも、まだ死んだと決まったわけじゃないから形見という言い方は変かもしれないけれど」
そう言って片織は肩を竦めた。
「つまり」
「何も入っていないの」
片織はダイニングの入り口に置かれたままだったキャリーケースをひょいッと持ち上げ、カウンターのところもまで持ってくるとケースを開け中を見せる。
確かに何も入ってはいない。
「ずっと?」
と変な質問をする優人。
和宏はキャリーケースの中を覗いていたが、変な匂いもしないし血がついているということもない。よくテレビドラマでやっているような遺体を運んだような形跡はなさそうだ。
もっとも、一泊用のキャリーケースは大して物が入らない。
「わたしが受け取った時は中身が空だったわ。元はあの子が書類などを入れていたみたいだけれど」
そこで和宏もこのキャリーケースが誰のものであったかくらいは予想がついた。突飛な想像かも知れないが、図書館で和宏たちが出くわした不審者は片織が変装していて、実は既にあの黒服の人物は死んでいたということはないのだろうか?
だが焼死体をどこに隠していたというのだろう?
自分たちがあの場所を抜けた時、確かに何もなかった。
恐怖に怯え何かを見落としていたとでも言うのだろうか?
どっちにしても自分たちは、あの時片織のキャリーケースの中に何も入っていなかったということを確認してはいない。
「片織さんは、ご友人……新聞社の子の失踪をどう考えているの?」
「あの和くんと奥さんを殺した犯人なんじゃないかと思っているわ。でも、それが原因で失踪したわけじゃない。あの十年前の事件に関して、何かを知っていたからじゃないかと思うの」
片織の推測はこうだ。
十年前に殺された要人は、世界を動かす何か需要なことを各国の要人と秘密裏に進めていた。確かにあの年はあの後大変なことになったという事実がある。現在は収束してはいるが。
そのまま行けば、この国は戦争さえしていたかもしれない。
それを回避するためにある者がその要人を暗殺させた。
「今回、殺害された要人がいたわよね。あの人は彼女と接点があった。調べたものを彼に渡したんじゃないかと思っているの」
そして片織は、
「わたしも殺されるかもしれない」
とぽつりと呟く。
つまり、先日要人が殺されたのは十年前の事件の黒幕、もしくは計画を知っていたためなのだろうか?
では自分たちを張っていた人物もその事件に関係しているとでも?
「もしわたしが殺されたら、その黒幕が犯人よ」
自分たちは知らずしらずのうちに大きな事件に巻き込まれていた?
たくさんの疑問が沸き起こり、和宏の頭はパンク寸前になった。
妹の行方を捜していたはずなのに、目の前にあるのは十年前の事件の真相。
「しばらく、ここへは寄り付かないつもり。社の方へも代わりの人を頼んであるわ。わたしに用がある時は、メッセージアプリの方に連絡頂戴」
そう言うと、何も入っていないキャリーケースを締め、二人に頭を下げる。
「片織」
もう行くという彼女を和宏は玄関まで送った。
「和くん、大好きよ」
少し首を傾げ、微笑む片織。
それは自分へなのか、それとも父へなのか。
「優人くんも無事でいて。この件が片付いたら必ず会いに来るわ」
いつの間にか後ろにいた優人が、じっと片織を見つめていた。
本当に帰していいのか、不安に思う和宏をよそに。
静かに締まるドア。
足音が遠ざかると、優人はドアロックがかかっているのか確認し、
「誰の話しだったんだろうね」
とぽつりと呟く。
数日後、片織は失踪したのだった。
全てを二人に託して。
一度、片織が手洗いに立った時、優人は和宏に耳打ちをした。
『誰の話しをしていると思う?』
と。
一体どういう意味なのか。
和宏には分からないままである。
「これ? もう、話してもいいわね。これは形見のようなものなの。もっとも、まだ死んだと決まったわけじゃないから形見という言い方は変かもしれないけれど」
そう言って片織は肩を竦めた。
「つまり」
「何も入っていないの」
片織はダイニングの入り口に置かれたままだったキャリーケースをひょいッと持ち上げ、カウンターのところもまで持ってくるとケースを開け中を見せる。
確かに何も入ってはいない。
「ずっと?」
と変な質問をする優人。
和宏はキャリーケースの中を覗いていたが、変な匂いもしないし血がついているということもない。よくテレビドラマでやっているような遺体を運んだような形跡はなさそうだ。
もっとも、一泊用のキャリーケースは大して物が入らない。
「わたしが受け取った時は中身が空だったわ。元はあの子が書類などを入れていたみたいだけれど」
そこで和宏もこのキャリーケースが誰のものであったかくらいは予想がついた。突飛な想像かも知れないが、図書館で和宏たちが出くわした不審者は片織が変装していて、実は既にあの黒服の人物は死んでいたということはないのだろうか?
だが焼死体をどこに隠していたというのだろう?
自分たちがあの場所を抜けた時、確かに何もなかった。
恐怖に怯え何かを見落としていたとでも言うのだろうか?
どっちにしても自分たちは、あの時片織のキャリーケースの中に何も入っていなかったということを確認してはいない。
「片織さんは、ご友人……新聞社の子の失踪をどう考えているの?」
「あの和くんと奥さんを殺した犯人なんじゃないかと思っているわ。でも、それが原因で失踪したわけじゃない。あの十年前の事件に関して、何かを知っていたからじゃないかと思うの」
片織の推測はこうだ。
十年前に殺された要人は、世界を動かす何か需要なことを各国の要人と秘密裏に進めていた。確かにあの年はあの後大変なことになったという事実がある。現在は収束してはいるが。
そのまま行けば、この国は戦争さえしていたかもしれない。
それを回避するためにある者がその要人を暗殺させた。
「今回、殺害された要人がいたわよね。あの人は彼女と接点があった。調べたものを彼に渡したんじゃないかと思っているの」
そして片織は、
「わたしも殺されるかもしれない」
とぽつりと呟く。
つまり、先日要人が殺されたのは十年前の事件の黒幕、もしくは計画を知っていたためなのだろうか?
では自分たちを張っていた人物もその事件に関係しているとでも?
「もしわたしが殺されたら、その黒幕が犯人よ」
自分たちは知らずしらずのうちに大きな事件に巻き込まれていた?
たくさんの疑問が沸き起こり、和宏の頭はパンク寸前になった。
妹の行方を捜していたはずなのに、目の前にあるのは十年前の事件の真相。
「しばらく、ここへは寄り付かないつもり。社の方へも代わりの人を頼んであるわ。わたしに用がある時は、メッセージアプリの方に連絡頂戴」
そう言うと、何も入っていないキャリーケースを締め、二人に頭を下げる。
「片織」
もう行くという彼女を和宏は玄関まで送った。
「和くん、大好きよ」
少し首を傾げ、微笑む片織。
それは自分へなのか、それとも父へなのか。
「優人くんも無事でいて。この件が片付いたら必ず会いに来るわ」
いつの間にか後ろにいた優人が、じっと片織を見つめていた。
本当に帰していいのか、不安に思う和宏をよそに。
静かに締まるドア。
足音が遠ざかると、優人はドアロックがかかっているのか確認し、
「誰の話しだったんだろうね」
とぽつりと呟く。
数日後、片織は失踪したのだった。
全てを二人に託して。
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