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5話『17年前の事件の真相』
7 塩田と板井の思想
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****♡side・塩田
「ホントは心のどこかでは思ってはいるんだよ。理解しているんだ」
”皇とつき合う方が幸せだって”と塩田が続けると、板井は辛そうに眼を細めた。
塩田はカウンターの椅子の上で両ひざを抱える。
いつも自分を心配して傍に居てくれる皇。副社長という立場上、部下に平等に接しなくてはならないはずなのに。いつだって塩田には甘い。
「それでも俺は修二が好きなんだ」
先日、嫉妬で心を乱す彼を見た。
今まで一度だって酷い言葉を吐いたことのない修二に『淫乱』だと暴言を吐かれたのだ。驚きもしたが、塩田に対し暴言を吐いている彼の方がとても傷ついた顔をして泣いていた。
自分は感情に乏しいと感じることはある。
けれども、好きな人を誰にも触れさせたくないという気持ちは理解しているつもりだ。それが深い関係ならなおさら。
それほどまでに、自分が彼にした仕返しは功を奏したと言える。
だが喜べない。
「泣くなよ」
板井の手が優しく塩田の頭を撫でる。
大きくて暖かい手。修二とも皇とも違っていた。
それはまるで、下の兄弟を慰める時のような優しい愛情を感じる。自分に兄がいたならこんな感じなのだろうかと塩田は思った。
「泣いてない」
「涙を流すだけが泣いているとは言わないんだよ」
板井は三人兄妹の長子。きっと妹弟には普段、こんな風に接するのだろう。
「確かに、課長よりも副社長といる方が塩田には合っているとは思うよ。でも、好きってそういう単純なものじゃないだろ」
板井は冷静で穏やかだ。
修二は末っ子なのだということを以前何かの話の流れで聞いたことがあった。両親や兄姉に愛されて育ったはずである。甘やかされて可愛がられたはずだ。
そんな彼は新入社員だった頃にある女性に騙されて責任を取る形で婚姻した。そこに愛があったとは言えない。
愛する努力はしたと言っていたし、愛していると思い込んでもいたようだ。
優しくされなかったわけではないが、何処かギクシャクした夫婦関係は彼の求める理想的な家庭とは違っただろう。
彼の欲しい愛のカタチ。
それがどんなものだったのか、想定でしかない。
ただ、満たされなかったのではないかとも思う。
記憶もないままに子供が出来てしまったのだから。
それでも、生まれた子は彼に懐いていた。それが唯一の救いだったに違いない。彼なりの穏やかな日々は塩田たちに出会うまで続いていた。
恋は突然始まるものなのだ。
塩田も修二も今はそれを理解している。
きっかけはたった一本の万年筆。
深い意味があって送ったものではなかった。
理想的で品行方正とも言える自分の上司が珍しく愚痴っていた。
そんな彼を慰めるつもりで送っただけなのに。
修二にとっては、普段無口で人と積極的にコミュニケーションを取ろとしない塩田がしてくれたことを特別に感じたのかもしれない。
互いに相手の意外性に惹かれたというのであればそれは強《あなが》ち間違ってはいないと思う。
強く見えた彼が本当は脆くて弱いことを知った。
だから目が離せなくなったのだろう。
「板井は修二のどんなところが好きなんだ?」
板井は修二に想いを寄せていた。それはきっと、塩田が彼に惹かれる前から。
「お前なあ……」
”失恋した人間にそんなこと聞くのか?”と眉を寄せる板井。
「じゃあ、質問を変える」
「今度はなんだ?」
板井はため息をつくとビールを喉に流し込んだ。
「俺が皇とつき合っていて、修二が離婚したら……行動に出たのか?」
板井は恐らく、修二が既婚者だったから諦めたのだと思う。
「どうだろうな。どんなルートを通ったとしても、あの人が惹かれたのは塩田だと思うし」
二人は職場では無口な方だ。
気が合うからこそ、こんな風に相手の心に触れるような話ができる。
「塩田のような容姿が好みなんだとしたら、俺はどっちにしろ負け戦じゃないのか?」
と板井。
「そんなのやってみなきゃ、わからないだろ」
「お前らしいな」
いつでも真っ直ぐな塩田に対し、彼はふふっと笑ったのだった。
「ホントは心のどこかでは思ってはいるんだよ。理解しているんだ」
”皇とつき合う方が幸せだって”と塩田が続けると、板井は辛そうに眼を細めた。
塩田はカウンターの椅子の上で両ひざを抱える。
いつも自分を心配して傍に居てくれる皇。副社長という立場上、部下に平等に接しなくてはならないはずなのに。いつだって塩田には甘い。
「それでも俺は修二が好きなんだ」
先日、嫉妬で心を乱す彼を見た。
今まで一度だって酷い言葉を吐いたことのない修二に『淫乱』だと暴言を吐かれたのだ。驚きもしたが、塩田に対し暴言を吐いている彼の方がとても傷ついた顔をして泣いていた。
自分は感情に乏しいと感じることはある。
けれども、好きな人を誰にも触れさせたくないという気持ちは理解しているつもりだ。それが深い関係ならなおさら。
それほどまでに、自分が彼にした仕返しは功を奏したと言える。
だが喜べない。
「泣くなよ」
板井の手が優しく塩田の頭を撫でる。
大きくて暖かい手。修二とも皇とも違っていた。
それはまるで、下の兄弟を慰める時のような優しい愛情を感じる。自分に兄がいたならこんな感じなのだろうかと塩田は思った。
「泣いてない」
「涙を流すだけが泣いているとは言わないんだよ」
板井は三人兄妹の長子。きっと妹弟には普段、こんな風に接するのだろう。
「確かに、課長よりも副社長といる方が塩田には合っているとは思うよ。でも、好きってそういう単純なものじゃないだろ」
板井は冷静で穏やかだ。
修二は末っ子なのだということを以前何かの話の流れで聞いたことがあった。両親や兄姉に愛されて育ったはずである。甘やかされて可愛がられたはずだ。
そんな彼は新入社員だった頃にある女性に騙されて責任を取る形で婚姻した。そこに愛があったとは言えない。
愛する努力はしたと言っていたし、愛していると思い込んでもいたようだ。
優しくされなかったわけではないが、何処かギクシャクした夫婦関係は彼の求める理想的な家庭とは違っただろう。
彼の欲しい愛のカタチ。
それがどんなものだったのか、想定でしかない。
ただ、満たされなかったのではないかとも思う。
記憶もないままに子供が出来てしまったのだから。
それでも、生まれた子は彼に懐いていた。それが唯一の救いだったに違いない。彼なりの穏やかな日々は塩田たちに出会うまで続いていた。
恋は突然始まるものなのだ。
塩田も修二も今はそれを理解している。
きっかけはたった一本の万年筆。
深い意味があって送ったものではなかった。
理想的で品行方正とも言える自分の上司が珍しく愚痴っていた。
そんな彼を慰めるつもりで送っただけなのに。
修二にとっては、普段無口で人と積極的にコミュニケーションを取ろとしない塩田がしてくれたことを特別に感じたのかもしれない。
互いに相手の意外性に惹かれたというのであればそれは強《あなが》ち間違ってはいないと思う。
強く見えた彼が本当は脆くて弱いことを知った。
だから目が離せなくなったのだろう。
「板井は修二のどんなところが好きなんだ?」
板井は修二に想いを寄せていた。それはきっと、塩田が彼に惹かれる前から。
「お前なあ……」
”失恋した人間にそんなこと聞くのか?”と眉を寄せる板井。
「じゃあ、質問を変える」
「今度はなんだ?」
板井はため息をつくとビールを喉に流し込んだ。
「俺が皇とつき合っていて、修二が離婚したら……行動に出たのか?」
板井は恐らく、修二が既婚者だったから諦めたのだと思う。
「どうだろうな。どんなルートを通ったとしても、あの人が惹かれたのは塩田だと思うし」
二人は職場では無口な方だ。
気が合うからこそ、こんな風に相手の心に触れるような話ができる。
「塩田のような容姿が好みなんだとしたら、俺はどっちにしろ負け戦じゃないのか?」
と板井。
「そんなのやってみなきゃ、わからないだろ」
「お前らしいな」
いつでも真っ直ぐな塩田に対し、彼はふふっと笑ったのだった。
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