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5話『17年前の事件の真相』
3 世の中の矛盾
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****♡side・塩田
『もう少しだから。もう少し我慢して』
別れ際、皇に抱きしめられたことを思い出す。
それは唯野の離婚への道のこと。
だが、そのゴールへたどり着けば皇がその恋を手放すことにも繋がる。一体どんな思いでその言葉を発したのだろうか。
『皇はなんで俺のことが好きなの』
『理由?』
彼の香りが離れ、塩田はじっと彼を見上げた。
『どうしてだろうな』
そっと微笑んではぐらかした彼の瞳は悲しみに満ちていて。
その愁いの理由が自分にあるのだろうと思った。
『ずっと葛藤してるんだよ』
塩田の質問をはぐらかしたその唇が、彼を愁いで満たす理由を零す。
『塩田には幸せになって欲しいのに、奪いたいと思う自分もいる』
皇の手が塩田の背後につかれ、顎を掴まれる。
口づけを許すのは心のどこかで彼を救いたいと思う自分がいるからなのかもしれないし、キスは浮気にはならないと言われたせいかもしれない。
触れるだけの優しい口づけ。
それ以上を望まないのか、それとも理性で押さえてけているのか塩田には判断しかねた。
『それでも、この道を選んだのは自分だから後悔しないようにしようとは思っている』
”こんなこと言われても困るよな”と皇は苦笑いをして、壁についた手を下ろすと塩田の顎を捉えていた手をスラックスのポケットに突っ込んだ。
『塩田は何も言わないんだな』
『何を言えと?』
黙って話を聞いているのは、特に反論することもなく質問することもないから。
『いや、そういうことではなく』
彼が何を言わんとしているのか塩田には理解できなかった。
『ほら、ドラマとかであるだろ。自分なんかよりもっといい人いるからとか。他にいい人探してとかさ』
『そう、言われたいのか?』
皇の出す例えについて考えてみる。
自分よりも良い人とは何を指すのだろうか?
好きとはそんなに簡単なものではないはずだ。
人には思想や性格、そして心と言うものがある。もちろん見た目もあるだろう。それらを総合し、人は人に惹かれていくものではないのだろうか?
確かに『自分よりも良い人』なんでいくらでもいるだろう。地球上には七十五億という人間がいるのだから。
自分とは七十五億分の一の存在であり、自分の代わりなど存在はしない。
同じ人間はクローンでもない限り存在はしないのだ。
社会でいう代わりと恋愛における代わりは全く違うものだろう。
『俺は好きと言われて他の人を勧める人というのは、単に好きだと言われる面倒臭さから逃げたいだけなんだと思う。その為に相手の【好き】を否定するのは違うと思うんだ』
塩田の言葉に皇は驚いた顔をした。
『紅茶が好きだという人に珈琲を好きになれよなんて言わないでしょ? そんなこと言う人はクレイジーだと思う』
『塩田のそういうトコ、好きだよ』
皇は相好を崩し、塩田を見つめている。
塩田は”何を言っているんだか”と言うように肩をすくめたのだった。
修二を好きになったことで自分は恋という感情を知った。彼の想いに応えることはできないが、自分が否定されたらどんなに辛いか想像はできる。
人が人に惹かれることは悪いことではないはずだ。
その想いは叶うとは限らない。そんなこと誰もが知っているはず。諦めて前に進むその日が来るまで、本人が自分自身の気持ちと向き合って生きていけばいい。そうすることでしか人の想いが昇華されることはないだろう。
引きずったまま先へ進めば後悔することもある。
それは他人が決めることではない。
皇に『ありがとう』と言われ、複雑な気持ちになった。
思うことが許されない世の中でなければいいと願う。押し付けはいけないことだが、思うだけなら自由であって良いはず。
人の想いや心は自由なはずだから。
「塩田」
修二の温かい手が塩田の頬を撫でる。その心地よさに塩田は瞳を閉じた。
この世の誰もに幸せになる権利はある。
しかし誰もが幸せになれることなどありはしないのだという矛盾を感じながら。
『もう少しだから。もう少し我慢して』
別れ際、皇に抱きしめられたことを思い出す。
それは唯野の離婚への道のこと。
だが、そのゴールへたどり着けば皇がその恋を手放すことにも繋がる。一体どんな思いでその言葉を発したのだろうか。
『皇はなんで俺のことが好きなの』
『理由?』
彼の香りが離れ、塩田はじっと彼を見上げた。
『どうしてだろうな』
そっと微笑んではぐらかした彼の瞳は悲しみに満ちていて。
その愁いの理由が自分にあるのだろうと思った。
『ずっと葛藤してるんだよ』
塩田の質問をはぐらかしたその唇が、彼を愁いで満たす理由を零す。
『塩田には幸せになって欲しいのに、奪いたいと思う自分もいる』
皇の手が塩田の背後につかれ、顎を掴まれる。
口づけを許すのは心のどこかで彼を救いたいと思う自分がいるからなのかもしれないし、キスは浮気にはならないと言われたせいかもしれない。
触れるだけの優しい口づけ。
それ以上を望まないのか、それとも理性で押さえてけているのか塩田には判断しかねた。
『それでも、この道を選んだのは自分だから後悔しないようにしようとは思っている』
”こんなこと言われても困るよな”と皇は苦笑いをして、壁についた手を下ろすと塩田の顎を捉えていた手をスラックスのポケットに突っ込んだ。
『塩田は何も言わないんだな』
『何を言えと?』
黙って話を聞いているのは、特に反論することもなく質問することもないから。
『いや、そういうことではなく』
彼が何を言わんとしているのか塩田には理解できなかった。
『ほら、ドラマとかであるだろ。自分なんかよりもっといい人いるからとか。他にいい人探してとかさ』
『そう、言われたいのか?』
皇の出す例えについて考えてみる。
自分よりも良い人とは何を指すのだろうか?
好きとはそんなに簡単なものではないはずだ。
人には思想や性格、そして心と言うものがある。もちろん見た目もあるだろう。それらを総合し、人は人に惹かれていくものではないのだろうか?
確かに『自分よりも良い人』なんでいくらでもいるだろう。地球上には七十五億という人間がいるのだから。
自分とは七十五億分の一の存在であり、自分の代わりなど存在はしない。
同じ人間はクローンでもない限り存在はしないのだ。
社会でいう代わりと恋愛における代わりは全く違うものだろう。
『俺は好きと言われて他の人を勧める人というのは、単に好きだと言われる面倒臭さから逃げたいだけなんだと思う。その為に相手の【好き】を否定するのは違うと思うんだ』
塩田の言葉に皇は驚いた顔をした。
『紅茶が好きだという人に珈琲を好きになれよなんて言わないでしょ? そんなこと言う人はクレイジーだと思う』
『塩田のそういうトコ、好きだよ』
皇は相好を崩し、塩田を見つめている。
塩田は”何を言っているんだか”と言うように肩をすくめたのだった。
修二を好きになったことで自分は恋という感情を知った。彼の想いに応えることはできないが、自分が否定されたらどんなに辛いか想像はできる。
人が人に惹かれることは悪いことではないはずだ。
その想いは叶うとは限らない。そんなこと誰もが知っているはず。諦めて前に進むその日が来るまで、本人が自分自身の気持ちと向き合って生きていけばいい。そうすることでしか人の想いが昇華されることはないだろう。
引きずったまま先へ進めば後悔することもある。
それは他人が決めることではない。
皇に『ありがとう』と言われ、複雑な気持ちになった。
思うことが許されない世の中でなければいいと願う。押し付けはいけないことだが、思うだけなら自由であって良いはず。
人の想いや心は自由なはずだから。
「塩田」
修二の温かい手が塩田の頬を撫でる。その心地よさに塩田は瞳を閉じた。
この世の誰もに幸せになる権利はある。
しかし誰もが幸せになれることなどありはしないのだという矛盾を感じながら。
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