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1話『出会い』
2 尊敬から始まる想い
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****♡Side・塩田
───あの人は弱音を吐かない。
『まだ苦情係が稼働したばかりの頃、だったかな。社長室に呼ばれたんだよ』
皇は社長のことが好きではないのかな、と思う事が多々ある。
苦情係ができ、自分を含む新入社員の三人が、修二の下についた。あの頃はマニュアルすらなくて、何処から何処までが業務か分からない、何を資料としてまとめるかもわからないという状況下で、毎日残業。
塩田は徒歩五分のところに住んでいるから良いものの、電車通いの電車《でんま》は遅刻が多くなった。慣れない会社に慣れない業務。連日の残業に、疲労困憊。そんな中、ミスも多発。しかし修二は一言も怒らなかった。
遅刻しても、
『事故がなくて良かった』
『少し、休憩をとって仮眠してこい』
と電車を元気づけたり、気遣ったりしていたのだ。
初めは我関せずと言った風の塩田にも、その様子は目に留まる。凄く出来た上司だなと、感じていた。
そんな折に修二は、社長室に呼ばれたというのだ。
『いつになったら、まともに稼働できるのかね』
社長の第一声は、それだったという。なんの手も貸そうともせず、傍観しているだけ。その上、修二にとって後輩にあたる皇の前で。
『優秀な部下を三人もつけてあげたのに、連日残業だそうだね』
という社長の言葉に、見兼ねた皇が、
『お言葉ですが、社長。唯野課長は頑張っています。優秀でも部下たちは、新人です。そんな簡単に……』
皇の言葉を遮る社長。
『皇くん。それは上司の手腕で変わる。そうは思わないかね』
その言葉に皇も、黙るしかなかった。
『社長が唯野課長に、どんな恨みを抱いているのか知らないが、あんまりだよ』
その時も修二は、何も言わなかったそうだ。
愚痴の一つも溢さず、自分の代わりに怒る皇に対し、
『アイツらは頑張ってる。俺の力不足だよ』
と、笑ったという。
『あの人は、弱音すら吐かない。俺は後輩だ。いくら副社長とはいえ、十も年下の後輩の前で叱るなんてパワハラだろ』
皇は当時のことを思い出したのか、手をわなわなと震わせて。
塩田も、当時のことを思いだす。恐らく社長に呼ばれた次の日であろう。何十枚にもなった紙の束を、修二が塩田たち三人に配ったのは。
それは修二が一晩かけて作り上げた、マニュアルだった。
それから一週間もせずに苦情係は正常稼働し始め、残業はおろか、余裕が出始める。社長も修二の有能さを認めざるを得なかったのであろう。
今ではたまに苦情係に顔を出しては、労いの言葉をかけていく。
『塩田、ありがとな』
ある日、塩田は彼に礼を言われた。
あまりにも修二の負担が大きいと判断した塩田は、率先して彼の仕事を手伝うようになっていたからだ。
『礼など不要だ』
『でも塩田のお陰だから。社長を見返せたのも』
その言葉には、さすがに塩田も驚いた。
『飯、奢らせてくれよ。昼飯、一緒に食いに行こう』
と昼に誘われたが、自分にとっては仕事しただけに過ぎない。
報酬は社長が、給料という形で支払ってくれているはずだ。
『いらん』
塩田にとっては、礼など不要だった。だから断るのも当然。
だが、彼はなぜか傷ついた顔をして、
『俺と、飯食うの……嫌か?』
と塩田に問う。
しかし塩田が答える前に、
『まあ、そうだよな。昼くらいゆっくり食いたいわな。ごめん』
と自己完結し、踵を返した。
そんな彼のスーツのジャケットの裾を、塩田は思わず掴んでしまったのだ。
『え?』
と驚く彼。
『嫌じゃない。行く』
───恐らく、俺はあの人を尊敬してた。
傷つけたことが嫌だったんだ。
───あの人は弱音を吐かない。
『まだ苦情係が稼働したばかりの頃、だったかな。社長室に呼ばれたんだよ』
皇は社長のことが好きではないのかな、と思う事が多々ある。
苦情係ができ、自分を含む新入社員の三人が、修二の下についた。あの頃はマニュアルすらなくて、何処から何処までが業務か分からない、何を資料としてまとめるかもわからないという状況下で、毎日残業。
塩田は徒歩五分のところに住んでいるから良いものの、電車通いの電車《でんま》は遅刻が多くなった。慣れない会社に慣れない業務。連日の残業に、疲労困憊。そんな中、ミスも多発。しかし修二は一言も怒らなかった。
遅刻しても、
『事故がなくて良かった』
『少し、休憩をとって仮眠してこい』
と電車を元気づけたり、気遣ったりしていたのだ。
初めは我関せずと言った風の塩田にも、その様子は目に留まる。凄く出来た上司だなと、感じていた。
そんな折に修二は、社長室に呼ばれたというのだ。
『いつになったら、まともに稼働できるのかね』
社長の第一声は、それだったという。なんの手も貸そうともせず、傍観しているだけ。その上、修二にとって後輩にあたる皇の前で。
『優秀な部下を三人もつけてあげたのに、連日残業だそうだね』
という社長の言葉に、見兼ねた皇が、
『お言葉ですが、社長。唯野課長は頑張っています。優秀でも部下たちは、新人です。そんな簡単に……』
皇の言葉を遮る社長。
『皇くん。それは上司の手腕で変わる。そうは思わないかね』
その言葉に皇も、黙るしかなかった。
『社長が唯野課長に、どんな恨みを抱いているのか知らないが、あんまりだよ』
その時も修二は、何も言わなかったそうだ。
愚痴の一つも溢さず、自分の代わりに怒る皇に対し、
『アイツらは頑張ってる。俺の力不足だよ』
と、笑ったという。
『あの人は、弱音すら吐かない。俺は後輩だ。いくら副社長とはいえ、十も年下の後輩の前で叱るなんてパワハラだろ』
皇は当時のことを思い出したのか、手をわなわなと震わせて。
塩田も、当時のことを思いだす。恐らく社長に呼ばれた次の日であろう。何十枚にもなった紙の束を、修二が塩田たち三人に配ったのは。
それは修二が一晩かけて作り上げた、マニュアルだった。
それから一週間もせずに苦情係は正常稼働し始め、残業はおろか、余裕が出始める。社長も修二の有能さを認めざるを得なかったのであろう。
今ではたまに苦情係に顔を出しては、労いの言葉をかけていく。
『塩田、ありがとな』
ある日、塩田は彼に礼を言われた。
あまりにも修二の負担が大きいと判断した塩田は、率先して彼の仕事を手伝うようになっていたからだ。
『礼など不要だ』
『でも塩田のお陰だから。社長を見返せたのも』
その言葉には、さすがに塩田も驚いた。
『飯、奢らせてくれよ。昼飯、一緒に食いに行こう』
と昼に誘われたが、自分にとっては仕事しただけに過ぎない。
報酬は社長が、給料という形で支払ってくれているはずだ。
『いらん』
塩田にとっては、礼など不要だった。だから断るのも当然。
だが、彼はなぜか傷ついた顔をして、
『俺と、飯食うの……嫌か?』
と塩田に問う。
しかし塩田が答える前に、
『まあ、そうだよな。昼くらいゆっくり食いたいわな。ごめん』
と自己完結し、踵を返した。
そんな彼のスーツのジャケットの裾を、塩田は思わず掴んでしまったのだ。
『え?』
と驚く彼。
『嫌じゃない。行く』
───恐らく、俺はあの人を尊敬してた。
傷つけたことが嫌だったんだ。
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