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1 それぞれの事情

3・【想い】

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****♡side:利久

 それから数日、学食に通いつめたものの海斗には会えなかった。
 想いだけが、募っていく。
「会いたい会いたい会いたい」
 学食のテーブルに突っ伏して呪文のように独り言を呟いていると、すごく不機嫌な声で”誰に”と問われた。
「海に」
 と返答したら相手はそれきり黙ってしまった。
 いよいよ幻聴が聞こえたのかもしれないと、のそっと顔を上げて固まる。
 本人が目の前で真っ赤な顔をして口元をおさえていた。
「カイッ?!」
 恥ずかしくなって思わず両手で顔を隠す利久。
「なんで、俺? リクにあんなに酷いことしたのに」
「えっ、いや、だって」

 ──好きだから。なんて言えないよ。
  言ったら二度と会えない気がする。

「僕は、前みたいにカイと仲良くなりたいし……」
「俺を許すのか?」
「許すもなにも……」
「あんなことして、逃げたのに」
 彼の目が泳いでいる。やっぱり好きだなって思う。
 空き時間の学食は人がまばらで、誰もこちらに注目しているものは居なかった。
「僕が何かしてカイをおこらせたのかと」
「……」
「無視されて辛かったけど」

 ──カイが好きだから。

「ごめん、どうしていいかわからなくて」
「どう?」
「あのあとすぐ謝ろうとしたけど、リクは怯えて俺を拒絶したから」

 ──うん? 拒絶?

「怖くなった」
 錯乱状態だったとは言われたけど、そんなことしたのか? 自分は。
「どうしてあんなこと……」
「……」
 理由を聞けば海斗はただ辛そうに俯いた。

 ━━━━━━━━━━━━━━━━海斗の妹*花菜かな

「利久ちゃん」
 それから数日後、校門で美少女が俺を待っていた。
「花菜ちゃん」
 彼女は海斗の一つ下の妹である。
「ご無沙汰してます。会いたかったんだ」
 そう言って、彼女はニコッと笑う。
「久しぶりだね」
 海斗と今のような関係になるまではしょっちゅう海斗の家に遊びに行っていたので、実に一年半ぶりだった。

「家すぐそこだけど、喫茶店にする?」
「家、出たんだ」
 やっぱりと言う顔をする。
 海斗とは家も近所だった。大学に入ると同時に自分は大学の近くに独り暮らしをはじめていた。それなら会わずに済むと思ったから。
「人に聞かれたくない話だから、利久ちゃん家がいいな」
 ”なんだろう?”と思いながらも利久はその希望に快諾する。

 家に着き二人分の飲み物を用意すると彼女は海斗について話しだした。
「利久ちゃんにしか笑顔見せないお兄ちゃんが、大学入って少ししてから、すごく嬉しそうな顔をしてた日があったの」

 ──僕にしか?
  記憶の中の海斗はいつだって優しげな笑みを浮かべてた。
  そう、あの日までは。

「高校二年の夏以来、笑顔どころか表情すらなくしたあのお兄ちゃんが」
 そういえば『仏頂面王子』とクラスの女子に呼ばれていたなと、ふと思った。あの時はピンと来なかったが。
「ずっと何があったのか知らなかったんた。パパには話したらしいのだけど」
 海斗の父はK学園の理事長である。
「お兄ちゃん、利久ちゃんに……」
 そこで彼女は言葉を濁した。
「あたし、信じられなかった。だってお兄ちゃん、大学行ったら利久ちゃんと同棲したいって」
「え?」
「それ、パパに許可してもらったって」
 そこで彼女の瞳から涙がこぼれ落ちた。
「利久ちゃんのこと、お兄ちゃんがずっと好きなのは知ってた。告白してうまくいったら同棲するんだってそう言ってた」
「カイがそんなことを……?」

 ──カイが僕を好き?

「それから三日もたたないうちにお兄ちゃん、青ざめて帰って来て」
「うん」
「パパと何か話してた」
 それから海斗は塞ぎ混んでしまったようだ。それが大学に入り、嬉しそうな顔をしていたあの日は大学食で利久を見かけたらしい。
「利久ちゃん、あのね」
「うん?」
「お兄ちゃん、脅されてたらしいの」
「え?」
「1学年上の堀川の令嬢に」

 ──堀川先輩……
  そういえばあの人、あのあとK学園系列の別の学校に編入したという噂を聞いたな。

「あの人、お兄ちゃんのことが好きで」
「?!」
「利久ちゃんに嫌がらせしようとしてたの。願わくば利久ちゃんがお兄ちゃんを嫌いになるように仕向けた」
「……」
「利久ちゃんにあんなことさせたのはあの人なの」

 ──カイの意思じゃなかったんだ。
  だから、あんな辛そうな顔した。

「お兄ちゃんがやらなければ、輪姦させるって」
「!!」
「お兄ちゃんがしたことは許されることじゃない」
 でも、と彼女は言う。
「お兄ちゃんのこと嫌わないで」
「嫌ってなんて」

 ──こんなに好きなのに。
  嫌いになんてなれないのに。

「利久ちゃんがあのあと一ヶ月入院して、すごくショック受けてて、あの人に復讐したみたいなの」
「え」
「それで、パパはあの人を編入させたんだって 」
 それは双方の話し合いで決めたことらしい。
「利久ちゃんはお兄ちゃんのことどう思ってるの?」
「っ」
 ぶわっと顔に血がのぼった。
 不意打ちが過ぎる。
「お兄ちゃんは、利久ちゃんが居ないと死んじゃうよ」
 すごく悲しげな目でどこか遠くを見ている。
「僕はカイのことが」

 ──好きだ。
  ずっとずっと好きだ。

「好きだよ」
 その言葉に彼女は安堵の表情を浮かべた。
「この間、久々に話した。えっと今日もッ」
「うん」
「告白してみようかな、カイに」
「お兄ちゃん、嬉しくて失神しちゃうかもね」
「僕が緊張で言葉になるか不安だよ」
 二人で笑い合った。明るい未来を信じて。

   **♡**

 ──なんだよ。
  決心したのに、どういうこと?

 目の前の光景をみて、気が変になりそうだった。
 いつもの学食、海斗の腕を掴むのはこの間とはちがう女の子だった。モテるのは昔から。『仏頂面王子』などとあだ名をつけられているけど、基本優しい。

 ──僕といるときはいつも笑顔。
  つまり、仏頂面が微笑んでるわけだ。
  そりゃあ、それみた女子はキュンとするだろう。

 海斗は困った表情を浮かべて相手を見ていた。彼女が自慢の長い髪を海斗に、触ってくれと言わんばかりに差し出している。利久は以前よく海斗に頭を撫でられたり髪に触れられたりしたことを思いだし、何かが沸き上がるのをかんじた。

「カイ」
 殴りたいのをぐっと拳を握って耐えた。名を呼べば、彼はハッとなってこちらをみる。その指先には女の子の髪。

 ──触るな触るな触るな。
  カイから離れろ。
  その汚い手をカイから離せ。

 利久は呪詛のように心で唱えた。海斗はごめんと言って彼女から離れると、急ぎ足でこちらに向かってくる。
「リク?」
 利久の表情をみて困惑気味だ。
「もう、知らない」
「え?」
 精一杯の強がりだった。海斗がショックを受け、すがるような目を向けてくる。
「カイのバカッ」
「リクっ!」

 ──カイを独り占めしたい。
  僕のことだけみてほしい。
  他の人に触れさせないでよ。

 踵を返すとはや歩きで食堂を後にする。
 泣きそうだ。
 海斗が慌てて追いかけてくるのを感じていた。
「リク、待って」

 ──腕を掴んで引き留めたらいい。
  なんでそうしないの?

「俺、なにかした?」

 ──ねえ、触れてよ。

「リク」
 海斗が必死な顔をして利久の足を止めようとしている。
「行かないで、リク」

 ──なんでそんな必死なのに、触れようとしないの?

「リク、お願いだから」
「じゃあ、家までついてくればいいでしょ!」
「え?」

 ──カイを閉じ込めてしまいたい。
  僕はそんなことを思っていた。
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