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8 優しい、その手【奏斗】
1 彼女との再会
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「Are you okay? Are you sick?」
奏斗が自動販売機の前でしゃがみこんでいると、背後から心配そうな女性の声。
とても発音が綺麗だが、自分は日本人だ。
髪色で勘違いされた可能性はあるだろう。
「大丈夫」
と顔を上げ、互いに固まった。
「奏斗……」
何故ならそこに立っていたのは、ずっと会いたいと願っていた相手だったから。
愛美と一線を越えた奏斗は憂鬱な気分で部屋を出た。
彼女は今、眠っている。
覚悟はしていたものの、後悔しかない。とりあえず何か飲み物でも買おうと自販機を探すが、この旅館は景観を壊さないために目立つところには置いていないということを思い出した。
「トイレの前あたりかな」
別館に続く廊下にトイレのマークを見つける。
案の定、影に隠れたところに自販機は立っていた。
パーカーのポケットからスマホを取り出し、自販機に向けようとして画面を見つめる。壁紙は高校のとき愛美から貰った虹の写真のまま。
あの頃の純粋な気持ちのままでいたかった。
あの頃のままでいて欲しかったのに。
そこかしこに残る、彼女の感触。身体を駆け巡った熱。
選択したのは自分。こんな風に後悔するのは失礼なのだ。それなのに、彼女に動物的な欲望を穿った自分に落胆している。
「最低だ……」
こんなこと望んでいなかったのに。
自分もただの男なのだと知る。
誠意を貫くことが出来ないことくらいわかっていた。それでも自分を好きだと言ってくれた結菜にも酷いことをしているのだ。
誰が赦してくれるというのだろう、こんな身勝手な自分を。
明るい結菜の声でも聞けば少しは浮上できるだろうか?
そんなことを思ってみたが、時刻は深夜一時を回っている。こんな時間に電話をすれば迷惑以外の何物でもない。
「覚悟が足りなかったのかな……」
涙があふれて、腕で拭う。
今の自分を『花穂』が見たらなんと言うだろう。
馬鹿ねと笑うだろうか?
奏斗はしゃがみこむとメッセージアプリを開いた。
消せない、元カノ『花穂』とのやり取り。話は会ってしていたので、約束のやり取りくらいしかしてはいなかったが。
誘われて断ればいつだって『忙しいのね。また誘うわ』と簡素な返事。
──いつだって素っ気なかった。
あの関係に意味なんてあるはずがない。
それなのに、俺は確認したいと思っている。
ほんと、バカだな。
そこに愛があったと信じたいだけなのだ。
勝手に傷ついて、勝手に希望を持っている。
それなのに、連絡すらできない。
──もう、傷つきたくないから。
あの手に触れられるのが好きだった。
『子ども扱いしているわけじゃないわ。愛でてるのよ』
自分はやはり鑑賞物か何かだったのだろうか。
ハラハラと涙は落ちてスマホの画面を濡らした。
大切にしたかったものを壊したのは自分。
未練が残るくらいなら、もっと必死になればよかっただけの話。
愛美の時も、花穂の時も。
腕を顔に当てじっと画面を見つめる。そうしていたら、不意に後ろから声をかけられたのだ。
「元気……じゃなさそうね。どうしたの?」
彼女、花穂は奏斗に視線を合わせるようにしゃがみこむと鞄から取り出したハンカチを奏斗の目元にあてる。
「何も」
どう説明していいかわからず、そういうしかなかった。
すると彼女は奏斗の浴衣姿をじっと眺め、唐突に口元へ手をあてる。
「まさか、襲われたの? あなた変に色気あるから」
「へ?」
「あ、違った? 泣いてるからてっきりそっち系に襲われたのかと」
どうやら彼女は奏斗が暴漢にでも襲われたと思ったらしい。
しゃがみ込んでいた奏斗は何言ってんだという顔をしながら床に腰を下ろすと壁に背を預けた。
「もう。そんな恰好するとパンツ丸見えになるわよ?」
「別に……男だし」
パンツくらい見えてもと言うと、膝立ちになった彼女が困ったように眉を寄せる。
「浴衣似合うわね」
「そう?」
”ありがと”と言って奏斗が微笑むと、不意に彼女の唇が口に押しあてられたのだった。
奏斗が自動販売機の前でしゃがみこんでいると、背後から心配そうな女性の声。
とても発音が綺麗だが、自分は日本人だ。
髪色で勘違いされた可能性はあるだろう。
「大丈夫」
と顔を上げ、互いに固まった。
「奏斗……」
何故ならそこに立っていたのは、ずっと会いたいと願っていた相手だったから。
愛美と一線を越えた奏斗は憂鬱な気分で部屋を出た。
彼女は今、眠っている。
覚悟はしていたものの、後悔しかない。とりあえず何か飲み物でも買おうと自販機を探すが、この旅館は景観を壊さないために目立つところには置いていないということを思い出した。
「トイレの前あたりかな」
別館に続く廊下にトイレのマークを見つける。
案の定、影に隠れたところに自販機は立っていた。
パーカーのポケットからスマホを取り出し、自販機に向けようとして画面を見つめる。壁紙は高校のとき愛美から貰った虹の写真のまま。
あの頃の純粋な気持ちのままでいたかった。
あの頃のままでいて欲しかったのに。
そこかしこに残る、彼女の感触。身体を駆け巡った熱。
選択したのは自分。こんな風に後悔するのは失礼なのだ。それなのに、彼女に動物的な欲望を穿った自分に落胆している。
「最低だ……」
こんなこと望んでいなかったのに。
自分もただの男なのだと知る。
誠意を貫くことが出来ないことくらいわかっていた。それでも自分を好きだと言ってくれた結菜にも酷いことをしているのだ。
誰が赦してくれるというのだろう、こんな身勝手な自分を。
明るい結菜の声でも聞けば少しは浮上できるだろうか?
そんなことを思ってみたが、時刻は深夜一時を回っている。こんな時間に電話をすれば迷惑以外の何物でもない。
「覚悟が足りなかったのかな……」
涙があふれて、腕で拭う。
今の自分を『花穂』が見たらなんと言うだろう。
馬鹿ねと笑うだろうか?
奏斗はしゃがみこむとメッセージアプリを開いた。
消せない、元カノ『花穂』とのやり取り。話は会ってしていたので、約束のやり取りくらいしかしてはいなかったが。
誘われて断ればいつだって『忙しいのね。また誘うわ』と簡素な返事。
──いつだって素っ気なかった。
あの関係に意味なんてあるはずがない。
それなのに、俺は確認したいと思っている。
ほんと、バカだな。
そこに愛があったと信じたいだけなのだ。
勝手に傷ついて、勝手に希望を持っている。
それなのに、連絡すらできない。
──もう、傷つきたくないから。
あの手に触れられるのが好きだった。
『子ども扱いしているわけじゃないわ。愛でてるのよ』
自分はやはり鑑賞物か何かだったのだろうか。
ハラハラと涙は落ちてスマホの画面を濡らした。
大切にしたかったものを壊したのは自分。
未練が残るくらいなら、もっと必死になればよかっただけの話。
愛美の時も、花穂の時も。
腕を顔に当てじっと画面を見つめる。そうしていたら、不意に後ろから声をかけられたのだ。
「元気……じゃなさそうね。どうしたの?」
彼女、花穂は奏斗に視線を合わせるようにしゃがみこむと鞄から取り出したハンカチを奏斗の目元にあてる。
「何も」
どう説明していいかわからず、そういうしかなかった。
すると彼女は奏斗の浴衣姿をじっと眺め、唐突に口元へ手をあてる。
「まさか、襲われたの? あなた変に色気あるから」
「へ?」
「あ、違った? 泣いてるからてっきりそっち系に襲われたのかと」
どうやら彼女は奏斗が暴漢にでも襲われたと思ったらしい。
しゃがみ込んでいた奏斗は何言ってんだという顔をしながら床に腰を下ろすと壁に背を預けた。
「もう。そんな恰好するとパンツ丸見えになるわよ?」
「別に……男だし」
パンツくらい見えてもと言うと、膝立ちになった彼女が困ったように眉を寄せる。
「浴衣似合うわね」
「そう?」
”ありがと”と言って奏斗が微笑むと、不意に彼女の唇が口に押しあてられたのだった。
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