上 下
46 / 57
8 優しい、その手【奏斗】

1 彼女との再会

しおりを挟む
「Are you okay?  Are you sick?」
 奏斗が自動販売機の前でしゃがみこんでいると、背後から心配そうな女性の声。
 とても発音が綺麗だが、自分は日本人だ。
 髪色で勘違いされた可能性はあるだろう。
「大丈夫」
と顔を上げ、互いに固まった。
「奏斗……」
 何故ならそこに立っていたのは、ずっと会いたいと願っていた相手だったから。

 愛美と一線を越えた奏斗は憂鬱な気分で部屋を出た。
 彼女は今、眠っている。
 覚悟はしていたものの、後悔しかない。とりあえず何か飲み物でも買おうと自販機を探すが、この旅館は景観を壊さないために目立つところには置いていないということを思い出した。
「トイレの前あたりかな」
 別館に続く廊下にトイレのマークを見つける。
 案の定、影に隠れたところに自販機は立っていた。

 パーカーのポケットからスマホを取り出し、自販機に向けようとして画面を見つめる。壁紙は高校のとき愛美から貰った虹の写真のまま。
 あの頃の純粋な気持ちのままでいたかった。
 あの頃のままでいて欲しかったのに。

 そこかしこに残る、彼女の感触。身体を駆け巡った熱。
 選択したのは自分。こんな風に後悔するのは失礼なのだ。それなのに、彼女に動物的な欲望を穿った自分に落胆している。
「最低だ……」
 こんなこと望んでいなかったのに。
 自分もただの男なのだと知る。
 誠意を貫くことが出来ないことくらいわかっていた。それでも自分を好きだと言ってくれた結菜にも酷いことをしているのだ。
 誰が赦してくれるというのだろう、こんな身勝手な自分を。

 明るい結菜の声でも聞けば少しは浮上できるだろうか?
 そんなことを思ってみたが、時刻は深夜一時を回っている。こんな時間に電話をすれば迷惑以外の何物でもない。
「覚悟が足りなかったのかな……」
 涙があふれて、腕で拭う。
 今の自分を『花穂』が見たらなんと言うだろう。
 馬鹿ねと笑うだろうか?

 奏斗はしゃがみこむとメッセージアプリを開いた。
 消せない、元カノ『花穂』とのやり取り。話は会ってしていたので、約束のやり取りくらいしかしてはいなかったが。
 誘われて断ればいつだって『忙しいのね。また誘うわ』と簡素な返事。

──いつだって素っ気なかった。
 あの関係に意味なんてあるはずがない。
 それなのに、俺は確認したいと思っている。
 ほんと、バカだな。

 そこに愛があったと信じたいだけなのだ。
 勝手に傷ついて、勝手に希望を持っている。
 それなのに、連絡すらできない。

──もう、傷つきたくないから。

 あの手に触れられるのが好きだった。
『子ども扱いしているわけじゃないわ。でてるのよ』
 自分はやはり鑑賞物か何かだったのだろうか。
 ハラハラと涙は落ちてスマホの画面を濡らした。

 大切にしたかったものを壊したのは自分。
 未練が残るくらいなら、もっと必死になればよかっただけの話。
 愛美の時も、花穂の時も。
 腕を顔に当てじっと画面を見つめる。そうしていたら、不意に後ろから声をかけられたのだ。


「元気……じゃなさそうね。どうしたの?」
 彼女、花穂は奏斗に視線を合わせるようにしゃがみこむと鞄から取り出したハンカチを奏斗の目元にあてる。
「何も」
 どう説明していいかわからず、そういうしかなかった。
 すると彼女は奏斗の浴衣姿をじっと眺め、唐突に口元へ手をあてる。
「まさか、襲われたの? あなた変に色気あるから」
「へ?」
「あ、違った? 泣いてるからてっきりそっち系に襲われたのかと」
 どうやら彼女は奏斗が暴漢にでも襲われたと思ったらしい。
 しゃがみ込んでいた奏斗は何言ってんだという顔をしながら床に腰を下ろすと壁に背を預けた。
「もう。そんな恰好するとパンツ丸見えになるわよ?」
「別に……男だし」
 パンツくらい見えてもと言うと、膝立ちになった彼女が困ったように眉を寄せる。
「浴衣似合うわね」
「そう?」
 ”ありがと”と言って奏斗が微笑むと、不意に彼女の唇が口に押しあてられたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】ドS上司とヤンデレイケメンに毎晩種付けされた結果、泥沼三角関係に堕ちました。

雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向けランキング31位、人気ランキング132位の記録達成※雪村里帆、性欲旺盛なアラサーOL。ブラック企業から転職した先の会社でドS歳下上司の宮野孝司と出会い、彼の事を考えながら毎晩自慰に耽る。ある日、中学時代に里帆に告白してきた同級生のイケメン・桜庭亮が里帆の部署に異動してきて…⁉︎ドキドキハラハラ淫猥不埒な雪村里帆のめまぐるしい二重恋愛生活が始まる…!優柔不断でドMな里帆は、ドS上司とヤンデレイケメンのどちらを選ぶのか…⁉︎ ——もしも恋愛ドラマの濡れ場シーンがカット無しで放映されたら?という妄想も込めて執筆しました。長編です。 ※連載当時のものです。

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

私を犯してください♡ 爽やかイケメンに狂う人妻

花野りら
恋愛
人妻がじわじわと乱れていくのは必読です♡

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

お嬢様、お仕置の時間です。

moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。 両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。 私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。 私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。 両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。 新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。 私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。 海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。 しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。 海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。 しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。

ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生

花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。 女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感! イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡

悪役令嬢は王太子の妻~毎日溺愛と狂愛の狭間で~

一ノ瀬 彩音
恋愛
悪役令嬢は王太子の妻になると毎日溺愛と狂愛を捧げられ、 快楽漬けの日々を過ごすことになる! そしてその快感が忘れられなくなった彼女は自ら夫を求めるようになり……!? ※この物語はフィクションです。 R18作品ですので性描写など苦手なお方や未成年のお方はご遠慮下さい。

処理中です...