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6『返り討ちに』
1 心強い味方
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****side■板井
「どうかしたのか?」
我が社の副社長皇は社長の趣向で尊大な態度を取ってはいるが、とても気さくな人である。
折り入って頼みがあると言えば、彼は時間を作ってくれたのだった。
休憩室のソファーに足を組んで腰かける皇は片手にカフェオレを持って。
「俺にできることなら、何でも言えよ」
と気軽に言葉にする。
「黒岩総括のことなんですが」
優雅に腰かけていた彼は、板井の言葉にこちらを二度見した。
「また何か問題を起こしたのか? 黒岩さん」
「また?」
「あ、いや」
皇はローテーブルに飲み物を置くと襟を正し、失言だったなというように苦笑いする。
「とにかく座ったら?」
「あ、はい」
板井は彼に言われ、向かい側の一人がけソファーに腰を下ろした。
「黒岩さんは仕事はできる人だけれど、強引だからねえ。部下から慕われてはいるけれど摩擦もあるよ」
その辺は商品部の部長や苦情係の唯野課長とは違うところだねと皇は苦笑いする。自分にとって部下が年上ばかりというのはやり辛くないのだろうかと板井は思った。
皇はまだ二十六。二十代で起業家なんて珍しくはない。大学生で社長というのも見かけるくらいだ。しかし大企業の副社長となるとそう多くない気もする。こと、日本においては。
「で、黒岩さんが何か問題でも?」
「最近特に課長へのその……求愛行動が激しいというか」
どう表現したものかと思いながらも、何とか言葉にする。皇は何かを察したようだった。
「自分は、その。誰かがけしかけているのではないかと思っています。だって、不倫ですよ? いくら総括だって自分の立場をわきまえないとは思い難いのです」
皇はじっと板井の訴えを聞いていたが、
「その誰かとは?」
と踏み込む。
「これは俺の推測にすぎませんが」
「うん、いいよ」
「けしかけているのは、社長なのではないかと」
皇は板井の言葉に驚いた顔はしなかった。想定内のことなのだろう。
「目的は何だと思う?」
と彼。
「目的……?」
それこそが板井の知りたいことであった。もちろん分からないからこそこうやって皇の力を借りようとしているのだ。
「黒岩さんが最近唯野さんにしつこくしているのは、社長がけしかけたからだという意見には俺も同意する。ただ、なんのためにそんなことをしたのか」
理由は俺にもわからないと彼は言う。
「黒岩さんに何か言われた?」
「俺が言われたわけじゃありませんが『俺は諦めない。必ず板井から奪ってやるから』と言ってました」
板井が聞いたままを伝えると、彼がフッと笑う。
「その程度じゃ唯野さんは動じないだろ」
黒岩と唯野の関係は正直、板井の知るところにはない。
「なあ、板井」
「はい」
「十七年だよ、二人の付き合いは。その間、何も変わらないならこの先もきっと変わらない」
もっとも、と彼は続ける。
「板井と唯野さんがつき合っているならという意味だ」
板井は瞬きをした。彼が何を言っているのか理解することは出来ても、何を言わんとしているのかが理解できない。
「二人はどうにかなったりしない。だからと言ってこの件を放っておくということじゃないがな」
皇は飲み終えたカフェオレをゴミ箱へ落とすと、再び板井に向き直って、
「心配は要らないよ。唯野さんは簡単に意思を曲げるような人じゃない。嫌なことはしない」
つまり、社長からのパワハラに耐えるのは嫌なことではないということになる。その辺りについては、とても複雑な心境になるが。
「そんな顔するな。俺が社長から聞き出してやるから」
皇が品の良い笑みを浮かべる。
「ところで副社長」
「なんだ?」
「塩田とは上手くいっているんですか?」
先日かかって来た電話のことを思い出し、気になったことを聞いてみた。
すると彼は極上の笑みを浮かべると、
「もちろん」
と答えたのだった。
「どうかしたのか?」
我が社の副社長皇は社長の趣向で尊大な態度を取ってはいるが、とても気さくな人である。
折り入って頼みがあると言えば、彼は時間を作ってくれたのだった。
休憩室のソファーに足を組んで腰かける皇は片手にカフェオレを持って。
「俺にできることなら、何でも言えよ」
と気軽に言葉にする。
「黒岩総括のことなんですが」
優雅に腰かけていた彼は、板井の言葉にこちらを二度見した。
「また何か問題を起こしたのか? 黒岩さん」
「また?」
「あ、いや」
皇はローテーブルに飲み物を置くと襟を正し、失言だったなというように苦笑いする。
「とにかく座ったら?」
「あ、はい」
板井は彼に言われ、向かい側の一人がけソファーに腰を下ろした。
「黒岩さんは仕事はできる人だけれど、強引だからねえ。部下から慕われてはいるけれど摩擦もあるよ」
その辺は商品部の部長や苦情係の唯野課長とは違うところだねと皇は苦笑いする。自分にとって部下が年上ばかりというのはやり辛くないのだろうかと板井は思った。
皇はまだ二十六。二十代で起業家なんて珍しくはない。大学生で社長というのも見かけるくらいだ。しかし大企業の副社長となるとそう多くない気もする。こと、日本においては。
「で、黒岩さんが何か問題でも?」
「最近特に課長へのその……求愛行動が激しいというか」
どう表現したものかと思いながらも、何とか言葉にする。皇は何かを察したようだった。
「自分は、その。誰かがけしかけているのではないかと思っています。だって、不倫ですよ? いくら総括だって自分の立場をわきまえないとは思い難いのです」
皇はじっと板井の訴えを聞いていたが、
「その誰かとは?」
と踏み込む。
「これは俺の推測にすぎませんが」
「うん、いいよ」
「けしかけているのは、社長なのではないかと」
皇は板井の言葉に驚いた顔はしなかった。想定内のことなのだろう。
「目的は何だと思う?」
と彼。
「目的……?」
それこそが板井の知りたいことであった。もちろん分からないからこそこうやって皇の力を借りようとしているのだ。
「黒岩さんが最近唯野さんにしつこくしているのは、社長がけしかけたからだという意見には俺も同意する。ただ、なんのためにそんなことをしたのか」
理由は俺にもわからないと彼は言う。
「黒岩さんに何か言われた?」
「俺が言われたわけじゃありませんが『俺は諦めない。必ず板井から奪ってやるから』と言ってました」
板井が聞いたままを伝えると、彼がフッと笑う。
「その程度じゃ唯野さんは動じないだろ」
黒岩と唯野の関係は正直、板井の知るところにはない。
「なあ、板井」
「はい」
「十七年だよ、二人の付き合いは。その間、何も変わらないならこの先もきっと変わらない」
もっとも、と彼は続ける。
「板井と唯野さんがつき合っているならという意味だ」
板井は瞬きをした。彼が何を言っているのか理解することは出来ても、何を言わんとしているのかが理解できない。
「二人はどうにかなったりしない。だからと言ってこの件を放っておくということじゃないがな」
皇は飲み終えたカフェオレをゴミ箱へ落とすと、再び板井に向き直って、
「心配は要らないよ。唯野さんは簡単に意思を曲げるような人じゃない。嫌なことはしない」
つまり、社長からのパワハラに耐えるのは嫌なことではないということになる。その辺りについては、とても複雑な心境になるが。
「そんな顔するな。俺が社長から聞き出してやるから」
皇が品の良い笑みを浮かべる。
「ところで副社長」
「なんだ?」
「塩田とは上手くいっているんですか?」
先日かかって来た電話のことを思い出し、気になったことを聞いてみた。
すると彼は極上の笑みを浮かべると、
「もちろん」
と答えたのだった。
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