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5『変わり始めた日常』
4 黒岩の本音と板井
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****side■黒岩(総括)
「最低と言われそうだが、初めはヤリたいだけだったよ、唯野と」
社外のカフェ。
こんなところで話す内容でもないが、致し方ない。
カウンターに腰かけ板井の質問に答えると、案の定軽蔑の眼差し。
「俺の手で。あいつを腕の中でぐちゃぐちゃにしてやりたかった。理性なんか捨てて、快楽に溺れさせたかった」
それくらい”唯野修二”という男からは性欲のせの字も感じなかったのだ。
美人で人当たりが良く、良い身体をしている彼は浮いた話の一つもなかった。
「同僚に身体目的で近づくって、最低ですね」
とはっきり言う板井に、思わず吹き出す黒岩。
「初めはな。でもよく一緒に飯を食いに行くようになって、唯野自身に興味が湧いた」
興味が湧けば衝動的に身体の関係になだれ込む黒岩にとって、性交はスポーツのようなものだった。もちろん恋などしたことがなく、まともな付き合いも皆無。修羅場は日常茶飯事であり、それが普通だったのだ。
だが、自分の性欲の強さくらいは分かっていた。
だから手を出す相手は男。子供が出来ないから良いだろうという、最低な男。
そんな自分が唯一執着した相手が『唯野修二』だったのだ。
それは初恋と言ってもいいのではないだろうか?
「俺は唯野が好きだ。それだけは変わらない」
黒岩がそう告げれば、
「あなたがしようとしていることは、不倫なんですよ? 長年連れ添った奥さんがいるのに……」
板井はまともで真面目で、真っすぐだ。だから唯野だって惹かれたのだろうと思う。
「妻は以前から不倫している」
「は?」
俺にとってはそんなことはどうでもいいこと。板井にそれが伝わったかは分からない。
「離婚、しないんですか?」
「子供が成人するまではな」
彼の問いにそう答えると、意外そうな顔をされた。
「酷い奴だな。俺だってたくさんの部下がいるんだ。そこまで、無責任じゃないぞ。作った責任くらいは果たすさ」
黒岩がアイスティーを飲み干し、ふっと息を吐くと、
「なんで上手くいかなくなったんですか?」
と板井。
「元々、愛があったわけじゃないからな」
本当のことを言っただけなのに、侮蔑の眼差し。
正直な奴だなと思った。
「さて、社に戻るぞ」
黒岩が言って立ち上がると、板井が自分の分を出そうとする。黒岩はそれを制した。
「いいよ、誘ったの俺だし」
板井は何か言いかけたが、押し問答をするのは良くないと思ったのだろう。
「ごちそうさまです」
と礼儀正しく腰を折る。
黒岩は小さく笑むと、レジでスマホを翳し先に外に出た板井の方を何気なく目で追う。
背が高く、がっしりとした身体に真面目で常識的な好青年。
一瞬、彼に組み伏せられ甘い声をあげて善がる唯野を想像してドキリとした。
未だ十七年前のことを引きづっているのは自分だけ。あの時何があったのか、どうしても知りたい。何が唯野を結婚に駆り立てたのか?
そしてどうして十七年も続いた結婚生活に簡単に終止符を打つことが出来たのか?
「なあ、板井」
会計を済ませ外へ出た黒岩は片手をスラックスのポケットに入れ、板井を見上げる。
「はい?」
「唯野を抱いたのか? どうだった?」
世間話でもするかのように問う黒岩に、彼が目を見開く。
「ちょ……往来でセクハラはやめてください」
「そっか、良かったんだな」
彼の様子を見て何かを察した黒岩はフッと笑って先に歩き出す。
それを慌てて追う板井。
「自分、何も言ってませんよね?」
「じゃあ、良くなかったのか?」
「なんですか? その質問はズルいです!」
ぎゅっと拳を握り締める板井に黒岩は吹きだす。
その時、胸に入れていたスマホがブルっと震えた。
指先で取り出し、画面を見ると舌打ちをする黒岩。
「悪い、電話だ。先、行ってくれ」
板井は察しの良い男だ。素直に頷くと人ごみに消えていったのだった。
彼が見えなくなると、
「なんだ? 唯野」
スマホに耳をあてる黒岩。
通話の相手は『唯野修二』、その人だったのである。
「最低と言われそうだが、初めはヤリたいだけだったよ、唯野と」
社外のカフェ。
こんなところで話す内容でもないが、致し方ない。
カウンターに腰かけ板井の質問に答えると、案の定軽蔑の眼差し。
「俺の手で。あいつを腕の中でぐちゃぐちゃにしてやりたかった。理性なんか捨てて、快楽に溺れさせたかった」
それくらい”唯野修二”という男からは性欲のせの字も感じなかったのだ。
美人で人当たりが良く、良い身体をしている彼は浮いた話の一つもなかった。
「同僚に身体目的で近づくって、最低ですね」
とはっきり言う板井に、思わず吹き出す黒岩。
「初めはな。でもよく一緒に飯を食いに行くようになって、唯野自身に興味が湧いた」
興味が湧けば衝動的に身体の関係になだれ込む黒岩にとって、性交はスポーツのようなものだった。もちろん恋などしたことがなく、まともな付き合いも皆無。修羅場は日常茶飯事であり、それが普通だったのだ。
だが、自分の性欲の強さくらいは分かっていた。
だから手を出す相手は男。子供が出来ないから良いだろうという、最低な男。
そんな自分が唯一執着した相手が『唯野修二』だったのだ。
それは初恋と言ってもいいのではないだろうか?
「俺は唯野が好きだ。それだけは変わらない」
黒岩がそう告げれば、
「あなたがしようとしていることは、不倫なんですよ? 長年連れ添った奥さんがいるのに……」
板井はまともで真面目で、真っすぐだ。だから唯野だって惹かれたのだろうと思う。
「妻は以前から不倫している」
「は?」
俺にとってはそんなことはどうでもいいこと。板井にそれが伝わったかは分からない。
「離婚、しないんですか?」
「子供が成人するまではな」
彼の問いにそう答えると、意外そうな顔をされた。
「酷い奴だな。俺だってたくさんの部下がいるんだ。そこまで、無責任じゃないぞ。作った責任くらいは果たすさ」
黒岩がアイスティーを飲み干し、ふっと息を吐くと、
「なんで上手くいかなくなったんですか?」
と板井。
「元々、愛があったわけじゃないからな」
本当のことを言っただけなのに、侮蔑の眼差し。
正直な奴だなと思った。
「さて、社に戻るぞ」
黒岩が言って立ち上がると、板井が自分の分を出そうとする。黒岩はそれを制した。
「いいよ、誘ったの俺だし」
板井は何か言いかけたが、押し問答をするのは良くないと思ったのだろう。
「ごちそうさまです」
と礼儀正しく腰を折る。
黒岩は小さく笑むと、レジでスマホを翳し先に外に出た板井の方を何気なく目で追う。
背が高く、がっしりとした身体に真面目で常識的な好青年。
一瞬、彼に組み伏せられ甘い声をあげて善がる唯野を想像してドキリとした。
未だ十七年前のことを引きづっているのは自分だけ。あの時何があったのか、どうしても知りたい。何が唯野を結婚に駆り立てたのか?
そしてどうして十七年も続いた結婚生活に簡単に終止符を打つことが出来たのか?
「なあ、板井」
会計を済ませ外へ出た黒岩は片手をスラックスのポケットに入れ、板井を見上げる。
「はい?」
「唯野を抱いたのか? どうだった?」
世間話でもするかのように問う黒岩に、彼が目を見開く。
「ちょ……往来でセクハラはやめてください」
「そっか、良かったんだな」
彼の様子を見て何かを察した黒岩はフッと笑って先に歩き出す。
それを慌てて追う板井。
「自分、何も言ってませんよね?」
「じゃあ、良くなかったのか?」
「なんですか? その質問はズルいです!」
ぎゅっと拳を握り締める板井に黒岩は吹きだす。
その時、胸に入れていたスマホがブルっと震えた。
指先で取り出し、画面を見ると舌打ちをする黒岩。
「悪い、電話だ。先、行ってくれ」
板井は察しの良い男だ。素直に頷くと人ごみに消えていったのだった。
彼が見えなくなると、
「なんだ? 唯野」
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