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3『進展しない二人に』
4 会いたい
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****side■唯野(課長)
塩田から連絡があった少し後、板井からメッセージを受け取った唯野は、外出しようとしていた。
それは板井からのメッセージを受け取ったからに他ならない。
車のキーに手を伸ばし、上着を羽織る。風呂に入ったばかりだったが、風邪を心配する余裕などなかった。ただ、板井に今すぐ会いたかったのだ。
”駅近くの行きつけのスナックで吞んでいるのですが、課長も来ませんか?”
メッセージにはそう書かれていた。電話を先にすれば良かったのだろうが、心にそんな余裕はない。金曜日の夜に、恋人になったばかりの相手と一緒にいられるのだ。
昼間の口づけを思い出し、身体が熱くなった。エレベーターの箱に乗り込み、一階のエントランスに出たところでポケットに入れたスマホが鳴った。板井からだと思い、画面を見ずに電話に出た唯野は、そこで歩みを止める。
失敗したと思った。
「もしも……黒岩? どうかしたのか?」
『今、外か?』
エントランスに声が響くことに気づいた唯野は、急いで外へ出る。近所迷惑だと怒られるのは嫌だった。
「外というか、今から出かけようと思っていたところだ」
『こんな時間からか?』
時刻は二十時を過ぎている。確かに中途半端な時間ではあった。なんと答えようか迷っていると、
『板井は一緒じゃないのか?』
と問われる。
黒岩という男は、昔からそうだった。
いつでもズカズカとプライベートに入り込もうとする。そんな強引な彼が、唯野は苦手だったのだ。
「今から会いに行くと言ったら?」
早く電話を切りたかった唯野は、彼にそう返答した。それが逆効果になるとも知らずに。
『行くな、唯野』
何故、彼にそんなことを言われなければならないのだろうか?
『どうして板井なんだよ。何故、部下なんだ』
板井は唯野よりも十以上下で、確かに部下だ。しかしわが社では社内恋愛は禁止されていない。よっぽどのことがなければ、部署が同じだろうが自由だ。
板井はちゃんと成人を迎えているし、法的にも問題はない。
年が離れすぎていると言いたいのだろうか?
だが、恋愛は精神年齢でするものであって、実年齢は関係ないはずだ。本人たちが気にするかどうかは別として。なのに何故、そんなことを咎められなければならないのだろう。
不倫という関係なら口出しされても仕方ないが、離婚は成立しているし”別れてすぐに次に行くのはどうなんだ?”と言われたところで、他人に口出しされる言われもない。
「お前に怒られなけばならないようなことはしていない」
『そうじゃない』
「じゃあ、なんだよ」
いつも黒岩とは喧嘩腰になりやすかった。
それは彼が土足で人の心に入ってくるような奴だったからだ。自分は本来、穏やかな方。こんな風に喧嘩腰で話したくはないのだ。
彼はいつだって、唯野の心をかき乱す。
「なんで口出ししてくるんだよ」
心なしか、声のトーンが上がっているような気がした。
「お前には大切な家族がいるだろ? 俺にとって板井は大切な恋人なんだよ。好きな人に会いたい、一緒にいたいと思うのは自然なことだろ。違うのか?」
悔しくて、涙が溢れた。
四十を目前にして、恐らくこれは初恋なのだ。
学生時代に付き合った人はいたが、就職を理由にどちらからともなく別れた。仲が悪かったわけでも、うまくいっていなかったわけでもない。
ただ、この先の人生では、互いが足かせになるように感じていたに違いない。一緒にいて楽だったのは、互いに大人だったから。
「俺だって……会いたいよ」
板井は今まで出逢って来た誰とも違った。
何も言わなくても唯野を理解しようとしてくれる。
いい大人がこんなところで泣いているのはみっともないと、袖で涙を拭おうとしたら、不意に後ろから腕を掴まれ心臓が止まりそうになった。
「誰です? 相手」
「板井……」
それは今、ここにいるはずのない相手であった。
塩田から連絡があった少し後、板井からメッセージを受け取った唯野は、外出しようとしていた。
それは板井からのメッセージを受け取ったからに他ならない。
車のキーに手を伸ばし、上着を羽織る。風呂に入ったばかりだったが、風邪を心配する余裕などなかった。ただ、板井に今すぐ会いたかったのだ。
”駅近くの行きつけのスナックで吞んでいるのですが、課長も来ませんか?”
メッセージにはそう書かれていた。電話を先にすれば良かったのだろうが、心にそんな余裕はない。金曜日の夜に、恋人になったばかりの相手と一緒にいられるのだ。
昼間の口づけを思い出し、身体が熱くなった。エレベーターの箱に乗り込み、一階のエントランスに出たところでポケットに入れたスマホが鳴った。板井からだと思い、画面を見ずに電話に出た唯野は、そこで歩みを止める。
失敗したと思った。
「もしも……黒岩? どうかしたのか?」
『今、外か?』
エントランスに声が響くことに気づいた唯野は、急いで外へ出る。近所迷惑だと怒られるのは嫌だった。
「外というか、今から出かけようと思っていたところだ」
『こんな時間からか?』
時刻は二十時を過ぎている。確かに中途半端な時間ではあった。なんと答えようか迷っていると、
『板井は一緒じゃないのか?』
と問われる。
黒岩という男は、昔からそうだった。
いつでもズカズカとプライベートに入り込もうとする。そんな強引な彼が、唯野は苦手だったのだ。
「今から会いに行くと言ったら?」
早く電話を切りたかった唯野は、彼にそう返答した。それが逆効果になるとも知らずに。
『行くな、唯野』
何故、彼にそんなことを言われなければならないのだろうか?
『どうして板井なんだよ。何故、部下なんだ』
板井は唯野よりも十以上下で、確かに部下だ。しかしわが社では社内恋愛は禁止されていない。よっぽどのことがなければ、部署が同じだろうが自由だ。
板井はちゃんと成人を迎えているし、法的にも問題はない。
年が離れすぎていると言いたいのだろうか?
だが、恋愛は精神年齢でするものであって、実年齢は関係ないはずだ。本人たちが気にするかどうかは別として。なのに何故、そんなことを咎められなければならないのだろう。
不倫という関係なら口出しされても仕方ないが、離婚は成立しているし”別れてすぐに次に行くのはどうなんだ?”と言われたところで、他人に口出しされる言われもない。
「お前に怒られなけばならないようなことはしていない」
『そうじゃない』
「じゃあ、なんだよ」
いつも黒岩とは喧嘩腰になりやすかった。
それは彼が土足で人の心に入ってくるような奴だったからだ。自分は本来、穏やかな方。こんな風に喧嘩腰で話したくはないのだ。
彼はいつだって、唯野の心をかき乱す。
「なんで口出ししてくるんだよ」
心なしか、声のトーンが上がっているような気がした。
「お前には大切な家族がいるだろ? 俺にとって板井は大切な恋人なんだよ。好きな人に会いたい、一緒にいたいと思うのは自然なことだろ。違うのか?」
悔しくて、涙が溢れた。
四十を目前にして、恐らくこれは初恋なのだ。
学生時代に付き合った人はいたが、就職を理由にどちらからともなく別れた。仲が悪かったわけでも、うまくいっていなかったわけでもない。
ただ、この先の人生では、互いが足かせになるように感じていたに違いない。一緒にいて楽だったのは、互いに大人だったから。
「俺だって……会いたいよ」
板井は今まで出逢って来た誰とも違った。
何も言わなくても唯野を理解しようとしてくれる。
いい大人がこんなところで泣いているのはみっともないと、袖で涙を拭おうとしたら、不意に後ろから腕を掴まれ心臓が止まりそうになった。
「誰です? 相手」
「板井……」
それは今、ここにいるはずのない相手であった。
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