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20──恋人らしさとは【実弟】

2 その線を超えるには

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「は? 今、なんて?」
「だから、今日は昼食わないで帰るって言った」
 優人は平田に聞き返され、そんな風に聞き返されるようなことを言っただろうかと思いながらもう一度繰り返す。
「じゃなくて、その前」
「和宏が家にいるからって話?」
「お兄さんのこと呼び捨てにしてんの?!」
「そうだけど?」
 ”それがどうかした?”という態度の優人に平田は呆れたように両手を軽く上に向けて肩を竦める。
「昨日まで、普通に”兄さん”って呼んでたじゃない」
「そうだね」
「どういう心境の変化? 喧嘩でもしてるわけ」
 優人は”そんなんじゃないよ”と笑うと平田の車の助手席に乗り込む。

 あれから兄を連れて優人たちがよく利用するショッピングモールへ出向いた。
 そこでちょっとした事件が起きる。
 すれ違ったK学園高等部の学生を兄が目で追っていたのだ。普段はそんな風に他人を見ることがない彼。
 知り合いでも見つけたのかと思い聞いてみると、
『優人の制服姿、生で見たかったなと思って』
という回答が返ってきたのだ。
『着ようか? まだ着れるかも』
 去年まで来ていた高等部の制服は実家にあったはずだ。

『そういうことじゃなくて』
『うん?』
『俺はやっぱり、後悔していることがたくさんあるんだ。どうにもならないのに諦めきれないでいる』
 唇を噛んで目に涙を浮かべた彼の手を握り込むと、優人は自分の方へ引き寄せた。
『俺は優人の高校三年間を知らない』
『それは……』
 ”仕方ない”と言ってしまっていいのか分からずに言葉を濁す。
『中学から高校時代って言うのは、その人の価値観を形成する大事な時期だと思うんだ。はっきりと好き嫌いなどの好み、趣味趣向などが決まるそんな時期に俺は傍に居なかった』
 ”だから知らないことが多い”と彼は言う。

 優人は小さくため息をつくと、
『俺の高校時代なんて見たところで、いいことなんか何もないと思うよ?』
と高校時代のことを思い出しながら告げる。
『なんで』
 少しムッとした言い方をする兄が可愛い。
『だって、いろんな人とつき合ってたし』
 ”ヤキモチ妬いちゃうよ?”と耳元で囁けば、彼が頬を染める。
『どっちにしたって、五つ違いで同じとこ通えるのは小学校だけだしな』
 拗ねたようにそんなことを言う兄に優人は驚いた顔をした。
『佳奈が羨ましいよ』
 確かに社会に出るまではその年齢差は大きいものだと思う。だがそこまで気にしたことがなかった優人は複雑な心境になったのである。
 家に着くまで兄の発言について考えていた優人は、ある結論に至った。

──こうやって俺が”兄さん”と呼んでいる限り、兄さんは年齢差について考えるだろうし対等になることが難しくなるのではないか?

 恋愛は対等。
 だからこそ年が違おうが名前で呼び合うことが出来る。
 友人関係で下の名前で呼び合うのは対等な関係だからなのではないかとも思ったのだ。

 そしてその夜、優人は実行に移してみたのである。
 だが、想像した反応とはだいぶ違っていて。

「恋人なんだし、名前で呼ぶのは変じゃないでしょ」
「あ、まあ。和宏さんがいいならいいんじゃないの?」
 シートベルトを締めながら、”もう余計なことは言わないよ”と言わんばかりの平田の方に視線を向け優人は口を噤む。
「なに、どうかした? 怖い顔して」
「いや」
 今まで感じていた違和感の正体に気づき優人は黙ったのだ。

──友人の平田が兄さんを名前で呼ぶのに、恋人の俺が名前で呼べないのは何か変じゃないのか?

 優人は昨夜、兄を名前で呼んだ時のことを思い出す。
 行為の最中以外に兄を名前で呼ぶことがなかった優人に、案の定兄は驚いた顔をした。
『えっと……』
 困惑する兄の手を掴み隣に座らせると、
『恋人なんだし、これからは名前で呼ぼうと思うんだけど。ダメ?』
『ダメじゃない』
 ギュッと拳を握りしめ小さく左右に首を振る彼。恐らく感情を押し殺しているのだろう。優人は、そんな兄が愛おしく感じたのだった。
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