86 / 114
17──手を伸ばしても届かないもの【平田】
4 彼の価値観
しおりを挟む
レポートを書くのに必要な文献を探すため、二人はK学生御用達の古書店にいた。個人経営であり、決して綺麗とは言えない場所だがその代わり掘り出し物も多い。
平田も優人もこの古書店の隣にある音楽屋がお気に入りだった。一見、音楽系のモノを扱っているとは思えないお洒落な建物。一階は喫茶店で蔦の葉が生い茂っており、看板は店の入り口に申し訳程度。
デジタル化が進み、CDすらなかなかお目にかかれなくなった世の中で、年代が古いものや中古も扱っている品揃えの豊富な店である。
『デジタルは悪くないけれど、音楽の場合すべてがあるとは限らないしね』
優人がそう言っていたことを思い出す。
つまりマイナーなものがあるとは限らない。
もちろん逆の現象も起きるだろう。となるとお得感はあってもレア感はなくだろう。
「優人はどっちが好きなの」
「何の話?」
お目当ての文献を手に入れ、古書店を後にする。この後は通例通り隣の音楽屋に向かう。
「アナログとデジタル」
「相反するものは比べるに値しないよ。どちらも良し悪しはあるでしょ」
それはもっともな意見だ。
「とは言え、音楽や本に関しては手元に残したいかな」
「なるほど」
喫茶店のよこの階段を上り、二階の音楽屋へ入っていく。
「それに芸術方面には積極的に投資したいと思うしね」
世の中にいるのはホンの一握りの金持ちと多くの貧乏人。特に日本は貧乏人ばかりの国だと聞く。
「本にしても音楽にしても、売れなきゃ次はない」
「そうだな」
「好きなものがなくならないように、ファンにできることは購入することしかないんだよ」
それが応援となる。結局世の中は金なんだよなと思いながら平田は優人の好む洋楽の棚に視線を走らせた。
「今入ってるのはR&B?」
「うん」
車で流れているCDを見つけた平田はCDジャケットを裏返し、曲目を確認して眉を潜める。優人は数枚のアルバムを一枚にまとめたようだが、好きな曲を選曲して編集したとしても何かオカシイ。
「今、車で聴いている曲ってこのグループのモノだけみたいだけれど」
「そうだよ。何か気になることでも?」
「好みで選んだとしても、この曲何か意味があって抜いてる?」
質問の意味を確かめようと平田の手元を覗き込む優人。
「あー、それね」
あからさまに嫌な顔をする彼に、そんなに気に入らない曲なのかと思った。
その曲は有名なアーティストとコラボで作られた曲のようだ。自分たちの年代でも知っているのだから相当な有名人であることは分かるが。
「嫌うほど歌下手だった?」
「え? いや違うよ」
歌が下手なわけでも曲調が嫌いなわけでもないと彼は言う。
「このグループってさ、アイドルみたいな感じなんだよ。もっとも欧米のアイドルと日本のアイドルでは全然意味合いなんかも違うけれどね。一枚目のアルバムの時点でUKチャートの上位に食い込むほど人気だった」
つまり、彼の手助けがなくても売れているようなグループだった。もちろん歌唱力も認めたような。
そこに彼がコラボとして曲を作る。話題作りなのだろうと思っていたがMVを見た時、どう考えてもそのコラボ相手が主線で目立っているのを見て得したのはどっちなんだ? と考えたらしい。
「厭らしい年寄りって好きじゃないんだよ。どう考えたって利用されたのは彼らの方だなって感じた。だからその曲は好きじゃない」
「優人らしいな」
「ん?」
「他人の能力、食い物にするような奴ら嫌いじゃん」
「そうだね」
”そういえばさ”と平田はあることに気づき、話を変える。
「優人の好きなミュージシャンっていろんなジャンルの曲を歌っている人たちばかりだな」
「そう言えば、そうだな。ファンの中にはジャンルが変わることが嫌な人もいるみたいだけれど、俺は歌声が好きで聴いているからジャンルが変わることは問題じゃない。むしろ、その方が飽きなくていいなとも思う」
”もっとも”と彼は続けて。
「好きなミュージシャンだからと言ってすべての曲が好きということはないけれどね」
やはり優人の価値観は好きだなと思う平田であった。
平田も優人もこの古書店の隣にある音楽屋がお気に入りだった。一見、音楽系のモノを扱っているとは思えないお洒落な建物。一階は喫茶店で蔦の葉が生い茂っており、看板は店の入り口に申し訳程度。
デジタル化が進み、CDすらなかなかお目にかかれなくなった世の中で、年代が古いものや中古も扱っている品揃えの豊富な店である。
『デジタルは悪くないけれど、音楽の場合すべてがあるとは限らないしね』
優人がそう言っていたことを思い出す。
つまりマイナーなものがあるとは限らない。
もちろん逆の現象も起きるだろう。となるとお得感はあってもレア感はなくだろう。
「優人はどっちが好きなの」
「何の話?」
お目当ての文献を手に入れ、古書店を後にする。この後は通例通り隣の音楽屋に向かう。
「アナログとデジタル」
「相反するものは比べるに値しないよ。どちらも良し悪しはあるでしょ」
それはもっともな意見だ。
「とは言え、音楽や本に関しては手元に残したいかな」
「なるほど」
喫茶店のよこの階段を上り、二階の音楽屋へ入っていく。
「それに芸術方面には積極的に投資したいと思うしね」
世の中にいるのはホンの一握りの金持ちと多くの貧乏人。特に日本は貧乏人ばかりの国だと聞く。
「本にしても音楽にしても、売れなきゃ次はない」
「そうだな」
「好きなものがなくならないように、ファンにできることは購入することしかないんだよ」
それが応援となる。結局世の中は金なんだよなと思いながら平田は優人の好む洋楽の棚に視線を走らせた。
「今入ってるのはR&B?」
「うん」
車で流れているCDを見つけた平田はCDジャケットを裏返し、曲目を確認して眉を潜める。優人は数枚のアルバムを一枚にまとめたようだが、好きな曲を選曲して編集したとしても何かオカシイ。
「今、車で聴いている曲ってこのグループのモノだけみたいだけれど」
「そうだよ。何か気になることでも?」
「好みで選んだとしても、この曲何か意味があって抜いてる?」
質問の意味を確かめようと平田の手元を覗き込む優人。
「あー、それね」
あからさまに嫌な顔をする彼に、そんなに気に入らない曲なのかと思った。
その曲は有名なアーティストとコラボで作られた曲のようだ。自分たちの年代でも知っているのだから相当な有名人であることは分かるが。
「嫌うほど歌下手だった?」
「え? いや違うよ」
歌が下手なわけでも曲調が嫌いなわけでもないと彼は言う。
「このグループってさ、アイドルみたいな感じなんだよ。もっとも欧米のアイドルと日本のアイドルでは全然意味合いなんかも違うけれどね。一枚目のアルバムの時点でUKチャートの上位に食い込むほど人気だった」
つまり、彼の手助けがなくても売れているようなグループだった。もちろん歌唱力も認めたような。
そこに彼がコラボとして曲を作る。話題作りなのだろうと思っていたがMVを見た時、どう考えてもそのコラボ相手が主線で目立っているのを見て得したのはどっちなんだ? と考えたらしい。
「厭らしい年寄りって好きじゃないんだよ。どう考えたって利用されたのは彼らの方だなって感じた。だからその曲は好きじゃない」
「優人らしいな」
「ん?」
「他人の能力、食い物にするような奴ら嫌いじゃん」
「そうだね」
”そういえばさ”と平田はあることに気づき、話を変える。
「優人の好きなミュージシャンっていろんなジャンルの曲を歌っている人たちばかりだな」
「そう言えば、そうだな。ファンの中にはジャンルが変わることが嫌な人もいるみたいだけれど、俺は歌声が好きで聴いているからジャンルが変わることは問題じゃない。むしろ、その方が飽きなくていいなとも思う」
”もっとも”と彼は続けて。
「好きなミュージシャンだからと言ってすべての曲が好きということはないけれどね」
やはり優人の価値観は好きだなと思う平田であった。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる