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16──自分自身と対峙して【実弟】

4 噛み合わない想い

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『優人が必死になれる相手は、和宏さんだけ?』
 優人は自宅マンションのエレベーターの箱に乗り込むと目的の階のボタンを押そうとして一瞬手を止めた。
 帰り際に平田と話した会話の内容が頭を過ったからである。
 一つ瞬きをし、再びボタンに手を伸ばす。下に着いた旨を兄にメッセージアプリから送信したばかりだ。部屋まではいくらもかからない。遅くなっては心配するだろうと思った。

──なんで、今更。

 優人は目的の階のボタンにタッチし、両手をパーカーのポケットに突っ込む。
『そりゃ、突然いなくなったら誰だって必死になるだろ?』
 今は恋人だが、大切な家族だったのだ。そんなことは説明せずとも平田にとてわかっていると思った。
『優人にとって俺はなに』
『友人。言うなれば唯一無二の親友?』
『なんで疑問形なんだよ』
 それは優人の言葉に彼が眉を潜めたから。
 しかし優人はそれについて言及しなかった。

 返答をせず、視線を地面に落とした優人に、
『ホントに友達だと思ってる?』
と彼。
 責めたいことがあるなら責めればいいと思った。その権利はある。
 どうせ自分の考えていることなんて彼には分ってるのだ。
 この関係が彼によって成り立っていると思っていると。
『優人は初めからそうだよな』
 ”離れるなら離れればいい”一貫して変わらない態度の優人。平田はそれが気に入らないと言う。

 そもそも対等な関係でないのに、どうしろと言うのだと思った。
 自分は平田を友人だと思っている。だが彼は違うのだ。
 友人である前に”恋愛感情”と言うものが存在する。だからこの関係は彼の一存で変わるのだ。

『自分だってわかっているくせに。どうしてそうなんだよ』
『何が』
『この世に存在する恋愛感情の方向性は一つじゃない』
 再び彼に視線を戻せば、切なげに眉を寄せこちらを見ていた。
『誰も彼もが好きだからパートナーになることを望むわけじゃない。ただ関りを持てるだけで幸せだと感じられる人もいるんだよ』
 ”それなのに”と彼は続ける。
『優人は友達と言いながら、この関係がいつか終わると思っているんだろ?』

──否定できるわけがない。
 平田の気持ちは平田のものだ。
 
 目的の階に着きエレベーターの箱から降りると、案の定兄は心配そうにドアの前に立っていた。
「兄さん、ただいま」
「おかえり」
 エレベーターの方に視線を向けた彼に軽く手を上げる。
「下に着いたって言うのに遅いから心配したぞ」
「うん、ごめん」
 優人はドアの前まで歩いて行くと、兄を抱きすくめて。
「ちょっと考え事していて」
「そっか。平田君となんかあった?」
「ううん。いつも通りだよ」

 そう、平田に怒られることなど日常茶飯事。
『優人は、俺がいなくなったら必死になってくれるの』
『試されるのは好きじゃない』
 いつでも自分らしくいられるのは、彼が自分に恋愛感情を持っているからだと気づいたのはいつだったろうか?
 気を持たせないようにするには気を遣わないことが一番だと思ったから、いつでも素直に向き合ってきたのだ。長所も短所も。包み隠さず素のままで。

『俺は平田がいなくなっても追いかけたりはしない。ただ俺のことが嫌いになったんだなと思うよ』
『居てとは言わないんだ?』
『どこに行くも平田の自由だろ』
 彼は地面に視線を向け、数度瞬きをすると、
『まあ、そうだな』
と苦笑いをした。

『優人、俺はさ』
『うん?』
『別に、好きだから傍にいたくてこうしてるわけじゃない』
『どういう意味』
『一緒にいて楽しいから傍にいる』
 ”その割にはしょっしゅう怒ってないか?”と指摘すれば、彼は笑う。
『楽しいって言うのは、一概にハッピーを指すわけじゃないだろ』
 彼の言いたいことが分からないわけではないが、曖昧に頷くと、
『俺が言いたいのはさ、例えば優人に対して恋愛感情がなくなったからと言って離れていくことはないってことだよ』
 優人は平田の言葉になんと返していいのかわからなかった。

──平田の気持ち次第なのに。
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