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13──新たな環境での日常【兄】

3 平田の苦悩

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 スーパーで必要なものを購入し、帰宅した和宏はキッチンを優人に任せるとリビングからベランダへ出た。
 和宏はここから望む景色が何より好きだった。
 人込みは嫌いだが、この場所から見える景色の中には人々の暮らしがある。今日も世界の中で人々は何か思い、何かを成していくだろう。
 瞳の中に生命の輝きを感じる。それは不思議な感覚。

「和宏さん」
 欄干に両腕を乗せ階下を眺めていると背後から声をかけられ、そちらを振り返る和宏。
「どうかしたのか?」
「優人に邪魔だと言われたもんで」
 ”そっか”と微笑んで見せれば平田に意外そうな顔をされた。
 彼はベランダに置いてあったサンダルを履き、和宏の隣まで歩いてくる。そしてベランダから見える景色に目を向けた。
「へえ。良い眺めですね」
「そうだろ」
 平田の言葉に身体を反転させ、再び階下に目をやる和宏。

「平田君は優人のこと好きなの?」
 わかり切っていることではあるが、あえて口にしたのは嫉妬からではない。
「え?」
 彼が驚いてこちらに視線を向けたことに気づいたが、和宏は階下を眺めたまま続ける。
「ちょっと語弊があるか。まだ好きなの? 恋愛感情という意味で」
 穏やかな和宏の口調に牽制しているわけではないと判断したのだろうか、彼も再び正面に視線を戻した。
「好きですよ。もちろん、どうこうなるなんて期待はしてませんが」
 ”そもそも”と続けて。
「叶わないから好きじゃなくなるというのは、好きだとは思いませんしね」
 ”それはただの自己愛でしょう?”と言う平田。
 和宏は”そうだな”と同意する。

「和宏さんも全性愛者パンセクシャルですよね」
「ん? ああ、恐らくね」
 恋愛的性志向は主に五種に分けられる。だが本質として考えた時、そんなに多くないだろうとも思う。
 和宏に対し性志向を確認した平田もまた全性愛者パンセクシャルだ。
「変な話をしてもいいですか?」
「変な話?」
 そこで平田に視線を移し、和宏は彼が頷くのを確認した。
 彼がこれから口にすることは自分たちのような性趣向の者にしか理解できない感覚なのだと察する。
「他人に対しての好きと言うのは、性愛ありきか精神ありきかの二つに分かれると思うんですよ」

 全性愛者は好きになった相手が好き。
 それは性別ありきではないが、誰でも好きになれるということでもない。
 ○○だったらどっちの性でもいいということであって、他の人間に対してはどんな性だろうが受け付けないということだ。
 そう考えるとバイセクシャルとパンセクシャルはまったく違うものだと言える。
 似ているようで全く違う。そしてパンセクシャルからすると、バイセクシャルは理解を超える相手でもある。
 範囲だけで言うならバイセクシャルは極端な話、75億人/75億人という広い恋愛範囲を持つ。
 パンセクシャルは真逆で1人/75億人という狭い範囲なのだ。
 実際には好みや好きになりやすさなども関係してくるので、あくまでもこれは分かりやすさを重視した極端な例ではあるが。

「俺には両想いにならなければ好きでいられないという心理が理解できないんです」
「心理……心理ねえ」
「フラれて諦めるのと好きでなくなるのは別の話なんじゃないかなって」
 想いを打ち明け、失恋して今まで通りの交流がなくなれば自然と心は離れていくかもしれない。しかし、だから好きじゃないというのは”元から好きではない”のではないか?
「自己都合の好きって好きとは言わないのではないかと」
「それは俺も思うよ」
 平田のいうことに異論はない。
「人間の持つ恋愛感情って一体何なんでしょうね」
 確かにそれは不思議な何かではあると思う。しかし理由は一つしかないだろう。
「恋愛感情の正体は子孫繫栄の本能だろう」
「やっぱりそこなんですかねえ」
 いささかがっかりした様子の彼。
 人間は所詮動物から進化したに過ぎない。本能から逃れることはできない。できるのは理性で本能を抑え込むことだけ。プライドを失えば動物と変わらない。
「人間と動物との違いなんて些細なものだよ。理性があるから人間でいられるだけなんだ」 
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