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10──それでも君が好き【義弟】
1 阿貴と優人
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「あ、優人……」
夜中の旅館の廊下で四つ下の義理の弟、優人を見かけ思わず声を発してしまった阿貴。
彼と会うのは昼間ぶりだ。一族会議で、チラリと顔を合わせたに過ぎないが。
「ん? ああ、阿貴」
スマホから視線をあげた彼はそれを尻のポケットにしまう。
何か用? という冷たい視線が痛い。彼には嫌われているので仕方ないことだが。
「えっと、義兄さんは一緒じゃないの?」
「寝てる」
会わせる気はないぞという圧力を感じながら、
「そ、そっか。少し、向こうで話さない?」
と思い切って提案する。
優人は部屋の方に視線を向けると、少し考えるような仕草をし、
「そうだな」
と返答をした。
旅館の玄関の近くには二十四時間営業の売店もあるが、その隣には和風喫茶が併設されている。こちらも二十四時間営業だ。売店とは違い、客がまばらなのは奥に座敷もあるからだろうと思われた。
「こんな時間に何してたわけ?」
徘徊癖でもあると思われているのだろうか、彼はホットティーの入ったカップを置くと不審者でも見るような視線を阿貴に向ける。
「ちょっと……眠れなくて売店に。優人は?」
「平田……友達に電話」
相変わらず愛想がないなと思いながらも、思わず笑みが漏れてしまう。
仲良くなるチャンスなんていくらでもあったのに、そのチャンスを握りつぶし、それどころか嫌われるようなことばかりした自分。
憎しみしか感じてないはずの相手なのに、言葉を返してくれることがこんなにも嬉しいなんてと思った。
「なにがそんな嬉しいわけ?」
優人は案の定嫌そうな顔をする。
彼は家族以外にあまり感情を見せない人なのだ。だからこそ、負の感情だったとしても嬉しく思ってしまう。
「優人、カッコよくなったよね。身長も伸びたし」
「阿貴はいつまで経っても、ちびっ子だな」
「悪かったな!」
優人の嫌味がクリティカルヒットし、思わず声を荒げた阿貴に彼がくくくと笑っている。
何年かぶりに見たその笑顔に胸を締め付けられながら、抹茶アイスにスプーンを差し込む。
「僕がしてしまったことは、決して許されることじゃない」
「ん?」
「でも、もう一度一からやり直したいって思ってる」
仲良くなれるチャンスを自ら握りつぶし、義兄を傷つけ、家族を滅茶苦茶にしておきながら虫のいい話だとは思う。でも努力しないのは違うと思った。
「俺は正直、同情してはいる」
「え?」
優人は両手をパーカーのポケットに入れると椅子の背もたれに背をつけ、足を交差させて。
「だからと言って、兄さんに酷いことしていい理由にはならない」
それはもっともだと思う。
「後悔後に立たずって言うだろ」
「分かってる」
店の中には切ない旋律の曲が静かに流れていた。
自分が浅はかな考えでしてしまったことは、多くの人を巻き込み、そして傷つけたのだ。反省したところでなかったことにはならない。
「でも、やり直したいと努力することは否定すべきじゃないとも思う」
それは自由だろと優人は続けて。
四つ下の義弟は誰よりも大人だったと思う。我慢をして自分の想いを閉じ込めた。理不尽だったはずなのに。
「好きにしたらいいんじゃないの。でも、兄さんには会わないで欲しい」
「それは……うん」
彼の嫌がることはしたくないと思う。
もちろん、義兄和宏にしてしまったことについても反省はしている。
それなのに……。
「優人!」
言われた傍から、本人に遭遇してしまうとは。
探していたのだろうか。慌てた様子で店の中に入って来た和宏の衣服は乱れていた。
「どうしたの、そんなに慌てて」
優人は近くに走り寄って来た彼をぼんやりと見上げる。
「部屋に居ないから……それに、なんで阿貴と……」
怯えたようにこちらを見る、和宏。
阿貴は苦笑した。彼にとって自分は恐怖の対象でしかないのだ。
胸がとても痛む。
和宏に座りなよと隣の席を引く、優人。長い夜になりそうだ。
夜中の旅館の廊下で四つ下の義理の弟、優人を見かけ思わず声を発してしまった阿貴。
彼と会うのは昼間ぶりだ。一族会議で、チラリと顔を合わせたに過ぎないが。
「ん? ああ、阿貴」
スマホから視線をあげた彼はそれを尻のポケットにしまう。
何か用? という冷たい視線が痛い。彼には嫌われているので仕方ないことだが。
「えっと、義兄さんは一緒じゃないの?」
「寝てる」
会わせる気はないぞという圧力を感じながら、
「そ、そっか。少し、向こうで話さない?」
と思い切って提案する。
優人は部屋の方に視線を向けると、少し考えるような仕草をし、
「そうだな」
と返答をした。
旅館の玄関の近くには二十四時間営業の売店もあるが、その隣には和風喫茶が併設されている。こちらも二十四時間営業だ。売店とは違い、客がまばらなのは奥に座敷もあるからだろうと思われた。
「こんな時間に何してたわけ?」
徘徊癖でもあると思われているのだろうか、彼はホットティーの入ったカップを置くと不審者でも見るような視線を阿貴に向ける。
「ちょっと……眠れなくて売店に。優人は?」
「平田……友達に電話」
相変わらず愛想がないなと思いながらも、思わず笑みが漏れてしまう。
仲良くなるチャンスなんていくらでもあったのに、そのチャンスを握りつぶし、それどころか嫌われるようなことばかりした自分。
憎しみしか感じてないはずの相手なのに、言葉を返してくれることがこんなにも嬉しいなんてと思った。
「なにがそんな嬉しいわけ?」
優人は案の定嫌そうな顔をする。
彼は家族以外にあまり感情を見せない人なのだ。だからこそ、負の感情だったとしても嬉しく思ってしまう。
「優人、カッコよくなったよね。身長も伸びたし」
「阿貴はいつまで経っても、ちびっ子だな」
「悪かったな!」
優人の嫌味がクリティカルヒットし、思わず声を荒げた阿貴に彼がくくくと笑っている。
何年かぶりに見たその笑顔に胸を締め付けられながら、抹茶アイスにスプーンを差し込む。
「僕がしてしまったことは、決して許されることじゃない」
「ん?」
「でも、もう一度一からやり直したいって思ってる」
仲良くなれるチャンスを自ら握りつぶし、義兄を傷つけ、家族を滅茶苦茶にしておきながら虫のいい話だとは思う。でも努力しないのは違うと思った。
「俺は正直、同情してはいる」
「え?」
優人は両手をパーカーのポケットに入れると椅子の背もたれに背をつけ、足を交差させて。
「だからと言って、兄さんに酷いことしていい理由にはならない」
それはもっともだと思う。
「後悔後に立たずって言うだろ」
「分かってる」
店の中には切ない旋律の曲が静かに流れていた。
自分が浅はかな考えでしてしまったことは、多くの人を巻き込み、そして傷つけたのだ。反省したところでなかったことにはならない。
「でも、やり直したいと努力することは否定すべきじゃないとも思う」
それは自由だろと優人は続けて。
四つ下の義弟は誰よりも大人だったと思う。我慢をして自分の想いを閉じ込めた。理不尽だったはずなのに。
「好きにしたらいいんじゃないの。でも、兄さんには会わないで欲しい」
「それは……うん」
彼の嫌がることはしたくないと思う。
もちろん、義兄和宏にしてしまったことについても反省はしている。
それなのに……。
「優人!」
言われた傍から、本人に遭遇してしまうとは。
探していたのだろうか。慌てた様子で店の中に入って来た和宏の衣服は乱れていた。
「どうしたの、そんなに慌てて」
優人は近くに走り寄って来た彼をぼんやりと見上げる。
「部屋に居ないから……それに、なんで阿貴と……」
怯えたようにこちらを見る、和宏。
阿貴は苦笑した。彼にとって自分は恐怖の対象でしかないのだ。
胸がとても痛む。
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